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あるヒステリー症例分析の断片

夢の中の真実

S,フロイトの1905年の症例論文「あるヒステリー症例分析の断片」についての要約です。ドラという思春期の症例の精神分析で扱った2つの夢を主に解釈した論文です。また、転移の発見という重要な副産物も盛り込まれています。

本論文はフロイト全集〈6〉1901‐06年―症例「ドーラ」・性理論三篇あるヒステリー分析の断片―ドーラの症例 (ちくま学芸文庫)に収録されています。

ドラの写真

ドラの写真

1.論文の背景

この論文は本書の「序言」で述べられているように、もともと「夢とヒステリー」という副題がつけられており、この論文が「夢解釈(1900)」とともに、また「ヒステリー研究(1895)」の継続であることを示すものであった。そしてフロイトはこの論文をフリース宛ての手紙で、「これは私がいままでに書いたなかでもっとも精妙なものです」と自賛するとともに、「つね以上にひんしゅくを買うことになるでしょう」とも述べており、実際フロイトが予想したように、当時はこの論文に対して全面否定的な反応は多かった。しかし、ブロイラー(スキゾフレニアや自閉といった用語の創設者でも有名)などの一部の精神医学者からは本論文は高く評価されていた。

この論文は患者である18歳の少女がドラと名付けられていることから一般にドラの症例と呼ばれる。フロイトによる代表的な5つの症例報告のうち、一番初めに発表されたヒステリーの症例である。フロイトは本論文で「ヒステリー研究(1895)」で発表したヒステリー論の臨床的有用性を示そうとした。本論におけるヒステリー論は、ヒステリーが心因性に生じること、症状形成に性衝動の抑圧が関与していること、治療には無意識の精神力動を意識化する必要があること、の3つを要点として展開する。

また、「この労作の表題はもともと「夢とヒステリー」というのであった」とフロイトが述べるように、フロイトは本論を通してヒステリー論と同時に夢解釈の技法を症例を用いて臨床的に提示するという目的があった。フロイトにとって夢とは抑圧された無意識の欲望が形をかえて現れたものであり、夢を介すことによってその人の無意識に到達できる。夢を活用することはヒステリー、ひいては精神疾患の理解や治療に役立つことを主張している。

2.ドラの病状

(1)ドラの家族歴

父・母、兄、ドラの4人家族である。

父親(40代後半)は、大工場の経営者。知性と個性的な性格をもつという点や、ドラの幼年期の歴史と病歴の骨格を形作ったという点において圧倒的な力をもった人物。ドラは父に特別な愛着をいだいていた。また、ドラが6歳のとき以来、父は結核や網膜剥離などの重病を患い、さらにドラが12歳の頃には錯乱発作からなる疾病で麻痺現象と軽度の心的障害が続いた。そこで、父はK氏の説得によりフロイトの助言を求めた。フロイトは進行性麻痺などの症状が、結婚前に梅毒の感染によって生じたものであると診断し、抗梅毒治療を施し改善した。その4年後に父はドラをフロイトのところに連れてきて、さらにその2年後に娘をフロイトの精神療法による治療にゆだねた。

母親(年齢不明)は、父やドラの話しからすると、母はあまり教養がなく、とりわけ愚かしい女性であると想像せざるをえないとのこと。夫が発病し、それに続いて夫の気持ちが自分から離れてしまったのちは、すべての関心を家政に集中させていた。子どもたちが活発な関心を向けている事柄には理解を示さず、一日中住居や家具などを磨き上げ、それらを汚れないようにしておくことに精を出していた。母とドラは数年来まったく不仲な間柄であり、ドラは母親を無視し、厳しく批判し、そして母親の影響下から完全に逃れ出ていた。

