自分の体は、自分の心と並んで、最も大切にすべきものです。代わりはどこにもありません。しかし、代わりのない自分の体だからこそ、傷つけずにはいられない時があります。どのような時に人は自傷行為をするのでしょうか。また、その背景には一体何があるのでしょうか。
ここでは、その原因や種類、治療法、カウンセリングなどについて解説していきたいと思います。
目次
自傷行為とは
自傷行為とは、自分自身に身体的な傷をつけたり、痛みを感じる行為を行うことを指します。例えば、切ったり、火をつけたり、打ったりすることがあります。自傷行為は、心理的ストレスや精神疾患などによって引き起こされることがあります。一時的な痛みによって、自分自身に集中することができるため、一時的に安心感や解放感を感じることがありますが、長期的には身体的・精神的な健康に悪影響を与えることがあります。自傷行為をしている人は、専門家の支援を受けることが重要です。
自傷行為は医学的には「自殺は意図していないが、故意に自分を傷つける・害する行為」と定義されています。しかし、自殺の意図は無いとは言うものの、その線引きはとても難しいです。「リストカットぐらいで死にはしないだろう」という声もしばしば聞かれますが、それは全くの誤解です。数として多くはありませんが、「死に至る自傷行為」も確実に存在します。
また、薬物やアルコールの乱用、摂食障害等「間接的な自傷行為」とされるものもあります。
よくある相談の例(モデルケース)
10歳代 女性
Aさんは大学生で、幼少期から両親の仲が悪く、家庭内で言い争いや冷たい雰囲気が続いていた。小学生の頃から両親に自分の気持ちを話すことができず、孤独感や寂しさを感じていた。中学生になると学校での友人関係にも悩むようになり、些細なことで仲間外れにされる経験をした。Aさんはその頃から「自分には価値がないのではないか」という思いを強く持つようになり、気分が沈む日が増えていった。
高校進学後は学業成績も良く、周囲からはしっかりしていると思われていたが、実際には不安や焦りを強く感じていた。ストレスをうまく発散できず、自己否定感や怒りが自分自身に向くようになった。ある日、ふとしたきっかけで腕を引っかくことで心が少しだけ楽になる感覚を覚え、それ以来、感情がコントロールできないときや、強い孤独感に襲われたときに繰り返し自傷行為を行うようになった。最初は表面を少し傷つける程度だったが、次第に傷が深くなり、やめたい気持ちとやめられない衝動の間で苦しむようになった。
大学入学後も自傷行為は続き、友人関係やサークル活動にも積極的に参加できなくなった。あるとき、授業中に袖から見えた傷跡をきっかけに、親しい友人から「心配だから専門家に相談した方がいい」と勧められた。Aさんは最初、恥ずかしさや罪悪感から迷ったものの、精神科を受診し、「自傷行為は自分を責めるためではなく、つらさを和らげるための手段」と説明を受けた。医師からはうつ病や適応障害の診断され、抗うつ薬と安定剤を処方され、併せてカウンセリングを受けることになった。
カウンセリングでは、Aさんが自傷行為に至るまでの感情や背景を丁寧に振り返り、自己否定感や孤独感の根底にある幼少期からの体験について話し合った。カウンセラーは、Aさんの気持ちを否定せず、つらさを言葉にして受け止めることの大切さを伝えた。セッションを重ねる中で、Aさんは少しずつ自分の気持ちを表現する力を身につけ、ストレスや不安を抱えたときには自傷以外の方法で感情を調整する工夫(呼吸法や日記、信頼できる友人に相談するなど)も学んでいった。
また、家族への支援として、両親にもカウンセラーからAさんの自傷行為の背景や仕組み、家族としてどのような関わり方が望ましいかを説明し、頭ごなしに叱責するのではなく、まずはAさんの気持ちに寄り添い、安心できる環境を作ることが大切であると伝えた。両親は初めて自傷行為について具体的に知る機会となり、少しずつAさんへの理解を深めていった。家族もまたサポートの対象であることを実感し、Aさんへの対応において迷った時はカウンセラーと相談しながら、少しずつ関係性が修復されていった。
