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精神分析的心理療法(Psychoanalytic Psychotherapy)-理論と実践-について

目次

  1. 精神分析的心理療法の歴史
    1.1 フロイト出生と精神分析前夜
    1.2 精神分析の確立
    1.3 精神分析の発展
    1.4 フロイトの娘、アンナ・フロイト
    1.5 メラニー・クラインの児童分析と対象関係論
    1.6 アンナ・フロイトとクラインの論争
    1.7 ウィニコットにおける対象関係論の発展
    1.8 ビオンにおける対象関係論の発展
    1.9 対象関係論の展開
    1.10 精神分析の分派
    1.11 精神分析の衰退と発展
    1.12 日本における精神分析の黎明期
    1.13 アムステルダム・ショック以降の日本の精神分析
  2. 精神分析的心理療法の構造
    2.1 頻度
    2.2 時間
    2.3 料金
    2.4 部屋の配置
  3. 精神分析的心理療法の基本概念
    3.1 無意識の意識化
    3.2 自由連想
    3.3 転移
    3.4
    3.5 解釈
    3.6 防衛と抵抗
    3.7 ワークスルー
  4. 精神分析的心理療法のプロセス
    4.1 初回面接
    4.2 アセスメント面接
    4.3 初期の展開
    4.4 中期の展開
    4.5 終期の展開
    4.6 終結と中断
    4.7 期間
  5. 精神分析的心理療法に対する誤解
    5.1 心に土足で踏み込み、乱暴に暴く
    5.2 何でも性に結び付ける
    5.3 エビデンスがない
    5.4 科学ではない
    5.5 自閉症や発達障害には効果がない、有害である
    5.6 過去のことを掘り返す
  6. 終わりに

2 構造

 実際の精神分析的心理療法を行っていく枠組みです。具体的には頻度、時間、料金、部屋の配置、などです。

 このような形式を決めることは一見すると非常に不自由で、創造性に欠けるものに思えるかもしれません。しかし、実情はこうした形式を決めることにより、より創造的で、より自由に振舞えます。

 空手や剣道、茶道、華道、能楽など、いわゆる伝統芸能や武道においては型という形式があります。最初から自由に好き勝手していくものではありません。型という枠にはまったことをしていくことにより、その中での創意工夫が技を磨いていくことになりますし、創造的な何かが生まれてきます。精神分析的心理療法でもそれに近いものがあるといえるでしょう。

2.1 頻度

 精神分析的心理療法では、基本的には週に1回以上の頻度は必要になってきます。可能であれば、週に2〜3回ぐらいできれば進展は着実で、かなりのところまでやっていくことができるでしょう。2週間に1回や月に1回程度しか時間の都合がつけられないのであれば、精神分析的心理療法は当面は断念したほうが良いでしょう。

 頻度は精神分析的心理療法にとって本質ではないかもしれませんが、少なくともその進展に大きな影響はあります。ちなみにフロイトは週6回の頻度で行っていたようです。

2.2 時間

 1回45分〜50分ぐらいがよくある設定です。この時間設定に科学的な根拠があるわけではりませんが、経験的に人がほどよく集中できる時間がこの45分〜50分程度なので、ちょうどよい位なのかもしれません。一度に2時間も3時間も集中がもてませんから。反対に20分や30分といった短い時間では充分に話し合う前に時間切れになってしまいます。

2.3 料金

 精神分析的心理療法を開業で実践しているところは概ね1回に1万円前後の料金でやっているところが多いようです。地域差などもあるでしょうが。中には医療機関において保険診療でしているところもあるかもしれませんが、法的にはグレーゾーンのようですね。

 保険のような低料金や無料であれば、確かにクライエントとしては金銭的な負担は少なく、精神分析的心理療法を継続しやすいでしょう。反面では、それなりの料金を負担することにより、モチベーションは非常に高くなります。そのことは少なからず精神分析的心理療法に良い影響を与えるようで、結果的に進展しやすいということはよくあります。無料でダラダラと惰性で長くなってしまっている場合も結構あるようです。

 あと、キャンセル料の規定をもうけているところが多いですね。それは単に機関がお金儲けのためにしているわけではありません。予約したことで、その時間に責任をもち、また心理療法家もその予約した時間に義務を追い、お互いにその時間を大切にする、という姿勢を持ちます。そのことも精神分析的心理療法に少なからず良い影響があります。

