乳幼児期・児童期に虐待を受けた人が生命を落とさず、無事に成人した人を虐待サバイバーと呼びます。虐待を生き延びた人という意味です。しかし、虐待サバイバーはさまざまな問題や障害にみまわれることが多いです。
ここでは、虐待サバイバーについて、原因、種類、定義、対応、治療、カウンセリングなどについて解説します。
目次
1.虐待サバイバーとは
虐待サバイバーとは、虐待を受けた経験を持つ人々のことを指します。身体的、性的、心理的な虐待や、ネグレクト(放置、無視)を経験した人が含まれます。虐待サバイバーは、心的外傷後ストレス障害やうつ病、不安障害、パーソナリティ障害などの精神的問題を抱えることがあります。治療には、認知行動療法、精神療法、EMDR、カウンセリングなどが用いられます。また、自助グループに参加することで、同じ経験を共有し、支え合うことができます。虐待を受けた人は、過去のトラウマに苦しんでいる場合がありますが、治療を通じて回復することができます。
ちなみに、児童虐待とは、主に養育者や周囲の大人から子どもや児童に対して暴力、性的加害、育児放棄、不適切な扱いなどをする行為です。こうした行為により、子どもや児童の心身に深刻なダメージを与え、様々な問題が生じることです。また、時にはそのことにより、子どもや児童が命を落とすこともあります。しつけと虐待の線引きが非常に難しく、公的機関の介入が時に遅れてしまうこともあります。
虐待をする親や養育者は悪意をもって虐待することもありますが、多くは養育者として育児や生活に困っていることもあり、そのストレスや歪みが子どもに向かってしまい、結果的に虐待になることもあります。そのため、単に養育者を罰するだけでは解決せず、親や家庭そのものをサポートする必要があります。
虐待サバイバーとは児童虐待を受けて、そこを生き抜いた人のことを指します。虐待サバイバーは命はあったとしても、様々な生活上の困難さを抱えてしまうことが多いようです。
2.虐待の種類と定義
虐待には主に身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、ネグレクトの4つの種類があります。ただし、虐待がどれか一つだけであることは少なく、複数にわたって行われている虐待の方が多いようです。
海外の研究ですが、虐待者については8割が親であるとのことです。ネグレクトについては、母親が全体の87%となっています。性的虐待については母親が虐待者であることは5%のみで、父親は89%です。さらには、児童虐待との関連要因は貧困と家庭内不和が調査研究から挙げられています。
(1)身体的虐待
殴ったり、蹴ったりすることにより、子どもの身体に怪我を負わせる虐待です。時には、熱いお湯をかけたり、アイロンを押し当てたりすることもあります。また、虐待が周囲にばれないように、顔や手足など見える部分には怪我を負わせず、服に隠れるお腹や背中、胸などを傷つけることもあります。
(2)心理的虐待
酷い言葉を浴びせたり、悪口を言ったり、兄弟姉妹の間で過度に差別的扱ったり、脅したり、心を傷つける言葉を言ったりすることです。また、両親の喧嘩やDV(ドメスティックバイオレンス)などを子どもに見せることもここに含まれます。身体は傷つきませんが、心が傷つき、心が死んでしまいます。
(3)性的虐待
性行為はもちろん、キスしたり、陰部を触ったりすることです。また、性的な言葉かけや卑猥な表現をすることもあります。その他に親の性行為を見せたり、アダルトビデオなどを見せたりも含まれます。実際に性的接触を持たなくても、そうしたそぶりをしたり、脅したりすることも性的虐待に含まれます。
子どもの場合、性的な知識が無かったり、恐怖のために凍り付いてしまったりして、一見すると抵抗がないように見えますが、抵抗がないことと同意していることとは全く違います。
(4)ネグレクト
日本語にすると養育放棄と言います。生活や発達のために必要な衣食住などを十分に提供しないことをネグレクトと言います。衣食住だけではなく、安全を確保しないことや愛情を与えないことなどもここに含まれます。
(5)経済的虐待
必要な金銭を与えなかったり、不当に財産を処分したりして、経済的な負担を強いることを経済的虐待と言います。
(6)教育虐待
過度に勉強をさせたり、学歴に過度なこだわりを強いたり、教育的なことで子どもに極端な負担を強いることを教育虐待と言います。
3.虐待の影響
虐待を受けたことによる影響は非常に深刻なものが多いです。虐待サバイバーに特によく見られるものを以下にピックアップしています。
(1)トラウマとPTSD
虐待によってPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症するリスクは、21~55%となっています。これは災害や事故によってPTSDが発症する率に比べると格段に高い数値となっています。
