オープンダイアローグとは、1980年代にフィンランドで開発された、開かれた対話によるアプローチを中心とした治療・ケアの手法で、統合失調症やうつ病に対して高い効果を上げています。ここではオープンダイアローグについて、考え方や具体的な方法を解説していきます。
目次
オープンダイアローグとは何か
オープンダイアローグ(Open Dialogue, 開かれた対話)とは、1980年代からフィンランドで開発され実践されてきた、統合失調症やうつ病などに対して開かれた対話によるアプローチを中心とした治療・ケアの技法です。
発症後すぐの急性期の精神病のクライエントに対して症状を抑えるのではなく、家族療法のトレーニングを受けた医療スタッフらがクライエントの自宅に趣き、毎日クライエント本人や家族、その他の関係者とともに治療ミーティングを行い、クライエントの病的体験や治療に関するあらゆるテーマについて様々な対話を行います。
クライエント本人や関係者のニーズに柔軟に適応したオーダーメイドの治療(ニーズ適応型治療)が行われます。
よくある相談の例(モデルケース)
40歳代 男性
Aさんは40代の男性で統合失調症の診断を受け、一人暮らしをしていました。20代の頃から被害的な幻聴と強い対人不安に悩まされ、服薬治療を続けながら就労と休職を繰り返してきました。地域の支援員を通じて医療機関へ相談がつながり、医療や福祉と連携しながらオープンダイアローグによる支援が始まりました。当初の面接では、幻聴の内容や恐怖を無理に修正しようとはせず、Aさんの感じている現実をそのまま尊重しながら、「今、この場で何が起きているのか」を丁寧に言葉へとほどいていきました。支援者同士のリフレクティングを取り入れ、Aさんの前で率直に考えを語り合うことで、Aさんは“外側から評価される存在”ではなく、“対話の輪にいる一人の参加者”として安心感を得始めました。
ある面接でAさんが「声が命令してくる」と語った際、支援者は否定せず、「その声はAさんをどんな気持ちにさせるのか」と問いました。するとAさんは黙り込んだ後、「怖い。でも誰にも言えないままだった」と初めて本音を口にし、場が静かに共有されました。この経験はAさんにとって重要な転機となり、幻聴そのものよりも“孤立感”や“言葉にならない不安”が苦しみの中心にあることが見え始めました。しかし過程は順調なことばかりではなく、不安から対話を途中で中断したり、予定を急にキャンセルする時期もありました。それでも支援者は対話の姿勢を崩さず、「中断した事実」さえも話し合いの対象として扱い続けました。後退や停滞を否定しないこの関わりが、Aさんの自己批判を和らげ、再び対話の場に戻る力を育てていきました。
やがてAさんは危機的な場面でも一人で抱え込む前に相談できるようになり、生活リズムの立て直しや人とのつながりを少しずつ取り戻していきました。家族や支援者と予定を共有し、安心できる範囲で外出や就労を再開したことで、不安の波にも対処しやすくなりました。オープンダイアローグを通じて、症状を排除することよりも、安心して語れる関係が回復の土台となり、Aさんは自分の人生を主体的に歩み直す力を取り戻しました。
オープンダイアローグの効果
オープンダイアローグによるアプローチは、統合失調症の入院期間を短縮し、再発率を低下させることが報告されています。また、薬物治療の使用率を抑えられる傾向も示されており、急性期の精神病治療としてのエビデンスが積み重ねられています。背景には、従来の「専門家が治療方針を決め、患者は従う」という枠組みではなく、本人を中心にネットワーク全体で治療を考える構造があります。治療過程の透明性が担保され、本人が理解した上で決定に関与できるため、納得感が高まり、治療の継続率が上がります。これが結果的に再発防止につながりやすいと考えられています。
さらに心理的側面においても効果が確認されています。統合失調症は症状のつらさだけでなく、孤立感や自己否定感が回復を妨げることが多くあります。オープンダイアローグは「本人の語りを中心に据える」姿勢を特徴としており、支援者や家族が評価や指示の前に対話を共有することで、本人が再び自分の経験を“自分の言葉”として語れるようになります。このプロセスは主体性の回復につながり、薬物療法だけでは届きにくい「生活を取り戻すための力」を引き出す役割を果たします。症状の有無だけに回復を限定せず、“意味のある生活”の回復を目指せる点は、他の治療法と比較した大きな強みと言えるでしょう。こうした臨床的・心理的な効果が評価され、オープンダイアローグは世界各国で導入が進んでいます。
Aさんは、医療機関でのオープンダイアローグを重ねる中で、「一人で抱え込まなくてよい」という実感を得ていきました。幻聴や不安が完全になくなったわけではありませんが、つらさを言葉にし、人と共有できるようになったことで、混乱の波が小さくまとまりやすくなりました。Aさんの場合、対話の積み重ねが自己否定感をやわらげ、再発の不安があっても支援者に相談できるという安心感が得られたことが、生活の安定や就労再開につながる大きな効果となりました。
