トラウマとは、いわゆる「心の傷」と言われるものです。身体が傷つくことと同じように同じように心も傷ついてしまいます。そして、フラッシュバックや過覚醒、回避などのいくつかの症状が重なるとPTSD(心的外傷後ストレス障害)という診断になります。
ここではトラウマの原因、症状、克服方法、接し方、治療、カウンセリングなどについて解説します。
目次
1.トラウマとは:その原因
トラウマとは、心に深い傷を残す出来事や体験を指します。人によっては、自然災害や事故、虐待や暴力、戦争などの経験がトラウマになることがあります。トラウマを経験すると、過去の出来事が思い出されたり、うつ病や不安障害などの精神疾患が引き起こされることがあります。治療法として、認知行動療法やEMDRなどがあります。
人間は生きていれば、様々な嫌な出来事や苦痛な事柄に出合います。そして、そのほとんどは気ごころのしれた人に愚痴を言ったり、単純に時間の経過で和らいだり、克服するような努力をすることで乗り越えることができます。そうすることでトラウマになることはありません。
しかし、苦痛な出来事が非常に大きく、心がそれらを受け入れることができなくなってしまうと、長期にわたって、トラウマとして心に残ってしまいます。
トラウマは、自分自身が体験することだけではなく、人が体験することを目撃したり、近親者や友人が体験したことを聞いたりすることでも生じます。
そして、実際にトラウマとなりうる出来事としては以下のようなことがあります。それぞれの詳しいことはリンク先で解説しています。
2.トラウマの特徴と症状
トラウマ体験した後、様々な症状がみられることがあります。それが以下です。
- 侵入体験(トラウマ場面を急に思い出してしまうこと。フラッシュバックとも言います)
- 過覚醒(自律神経の内、交感神経が過剰に高くなること。心臓動悸、口の渇き、頭痛、腹痛、吐き気、不眠、不安、過呼吸などがあります。)
- 回避(トラウマに遭遇した場所や場面に近づかない。トラウマを想起するような出来事を避けること)
- 麻痺(感情が死んだように凍り付く。何も感じなくなる。意識が遠くなる)
- 否定的な思考(悪いことばかりを考える。過剰に自分を責める)
こうした症状がトラウマに遭遇した直後から起こることもありますし、数ヶ月・数年後に突然起こる場合もあります。
そして、こうした症状が一定以上出現し、かつ一定期間以上続き、日常生活に支障をきたしてしまうと、PTSD(心的外傷後ストレス障害)という診断がつきます。過去に阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、東日本大震災などをきっかけにトラウマが知られるようになったので、どこかで聞いたことがあるかもしれません。
阪神淡路大震災によって倒壊した高速道路(時事通信)
また、こうした症状以外にも、パニック障害や強迫性障害、社交不安障害などの不安障害になったりすることもあります。さらに、ギャンブル依存症やアルコール依存症などの依存症になったりすることもあります。つまり、不安障害や依存症の原因にトラウマが関係しているということです。この場合、トラウマという視点が抜けたままで、その病気の治療をしたとしてもうまく行かないことがあるでしょう。
補足ですが、このようなトラウマによりPTSDになってしまったとしても、四六時中ずっと症状が出ているわけではありません。しばしば、周りの人には何とも問題があるようには見えないように振る舞える(もしくは振る舞ってしまう)こともあります。しかし、心の中ではトラウマに関連した非常な苦痛を抱えたままであることがほとんどです。このことから、周囲から「平気だったんだ」「もう治った」と誤解されたり、理解されなかったりすることも多々あるようです。
3.トラウマに関連する障害や問題
(1)心的外傷後ストレス障害
心的外傷後ストレス障害(PTSD)とは、強い心的外傷を経験した人が、その出来事からの思い出やトリガー(引き金)により、再び過去の出来事を思い出してしまう症状です。
(2)複雑性PTSD
複雑性PTSDとは、長期にわたる身体的、感情的、または性的な虐待や、繰り返される精神的虐待など、慢性的なトラウマ体験が原因で発生する心的外傷後ストレス障害(PTSD)の一種です。
(3)アダルトチルドレン
アダルトチルドレンとは、家庭内で虐待や心理的な負担を受けた子どもたちが、大人になってからもその影響を受け、心理的な問題を抱えることを指します。
(4)ドメスティックバイオレンス
ドメスティックバイオレンスとは、家庭内での身体的・性的・心理的・経済的な暴力や虐待のことです。主に男性から女性に対して行われることが多く、被害者は身内やパートナーであることが多いです。
(5)虐待サバイバー
虐待サバイバーとは、虐待を受けた経験を持つ人々のことを指します。身体的、性的、心理的な虐待や、ネグレクト(放置、無視)を経験した人が含まれます。
(6)性犯罪被害者
性犯罪被害者とは、性的な暴力や性的な攻撃を受けた人々を指します。強姦、性的暴行、性的いやがらせ、性的脅迫などが含まれます。