2.4 部屋の配置

 部屋は大きすぎても小さすぎても落ち着かないでしょう。6畳〜10畳程度がちょうど良いでしょう。

 精神分析的心理療法をする場合には、ほとんどの場合はカウチ(寝椅子)を用います。クライエントはカウチに横たわり、心理療法家はクライエントの頭の位置に座り、お互いがお互いの顔が見えないように、向かい合わないようにします。

 このことにより、クライエントは自分のことや自分の無意識に向かい合いやすくなります。心理療法家もクライエントの自由連想を余裕を持って耳を傾けやすくなります。このことで、沈黙して熟考することも比較的容易になります。

 カウチが無い場合には対面で座ります。つまりお互いの顔を見ながら話し合うわけです。それでも精神分析的心理療法ができないわけではないですが、どうしても相手が見えているので、相手の反応を気にしてしまったり、会話を途切れさせないように力を入れてしまったりし、沈黙したい時に沈黙しづらくなります。

 こうした相互交流が強すぎると、自身の内面や無意識に向かい合うことがしにくくなってしまいます。ですので、精神分析的心理療法をするのであればカウチを用いることが良いようです。

3 基本概念

 精神分析的心理療法で使用される概念や専門用語は非常に多く、かつ複雑でもあります。エディプスコンプレックス、転移、防衛、超自我、自我、エス、などなど。大学での授業やテキスト、参考書ではそうした概念や専門用語が列挙され、一つ一つ詳しく説明されていきます。

 しかし、あまりにも多岐にわたり、複雑でもあるので、ほとんどが理解できず、難しかったという印象だけが残ってしまいます。それだけではなく、そうした難解さが精神分析的心理療法を面白くないものに貶めてしまい、魅力に触れる前に離れてしまいます。それは大変残念なことのように思います。

 学問として精神分析的心理療法を極めようとすれば、そうした概念や専門用語を網羅し、理解していくことは必要でしょうが、臨床の中で使う時にはそれほど多くのことを知っていても仕方ありません。おそらく、以下の7つのことだけを理解しておくだけで十分に精神分析的心理療法を受けることは可能です。

3.1 無意識の意識化

 精神分析的心理療法の目的は端的に述べると無意識の意識化です。もう少し簡単な表現を使うと、自分の知らない自分に気付いていく、ということです。自己探索と言っても良いでしょう。

 いつも同じことを繰り返してしまっている、同じ失敗を何度もする、分かっちゃいるけど止められない、など自分で意識をするもののどうしても変えられないことはたくさんあります。それらが全てとは言わないまでも無意識の作用によるものだと理解できます。

 そのため無意識のことを理解していくことによって、同じ失敗を繰り返す理由や事情を発見していき、そうした不毛な繰り返しから抜け出ていくことを目指します。

3.2 自由連想

 自由連想とは1で書いたような目的を達成していくためにクライエントが行うべき精神分析的心理療法の中での作業のことです。具体的には頭に思いついた連想を自由に語っていきます。時には恥ずかしいと思うことでも、関係ないと思うことでも、言いにくいことでも、可能な限り言葉にしていってもらいます。そうした中に無意識の片鱗が含まれています。そうした自由連想の中で出てきたことを検討していきます。

3.3 転移

 人間は幼少期に親を代表とする養育者との関係の中で、人間関係のテンプレートを形成していきます。そのテンプレートを元にして、現在の人間関係を生きていきます。そのテンプレートが心理療法家との間で起こることを転移と言います。主にはクライエントの心理療法家に対する情緒や思考、態度としてあらわれます。

 このテンプレートが歪んでいたり、極端になっていたり、硬直化していたりすると円滑に人間関係を営むことが難しくなります。精神分析的心理療法ではあらわれた転移を理解し、修正していくことを目指します。

 反対に心理療法家からクライエントに向けるものを逆転移と言います。

3.4 夢

 人は寝ている時には夢を見ます。よく見る人もいれば、ほとんど見ないという人もいるでしょう。見ていても覚えていないこともありますし、明確に覚えていることもあるでしょう。悪夢のように反復するような夢もあります。

 夢の生理学的なメカニズムはあるでしょうが、それとは別に夢の内容にはその人そのものが端的にあらわれている場合も少なくありません。フロイトは「夢は無意識への王道」と言いました。現代の精神分析的心理療法ではそこまで夢に特権的な役割を与えていませんが、それでも夢を通して自己理解を深めていく意義は大きいのです。