オープンダイアローグの7つの原則
オープンダイアローグには基本となる7つの原則があります。7つの原則のうち、最初に紹介する(1)から(5)はオープンダイアローグの実践を可能にする精神医療システムの原則をあらわし、(6)と(7)はオープンダイアローグにおける対話実践の理念や思想をあらわしています。
Aさんの場合、治療チームが透明性を保ち、判断や意見をその場で言語化する姿勢が特に役立ちました。「本人を排除しない会話」「即時性」「柔軟な対応」「ネットワーク全体で支える」という原則が徹底されていたことで、Aさんは治療方針を一方的に知らされるのではなく、“自分が理解したうえで選べる立場”であると感じられるようになりました。また、答えを急がず「わからないことを一緒に考える」態度が保たれたことで、Aさんの語りが深まり、それに伴って支援の方向性も自然に明確になっていきました。
(1)即時対応
文字通り、必要に応じて直ちに対応することで、クライエントから最初の連絡があったときから24時間以内に治療チームを立ち上げて対応する必要があります。精神的な症状はクライエントにとってこれまで言葉が見つからなかったような思いや体験のあらわれであり、それが表現されるのは最初の数日間に限られるからです。
(2)社会的ネットワークの視点を持つ
クライエント、家族をはじめ、友人や知人など、つながりのある関係者をみな、ミーティングに招くこともオープンダイアローグの概念の中では重要です。精神的な症状はクライエント本人だけでなく、クライエントを取り巻く人々との関わりの中で起きているという考え方に基づいています。クライエントと家族の話を別々の場で聴くことは避け、大切なつながりのある人はできるだけミーティングに参加してもらうように話し合います。
(3)柔軟性と機動性
その時々のニーズに合わせて、どこででも、何にでも柔軟に対応することを意図した原則で、ニーズがあれば自宅ででも、毎日でもミーティングを行います。
(4)責任を持つこと
治療チームは必要な支援全体に責任を持って関わります。他の医療機関や他の部門の支援が必要な時には、クライエントだけを受診させるのではなく、治療チームがでかけていったり、他の期間の人たちを治療ミーティングに招いたりしてともに対話します。
(5)心理的連続性
この原則は、クライエントをよく知っている同じ治療チームが最初から続けて連続的に対応すること、を意味するものです。治療プロセスの全体において、様々な支援を一つのまとまりのあるものとして統合して相互の効果を高め合うようにします。
(6)不確実性に耐える
答えのない不確かな状況に耐えること」を意図した原則で、結論を急がずに葛藤や相違があったとしてもクライエント、家族、関係者の多様な意見を共存させ続けるように考えることを目指します。対話を続ける中で、クライエントに適合した独自の治療方針が見えてきます。
(7)対話主義
オープンダイアローグにおいては、対話することは治療を達成するための手段ではなく、それ自体が目的であり、問題の解決はその先に現れるものであると考えます。治療チームのスタッフはいかなる状況にあるクライエント、家族、関係者とでも対話を続けられるように対話の力を磨き続ける必要があります。
オープンダイアローグの実践
上で紹介した7つの原則に基づいたオープンダイアローグの対話実践に関しては、さらに細かく12の基本要素があり、それに従ってクライエントへの対話が行われます。
ここでは12の要素を説明しながら、オープンダイアローグの具体的な実践方法を見ていきます。
Aさんは医療機関での面接を通じて、支援者同士のリフレクティングを聞きながら、自分の気持ちを再整理する経験を重ねました。Aさんの場合、混乱した場面でも対話を止めず、「今この場で起きていること」を言葉にする実践が継続されたため、症状の揺れに巻き込まれたときも状況を俯瞰しやすくなりました。支援者と家族、そして本人が同じ場に集まり、立場の違いを越えて語り合う時間そのものが治療となり、Aさんは次第に自分の生活を主体的に組み立てられるようになっていきました。
(1)スタッフ
治療ミーティングには継続的に担当する2人以上のスタッフを選びます。その際、2人以上の同じスタッフが継続的に対話に参加することが重要です。
スタッフが2人以上いることで一人が話を聞き、もう一人が質問をするといったようにチームワークを活かした対話が可能になります。
(2)つながりのある人々
クライエント、家族、つながりのある人々を最初から治療ミーティングに招きます。
オープンダイアローグでははじめから家族や社会ネットワークのメンバーに参加してもらうことに価値を置きます。
(3)開かれた質問
治療ミーティングを「開かれた質問」から始めます。
