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設定状況における幼児の観察

子どもの遊びから見立てる

D,W,ウィニコットの1941年の論文「設定状況における幼児の観察」についての要約です。舌圧子ゲームを用いて、それを乳児はどのように遊ぶのか、遊べないのかということを通して、乳児の心と発達の理解をしていくことを論じています。

本書は小児医学から精神分析へ―ウィニコット臨床論文集に収録されています。

1.論文の背景

この論文が発表された時期、世界では第二次世界大戦(1939-1945)の最中であった。ロンドンが空襲に遭うようになり、1941年、ウィニコットは疎開児童のコンサルテーションに携わる。また、英国精神分析協会では、クラインを中心としたグループとウィーンから来たグループが対立し大論争が起こった(1941-1944)。そこで、ウィニコットはクライン派から離れていく。1936年に開始したジョアン・リヴィエールとの分析を1941年に終える。

ウィニコットは、小児科の外来で治療相談を行っており、どんな身体的な問題でも、その背景には心理的要因が関与していると考えていた。この論文は、そこでの観察から生まれた「舌圧子ゲーム」の設定状況を示したものである。

2.設定状況

どんな幼児が来ても、どんな観察者によっても、観察に適用できる道具が必要である。大きな部屋で行う。自分と母親との間にテーブルの角がくるようにして向かい合って座るよう、母親に指示する。母親は幼児を膝に乗せて座る。手順直角に曲げられた光る舌圧子をテーブルの端に置き、もし幼児がその舌圧子をいじりたいと思ったらいじることができるように幼児を座らせるよう、母親に求める。

3.設定状況に対する幼児の行動

生後5ヶ月から13ヶ月の正常なプロセスについて記している。

(1)第1段階

幼児は舌圧子に興味を示し、それに手を置いたりするが、抑制し、身体をじっとさせている。「ためらいの時期periodofhesitation」。ためらいの時期の間に幼児の口に舌圧子を入れる実験を行ったが、よほど強く乱暴に実行しない限り、子どもの口に舌圧子を入れることが不可能である。

(2)第2段階

だんだんに、自発的に舌圧子に対する興味がもどってくる。舌圧子に対する欲望を幼児が受け入れると身体的な変化が観察される。口のしまりがなくなり、舌は厚く柔らかくなり、よだれが溢れ出る。続いて、舌圧子を口の中に入れ、噛み、身近にあるものを叩き、身体を自由に動かし遊ぶ。

(3)第3段階

まるで誤ったかのように舌圧子を落とす。元に戻されると喜び、遊んで、わざと落とす。幼児は舌圧子を持って床におりたがり、舌圧子で再び遊ぶが、しだいにそれに興味をなくす。

4.12ヶ月の女児の症例

この設定状況において治療的な仕事を行った例を挙げる。

(1)病歴

生後6ヶ月から8ヶ月の伝染性の胃腸炎がきっかけで摂食障害となる。怒りっぽい、食べた後で吐き気を感じやすい、遊ぶことがまったくできない、ひきつけの発作を起こす、などが見られた。

(2)設定状況での行動

12ヶ月の時に、女児を私の膝に乗せる方法で、数日ごとに20分間診察をした。ある診察の時、女児は私の指の関節を噛もうとして、もぞもぞ動いていた。その3日後の診察時、女児は皮膚が裂けるほどのひどい噛み方で、私の指の関節を3回ほど噛み、舌圧子を床の上に15分間ほど絶え間なく投げ続けて遊び、その間中泣き続けていた。次の診察までの2日間にひきつけ発作を4回起こした。

前回から2日後の診察時、30分膝に乗せた。はじめはいつものように泣いた。私の指の関節をひどく噛んだが罪悪感を見せることはなかった。噛むことと舌圧子を放り投げるというゲームで遊び、楽しんだ。しばらくして自分のつま先をいじりはじめていた。

(3)女児のその後

症状は改善され、14日間ひきつけ発作が起こらなかったので母親が終了を申し出た。1年後まで、最後の診察以降何も症状がなかった。

5.正常からの逸脱

重要な偏りは、最初のためらいにおけるものである。例えば、舌圧子に興味を示さない。興味に気づくまで、興味を表明するまでに多くの時間がかかる。すぐにつかみ、あっという間に口に持って行く。つかんですぐに床に投げ、それを繰り返す。