 全ての夢が自己理解や無意識に繋がるかどうかは分かりませんが、気になる夢があれば精神分析的心理療法の中で話してみるのも良いでしょう。

3.5 解釈

 通常の日本語の意味とは多少異なります。通常では事態を理解することのみを指します。しかし、精神分析的心理療法でいう解釈は、心理療法家が事態を理解することと、それを言葉としてクライエントに伝えることの両方を含めています。

 心理療法家は精神分析的心理療法の中でクライエントに様々な解釈をします。解釈の内容は当たっていると思うこともあれば、そうじゃないと思うこともあるでしょう。しかし、精神分析的心理療法は占いではないので、当たれば良い、当たらねばダメ、というものではありません。

 解釈は心理療法家のある種の問いかけに近いものなので、当たる・当たらないではなく、それをきっかけに思いついたことを自由連想として語ってもらえると良いでしょう。そうした刺激剤ぐらいの位置づけと理解すると良いでしょう。

3.6 防衛と抵抗

 クライエントの自由連想と心理療法家の解釈というこの作業により無意識を探求していきます。しかし、それがいつも順調にいくとは限りません。というか、順調にいくことのほうが少ないでしょう。無意識がなぜ無意識にとどまっているのかというと、それを意識することが苦痛であり、悩ましいからです。

 なので、無意識の意識化をしていくと、それに抗うように、誤魔化したり、話をそらしたり、反対のことを言ったり、見ないようにしたり、話さないようにしたりしてしまいます。もしくは、心理療法家に質問して自らは話さない状況を作ったり、キャンセルして向き合わないようにしたり、問題行動を起こすことで注意をそちらにひきつけたり。時には、良くなったということにして精神分析的心理療法を中断したりすることもあります。

 これらのことは意識的に悪意を持ってしているというよりは、無自覚的に、無意図的にしてしまうことが多いようです。そして重要なのは、そのようなことをしてしまうことがいけないこと、というのではなく、そうせざるをえない心の動きがあるということを理解し、可能な限り、そういう心の動きについて考えていくことなのです。

3.7 ワークスルー

 自由連想で話された素材と心理療法家の解釈との織り成しにより、徐々に徐々に自己理解が深まっていきます。しかし、それだけで日常の繰り返される行動や関係がすぐに変化することはありません。「分かっちゃいるけど止められない」ですから。

 ワークスルーとは何度も何度もそうした繰り返しに立ち戻りながらも、幾度と無く考え続け、試行錯誤し続け、失敗から学び続けて、新たな自分を創造していき続けることです。

4 プロセス

 精神分析的心理療法はどのように始まり、どのような展開を経て、どのように終わるのか、について述べていきます。

 しかし、プロセスは個人差が極めて大きく、同じことが必ず起こるとは限りません。以下に初回面接・アセスメント面接・初期・中期・終期・終結とあたかも連続したもののように書いていますが、単なる目安として理解してもらえると良いでしょう。人によっては行きつ戻りつしますので。

 また、当初は認知行動療法EMDRのような別のセラピーを受けていて、その途中で、もしくは終わってから精神分析的心理療法を希望される場合もあります。

 認知行動療法EMDRなどは症状消去に特化したセラピーです。症状が無くなるだけで生活の質が向上し、生きやすくなるでしょうし、その部分だけを求めるクライエントが多いです。それはそれで良いでしょう。

 しかし、症状消去だけではなく、生き方や人生の棚卸を行い、根本から変革していきたいというクライエントには認知行動療法EMDRは物足りなく感じるようです。特に、症状はなく、人生に迷っている、人生に悩んでいるというクライエントには症状消去のセラピーは実施困難です。

 そのため、認知行動療法EMDRが終わってから、精神分析的心理療法に入る場合もあります。

4.1 初回面接

 心理療法家とクライエントが始めて会う面接です。おそらく、お互いにそれなりの緊張と不安と、それと同時に期待や希望も持って、会うことになるでしょう。

 初回面接では主に、困りごとの内容、これまでの経緯、病歴、生育歴、治療歴、家族や友人関係、セラピーに来た動機、セラピーに望むこと、などが話し合われることが多いでしょう。

 このような話の中である程度の方向性が見出されます。もし精神分析的心理療法の適用がよさそうであれば、その提案が心理療法家からなされます。もしクライエントが同意するのであれば、次のアセスメント面接に進みます。

 もし同意されなかったり、他の療法(認知行動療法EMDRなど)が良いということであったりすれば、そちらの案内と提案があります。いずれにせよ、どんな療法をするにしろ、説明や同意なしの実施はありえませんので、質問や不明な点があれば率直に聞いて納得の上で次に進められると良いでしょう。