「はい」や「いいえ」が答えにならないような、「今日はここに来るという考えに至った経緯は何ですか?」といった「開かれた質問」が重要なのです。
(4)傾聴
クライエントの語りの全てに耳を傾け、応答します。クライエントの語りに応答する方法として、クライエント自身の言葉を使い、こまやかな応答を欠かさずに傾聴し、沈黙を含む非言語的な反応にも気を配ることが大切です。
(5)今ここで
対話の場で今まさに起きていることに焦点を当てます。クライエントがミーティングの外で経験したことの報告よりも、対話中に生じている即時的な反応や湧き上がる感情に注意を向け、クライエントが安心して語れる場を開きます。
(6)多様性
様々なものの見方を尊重し、多様な視点を引き出します。対話の場では意見の一致を目指すのではなく、様々な意見を尊重して創造的な意見交換を行うことを目指します。
(7)気持ちの尊重
対話の場では、お互いの人間関係を巡る反応や気持ちを大切に扱います。ミーティング中に人間関係についての質問を行ったりしながら、人間関係に関わる事柄を大切に扱っていきます。
(8)意味ある反応
一見問題に見える言動であっても、困難な状況への「意味のある」反応であると捉えて対応します。問題となっているような言動や症状を病的なものとして捉えるのではなく、その言動がクライエントにとってどのような意味を持つのかを考えていきます。
(9)物語を聴く
症状を報告してもらうのではなく、クライエントの言葉や物語に耳を傾けます。
単なる症状の報告ではなく、クライエントの人生で何が起こったのか、経験や考え、感情も含めながら話すように促し、クライエントの体験をミーティングの参加者達が共通して理解できるよう目指します。
(10)リフレクティング
治療ミーティングではスタッフ同士が参加者たちの語りを聞いて心が動かされたこと、浮かんできたイメージ、アイデアなどを、参加者の前で話し合い時間を取ります。
これは「リフレクティング」とも呼ばれ、スタッフはクライエントたちの方を見ずに、スタッフ同士だけ顔を見合わせながら行います。そうすることで、クライエントたちは「話す時間」と「聞く時間」を分けることができ、「聞く時間」にはスタッフの言うことに応答するプレッシャーを感じることなく自分の心の声と対話することができます。
「リフレクティング」が終わったらその話し合いについてクライエントたちがどう感じたかに耳を傾けます。
(11)透明性
本人のことは本人のいないところでは決めません。いわゆる「透明性」のことで、治療に関するすべての会話が参加者全員で共有されます。
(12)不確かことに耐える
答えのない不確かな状況に耐えます。前に説明した7つの原則の「6」に当たる部分で、結論を急がずに多様な意見を受け入れてクライエントに適合した治療方針を検討していきます。
オープンダイアローグについてのよくある質問
オープンダイアローグは、フィンランドで開発された心理的支援の方法であり、特に精神的な危機にある人々に対して効果的な治療法として注目されています。この方法は、患者とその家族、支援者が一堂に会し、対話を中心に問題を解決していくプロセスを重視します。オープンダイアローグでは、患者の個人だけでなく、その周囲の社会的ネットワークも治療に積極的に関与することで、問題解決のアプローチを広げ、より深い理解と治療効果が得られることを目指しています。また、患者の症状に対して薬物治療に依存せず、対話を重視した治療を行うことで、より多角的に問題解決を図ります。
オープンダイアローグの特徴的なポイントは、まず何よりも対話を重視することです。治療において、患者だけでなくその家族や友人、支援者が一緒に集まり、感情や考えを自由に話し合う場が提供されます。このようなオープンな対話の場により、患者自身の理解が深まり、社会的ネットワークが支えとなって治療を進めることが可能になります。また、オープンダイアローグでは、治療ができるだけ早期に行われるように、すぐに支援を提供することが重視されます。さらに、治療チームは固定化されたものではなく、柔軟に必要な支援を提供することができます。このアプローチにより、患者は必要な支援をすぐに得ることができ、より効果的な治療が行われます。
オープンダイアローグは、精神的な危機や困難な状況にある患者に特に効果を発揮します。特に統合失調症や双極性障害、うつ病など、精神的な疾患に悩む人々に対して効果があるとされています。患者が症状に苦しんでいるとき、その家族や支援者が一緒に集まり、状況を共有し、支援の方法を共に考えていく過程が大きな効果を生み出します。さらに、オープンダイアローグでは治療を個人だけでなく、その周囲の人々と共に進めていくことで、患者が感じる孤独感や無力感を減らし、社会的な支援が強化されます。このアプローチにより、治療の進行が早まり、症状の改善が期待できるのです。
