物を盗むことは悪いことであり、犯罪であると小さい頃から教えられたと思います。確かにそうではありますが、中には盗むことを病的に繰り返してしまう人たちがいます。それがクレプトマニアであり、依存症という精神障害の一種です。
ここではクレプトマニアについての概要、原因、診断、治療、カウンセリングなどについて解説します。
目次
クレプトマニアとは
クレプトマニア(病的窃盗、窃盗症)とは、盗み癖があり、自分が必要のないものを盗んでしまう病気です。本人にとっては抑えられない衝動的な行動で、自覚症状はあるものの、制御が困難です。クレプトマニアは、ストレスや不安などの精神的な問題が原因で発生することがあります。治療には、カウンセリングや行動療法、薬物療法があります。また、窃盗行為を犯してしまうことによって社会的に問題が起こることがあるため、早期の治療が重要です。
クレプトマニアに影響を及ぼす背景として、本人が抱える心理的な苦悩や困難、病理が関連しています。そのため、刑事罰による矯正を行っても十分な再犯予防にはつながらないと考えられています。むしろ、認知行動療法や自助グループへの参加などの精神・心理療法による治療が有効であることがわかってきました。
しかし、クレプトマニアに関しての研究は他の精神科疾患に比べて立ち遅れており、治療者も極めて少ない状態となっています。
ちなみに、クレプトマニアの有病率は0.3〜0.6%で、万引き犯の中の4〜24%を占めるといった報告がされています。クレプトマニアの多くがその他の精神科疾患を合併しており、摂食障害(特に過食症)、気分障害(うつ病や双極性障害)、不安障害(特に強迫性障害)などが多いと言われています。
クレプトマニアを含めた依存症についての全般的な解説は以下のページをご覧ください。
よくある相談の例(モデルケース)
30歳代 男性
Aさん(30歳代男性)は、幼少期から家族間のコミュニケーションが乏しく、両親ともに忙しく働いていたため、寂しさや孤独感を感じながら育ちました。学校生活では友人関係を築くのが苦手で、内向的な性格であったこともあり、自己肯定感が低いまま思春期を迎えました。社会人になってからも、仕事や対人関係でストレスを感じることが多く、ストレス発散の手段をうまく見つけられずにいました。
数年前、Aさんはスーパーマーケットで偶然、商品を無意識に持ち帰ってしまったことをきっかけに、「盗みたい」という衝動が抑えられなくなっていきました。当初は小さなものだけを盗んでいましたが、次第に頻度や金額も増えていき、罪悪感に苛まれながらもやめられない自分に強い自己嫌悪を抱くようになりました。家族や職場には打ち明けられず、一人で悩み続けていたところ、盗みが発覚し、警察に通報されてしまいました。
警察での取り調べを受けた後、Aさんは医療機関を紹介され、精神科を受診しました。医師からは「クレプトマニア(窃盗症)」の診断を受け、衝動性を抑える薬物療法と併せて、心理的な支援も勧められました。Aさん自身も、なぜ自分が盗みをやめられないのか知りたい、根本的に変わりたいという強い思いから、自助グループに参加すると同時に、当オフィスにカウンセリングを申し込みました。
カウンセリングの初期段階では、Aさんがこれまで抱えてきた孤独感やストレス、自己肯定感の低さについて丁寧に話し合い、盗みという行動が一時的な心の穴埋めになっていたことを一緒に確認しました。並行して、盗みたいという衝動が生じたときの具体的な対処法や、感情のコントロール方法についても取り組みました。また、日常生活の中で達成感や自己肯定感を得られる経験を積み重ねていくことが、再発防止にも有効であることを学びました。
数ヶ月にわたるカウンセリングを経て、Aさんは徐々に衝動をコントロールできるようになり、自分自身と向き合う力も高まっていきました。現在では、再発防止のためのセルフモニタリングやストレスケアの方法を生活に取り入れながら、家族との関係も少しずつ改善してきています。Aさんは「もう二度と同じ過ちを繰り返さないように、これからも自分を大切にしていきたい」と前向きな気持ちで日々を過ごしています。
クレプトマニアの原因
クレプトマニアの原因は依然としてよくわかっていない部分も多いですが、発症する背景には、家庭内に常に対立や身体的・心理的虐待が存在するような「機能不全家族」で育ったこと、性的虐待を受けた体験があること、発達障害が存在すること、などがあると考えられています。
最近の研究では、このような社会的・心理的背景をベースに、当初は些細なきっかけで行ってしまった窃盗が徐々に拡大・反復されていき、慢性的な不快感を解消する手段として窃盗が習慣化されてしまう、という移行過程を取るのではないかということがわかってきました(文献1)。
Aさんのクレプトマニアの原因は、幼少期からの孤独感や自己肯定感の低さ、長期間にわたるストレスが積み重なった結果、盗みの行為が一時的に心の空白や不安を埋める手段となってしまったことにあると考えられます。
クレプトマニアの診断
診断は精神科の専門医による詳細な問診により行われます。アメリカの精神疾患の分類と診断の手引として、日本でも幅広く用いられているDSM-Vによれば、「他のどこにも分類されない衝動制御の障害」として分類されており、診断基準としては以下の5項目が挙げられています。
窃盗症(クレプトマニア)の診断基準
- 個人的に用いるのでもなく,またはその金銭的価値のためでもなく,物を盗もうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される.