4.2 アセスメント面接

 初回面接に続いて概ね3〜5回の面接を行います。この面接の中で、精神分析的心理療法が本当に適用可能かどうか、もし精神分析的心理療法するならどういう観点に注意を向ければ良いのかなどを心理療法家は見立てる作業を行います。そのためアセスメント(見立て)面接と呼んでいます。

 そして、見立てるのは心理療法家だけではなく、おそらくクライエントも心理療法家を見立てることになるでしょう。この心理療法家は信頼できそうか、精神分析的心理療法をやっていけそうか、など考えているでしょう。

 精神分析的心理療法をする場合には多かれ少なかれ、定期的な二人の情緒的な接触や交流が生まれます。これらは決して心地よいものばかりではありません。感情や情緒を掻き立てられ、時には不安や憎しみを感じ、向けてしまう場合も少なくありません。しかし、こうしたネガティブな情緒はとても大切なものです。なぜなら、通常の人間関係でも感じるものですし、その苦痛に耐えかねてセラピーを求めているのでしょう。そこには3基本概念でも述べましたが、転移という人間関係のテンプレートが強く作用しているのでしょう。

 その転移が心理療法家とクライエントの間で起こっているので、強い情緒的な反応・葛藤があらわれているのです。

 ですので、そうしたネガティブな情緒が起こっていることを大事にし、それを扱っていき、理解していけるようになるためには、この強い情緒葛藤をある程度は耐えていく必要があります。その苦難の道をこの心理療法家と、このクライエントが共に抱えていけるのかをアセスメント面接で見定めていくことがとても重要になっていきます。

 このようなことからアセスメント面接の3〜5回は基本的には通常の精神分析的心理療法と同じように思っていることを率直に語ってもらう自由連想で進めて行くことになります。クライエントによっては、既にこのアセスメント面接で精神分析的心理療法が開始されているように感じることもあるでしょう。それはそれで構いませんし、無意識の意識化の作業を早くも進めていると理解できます。

 心理療法家によってはアセスメント面接では詳細に生育歴、病歴、家族歴を聴取することに費やす場合もあります。それは一つの考え方、やり方なので良いと思いますし、現に僕もそうしていた時期もありました。しかし、最近では詳細なことを聞き取るよりも、実際の面接の中でどのような交流が起こり、どのように情緒が描き立てられるのかの方が精神分析的心理療法を進めていく上で重要であると考え、詳細な聞き取りはしていません。

 また、このような3〜5回のアセスメント面接では丁寧にクライエントの話を聴きます。人によっては、そのような体験によって、気持ちや考えの整理がなされ、結果的に数回の面接で問題が改善することもあります。経験的に2〜3割の確率で起こっています。

 精神分析には「転移性の治癒」という言葉があります。これは問題がワークスルーされていないにも関わらず、転移という関係性ができるだけで治ってしまう、ということです。それはそれで喜ばしいことですし、その段階で精神分析的心理療法を終了しても良いでしょうし、そのような判断をされるクライエントもいます。

 ただ、きっちりと自分自身の問題の棚卸しを行い、生き方を変えていくのであれば、そこで終わりにせず、継続的に精神分析的心理療法を行っていくほうが良いでしょう。

4.3 初期の展開

 アセスメント面接を経て、クライエントの同意があれば、精神分析的心理療法をしていくこととなります。その際には必要であればあらためて2構造で述べたような枠組みを設定します。特に対面からカウチにするのは、この時に多いように思います。

 精神分析的心理療法の初期とはいつまでを指すのか、というのは難しい問題です。なぜなら、単純に物理的な時間、具体的な面接回数で区切ってはいないからです。

 初期とはどういうものかというと、どのようなクライエントでもある程度共通して持ち込まれる不安と葛藤が取り扱われ、極めて個人的な不安と葛藤が露わにされる時期です。

 共通する不安や葛藤とは、出会いの衝撃・情緒的接触に対する苦痛・内面に向き合うことの不安などです。初期不安と総称することもあります。このあたりは大抵、どのクライエントでも多かれ少なかれ体験します。これらが取り扱われ、3基本概念で述べたワークスルーをすることで、本来の個人的な課題が徐々に顔を見せ始めます。

 そして、精神分析的心理療法でのやり方や進め方が実感として理解でき、定期的に来談することが日常生活の中に組み込まれていきます。その中で自分自身のことについて考える時間が積み重なっていきます。そうなると初期の段階は終わり、中期に差し掛かります。