カウンセリングを始めて数ヶ月後、Aさんは自傷行為の頻度が明らかに減少し、傷の深さも浅くなった。また、感情が高ぶったときにカウンセラーとの約束や自分自身、そして家族の存在を思い出すことで、なんとか踏みとどまる場面も増えた。大学生活にも少しずつ自信が持てるようになり、以前より人間関係を築くことが楽になったと感じている。Aさんは「完全に自傷をやめるのは難しいかもしれないが、自分自身と家族を大切にしたい」という思いを持てるようになり、今もカウンセリングを継続しながら、日々の生活に向き合っている。
自傷行為の原因
自傷行為の原因には以下のものがあると考えられています。
Aさんの場合、幼少期から家庭内の不和や両親とのコミュニケーション不足、学校生活での孤独感や自己否定感が積み重なり、感情をうまく処理できず自傷行為に至りました。
(1)不安や絶望などの辛い感情から逃れたい
何か物凄く辛い出来事があったとします。絶望のどん底に追いやられ、寝ても覚めてもそのことばかり考えてしまいます。そのままでは死んでしまうか、心が壊れてしまうかしてしまうでしょう。
その出来事に囚われて辛い状況から脱する為に、自傷行為をします。
(2)心の痛みを体の痛みに置き換えたい
辛い感情が溜まりに溜まってどうしようもなくなった時に、どう処理をしていいのか分からなくなります。そこで、一番身近な「自分の体」に目を向ける訳です。
自分の感情は、自分でも上手くコントロールできません。しかし、自分の体であれば、感情よりは制御可能です。「『なんだかよく分からない心のモヤモヤ』よりは、『カミソリで傷つけた腕の痛み』の方が遥かに分かりやすい。」と考えてしまう訳です。
本来であれば、心の痛みを和らげる方法は他にいくつもあるはずです。しかし、自分の体を傷つける以外の方法を考える力も無くなっている訳です。
(3)生きていることを実感したい
切ったその瞬間、その一瞬だけ辛い気持ちから解放されて心が楽になる、というのはリストカット経験者からよく聞かれる言葉です。その一瞬を感じるために、自傷行為を繰り返すようになります。また、痛みを感じたり流れる血を見ることで、自分が生きていることを感じる、というのもよく聞かれます。
共通して言えるのは、強く深い負の感情を抱えていること、「自分の体は傷つけても構わない」という認知の偏りがあることです。
(4)人からのケアや心配を得たい
自傷をする人は人から無下に扱われたり、評価されなかったり、心配されなかったりしてきたことが多いです。しかし、自傷行為をすると良くも悪くも人からの注目を集めます。自傷行為をすることで、これまで得られなかった心配されたり、ケアされたりすることを得ることができます。
しかし、あまり自傷行為が頻回になると、周りの人はさらに心配しなくなったり、ケアしなくなったりしていきます。すると、もっと酷い自傷をして、人の気を引こうとします。こうしたことが繰り返され、結果的に孤立してしまうことになってしまいます。
自傷行為の種類
代表的なものとして、下記のものが挙げられます。
Aさんは主に腕をカッターや鋭利なもので引っかく、傷つけるといった自傷行為を繰り返していました。最初は浅い傷から始まり、次第に深くなる傾向がみられました。
(1)リストカット・アームカット
最も代表的なもので、多くは手首や腕をハサミやカミソリ、カッターナイフなどで切ります。傷の深さは様々で、表面だけを切った浅いものから、何針も縫わなければならなくなるような深いものまであります。切る範囲が広範囲になり、二の腕あたりまで切っていると「アームカット」と呼ばれます。
(2)大量服薬
市販薬や処方された精神科薬、下剤等の大量摂取です。「オーバードーズ」「OD」とも呼ばれます。アルコールとの併用もしばしば見られます。重度の場合、救急搬送されて胃洗浄等の処置が必要になるケースもあります。
(3)過食嘔吐
限界まで食べ物を胃に詰め込み、即座に故意に吐き出します。いわゆる「食べ吐き」です。摂食障害や醜形恐怖が背景にある場合もあります。下剤乱用とあわせて見られる場合も多いです。
(4)抜毛癖
自分で自分の髪の毛を抜く行為です。髪の長い人だと、自分の髪を触る癖がある人もいるでしょう。触るだけなら何の問題もありません。しかし、抜毛癖の人は抜いてしまいます。それも無意識に、何本も何本も抜いてしまいます。髪だけでなく、眉毛や睫毛を抜く場合もあります。