(7)発達性トラウマ障害
発達性トラウマ障害とは、子ども期に繰り返される慢性的なストレスが原因で発症する精神障害です。
(8)愛着障害
愛着障害とは、幼少期に適切な愛着関係が形成されなかったことが原因で、大人になってから人間関係に問題が生じる症状です。親やケアギバーとの関係性に欠陥があった場合に起こります。
(9)解離性障害
解離性障害とは、心的外傷や過去の辛い経験が原因で、自分自身や周囲の現実を感じる能力が一時的に失われる状態です。自分の身体や感覚が自分のものでなくなることがあったり、過去の出来事を思い出せなくなったりします。
4.トラウマに関連するトピック
子どものトラウマの特徴は一般的な症状の他に、分離不安・退行・身体症状などが顕著にあらわれることです。
トラウマを生じる実体験が、健常な大人にとっては些細なことであっても、心身機能が未熟とされる幼い子どもにとっては現実的に大きな深い傷となって生涯を通して残ることがあります。特に、子ども時代に体験したトラウマは、その後の長い人生において辛く悲しい感情につながる恐れがあります。
逆境的小児期体験とは、子どもの時(主に18歳未満)に経験した、トラウマになるようなつらい体験のことを指します。これによって、将来的に、発達領域に悪影響を及ぼし不適応のリスクを高め、心の問題が生じることもあります。
トラウマが脳に与える影響は偏桃体への影響、恐怖条件付け、海馬の萎縮、鮮明な記憶として残るなどがあります。
いじめは学校や職場などの地域のコミュニティが存在する場所で起こりやすいとされています。特に自我が確立し、プライドや自立心が芽生える年頃の子どもたちの間において発生しやすい傾向にあるといわれています。一般的には、子どもを取り巻く周囲の環境が機能不全を起こして、いじめなどが潜行性に引き起こされることによって複雑なトラウマが発生します。
トラウマから自分自身を守るために何かに依存せざるを得ない状況になってしまい、それが一見すると依存症のように見えてしまいます。
フラッシュバックとは、過去のトラウマを受けて発現する心的外傷後ストレス障害(PTSD)や急性ストレス障害(ASD)の特徴的な症状のひとつであるといわれています。
→フラッシュバックの対処法とトラウマからの回復の詳細について
5.トラウマの克服
トラウマは大変つらいことですが、克服することも可能です。ここではそのトラウマの克服方法について解説します。
(1)トラウマの支援の適切な時期
このようなトラウマですが、時間経過とともに自然に治っていく場合も少なからず多いようです。そのトラウマが自然に治ることを促進するためにも、そして、残念ながら慢性化してしまった状態を治すためにも適切な支援を受けることが必要です。
トラウマに対する適切な支援とは以下のように時期によって異なります。
時期 | 支援の方法 |
---|---|
初期 | 安全の確保、身体治療、衣食住の確保 |
中期 | 経済支援、生活保障、生活支援、法的支援、行政サービス |
後期 | 自立支援、職業生活の安定、心理的支援やカウンセリング |
この順番を間違えると、クライエントのニーズに合わないことをしてしまうことになってしまいます。たとえば、初期の安全が確保できていない時にカウンセリングをしても無意味どころが害になってしまいます。
(2)トラウマのカウンセリング
適切な支援の中で臨床心理士やカウンセラーができることは様々にあります。トラウマを受けた方は罪悪感に苛まれたり、社会から孤立しがちであったり、人との関係に過敏になってしまったりすることもあるので、そうしたことを踏まえたカウンセリングをし、どのように心構えを作り、どのように行動すればよいのかを話し合っていくことは助けになるでしょう。
そして、トラウマによる生活上の支障や心の苦痛をやわらげていく心理学的な技法もいくつかあります。EMDR、認知行動療法、PE(持続的エクスポージャー)、TF-CBT(トラウマに焦点をあてた認知行動療法)などです。
さらに、トラウマをきっかけにして、自身の人生の在り方や生き方の問題を見つめ、より豊かに生きていけるようになる方法として精神分析的心理療法も良い場合があります。
このようなトラウマに対する心理学的な技法の効果は高く、様々な研究データから標準的な薬物療法や医学的治療よりも効果的であると示されています。実際の支援では、心理学的な技法と医学的な治療は両方同時にしていくことが多いと思われます。
(3)カウンセリングの目的
また、いずれの治療法でも共通点はあり、以下の3つの段階に、もしくは軸に進んでいくことが多いようです。
段階 | 説明 |
---|---|
1.安全感覚の確立 | 自分自身が安全であり、身の危険を感じる心配はなく、いざとなれば誰かが助けてくれるという安全に対する信頼感の回復 |
2.責任の所在の変革 | 事件や事故が自分自身の責任で起こってしまったと過度に自責的、自罰的にならず、適切で妥当な範囲で起こった責任を外に向けかえること |