 もちろん初期と中期の境目は明確に線引きできるものではありませんし、心理療法家が「今日から中期です」と宣言するものでもありません。後々になって振り返って判断できるたぐいのものなのでしょう。

4.4 中期の展開

 この時期が一番長く続くかと思われます。自分自身の課題や問題、もしくは人生があらわになり、形は変えつつも繰り返し繰り返し目の前に立ち現れます。そして繰り返し繰り返し話し合われます。

 時には漫然と、退屈に、変化なく、ただただ同じことを繰り返すだけになってしまうこともあるかもしれません。人によっては、それを行き詰まりと体験します。その行き詰まりの体験は苦痛なものなので、回避するために、精神分析的心理療法をキャンセルしたり、変に思いきった行動を日常の中で取ってしまったり、時には精神分析的心理療法を中断しようという気持にもなってしまうこともあるかもしれません。

 しかし、精神分析的心理療法の中で感じる行き詰まりは、つまるところ各々の人生の中で繰り返し体験してきた行き詰まりと同種のものです。それを回避してしまうと、同じことを繰り返すだけになり、発展性も何もなくなってしまいます。

 ですので、行き詰まりを行き詰まりとして認識し、繰り返しそのことを精神分析的心理療法の中で取り上げ、検討し、考え続けることができると良いでしょう。心理療法家と一緒に乗り越えることにより、人生の転換をはかっていけると良いかもしれません。

 また、人間は誰しも変化することに苦痛を感じます。それは良い変化であったとしてもです。昇進うつというのがあります。喜ばしいはずの昇進によってうつ的になってしまうのです。

 精神分析的心理療法でもやり続けることによって良い変化があらわれます。しかし、その変化は今までの馴染みのある自分ではない自分に向い合うこととなります。病的ではあっても、問題ではあったとしても今までの自分のほうが馴染みにあるし、悪いものではあったとしても予想の範囲の中におさまるので、楽な面もあります。

 そうした馴染みのある病的なものから、馴染みのない健康なものに変化することはそれなりに苦痛ですし、ストレスですし、怖いものなのです。そういうとき、人間は悲しいことですが、後戻りをすることを選択してしまいます。

 精神分析の用語に「陰性治療反応」というものがあります。この用語はまさにこの事態について示しているのです。

 これらの行き詰まりや陰性治療反応を乗り越え、徐々に新たな自分というものが見出され、変化を実感し、変化した自分が馴染みのあるものになっていくと、そろそろ中期が終わり終盤に向かうこととなります。

4.5 終期の展開

 精神分析的心理療法によって変化し、改善し、そろそろ終了することがクライエントや心理療法家の間で話題に出てきます。もしくは、どちらか一方がそれを提案することもあるでしょう。

 終了が話し合われてお互いに同意されると、その後は数ヶ月後の終了の日時が設定されます。決して、同意した時点ですぐに終わりになることはありません。必ず、数ヶ月間は精神分析的心理療法を続けて終わりの時期を設定することになります。

 この時期にも特に構造や方法の変更は特にしません。頻度をあけたり、カウチから対面にしたり、自由連想・解釈から対話にしたり、ということはありません。精神分析的心理療法以外のセラピーであれば、徐々に頻度を下げたり、これまでのセラピー過程を振り返ってまとめたりもあるようですが、精神分析的心理療法ではそのようなことは特にしません。

 終わりの期間を設定した後も、同様に精神分析的心理療法を粛々と進めていきます。

 そして、往々にして、そこで取り扱われる問題が分離不安に収束していくことが多いようです。つまり、心理療法家と別れることへの不安です。クライエントによっては数年も毎週会っていたわけですから、それなりに愛着や愛情を感じていることもあるでしょう。それが無くなるわけですから、それなりの不安を感じて同然かと思います。

 しかし、別れというのは人生でも当然よく起こっていることであり、愛着の度合いは違っても、今後も度々別れの悲しみを乗り越えていかねばなりません。予行演習ではありませんが、精神分析的心理療法でもそうした別れの悲しみを取り扱っていくことで、さらにワークスルーがすすめていけるでしょう。

 分離不安の強さにも寄りますが、クライエントによっては問題や症状をぶり返させることもあるかもしれません。そうすることによって別れの悲しみを否認し、回避しているとも言えるでしょう。そうしたことも含めて精神分析的心理療法で取り扱っていきます。