基準からの偏りと、食物や人物に対する幼児の関係の持ち方の間には、相互関係がある。

6.症例による技法使用の例示

(1)マーガレットの病歴

症例はマーガレットという7ヶ月の女児である。喘息が見られている。診察に来る3日前から興奮し、よく眠れず、軽い咳をしていた。前日、一晩中ゼイゼイした呼吸をしていた。彼女は両親、16ヶ月年上の姉とも関係がよかった。母親は、彼女を妊娠したときに喘息が起きた。母親も、祖母も喘息にかかりやすかった。

(2)設定状況での行動

a.1回目のセッション

机の上に舌圧子を立てると、彼女はすぐに興味を示し、舌圧子をながめたり、私を見たりした。ため息をつきながら、5分ほど私を凝視していた。ついに舌圧子を取ったが、口に入れる決心をつけられなかった。しばらくして、彼女の口からよだれが溢れ出てきた。それから数分間、口の体験を楽しむことが続いた。

b.2回目のセッション

彼女は舌圧子を取ろうとして手を伸ばしたが、前回と同じようにためらった。やっとのことで舌圧子を口に入れ、1回目よりも熱心に噛んで音をたて、楽しめるようになった。間もなく、それをわざと落とした。それを返してもらうと、興奮して音を立てて舌圧子で遊んだ。

何度か繰り返したのちに、手近にある容器など、他の物に興味を持ち始めた。容器と舌圧子と一緒に、彼女を床の上におろした。はじめは舌圧子と容器を一緒にして遊ばなかったが、しだいに舌圧子で容器を激しく叩きだした。

(3)設定状況で生じた喘息

2回とも、彼女が舌圧子を取ることをためらっている間に喘息が起きた。ためらいは、精神的な葛藤を意味する。舌圧子を取りたいという衝動が引き起こされ、その衝動は一時的に制御された。喘息はその衝動の制御の時期と一致して起きた。

(4)マーガレットのその後

2週間の後、2回の診察における2回の発作をのぞいて、喘息を経験しなくなっていた。

7.理論上の考察

(1)不安について

設定状況での最初の段階でのためらいは、不安の一つの徴候であり、普通に現れるものである。幼児は、自分が気ままに楽しむことが、怒る母親や仕返しをする母親を作り出すのを予期しており、幼児の心の中には、潜在的な悪や厳格さについての考え、「超自我」がある。両親の態度は多くの違いを実際に作り出してはいるが、正常なためらいは、親の態度との関連で説明はできない。

これまで禁止の経験がなくても、ためらいは葛藤を意味し、幼児の心の中の空想の存在を意味している。結果として、幼児は、まず自分の興味と欲望を抑えねばならない。幼児が環境について吟味して、その結果に満足できる限りにおいてのみ、自分の欲望を再び見出せるようになる。

(2)不安と身体反応

生理的な反応、身体症状には、様々な不安の現れ方がある。その子どもの感情と空想、入り混じった興奮や怒りなどの全体と、これらに対する防衛を知ることで、症状と起きていることを理解できる。
設定状況における幼児のためらいは、手を伸ばして取るという衝動が、一時的に否認する程度にまで制御されたということである。

喘息の症例において、制御とは気管支の制御も含んでいた。例えば、母親の身体の内側に伸びて入り込む、とう恐れが、幼児の心の中で「息をしないこと」と結びつくこともあるだろう。危険な息、危険な呼吸、危険な呼吸器官についての考えは、幼児の空想へと導く。

(3)舌圧子は何を表しているのだろうか

舌圧子は種々のものを表している。乳房、ペニスなどである。さらには、舌圧子は人間をも表している。幼児は、承認されているか不承認であるかというその人の気分を感じ取りながら、人と人を区別しながら、目を通じて、全体としての人間を取り入れることができるかもしれないということが、これまでの観察ではっきりと示された。

(4)幼児の情緒的発達について

この設定状況の行動から、幼児の情緒発達の段階をみることができる。部分対象の背後にある全体的人格を築きあげる能力を発達させていない段階、ひとりの全体的人格を認知し、母親1人と関係する段階、母親1人との関係から、同時に2人の人格との関係を取り扱えるようになる段階。

喘息の症例では、ゲームの終わりには舌圧子と容器を一緒にできる、という子どもの成長する能力と、一度に2人の人格との関係を取り扱うことについての願望と恐怖の混合物が観察できた。一度に母親と私自身という2人の人格を扱えるようになるのは、1人の全体的人格を認知するよりも、より高い水準の情緒発達を要求する。