兄(19歳程)は、ドラは兄を模範とし、なんとか兄に肩を並べようと励んでいたが、ここ数年間は、兄妹の間柄には距離が入るようになった。

(2)生活史・現病歴

ドラはすでに8歳のときから呼吸困難の神経症の症状が出ていた。12歳の頃、偏頭痛のような片側の頭痛と神経性の咳の発作が現れ、この発作はフロイトのもとを訪れるまで続いた。15歳の頃にフロイトはドラに会っており、心の治療を受けるよう提案したが、咳の発作が消え去ったこともあって取りやめになった。しかし、その後も病気の主な徴候として気ふさぎと性格変化があり、父には無愛想な態度を取り、母とはまったくそりが合わなかった。ある日両親はドラの机の引き出しの中に一通の手紙を見つけ、そこには、「もはや生きることに耐え切れないので、二人に別れを告げる」ということが書かれていた。また、父とドラが何でもないような言葉を交わした後、最初の意識消失の発作を起こし、その後それについての記憶喪失が続くという事態が生じ、フロイトの精神分析を受けさせることが決まった。

(3)経過

父が結核を発病し、これをきっかけに家族は国内の南部の地方にあるB町に引越し、その後10年間にわたってこの地で暮らすようになったのだが、そこでK氏夫妻と親交を結ぶようになった。父が大病中、彼の世話をしたのはK夫人であり、父は夫人に変ることのない感謝を捧げていた。また、K氏はドラにいつも優しくしてくれて、ちょっとしたプレゼントをくれたりした。

父とドラが2年前の夏にフロイトのもとを訪れたとき、二人はK夫妻の所へ行く道中にあり、ドラはKの家に何週間か滞在することになっていた。父は数日後に家に帰る予定だった。⇒ところが父親が旅立ちの荷造りをしていると、突然ドラが断固とした調子で、自分も一緒に帰ると言い放ち、父と一緒に帰ってしまった。

ドラによると、湖を船で渡った後にK氏と散歩していると、K氏が無謀にも彼女に愛を告白したというのである。しかし、K氏は「自分はいっさい何もしていない」と断言し、K夫人から聞いた話しとして、ドラは性的な事柄にばかり関心を示し、マンテガッツァの「愛の生理学」のような本を読んで熱に浮かされ、すべて思い込みで、でっち上げ場面を物語ったのだろうと主張した。

その後ドラは父に対してK氏やドラが以前崇拝していたK夫人との交際を絶つように求めた。しかし、父自身はドラの話を、娘の胸に巣くう空想だと思っているとフロイトに語った。またK夫人とは「できる限り友人としてのいたわりの気持ちを持って互いに慰めあっている」と言い、「先生もご存知のとおり、私自身の妻は私にとってもうどうでもよいのです」と語った。

3.ドラとK氏

(1)ドラとK氏の別の体験

14歳のドラはK氏と教会の祭りを見物するため、K氏の営業所にやってきた。ドラが店に入った時、K氏は一人きりだった。そして、突如ドラを抱き寄せ、自分の唇に押し付けてキスをした。ドラはこの瞬間に激しい吐き気を感じ、建物の出口に走って向かった。しかし、こういったことがあったにも関わらず、その後もK氏との交際は続いた。しかし、この事件は別の結果を残した。抱きしめられたときの圧迫をいまなお上半身に感じるという幻覚的感覚や、男性が婦人と夢中になって会話を交わしているのを見ると側を通れなくなるのだった。

(2)フロイトのこの出来事の再構成

ドラがK氏から激しく抱きしめられた際、唇にキスを感じただけではなく、勃起した男根が自分の体に押し付けられるのを感じたものと考える。このいとわしい知覚は、想い出から除外されるとともに、抑圧され、胸部への圧迫という、よりあたりさわりの無い感覚に置き換えられた。これは下半身から上半身への新たなずらしである。

婦人と話し込んでいる男性のそばを通れないのは、性的興奮の身体的な徴を再び見たくないからなのである。性的な興奮状態にあるのかもしれない男性に恐れをいだくのは、抑圧された知覚が新たに再活性化することから自らを守ろうとする恐怖症のメカニズムの結果である。

4.ドラの精神分析過程

「父は不誠実で、性格面に欺瞞的なところがあり、自分の満足ばかりを考え、そして自分にいちばん都合のよくなるように段取りを整える才能がある」といった批判を、フロイトはドラから聞かされた。フロイトはドラによる父親の性格づけに対して全般として異論は唱えられず、ある特別な非難をいだくのはもっともだというのも容易に理解できた。