 そうした自由連想・解釈という二人の交流は最終の面接の最後の最後まで続けられます。

4.6 終結と中断

 精神分析的心理療法を終期まで続け、分離不安のワークスルーがなされて、終了となるのは理想ですが、現実的にはそうではない終わりを迎えることも多いです。転居、転校、結婚、職場異動などクライエントの取り巻く生活環境の変化が主な理由でしょうか。そのほかには経済的な事情の変化もあるでしょう。行き詰まりに耐えかねての終了もあるかもしれません。

 そうした終わりを否定的な意味を込めて「中断」と呼ばれることもあります。

 しかし、精神分析的心理療法の目的や目標は人生が豊かになること、という大雑把で抽象的なもので、それには到達点がありません。突き進めれば突き進めるだけ行っていくことができます。人生の発展というのは終わりのない作業であるとも言えます。

 そうした意味では精神分析的心理療法で終期まで行き、終了をしたとしても、人生の発展ということからするとまだまだ終わりではありませんので、「中断」となります。

 そうしてみると、単に終わり方の違いにすぎないわけですから、終了や中断という区別はナンセンスになります。

4.7 期間

 精神分析的心理療法の期間について、よく質問を受けることがありますが、非常にこれは答えにくいのです。人生の豊かさを目指しているわけですから、どこまでいったら満足なのかはやってみなければ分からないのです。短期療法や認知行動療法のようにやることの手順と回数がある程度決まっているようなセラピーであれば明確に言えるのとは対照的です。

 それでも目安をいうと、短くて1年ほど、平均的に2〜3年ぐらいはかけることが多いと思われます。

 人の長年積み重なってきた人生のあり方を変革していくわけですから、年単位は必要になるでしょう。

5 精神分析的心理療法に対する誤解

 精神分析や精神分析的心理療法に対する批判はフロイトの時代から非常にたくさんありました。その批判には的を得ているものもありますが、中には誤解に基づいた感情的な批判もあります。

 我々、心理療法家はクライエントの話に真摯に耳を傾けるのと同様に、こうした批判にも耳を傾けねばならないし、答えていかないといけないでしょう。そして、もし批判に誤解が含まれているのであれば、それに対して冷静に反論すべきでしょう。こうした議論が精神分析的心理療法のさらなる発展に結びつくものと思いますので。

 以下に精神分析的心理療法に対する誤解や批判のいくつかを取り上げたいと思います。

5.1 心に土足で踏み込み、乱暴に暴く

 「精神」を「分析する」という単語の並びが、土足で踏み込み、乱暴に暴く、プライバシーを暴露される、というイメージを作っているようなところがあるかもしれません。

 また、反対に、こうした心を赤裸々に暴くことに魅力を感じ、性格や心を言い当ててほしい、と欲する方もいらっしゃいます。もしくは、マスコミなどでは凶悪犯人の心の闇、と銘打って、精神分析的な言い当てをあたかも真実であるかのように描き出しているワイドショーなどもあります。

 一般の方が精神分析や精神分析的心理療法にそうしたイメージをもつことは理解できますが、実際の精神分析や精神分析的心理療法はそうしたことをかなりかけ離れています。

 精神分析的心理療法も心理療法の一つであり、その基本的な考えは、まずはじっくりとクライエントの話に耳を傾けることを一番大事にしています。そして、心理療法家が勝手な憶測や用語をクライエントに当てはめることもありませんし、もちろん押し付けることもありません。どちらかというと、クライエントが自分自身のことを考え、自分自身のことを話すことに受け身的に関わるぐらいです。そして、心理療法家の介入はかなり控えめです。これは数ある心理療法の種類の中でもトップレベルです。反対に心理療法家がかなり積極的に関わるのは認知行動療法EMDRです。こちらの方がクライエントによっては侵入的、侵襲的に感じがちです。

 そのため、精神分析的心理療法ではクライエントによっては物足りなく感じたり、もっと助言やアドバイスが欲しいと時には思うぐらいのこともあります。しかし、こうすることによって、クライエントが自由に、誰からも強制されず、自然に自分のことを考えれるようになる道筋であるし、心理療法家は精神分析的心理療法を通して、そっとそのお手伝いをします。

5.2 何でも性に結び付ける

 フロイトというと性を非常に重視し、精神分析・精神分析的心理療法ではなんでも性に結び付けると思われていることもあります。これは誤解のところと本当のところがあります。