(5)薬物やアルコールの乱用
薬物やアルコールの乱用は一見すると自傷行為に見えません。しかし、薬物もアルコールも常用し、長年摂取し続けていくと、それは心身を損傷し、ひいては生命の危険にも及ぶことがあります。
こうした行為は長期にわたる、目に見えにくい自傷と言えるでしょう。
自傷行為の診断
自傷行為の背景には、多くの場合なんらかの病気や障害があります。下記のような病気・障害が考えられます。
Aさんの自傷行為の背景には、自己否定感、孤独感、ストレス対処の困難さがあり、精神科では「適応障害」や「うつ病」と診断されました。
(1)うつ病、躁うつ病
気分の落ち込み・自己肯定感の低下や欠如から自傷行為に至る場合があります。また、リストカットだけでなく、大量服薬をすることも見られます。その場合、自傷行為なのか自殺企図なのかの線引きをすることは大変難しいです。
また、躁うつ病の躁状態の時に、過度に活発になり不眠になったりするのも、間接的な自傷行為と言えます。
うつ病については以下のページをご参照ください。
(2)アルコール依存症・薬物依存症
アルコールや薬物摂取により、気分が高揚した状態になり、その勢いを借りて始まる自傷行為も珍しくありません。また、アルコールや薬物の摂取自体が間接的な自傷行為だと考えられます。
不安な気持ちに押しつぶされそうな時に、カミソリではなくアルコールを選んでいるという訳です。しかも、アルコールであれば、飲んでしばらくは酩酊した良い気分でいられます。覚めると、さっきよりも一層深い絶望に襲われます。そして、より深い絶望から逃れる為に、より大量のアルコールを摂取する負の循環に陥ります。
(3)パーソナリティ障害
なかでも、境界性パーソナリティ障害には自傷行為を伴いやすい傾向が見られます。境界性パーソナリティ障害の人は、アイデンティティが不安定です。つまり、「自分」というしっかりした枠がありません。また、対人関係を築くのも苦手で、いつも見捨てられるのではないかという不安に苛まされています。
そんな中で唯一確かなものは、自分の身体です。自分を見捨てるかも知れない他人とは違って、自分の身体は自分で制御できます。切りたければ、どれだけでも切ることができます。また、過剰な性行為に走る場合もあります。対人関係を築くのが苦手な境界性パーソナリティ障害の人にとって、自分の体は手っ取り早い「道具」だという訳です。
傷つくことでしか「自分」というものが認識できず、他者と繋がることも難しいのが、この障害の特徴です。
境界性パーソナリティ障害についての詳しいことは下記をご覧ください。
(4)摂食障害
自分の身体への誤った認識が根底にあります。本当は全然太っていないのに「もっと痩せてキレイにならないと」という誤った認識や「今の自分は太っているからダメだ」という自己肯定感の低さから、拒食症に陥るケースが多く見られます。一方、過度のストレス等が原因で、過食症を引き起こす場合もあります。
いずれにせよ、ストレスや間違った認識等の自分の内面の問題を、自分の体で解決しようとしている訳です。過度な食事制限あるいは暴飲暴食、下剤乱用、食べ吐き等の自傷行為が見られます。うつ病を併発していて、リストカットも見られるケースも多いです。
摂食障害の詳細は下記に詳しく書いています。
自傷行為の治療・カウンセリング
自傷行為にはさまざまな種類や原因があるので、一つだけの治療法ですべてが解決することはありません。ここでは、自傷行為の治療、カウンセリング、ケアについて幾つかの方法を解説します。
(1)医学的治療
自傷による怪我が重傷の場合、救急対応が必要なこともあります。まずはしっかりと身体的な治療を行い、体力を回復させることが必要となります。時には入院治療になることもあるかもしれません。これは身体的な治療を行うことを通して、身体の大事さをメッセージとして伝えるという意味も含まれます。
また、適切に身体的な処置を行うことにより、本人にとって最も重要なのは「『助けて』『辛い・苦しい』と言ってもいいんだ」と知ることができれば良いでしょう。
そして、周囲の人間は自傷行為を責めてはいけません。お互いがそのスタート地点に立てたところから、自傷行為の根底にある問題を探るべく治療が始まります。医学的治療はその導入をするという機能もあります。