- 窃盗におよぶ直前の緊張の高まり.
- 窃盗を犯すときの快感,満足,または解放感.
- 盗みは怒りまたは報復を表現するためのものでもなく,妄想または幻覚に反応したものでもない.
- 盗みは,素行障害,躁病エピソード,または反社会性パーソナリティ障害ではうまく説明されない.
参考:DSM-V(アメリカ精神疾患の分類と診断の手引き
一つ一つの基準の解釈は一般の方には難しい点も多いですが、要約すると、貧困などの経済的理由からやむを得ず行ったり、大きな利益になるものを盗んだり、といったように明確な目的があるというよりは、「盗む」という行為自体への衝動を抑えきれずに行為に及び、盗んでいるときの緊張感や成功した時の開放感・満足感を得ることに関心がある、ということになります。
これは、「盗む」を止めたくても自分の意思ではやめられない一種の「依存症」の状態と言えます。診断基準に当てはまるかどうかは単純に判断できるものではないため、精神科医による診察が必要不可欠です。
似たような行動を引き起こす他の疾患としては、若年性の認知症の一種である前頭側頭型認知症や解離性障害、自閉スペクトラム症などがあり、診断を確定するためには専門医による詳細な問診・診察やMRIなどの頭部の画像診断が必要な場合もあります。
Aさんは、繰り返し盗みをやめられない衝動に悩み、罪悪感を抱きながらも行動を抑制できない状態が続いていたことから、精神科でクレプトマニア(窃盗症)と診断されました。
クレプトマニアの治療
窃盗は犯罪行為であり、窃盗を繰り返す患者に対しては懲役刑をはじめとした刑罰が与えられることがあります。
しかし、再犯を防ぐために刑罰を与えることが有効な手段ではないことが近年明らかになり、アルコール依存症やギャンブル依存症のような他の依存症と同様に治療が有効であることがわかってきています。
そして、以下のような治療法はあるものの、クレプトマニアは依然として難治性の精神科疾患の一つであり、一般的に治療は長期にわたり、回復は容易ではありません。本人と家族、医療者を含めた周囲のサポートが非常に重要となってきます。
(1)通院とデイケア
窃盗を繰り返している状況では、生活や睡眠、食事のリズムが乱れていることが多いため、通院やデイケアを利用して規則正しい生活リズムを身に着けていくことが大事です。ミーティングや認知行動療法を行いながら、自己の生きづらさに気づき、自分にとって新しい「盗む必要がない生き方」を学んでいくことが大切です。
Aさんは定期的に精神科へ通院し、必要に応じてデイケアにも参加することで、日常生活のリズムを整えながら専門的な支援を受けています。
(2)薬物治療
クレプトマニアに特異的に効果がある薬剤は現時点ではありませんが、強迫症・強迫性障害やうつ病に効果がある選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)や、依存症に効果があるオピオイド拮抗薬を投与することにより、窃盗に対する衝動性を抑えることができます。
Aさんは衝動性や不安のコントロールを目的として、医師の指導のもと適切な薬物治療が行われています。
(3)自助グループへの参加
自助グループとは、同じ問題を抱える人やその家族らが自主的に集まって、似たような立場や経験を持つ仲間たちと出会い、交流しながら、助け合っていく場所であり、元々はアルコール依存症の治療手段として始まりました。依存症の一種と考えられているクレプトマニアの治療としても有効であり、治療の大きな柱となっています。
クレプトマニアで窃盗を繰り返して苦しむ人の中には、誰にも相談できず孤独に過ごしている人も多くいます。自助グループで同じ問題を持った仲間と出会うことによって新しい人間関係や習慣を作り出してくれる効果が期待できます。