幼児の発達のこの段階は、自分にとっての重要な2人の人物との関係(両親)を取り扱うことができるようになるので、大変に重要な段階である。2人の親の少なくとも1人に、怒りや不満をかきたてることなしに、彼の貧欲さを満足させることができるのかできないのかについて、幼児はためらう。その幼児が正常であれば、主要な問題の一つは、一度に2人の人物を取り扱うことである。舌圧子を欲しがってこれを取り、自分のものにするといった冒険の体験は、幼児にとって治療的な価値をもち、対象と関わる一種のお稽古の役目を果たす。

(5)全体的体験

この設定状況での仕事において治療的なものとは、体験の全過程が許容されている、という事実にある。母親は、幼児に対する直感的マネージメントのなかで、自然にさまざまの体験について初めから終わりまでの全過程を許容し、幼児が母親の立場を理解できるくらいの年齢になるまではこれを保ち続けている。精神分析にも、これに似た何かがある。精神分析でのそれぞれの解釈は、舌圧子のように光る対象であり、患者の貧欲さを刺激するものなのである。

8.第3段階についての覚書

フロイトが「快感原則の彼岸(1920)」において記載した、母親が離れていくことについての自分の感情を男の子が克服した糸巻きゲームとの関連について。男の子の母親を表しているこの糸巻きは、母親から離れていくことを示すために投げ捨てられるのだと考える。その糸巻きは、彼の所有する母親を象徴している。

設定状況における第2段階では、舌圧子を失った幼児はとても動揺する。外的現実と内的な世界で愛している人々を危険にさらすような破壊的な傾向が、恐怖や罪悪感、悲しみをもたらす。

しかし、第3段階に到達すると、舌圧子を投げ捨て、それから自由になることを練習し、楽しむようになる。舌圧子を投げ捨てることは、外的かつ内的な母親を排除するばかりではなく、内的母親を外在化させ、内的な母親が消えてなくなることなく、破壊されることなく、遊び相手になろうとしてくれることを自分自身に示すためにそうする。そしてこれらのすべてのことによって、子どもは内的、外的側面の物や人物との関係を修復するのである。

9.議論

日常的な診察場面で、誰もが簡単に設定できる状況をつくり、その観察から理論を導き出すこと、この設定状況での行動を力動的にとらえることは非常に素晴らしい。

第1段階では、赤ちゃんが舌圧子に興味を持ち、それを取りたいと思うがためらって身体をじっとさせる。このようなためらいから、幼児に空想や超自我が存在し、不安や葛藤が生じることが示された。幼児の衝動は抑制され、その時、喘息の症例では、気管支にまで制御が及び、喘息が起こった。このように、空想と身体の反応とが結びついていく様子がわかりやすく説明されている。

ウィニコットは、この設定状況と精神分析の類似として、体験の全過程が許容されているということ、精神分析での解釈は、舌圧子のように光る対象であり、患者の貧欲さを刺激するものである、ということを挙げている。設定状況になぞってみると、解釈に興味を持つがためらう段階、解釈を自分の所有物として遊ぶ段階、解釈を捨て自由になる段階がある、と考えられる。もし患者が「ためらいの時期」にある場合は、解釈のしかたによっては「無理やり押し込まれた」と感じることもあるのだろうし、拒絶することもあるだろう。幼児が舌圧子を自分のものにできるように、分析においても、ためらっている患者を積極的に安心させなくとも「ためらいの時期」を脱し、自発的に自分の感情を発展させていき、次の段階へと進むことができる、と考えられる。

ピカピカ光って魅力的な舌圧子だからこそ、それに対する欲望は強くなり、不安や葛藤も強くなるのだろう。この舌圧子のように光る解釈、患者の貧欲さを刺激するような解釈とはどういうものか考えたい。

この設定状況での数回の面接で、身体症状が改善したことに驚いてしまう。ウィニコットは、「幼児の人格の流動性と、感情や無意識の過程が赤ん坊の早期の発達段階に非常に密接に関連しているという事実が、数回の面接の経過の中でも変化をもたらすことを可能にする」と記載している。症状が改善された要因などについて幅広く議論できるだろう。

もちろん、この設定状況と精神分析(的心理療法)との関連については明らかである。ここで扱われているケースや対象は乳幼児であるが、成人のセラピーであっても参考にできることは多いだろう。

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