 まず、性をどれぐらい広く、どれぐらい狭くみるのかによって違います。性というと、大人の性欲やSEXなどをイメージされるかもしれませんが、それは狭い見方のほうです。

 フロイトや精神分析的心理療法では広い意味で性を捉えます。つまり、愛着や愛情、親しみ、ぬくもり、あたたかみまでも含めて考えます。もう一つの方向では、快感という意味合いで、美味しいものを食べた後の満腹感、便や尿がスッキリと出た時の爽快感、頑張って良い成績を取った時の達成感、人から評価された時の満足感、などです。ここまで広い意味合いで性を理解しています。SEXはそれらの中の一つのものに過ぎません。

 人はこのような広い意味での性を求めていますが、時にはそれらが成就できず、欲求不満や挫折、苦痛を体験します。そして、そうした苦しみを抱えられなかった時にある種の病気や問題、症状が出てしまいます。性的満足を与えれば全て解決するという簡単な問題ではありませんが、少なくとも性がどのように不満足となっているのかを理解していくことは精神分析的心理療法をする上で重要となってきます。

5.3 エビデンスがない

 最近はEBM(エビデンス・ベースド・メディスン 根拠に基づいた医療)が流行っています。これまで経験と勘にだけ基づいた医療を行い、不利益や不具合を与えてしまった歴史があることの反省の上に登場してきました。EBMは経験と勘だけではなく、研究や実験、調査といった科学的な裏付けを基にして、治療方法を選択しようというものです。

 心理療法の世界でもEBMの考え方が普及し、それにいち早く乗ったのが認知行動療法などです。認知行動療法は精神科的症状をターゲットにし、その消去を目的として、どの心理療法家も同一の手順やマニュアルをもちいて心理療法を行うというある意味では機械的な手段を取りやすい技法です。そのため、このEBMの考え方と非常に適合しやすかったようで、EBMの考えのもとで、たくさんの研究や実験、調査によってその効果測定されました。

 それに反して、精神分析的心理療法はクライエントと心理療法家の個別性の高いパーソナルな営みの中で行われるもので、マニュアル化しにくいという特徴がありました。また、精神分析的心理療法のターゲットも精神科的症状ではなく、人生や生き方、豊かさ、成長といった明確なものではなかったので、EBMの流れにのりにくかったという事情があります。

 しかし、乗りにくかったというだけで乗れなかったということではありません。認知行動療法ほどには精力的はないものの、科学的な研究手続きにより、効果の検証がようやく始まってきました。そして、その途中ではありますが、認知行動療法などと遜色ないぐらいの効果があることを立証されてきました。さらには、心理療法終了後の悪化する確率や再発する確率は認知行動療法などよりも、むしろ精神分析的心理療法の方がよい効果を与えているという研究結果もあるようです。例えば以下のようなものです。

Therapy wars: the revenge of Freud

 このことから精神分析的心理療法にはエビデンスがないというのは誤解にすぎないことが分かります。もっともエビデンスはあるかないかの二者択一ではないのですが。

 また、そもそも精神分析的心理療法はEBMの流れに乗るべきものかどうかの議論もあります。つまり、EBMは医療の中で起こってきた運動であり、症状の除去、病気治癒が主なターゲットです。それに対しては精神分析的心理療法は基本的には医療ではなく、どちらかというと精神修養や伝統芸能に近いものがあります。そして、ターゲットは明確な症状除去ではなく、人生の営みをより豊かにしていくことにあります。自分の人生を考えることは医療の範疇ではありませんから、必然的にEBMを適用することそのものが無理があるとも言えなくはありません。

5.4 科学ではない

 5.3のエビデンスがない、ということとややかぶるかもしれませんが。科学ということをどの程度ものまで含めるのかによります。物理学や数学といったような自然科学をさすのか、それとも文学や芸術、歴史といったような人文科学をさすのかによって違うでしょう。この点からすれば、もちとん自然科学ほどの厳密性はないので、自然科学ではないでしょう。人文科学という水準であれば、十分に範疇に入ってくるでしょう。

 よくポパーの反証可能性ということをもって精神分析や精神分析的心理療法は科学ではないとする批判もあります。反証可能性からすると確かにそれはそうかもしれませんが、そうなると人文科学のほとんどは反証不可能となってしまって、科学ではなくなってしまいます。やはり反証可能性の観点は自然科学レベルの観点からの判断基準になるのでしょう。