ドラが憤激の気分に囚われるとき、自分は父とK夫人との関係をK氏に我慢してもらう代償として、K氏に引き渡されたのだという考えが彼女に迫ってきた。ドラの父への愛着の背後には、自分をこんなふうに利用することへの憤怒が隠されているのをうすうす感じ取ることができた。

父が、K夫人との関係を乱されないようにするために、自分の娘に対するK氏の振る舞いについて白黒の決着をつけようとしなかったというのは、ドラの言うとおりであるが、ドラもまた同じ事をしていた。彼女は、自ら二人の関係の共犯者となり、その関係の真の性質を示唆するような出来事にはすべて目を閉じていた。湖畔での事件以前の数年間、彼女はずっと父とK夫人との交際を出来る限り手助けしてきたのだった。

また、ドラの以前の女性家庭教師はK夫人をドラの敵とする側に立つようそそのかしていた。この家庭教師はたいへんな多読家で、とらわれのない考えをもつ、少し年増の娘だった。この家庭教師は性生活などに関するありとあらゆる本を読み、それにつてドラに話していた。先生と生徒はしばらくは大の仲良しだったが、そののち突如ドラは彼女と仲違いし、暇を出すよう言い張るようになった。ドラには、この女先生が父に恋をしていることに気づいており、ドラが怒り心頭に発したのは、家庭教師にとってドラ自身のことなどまったくどうでもよく、さらに、ドラに示されていた先生の愛が本当は父に向けられているのだと悟ったときのことだった。

ドラはまた、父が自分の病気を口実にし、それを手段として利用していると非難していたのであったが、この非難もまた彼女自身の秘密をそっくり覆い隠していた。ドラはK夫人を観察することから、いかに病気を便利に利用できるかを見聞きした。K氏は一年のある期間旅に出ており、帰ってきて夫人に顔を合わせるたびに、前日まで元気にしていた夫人が突然病気になった。夫人にとって病気は、結婚生活のいとわしい義務から逃れられるのだから好都合であることもわかっていた。

ドラ自身も失声をともなう咳の発作を幾度となく起こしたことがあった。その発作はだいたい3週間から6週間であったが、K氏の留守はどのぐらいの期間だったのかと訪ねると、彼女は同じく3週間から6週間の間だったと認めざるを得なかった。すなわち、K夫人が病気によって夫への嫌悪を表明していたように、ドラは、自分の病気によってKへの愛を表明していたのだった。彼の留守中は病気になり、戻ってくると元気になった。フロイトは、彼女の現在の病気には、彼女の理解したK夫人の病気と同じ動機づけや傾向があるという点に、彼女自身が注意を払うようしむけねばならなかった。

父のしたことで、ドラをもっとも憤激させたのは、父が湖畔での一件を彼女の空想の産物だと理解したがっていたことのようだった。当を得ない非難なら、それによって侮辱されたという思いは長続きしないのだから、この場合その拒否の背後には何かが隠されていると推測してしかるべきであった。他方、フロイトはドラの話は真実そのものに違いないという結論にいたったとも述べている。彼女はK氏の意図を理解するや、言い訳などさせず、平手打ちをくらわしてそこから走り去ったのである。

父に対する糾弾はうんざりするような単調さで繰り返され、そして他方、咳はそのまま続いていた。フロイトは、この症状は何か父に関わることを意味しているのかもしれないと考えざるをえなくなった。

さらにフロイトはドラに向かって、父とK夫人との関係はありきたりの愛人関係だとずっと力説する一方で、父は不能なのだから、そんな関係は猫に小判だと言い張っているのは、まったくの矛盾ではないかとドラに問い詰めた。ドラは、性的な満足を得るのにいろいろなやり方があるのはよく知っていると言うため、<いまあなたは、まさに興奮状態にある身体部分(喉、口腔)のことを考えているのですね>と伝えると、ドラは「そんなことまで考えた覚えはない」と言い張った。

断続的に生じる咳をすることによって、彼女は愛人関係にあるという考えがずっと彼女につきまとっていた二人の人物が、口を使って性的満足を得るという状況を思い浮かべていたのである。そして、彼女がこの解明を黙って受け入れたその直後に咳が消えた。