3.対処可能性の向上 | 自分自身の能力やスキルや資源を用いて、事態を制御し、危険を回避できるという自分自身に対する信頼感の回復 |
上記の軸について、3よりも2が、2よりも1が優先され、番号が若いものをある程度確立しなければ、次の番号の水準のことがなかなか達成しにくいようです。例えば、安全感覚がないのに、責任の所在を変革したり、対処可能性を向上したりすることは困難です。
(4)フラッシュバックへの対処
フラッシュバックなど自分自身で対処することもある程度可能です。具体的な方法は以下のページをご覧ください。
(5)トラウマインフォームドケア
様々な問題をトラウマという視点から捉えなおし、トラウマについて気付き、理解し、対応し、再トラウマ化を防ぐという態度や姿勢、枠組みのことをトラウマインフォームドケアと言います。トラウマインフォームドケアについては以下のページに詳しく書いています。
6.カウンセリングのプロセス
実際にカウンセリングをどのように進めていくのかを説明します。
(1)精神科の受診
まず、トラウマに困られている時には、最初は精神科や心療内科を受診されると良いでしょう。精神科や心療内科で医師の診察を受け、必要な範囲で服薬治療を行います。
この服薬治療で症状の大部分は和らぐでしょう。
(2)カウンセラーを探す
しかし、原因となっているトラウマそのものを克服しているわけではありません。ですので、主治医にカウンセリングを受けたいことなどを相談すると良いでしょう。
その精神科の中でカウンセリングがある場合には、そこを紹介されるでしょう。なければ、他で探すことになります。
探す際には、トラウマのカウンセリングを行っており、かつ、臨床心理士の資格を持っているカウンセラーであることを確認することが必要です。臨床心理士の資格がないカウンセラーは人によってはほとんど訓練や経験のないことがあるので、要注意です(ホームページで、治癒率**%とか、担当ケース****件といった数字はほとんどがでたらめであることが多いようです)。
カウンセラーを探すポイントについては以下のページが参考になります。
(3)初回の面接
カウンセリングを申し込んだ後、初回面接があります。その初回面接では治療というよりも、現状やこれまでの経緯などをヒアリングすることが多いです。残念ながら初回から治療に入るということはほとんどありません。
カウンセラーは経緯や現状を把握したうえで、どのような方針で進めていくのが良いのかを提示してくるでしょう。それに同意するなら、そのままカウンセリングが始まります。
もしくは、もう2~3回ほど面接を続け、さらに情報収集をしたり、トライアルでカウンセリングを進めてみたりすることもあるかもしれません。
(4)継続の面接
そして、トラウマの克服のために実際に何をするのかを決め、カウンセリングを実施していきます。多くの場合には、上記でも説明しましたが、以下のような手法を使います。それぞれの技法の詳細はリンク先で解説しています。
(5)治療の終結
よくある質問で、トラウマのことを忘れることができますか?とか、催眠でトラウマを消せますか?と聞かれたりすることがあります。残念ながら、どちらの質問にもNOとしかお答えすることはできません。トラウマを物理的に消去することは現在の科学では不可能です。
しかし、上記のような治療・カウンセリングを行うことにより、トラウマを忘れることはありませんが、トラウマを想起しても、それほど苦痛に感じないようになることはできます。そして、それにともない、生活の質も向上し、人生を楽しめるようになります。
そうなってくると、治療やカウンセリングは終結しても良い時期かもしれません。
7.トラウマに対するカウンセリングを受ける
トラウマについての概要、原因、特徴、症状、克服方法、接し方、治療、カウンセリングなどについて解説しました。トラウマは生活を送る上で非常に重大な支障になってしまうことが多いです。そして、慢性化し、時には数十年も悩まされることもあったりします。
そうした時には臨床心理士や公認心理師などの専門家に相談したり、カウンセリングを受けることはとても大事です。
当オフィスでもトラウマの相談やカウンセリングを行っております。カウンセリングの希望があれば、お申し込みください。
8.カウンセラーなどの専門家の方へ
トラウマの問題を抱えたクライエントと接するカウンセラーは、カウンセラー自身の中にあるトラウマ的な体験が賦活されることがあります。そうなると冷静な対応がしにくくなることもあります。
そして、さらにはクライエントが負ったトラウマと同じようなトラウマをカウンセラーが負ってしまう場合もあります。これを二次受傷や外傷性逆転移といいます。
そうした逆転移については以下のようなコラムが参考になります。
こうした逆転移によってカウンセリングを行うことが困難な時にはカウンセラー自身が教育分析やスーパービジョンで受けることが必要になってくることもあります。
教育分析やスーパービジョンを希望する際には以下の申し込みフォームからお申し込みしてください。