 そもそもの話になりますが、5.3エビデンスがないにも書いたように精神分析や精神分析的心理療法は精神修養や伝統芸能に近いところがあります。そして、最近は精神分析や精神分析的心理療法は医療の中でEBMの観点から治療効果をきちんと出していく動きもありますが、反対にそうした医療やEBMから身を引き、精神修養・伝統芸能としての位置づけで存在価値を見出していこうとする動きもあります。フロイトは初期には精神分析や精神分析的心理療法は医療として考えていましたが、後期には徐々にそれから離れていきました。そうすることからすると、科学かどうかという議論から降りるのも良いのかもしれません。

5.5 自閉症や発達障害には効果がない、有害である

 1940年半ばにカナーやアスペルガーによって自閉症の症例が報告されました。当初は心因論や家庭環境の問題とされていたこともありました。その関連でアメリカのブルーノ=ベッテルハイムは1950年代に「冷蔵庫マザー」という言葉を作り、自閉症の原因は母親にあるとしました。いわゆる母原病説です。結果的にそれは間違いであり、脳機能の障害であり、先天的要因や遺伝的要因が非常に強いことが徐々に分かってきました。

 ベッテルハイムは精神分析家ではないのですが、心理学や精神分析をかじっていたこともあり、この ことから精神分析は自閉症の原因は母親にあり、効果のないことを施行しているという話がまことしやかに言われるようになってしまいました。蛇足ですが、ベッテルハイムは別に母親を責めるために「冷蔵庫マザー」という言葉を作ったのでもなかったようですし、非常に愛情と温かみと根気を持って自閉症児に対応し、自閉症児をもつ母親に優しく接していたようでした。

 現在では自閉症・自閉スペクトラム・発達障害は療育という観点から行動療法や学習心理学を利用したトレーニング、TEACCH(Treatment and Education of Autistic and related Communication handicapped Children 自閉症及び近縁のコミュニケーション障害の子どものための治療と教育)などの環境改善療法などが主流となっています。

 一方でイギリスなどではアメリカのベッテルハイム・冷蔵庫マザーとは全く別起源で、自閉症の精神分析的な探求がすすめられてきました。精神分析家の中でも主にクライン派といわれるグループがそれを主導してきました。メルツァー、アルヴァレズ、タスティンなどです。

 彼らの理解や手法には多少の相違はありますが、いずれも共通していることとして、自閉症の脳機能や器質的障害、遺伝的要因などの生物学的なことは否定していません。そして、自閉症といっても通常の心や心理はありますので、そこを扱い、理解し、いわゆる感じる心の成長を育んでいきます。

 行動療法や療育のなかでは自閉症の社会適応を目指したトレーニングは非常に効果をあげている一方で心を軽視しているところはあります。精神分析ではそうしたところを補完していくことにその存在意義を見出しています。

5.6 過去のことを掘り返す

 フロイトは精神分析を考古学や遺跡発掘に例えました。つまり、過去を探求することを精神分析の方法と見ていたわけです。そして、現在の問題は過去に問題があり、それを見つけることが精神分析としていたところも確かにあります。

 しかし、1934年にジェームズ=ストレイチーという精神分析家が「精神分析の治療作用の本質」という論文を書いて以降、精神分析・精神分析的心理療法は大きく方向転換しました。ストレイチーはこの論文で過去の探索をするよりも、精神分析的心理療法をしているまさにその場で起こっていること(転移)を扱うことのほうが治療的であるとしました。つまり、過去よりも現在に焦点をうつしたわけです。それ以降精神分析はさまざまな学派に分かれていますが、多かれ少なかれこのストレイチーの論点は重視され、今ここの現在に焦点をあてたものになっています。

 もちろん、これは過去か現在か、という二者択一ではありません。過去も現在も両方とも扱いますが、その比重が現在に置かれているということだろうと思います。

6 終わりに

 以上、かなり多くの分量を精神分析や精神分析的心理療法の説明に使いました。歴史、構造、基本概念、プロセス、誤解という項目に分けましたが、主にクライエントの方が精神分析や精神分析的心理療法を受けるうえで、もしくは受けるかどうかを見極めるための材料として活用できるように書いたつもりです。しかし、精神分析や精神分析的心理療法は体験し、感じることに最大の意義があります。一見は百聞にしかず、です。

 精神分析や精神分析的心理療法を通して、自身のことを知っていき、根本から変革し、より豊かな人生にしていくことは易々とできることではありませんし、それなりの負担と根気は必要でしょう。それでも、取り組むことができるとこれまでの人生の繰り返し(わかっちゃいるけどやめられない)が変わる可能性があります。

 そんな精神分析や精神分析心理療法に取り組むきっかけになれば幸いです。


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