ドラは母とK夫人に同一化しており、彼女は自分で思っている以上の強い恋心を父に向けていた。しかし、フロイトはドラの父への愛は新たに復活した愛だったと述べる。そしてそれは明らかに、無意識においてなおも強い力を保つ、ある別のことを抑え込むための反動症状として復活した。そのようにして抑え込まれていたのはK氏への愛だった。

湖畔での事件以来、このほれ込みに対する激しい抗いが起き、K氏への愛に何も気づかずにすますようにするために、父への以前の恋心を持ち出してきてそれを強化した。絶えずほれ込みが意識へと迫ってくるのに対する防御として、彼女は小児的な父への恋心を呼び起こし、それを誇張せねばならなかった。

父とK夫人との関係をめぐる過大視された想念の連なりの背後には、K夫人を対象とする嫉妬の興奮、つまり同性への恋心によってのみ成り立ちうる興奮もまた潜んでいた。

フロイトはK氏がドラをおとしめ、K夫人がドラを裏切り、ドラを悪者に仕立て上げたのであると主張する。ここでもまた家庭教師の場合と同じことが起きており、K夫人もまたドラその人を愛していたのではなかった。ただその父親ゆえに彼女を愛していただけだった。K夫人は、自分とドラの父との関係に邪魔が入らないようにするために、ドラを容赦なく切り捨てたのである。

このK夫人から受けた屈辱は、父がドラを切り捨てたという屈辱よりも彼女にとってはずっと深刻で、病因としてより強く作用したのかもしれない。父による屈辱を表に出すことによって、K夫人による屈辱を隠蔽しようとしていたのである。

父とK夫人との関係をめぐる、ドラの過大視された想念の連なりは、かつては意識的であったK氏への愛を抑え込むためのものであっただけではなく、より深い意味で無意識的であったK夫人への愛を隠蔽しようとするものであったと想定される。

ドラは絶えず父がK夫人のために自分を切り捨てたのだと自分に言って聞かせるとともに、父がK夫人を自分のものにするのは赦さないというデモンストレーションを騒々しく行っていた。そして、それによって彼女はその逆のこと、つまりK夫人の愛が父に向けられるのが自分には赦せないこと、そして愛する夫人が裏切りによって自分を幻滅に陥れたのは勘弁できないということを自分に対して隠していたのである。このような女性への愛の感情の流れは、フロイトの考察によれば、ヒステリーの少女たちの無意識的な愛情生活における典型なのである。

5.第一の夢の解釈

(1)夢の概要

事例としてドラが繰り返し見る2つの夢の分析事例が報告される。分析方法としては夢解釈の方法が用いられる。すなわち、「夢を細かく分析し、そこから思いつくことを報告する。」フロイトは夢の全体的な印象については触れず、夢からの連想を要素に分解して「おや、まてよ」と思わされるような二重の意味を持つ言葉を取り上げていく。こうした言葉をフロイトは「転轍機」と表現している。

フロイトによれば連想のなかでこの「転轍機の軌道変換を行うと夢の背後にいまだ隠されている思考に至れる」と述べている。この隠されている思考とは、すなわち性的な欲望を想定している。この論文では夢分析を通して、夢の無意識的意味を解釈していき、ドラに自己開示を求めていく、時には自己理解を説得していくように(発表者にはそう見える)やりとりが続けられる。

(2)第一の夢

「ある家が火事になっています。父親はわたしのベッドの前に立っていてわたしを起こしています。わたしは急いで服を着ます。母は自分の宝石箱を持ち出そうとぐずぐずしていますが、父はこう言います「君の宝石箱のために私や二人の子供たちが焼けこげるような目には遭いたくない。」と。わたしたちは下の階に急いで降ります。そして外へ出るとすぐに目が覚めるのです。」

夢形成の機制について、どんな夢も欲望である。そして、その欲望は成就されたものとして描き出される。無意識にまで達している欲望だけが、夢を形成する力を有する。

幼年の時の体験と現在の体験とを結び付け、その最も古い過去の手本に倣って現在を作り変えようとする。夢を作り出す欲望はかならず幼年期に由来するものだからである。

(3)夢からの連想

「最近父が母と喧嘩をしたので。母が夜、ダイニングにカギをかけてしまうので。つまり、兄の部屋にはちゃんとした出口がなく、ダイニングを通らないと部屋から出られないのです。父は、兄が夜のあいだそんなふうに閉じ込められることになってはいけないと言うのです。父の言葉では、「そんなことをしてはだめだ。夜のあいだに外に出なければならないことが起こるかもしれないじゃないか」というわけです。」