PTSDではフラッシュバックなどの侵入体験、過覚醒、回避行動、感情的な麻痺などの症状があります。また慢性的な虐待によっては、複雑性PTSDと言われるような状態になる場合もあります。
トラウマ・PTSDの詳細は以下をご参照ください。
(2)気分障害
虐待サバイバーはうつ病や気分障害、双極性障害などにかかる確率は、一般の2~3倍となっています。うつ病の症状の中でも、特に罪悪感や自己否定が強く出る傾向があるようです。
気分障害、うつ病については以下のページをご参照ください。
(3)自殺や自傷
虐待サバイバーは健常人よりも12倍程度の自殺や自傷のリスクにさらされています。また、自傷行為をする人の62%に虐待の既往が見られています。特に性的虐待の場合には自傷の率が高くなっているようです。
虐待を受けると、対人関係や社会生活に支障をきたします。このことによって社会的に孤立したり、人間関係でトラブルが生じたりし、それによって自殺のリスクを高めてしまうこともあるようです。
自殺や自傷については以下のページに詳しく書いています。
(4)解離
解離とは意識や感情を麻痺させる精神的な回避行動のことです。急にぼーっとしたり、混乱やパニックを起こしたり、時には人格交代を起こすこともあります。虐待の苦痛を和らげる方略の一つですが、それが慢性化、常態化すると解離そのものが社会生活を送る上で障害となってしまいます。
身体的虐待を受けた人は解離はそれほど示しませんが、性的虐待の場合には解離は非常に高確率で出現します。
(5)非行
虐待サバイバーは衝動的な行動を取るようになります。思春期や青年期になると暴力や窃盗、万引きなどの非行に走ることが多いようです。虐待を受けた人は行為障害や反抗挑戦性障害になるリスクが高いようです。
(6)物質使用障害
タバコ、アルコール、マリファナなどの違法薬物といった物質使用について、虐待サバイバーはそうではない人に比べて依存症になる率は2倍程度と言われています。虐待者が往々にしてそうした物質使用を行っていることが多く、それをモデリングしているということもあります。
また、虐待の苦痛な感情や思考から逃避するために、そうした物質使用を行うということも考えられます。
物質使用障害、依存症については下記に詳しく書いています。
(7)摂食障害
摂食障害は過食嘔吐や拒食といった症状のある食に関する障害です。虐待サバイバーは、こうした摂食障害になるリスクが高まるようです。
特に性的虐待をうけた女性は自身の体型や体重を過度に意識してしまい、摂食障害になってしまうケースが多いようです。
摂食障害について詳しく知りたい方は以下のページをご覧ください。
(8)パーソナリティ障害
虐待サバイバーは健常人よりも、パーソナリティ障害の発症は約4倍であることがわかっています。特に情緒の不安定さから境界性パーソナリティ障害が多いようです。
そして、境界性パーソナリティ障害の中に虐待を既往を持つ人もまた多く含まれていると言われています。
境界性パーソナリティ障害についての詳細は以下に記載しています。
(9)性行動
特に性的虐待を受けた人には顕著ですが、性行動が過度に抑制的になったり、過度に活発になったりします。抑制的になるとは、異性を極端に避けたり、性交渉に嫌悪感・恐怖を持ったり、結婚に忌避的であったりします。
また、全く反対に性行動が非常に活発になるケースもあります。不特定多数の異性と性交渉をもったり、過度に露出的な服装をしたり、風俗に勤めたりなどがあります。この行動様式は一見すると理解しがたいかもしれません。性的な外傷体験があるなら、それに恐怖をもってしまうだろうと想像しますから。
おそらくこうした性的虐待にあった人が性行動に活発になるのは、外傷の反復という観点から理解することができるかもしれません。
(10)世代間連鎖
虐待を受けた人は、その人もまた虐待をしてしまうということが言われています。これを世代間連鎖と言います。
世代間連鎖の要因としては、親の虐待的な行為を取り入れ、同一化してしまうことがまずは挙げられます。モデリングとも言えるでしょう。また、親と同じような生活環境にいることが多いかと思いますが、その生活環境が貧困や社会的孤立といった要因が受け継がれてしまい、同じ状況に陥ってしまうことも挙げられるでしょう。
しかし、一方で世代間連鎖はそんなに高確率ではないという調査や研究もあり、まだ不明なところがあります。今後の研究が必要な分野でしょう。
(11)症状のない被虐待者
虐待をうけた人であっても、その後、精神障害、精神症状がない人も一定数います。それは虐待という外傷体験から回復したのかもしれませんし、その時にはたまたま症状がなかっただけなのかもしれません。虐待を受けた後、しばらくは全く問題は無くても、数年後、時には十数年後に突然発症することもあります。