オープンダイアローグの導入により、患者の入院期間が大幅に短縮されることが報告されています。例えば、統合失調症などの精神的な問題を抱える患者において、オープンダイアローグを実施した場合、入院期間が通常の治療よりも短縮されるというデータがあります。これにより、患者は早期に社会復帰が可能となり、精神的な回復も迅速に進みます。この効果は、オープンダイアローグが患者とその家族、支援者を中心にした治療を行うため、個々の状況に合った支援が素早く行われ、症状の改善が促進されるためです。入院期間が短縮されることで、患者はより早く自宅や社会の中で生活を再開できるため、生活の質の向上にもつながります。
オープンダイアローグを導入した場合、服薬が必要な患者の割合が減少する傾向が見られます。従来の治療法では、薬物療法が中心となることが多いですが、オープンダイアローグでは対話を中心に治療が進められるため、薬物治療の必要性が低くなる場合があります。患者が治療過程において積極的に参加し、自身の病状や心の状態を家族や支援者と共に理解し合うことが、薬物治療の依存を減らし、非薬物療法による回復が促進される結果につながります。オープンダイアローグにおいては、薬物治療を最小限に抑えつつ、患者の精神的な回復をサポートすることが可能です。
オープンダイアローグを導入した場合、患者の症状の再発率が低下する傾向が見られることが多いです。治療過程で患者とその家族、支援者が積極的に関与し、治療内容に関する理解が深まることで、再発のリスクが減少します。また、オープンダイアローグでは、患者が自分の症状や治療に対する自己理解を深め、再発を予防するための予防策を共に考えながら治療が進められます。治療における積極的な対話が、患者の精神的な安定を保ち、再発を防ぐ効果を生んでいます。このようなサポート体制の強化が、再発率の低下に寄与しています。
オープンダイアローグを導入することで、患者の社会的機能が向上することが報告されています。オープンダイアローグでは、治療が患者一人だけでなく、その家族や支援者を巻き込んだ形で行われるため、患者が社会的に孤立することなく、積極的に他者と関わりを持つことが可能になります。このようにして患者の社会的なネットワークが広がり、生活の中で直面するさまざまな問題に対しても共同で解決策を見つけることができるようになります。社会的機能の向上は、患者が日常生活をより自立して送れるようになるため、生活の質全般にわたってポジティブな影響を与えます。
オープンダイアローグを導入した場合、患者の生活の質が大きく改善することが多いです。患者が自分の症状について家族や支援者とオープンに話し合うことで、精神的な負担が軽減され、ストレスの少ない環境で治療が進められることになります。また、治療の中で社会的なサポートネットワークが強化されることで、患者は安心して生活を送ることができ、回復が促進されます。治療中に積極的な対話が行われることによって、患者は自分の生活や病気に対して主体的に取り組むことができ、生活の質の向上につながるのです。
オープンダイアローグを導入した場合、患者の自殺率が低下する傾向が見られるという報告があります。オープンダイアローグでは、患者が直面している問題を周囲と共有することができ、孤立感や絶望感を軽減することが可能です。また、家族や支援者が治療に積極的に関与することで、患者はより良い支援を受けることができ、その結果、自殺リスクが低下するのです。対話を通じて治療の進行がスムーズになり、精神的な安定が保たれることが、自殺率低下に寄与しています。
オープンダイアローグを導入した場合、患者の再入院率が低下する傾向が見られます。治療過程で患者とその家族、支援者が一体となって治療に取り組むことで、退院後も継続的にサポートを受けられ、再入院のリスクを減らすことができます。オープンダイアローグは、治療とその後の生活のサポートを一貫して行うため、患者は退院後も安定した生活を送りやすく、再入院が必要となる状況を未然に防げるのです。再入院率が低下することは、治療の質と患者の生活の質が向上している証でもあります。
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オープンダイアローグは、急性期の精神疾患に対して行われるクライエントとの対話を中心としたケアの手法で、入院期間の短縮や再発率の低下、薬物治療の使用率の低下など高い効果を上げており、発祥の地であるフィンランドから世界各国に広まっています。
クライエントが連絡してから24時間以内に対応を始め、毎日治療ミーティングを行うといった即時性や柔軟性、クライエント本人だけでなく家族や関係者も治療ミーティングに参加するなどの社会的ネットワークや透明性、多様性を重視したアプローチです。
当オフィスでは、オープンダイアローグを原法そのままの形で実践しているわけではありませんが、その理念や姿勢は大切なものと考えています。私たちはその考え方を臨床に取り入れ、対話を中心に据えたカウンセリングを提供しています。
文献
この記事は以下の文献を参考にして執筆いたしました。