  1. 「夜のあいだに外に出なければならないことが起こるかもしれないじゃないか」
  2. ドラの見解:両親が喧嘩したときに火事を心配していたことから連想。
  3. フロイトの解釈:「お父さんがベッドの前に立っているの見てるのと同じようにソファーで横に立っている時にKさんがわたしの前に立っているのが見えた。」というKさんとの体験をキッカケに生じた連想。
  1. 「わたしは急いで服を着ます」
  2. フロイトの解釈:「部屋にカギをかけるかかけないかというテーマ。」
  3. 解釈に対すドラの連想:「Kさんが身だしなみを整えているわたしのところに現れるのではないかといつも心配していた。それでいつも急いで服を着ていた」
  1. 「外へ出るとすぐに目が覚めるのです」
  2. フロイトの解釈:ある決意に対応している。ドラの「この家を出ていくまでわたしは気が休まるときがない。安眠することができない。」と夢では反対のことを言っている。
  1. 「宝石箱」
  2. フロイトの解釈:「あるものをあらわすために好んで用いられる。」「そのあるものとは女性器」
  1. 「火事」「焼けこげる」
  2. フロイトの解釈:「火遊びをすると子供たちがベットでおねしょをするのではないかと心配する」「愛やほれ込みや身を焦がす恋などを直接代表している」
  1. ドラによる補足の説明「目が覚めるたびに煙の臭いがしていた」
  2. フロイトの解釈:抑圧を克服しなければ生まれなかった。その男性を受け入れてもよいといった誘惑の思考に属していた。愛煙家とのキスは煙の臭いがする。キスの切望を意味する。

(4)夢の解釈のまとめ

要旨としては、フロイトは第一の夢を次のように解説している。この夢はK氏に身体を許してもよいという誘惑から逃れようとする決意を表している。しかし、この強烈な誘惑を抑え込むため、ドラは幼年期に生じていた父親に対する愛着を呼び覚ました。この父親に対する愛着とは幼少期からの生活史に由来する、礼儀正しさや思慮深さからの動機、家庭教師の女性から打ち明けられた話を聞いて生じた敵意に満ちた感情の蠢き、さらに幼少期の生活史に基づき、彼女の中に生じた性への嫌悪、すなわち神経症的要素から成るものである。父親のもとに逃れようと言う決意が夢を形成し、父親が私の危険を救ってくれるといった彼女の欲望が成就される状況に変えている。

一方で、実際は自分をこの危険に陥れたのはほかならぬ父親であるという父親に対する敵意はここでは抑え込まれている。このことは父親はいついかなるときでも自分を救ってくれる助けでなくてはならないという願望として夢の形成の一因になっている。

6.第二の夢の解釈

(1)第二の夢

「私はある街を散歩しています。私の知らない街です。馴染みのない通りや広場が見えます。それから私の住んでいる家に入ります。私の部屋に上がると、そこにお母さんからの手紙が置いてあるのを見つけます。その手紙によると、私が両親の知らぬ間に家から出ていったので、お母さんは、お父さんが病気になったという手紙を書きたくなかったというのです。そして、お父さんはもう亡くなったので、もしお前が来たいのなら、来てもいい、と書いてあります。そこで私は駅へ向かうのですが、100回ほども、駅はどこですか?と尋ねています。私はそのたびに、5分、という答えを聞きます。それから、目の前に深い森が見えます。その中へ入っていって、そこで出会った男に尋ねます。するとその男は、2時間半、と答えます。男は私に、連れていってあげようと言います。私はそれを断って、一人で行きます。目の前に駅が見えるのですが、そこに行き着けません。そのとき、夢の中で先に進めないときによくある不安感を感じます。その後、私は家にいます。そのあいだに私は汽車に乗っていったに違いありません。でも、そのことについては何も覚えていません。門番の部屋に入って、私たちの住まいのことを尋ねます。女中がドアを開けて、お母さんや他の人たちはもう墓地にいます、と答えます。」