Aさんは同じ悩みを抱える仲間と交流できる自助グループにも参加し、経験の共有や励まし合いを通じて孤立感の軽減に役立てています。
(4)認知行動療法
クレプトマニアでは、強いストレスなどにより物事の受け取り方や考え方が歪められており、その結果として窃盗を繰り返してしまうといった側面があります。認知行動療法では、なぜ窃盗に及んでしまうのか、どのような社会的、心理的背景が潜んでいるのかを細かく分析して、偏っている考え方や受け取り方を良い方向へ変えていき、問題点を自分でコントロールできるように促していきます。
認知行動療法の詳細は以下のページをご覧ください。
Aさんは盗みの衝動に至る思考や行動パターンを見直し、具体的な対処法を身につけるために認知行動療法にも取り組んでいます。
(5)家族支援
クレプトマニアにおいては、本人が病気を認識していない(病識が薄い)ケースも多く、受診や治療を拒否するため、家族の不安やストレスが強くなる傾向にあります。また、受診や治療を継続していく上でも家族のサポートは重要となってきます。
家族支援という形で家族がクレプトマニアという疾患をよく理解し、本人の受診や治療をサポートしたり、本人と良好な関係を築いたりすることで、治療の効果を上げるとともに家族の不安やストレスを軽減して幸福度を上げることができます。
家族向けのカウンセリングについては以下のページをご覧ください。
Aさんは家族との関係改善や、家族による適切なサポート体制を築くために、家族支援も併用しています。
(6)カウンセリング
クレプトマニアに対するカウンセリングは、単なる行動の抑制にとどまらず、本人の内面的な課題や心理的な背景にじっくりと向き合うことが重要です。多くの場合、クレプトマニアの背後には、幼少期の孤独感や自己肯定感の低さ、慢性的なストレス、対人関係の困難など、さまざまな心理的要因が複雑に絡み合っています。そのため、カウンセリングではまず、安心して気持ちを語れる関係性を築くことから始め、徐々に衝動が生じる状況やきっかけ、感情の変化などを一緒に振り返ります。本人が自分の行動パターンや感情の動きを理解し、衝動が生じたときにどのように対処するか具体的な方法を身につけていくことが目標となります。
しかし、衝動のコントロールや自己理解の深化には時間がかかり、時には再発や挫折も避けられません。そのため、長期間にわたる粘り強い支援が必要となるケースが多いのが現状です。
クレプトマニアの社会的な課題
クレプトマニアの研究は精神科疾患の中でも立ち遅れており、疾患概念にもまだあいまいな部分があります。そのため、専門医や治療できる施設の少なさや有効な治療法が確立されていないといった問題点が多くあります。
しかし、日本における窃盗犯による被害額は500億円を超えており、刑法犯の約半数を窃盗犯が締めているという事実を考えると、窃盗の再犯防止は社会的に重要な課題です。
窃盗犯のうち一定数を占めると考えられるクレプトマニアに対する世間的な認知が広がり、治療可能な施設が拡充されて、治療者が増加して再犯予防に向けた取り組みが広がっていくことが期待されます。
クレプトマニアについてのよくある質問
クレプトマニアのカウンセリングを受ける
クレプトマニアの概要、原因、診断、治療、カウンセリングなどについて解説してきました。窃盗という法律的、刑法的な事柄が関連してきますが、クレプトマニアは依存症に一種であり、精神医療やカウンセリングの対象になる病気です。つまり、意思や罪の意識とは関連がありません。そして、まだまだ解明されてないこともありますが、カウンセリングなどで改善する可能性も大いにあります。
(株)心理オフィスKではクレプトマニアのカウンセリングや相談を行っております。希望者は以下の申し込みフォームからご連絡ください。
文献
この記事は以下の文献を参考にして執筆いたしました。