Aさんは精神科に定期的に通院し、医師の指導のもとで自傷行為のリスク管理や体調の経過観察を受けました。
(2)薬物療法
薬物療法には、抗不安薬、抗うつ薬、抗精神病薬、気分調整薬、睡眠導入剤などさまざまな種類があります。自傷行為に至る過程の中で、不安やうつ、緊張、焦りなどのさまざまな精神症状が関わっています。薬物療法により、そうした精神症状を緩和させ、それによって自傷行為を和らげることが可能です。
ただ、薬物療法だけで治療が完了することはなく、次の項目のカウンセリングなどがスムーズに実施できるための橋渡し的な役割として理解すると良いでしょう。
Aさんは、抗うつ薬や安定剤などが処方され、不安や抑うつ気分の緩和、衝動性のコントロールを目的に服薬治療が行われました。
(3)家族支援
自傷行為をする人の家族への支援は、まず家族自身が自傷行為の背景や心理的要因について正しい知識を持つことが重要です。叱責や否定ではなく、本人のつらさや苦しさに寄り添い、安心して気持ちを話せる環境づくりを心がけます。
また、家族自身も不安や戸惑いを抱えることが多いため、家族相談やカウンセリングを利用し、適切なサポートや助言を受けることが推奨されます。家族が孤立せず、専門家と連携して見守る姿勢が、本人の回復を支える大きな力となります。
Aさんの場合、カウンセラーから両親に対して、Aさんの自傷行為の背景や関わり方について説明し、叱責ではなく共感的な対応や安心できる家庭環境を作るための支援が提供されました。
(4)カウンセリング
カウンセリングは主に、言葉を通して、カウンセラーと対話し、問題となっている事柄について理解を深めたり、対処法を学んだりする営みです。カウンセリングには精神分析、認知行動療法、ブリーフセラピー、EMDRなど様々な種類があります。また言葉を使わない、芸術療法や箱庭療法などもあります。いずれにせよ、カウンセラーとの人間関係を活用し、相互交流の中で自傷行為について取り組んでいくことになります。
自傷行為をする人へのカウンセリングでは、まず本人が自傷行為に至るまでの感情やきっかけ、背景となる出来事を丁寧に聴き取ることから始まります。自傷行為はしばしば「苦しさを和らげるため」「感情をコントロールするため」という切実な目的を持っているため、単にやめさせようとするのではなく、その人の内面に寄り添いながら、なぜ自傷という手段を選ばざるを得なかったのかを一緒に考えていきます。
カウンセリングでは、自己否定感や孤独感、不安などの感情に焦点を当て、言葉で気持ちを表現する力を育てたり、ストレスや不安を和らげる新しい対処法(呼吸法や日記、信頼できる人に話すなど)を提案したりします。また、家族との関係性や日常生活での支援体制についても確認し、必要に応じて家族支援や他の専門機関との連携も行います。こうした関わりを通して、本人が自分自身を大切にする感覚や、安心できる関係性を築くことを目指します。
カウンセリングについては以下のページに詳しく書いています。
Aさんはカウンセリングで自分の気持ちやつらさを丁寧に振り返り、ストレスへの対処法や感情表現の練習を重ねることで、少しずつ自傷行為の頻度が減少していきました。
自傷行為についてのよくある質問
(株)心理オフィスKで自傷行為について相談する
自分で自分の腕にカミソリを突きつける時、自分の喉に自分の指を押し込む時、異常な性関係に走る時。その時の心理状態は、想像を絶するものです。しかし、「この人の辛さはどれ程だろうか」と周囲の人間がまずは想像してみることが、本人が苦しみから解き放たれる第一歩だと考えられます。
また、「自分を助けてくれる人がいるかもしれない」と本人が想像してみることも必要です。互いの想像力が交差した先には、自傷行為をせずとも生きていける世界がきっとあります。
こうした自傷行為について臨床心理士や公認心理師などの専門家と相談したり、カウンセリングを受けたりして、取り組んでいけたらと思います。(株)心理オフィスKでも自傷行為についての相談やカウンセリングを行っています。ご希望の方は以下のURLからお申し込みください。
文献
この記事は以下の文献を参考にして執筆いたしました。