また、診断基準を満たすような精神障害にはなっていなくても、対人関係の問題や職業上の問題、家庭の問題など様々な困難さを抱えている人もいるようです。いわゆる生きづらさといって良いかもしれません。
4.虐待サバイバーのアセスメント
虐待サバイバーのカウンセリングや心理療法を行う前に、アセスメントが重要となります。精神症状はそれはそれとして、どのようにして生起してるのかを推定します。
気分障害のように思われていた無気力や意欲低下が実は虐待を受けていた際の過酷な無力感の名残であるかもしれません。統合失調症のような迫害的妄想や幻聴が虐待時の迫り来る恐怖を別の形であらわしているのかもしれません。パーソナリティ障害の不安定な人間関係や気分は、虐待者との不安定で変動する関係性をあらわしていることもあるかもしれません。
これらの理解したことをスタッフや時にはクライエントに伝えることが非常に治療的になります。
その上で、カウンセリングをするのであれば、目標や方法を提起し、クライエントの同意のもとでカウンセリング・心理療法を提供します。
5.虐待サバイバーの治療
虐待サバイバーに対する治療にはいくつかの方法があります。その中でも主要な3つを挙げました。
(1)トラウマに焦点を当てた認知行動療法
トラウマに焦点を当てた認知行動療法はTF-CBTと言われています。この方法はトラウマによるネガティブな感情を治療するために行動修正法と認知療法の組み合わせから構成されています。心理的な苦痛が少ない方法で虐待の経験を思い出せるようになり、再発を予防します。
TF-CBTの構成要素の一つ目はコーピング・スキル・トレーニングです。自分自身の感情を表現する言葉を獲得するトレーニングです。その他にもリラクゼーションを学ぶこともここに含まれます。
構成要素の二つ目は認知的処理です。認知再構成法などを学び、より妥当で、機能的な認知を取り入れられるようにトレーニングします。
三つ目は段階的エクスポージャーです。トラウマに関する出来事や記憶に曝露していきます。しかし、いきなり強い苦痛に曝露するのではなく、より軽いものから順に行っていきます。エクスポージャーは大変な部分もありますが、効果も高いです。
こうした治療方法はRCT(ランダム化比較試験)により、支持的サイコセラピーや遊戯療法よりも効果が高いことが示されています。
(2)EMDR
EMDR(眼球運動による脱感作と再処理療法)とはフランセス・シャピロが開発したトラウマやPTSDを治療するための方法です。簡単にいうと、トラウマ記憶を想起しながら、治療者が動かす指を見ながら目を左右にリズミカルに動かすという方法です。これによってトラウマ記憶を処理し、PTSDを治療していきます。
虐待を受けた人はPTSDの症状を満たしていなくても、トラウマによるものであることは間違いないので、EMDRを実施することは可能です。ただし、幼少期から繰り返し虐待を受けている場合には、非常に情緒が不安定になっており、ちょっとしたことで混乱したり、解離したりしてしまい、すぐにはEMDRを実施することができない場合もあります。
そうした時にはリラクゼーションなどを使い、EMDRが実施できるまで安定化を図っていくこともあります。
EMDRの詳しいことは以下のページにあります。
(3)精神分析的心理療法
精神分析的心理療法では、転移といわれるクライエントからセラピストに向けられる様々な感情・態度・思考などを分析し、解釈していくことにより、無意識の葛藤やコンプレックスを解消していく方法です。
1989年のブロムらによるRCT研究では、PTSDの患者に力動的心理療法、行動療法、催眠療法を比較しました。それによると、力動的心理療法は行動療法や催眠療法と同程度の効果が見られ、かつ、統制群よりも高い効果が見られました。さらに3ヶ月後のフォローアップ面接でも効果は維持されていたそうです。
精神分析的心理療法については以下をご参照ください。
6.虐待した親への対応
虐待した親もまた虐待を受けたことがある場合があります。そうした親に対する対応を行うことが必要です。
親に対しても上記のTF-CBTやEMDR、力動的心理療法などを実施することで虐待を防ぐことができます。
ただ、動機付けがあまりない場合もあるので、心理教育をキチンと行ったり、時には動機づけ面接を導入することなども必要かもしれません。
7.虐待サバイバーについて相談する
虐待サバイバーについての原因、種類、症状、対応、治療、カウンセリングなどについて解説しました。
虐待サバイバーが精神的な安定を取り戻すためのカウンセリングを当オフィスでは受けることができます。カウンセリングをご希望される方は受付までお問い合せください。
文献
この記事は以下の文献を参考にして執筆いたしました。