(2)第二の夢の解釈のまとめ

フロイトは第二の夢を解釈し終える前に途中で精神分析が中断しているため、総合的な判断の試みは不可能であると前置きした上でこの夢についていくつか見解を述べている。それぞれの見解の要旨として、門構えとして前面に押し出された部分では父親に対する復讐心が現れている。

また、「今や彼女は家へと戻るのだがほかの人たちは全員すでに墓地にいる。彼女はまったく悲しみもせず、自分の部屋に上がり落ち着いた調子で百科事典を読む」という部分に関しては実際に実行した両親に別れの手紙を見せつける復讐行為とその背後にK氏に対する復讐の思考がほのめかされている。最も深く隠されていたK夫人に対する愛ということに関しては男性という立場から破瓜についての空想が描き出されていること、口頭によるものでない性知識の情報源が示唆されていることがある。この夢において残酷でサディスティックな感情の蠢きが成就されている。

7.議論

(1)ドラの精神分析中断における転移

転移についてフロイトが最初に述べたのは本論と言われている。本論が「あるヒステリー症例分析の断片」とされているのは精神分析が完了せず中断したためである。

その中断の根拠として、岩崎(2008)によれば土居はフロイトがあとがきの中で述べている次のことを挙げている。「転移を扱う作業は全治療の中でもっとも困難な部分である。それに比べれば夢の解釈、無意識の思考と記憶を患者の思いつきから引き出すことやこれと類似している変換技術はたやすく学べるものである。」

つまり、フロイトははじめ本論を書いた主題である夢解釈などより転移の取り扱いが精神分析において重要な意味を持つことに気付いたとされている。フロイトは文中「転移とは、過去の精神的な体験のすべてはけっして過去に属するものになるのではなく、精神分析家という人間との現実的な関係としてふたたび活動しはじめるのである」と述べているように、ドラとの転移については認識している。しかし、「このことは精神分析が時期尚早に中断するという結果にいたった大きな欠点と密接に関係がある。私は適切な時期に転移を処理することができなかった」と述べているように、転移の取り扱いが十分でなかったことが本例の中断につながったという見解を示している。

(2)ヒステリーと性欲

フロイトが本論文を通してヒステリーの病因として抑圧された性欲があるということを主張したいのはくどいほど伝わってきたのですが考えがあまりに性欲に偏っており、全体の文脈としてドラがどのように悩み、苦しんでいたかとういうことが無視されているように感じられました。一方で、こうした治療や理論上の試行錯誤を繰り返して精神分析の理論を形づくったということを実際のフロイトの症例を通して学ぶ事でこれまでよりもより精神分析が身近に感じられるだけでなく、諸家が様々な表現をしている転移とは何かというものをより具体的に知れたように感じました。

(3)フロイトの共謀

ドラの症例は近年の精神分析研究者からの批判の対象になっており、フロイトが父親やK氏とはすでに顔見知りで、この環境側の「陰謀」にのせられ、時に積極的に乗っているように見えるとする批判や(ラングス,1980)、マホーニーに至っては「はっきり言ってフロイトはドラが嫌いだったのではないかとさえ示唆するのである」とまで述べている(北山,2000)。

しかし、フロイトはドラの話を一貫して「真実そのものに違いない」と受け止めており、ドラが周囲の大人たちに利用されつづけてきたことへの怒りを汲み取っているようにも感じられた。治療は短期間で中断となったが、ドラが成人した後、「フロイトだけが自分に真実を語ろうとした」と回顧しているというエピソードもあり(祖父江2015)、周囲と偽りの関係しか築けなかったドラにとって、フロイトとの精神分析体験はそれまでの偽りの関係とは全く異なる、真の関係を築いていこうとするような体験だったのではないだろうか。

ドラの母は病理の重い人という印象を受けるが、ドラや父はそのような母を排除しようとしており、母の存在が一家に暗い影を落としているように思われる。思春期のドラにとってこのような歪んだ母子関係の問題が大きな影響を与えていたのだろう。

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