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ポリヴェーガル理論とは

自律神経の機能に関する新しい理論として最近はポリヴェーガル理論 (Polyvagal Theory) が注目を集めています。この理論から、心身の問題を整理することで、カウンセリングや心理療法が分かりやすくなります。

ここではポリヴェーガル理論について解説します。

1.ポリヴェーガル理論とは

ポリヴェーガル理論 (Polyvagal Theory) は、「Poly: 多重の」と、自律神経の一つである「Vagal: 迷走神経」が組み合わさった言葉で、日本語では「多重迷走神経理論」と呼ばれることもあります。1994年にアメリカの神経科学者であるスティーブン・ポージェス(Dr. Stephen Porges)博士によって提唱された自律神経の機能に関する新しい理論です。

従来、自律神経は活動的なときに働く交感神経と、リラックスするときに働く副交感神経の2つから成ると考えられていましたが、ポリヴェーガル理論では、生物の進化や神経の発生の観点から副交感神経がさらに「背側迷走神経複合体」と「腹側迷走神経複合体」とから成り立っていると考えます。

(1)背側迷走神経複合体

「背側迷走神経複合体」は無脊椎動物に起源のある古い神経系で、横隔膜から下の臓器の機能を調節するとともに、そこからの感覚情報を脳幹に伝える役割をしています。また、生命の危機に直面したときに、じっと動かずに敵から隠れてやり過ごす「不動」と呼ばれる行動パターンを取りますが、「背側迷走神経複合体」が「不動」の反応を制御しており、その他に休息や回復、消化などを調節して生命維持に重要な役割を果たしています。

(2)腹側迷走神経複合体

生物は哺乳類へ進化するに伴い、「背側迷走神経複合体」が制御する原始的な行動パターンに加えて、新たに「腹側迷走神経複合体」が発達してきました。「腹側迷走神経複合体」は横隔膜より上の臓器である心臓や気管支、脳神経と複合体を形成して、顔面の表情や頭の動き、発声などをコントロールして、コミュニケーションなどの「社会的な関わり機能」と深く関わっています。さらに、「腹側迷走神経複合体」は、交感神経系が働くことでもたらされる攻撃性を調節して、社会性を保ちながら適切に攻撃性を発揮させることで、対人交渉において意志を貫くことや意欲的に物事に挑戦していくことにつながります。

2.ポリヴェーガル理論からみたトラウマ

ポリヴェーガル理論はトラウマの理解やケアに関して有用であることがわかってきています。

ポリヴェーガル理論によると、トラウマが生じる状況では、「背側迷走神経複合体」の働きによって強い恐怖と激しい交感神経系の緊張が解除されずに、「不動」の反応を引き起こしている、と考えます。例えば、心的外傷後ストレス障害(PTSD: Post Traumatic Stress Disorder) で見られる、他者から孤立したり、疎遠になっている感覚は「背側迷走神経複合体」に関連した症状、過度な警戒心や集中困難、睡眠障害は交感神経系に関連した症状、と考えることができます。さらに、PTSD患者でしばしば見られる、感情の起伏の少ない表情や抑揚に乏しい声、視線を合わせない傾向などは、「社会的関わり機能」の低下を示しています。

このように「背側迷走神経複合体」の働きにより「不動」の状態が固定されているトラウマの状況から、「腹側迷走神経複合体」を活発化させて、「社会的関わり機能」によるコミュニケーションを活性化させたり、安心や安全をもたらしたりすることで、トラウマからの解放を目指していきます。

3.ポリヴェーガル理論からみたマインドフルネス

マインドフルネスとは、現在起こっている経験に注意を向けて、何事も評価したり批判したりしない状態でいることを意味します。マインドフルネスの考え方では、苦しい出来事を誇張したり、無視したりせずに、「つらいと思った自分自身の感情」や「完璧ではない自分自身」をありのままに受け入れることでストレスを減らしていくことができます。自己コントロールやストレスの軽減のために重要な考え方です。マインドフルネスは精神的に中立な状態で行われることが必要ですが、家庭や職場などで良い評価を得なくてはいけない状況では精神的な中立を得ることは困難で、マインドフルネスと両立しないことがあります。

マインドフルネスは、精神的に中立で、神経系が安全であると感じられている状態で行われる必要があります。そこで、神経系の安全を生み出すために必要な考え方がポリヴェーガル理論になります。ポリヴェーガル理論により、「背側迷走神経複合体」の働きを抑え、「腹側迷走神経複合体」を活性化させて神経系の安全・安心が高まった状態でマインドフルネスの考え方を実践することで、マインドフルネスの恩恵を最大限に享受することができます。

4.ポリヴェーガル理論を利用したカウンセリングの方法

ポリヴェーガル理論は、先ほど説明したトラウマに対するケアを中心に、うつ病、不安障害や自閉症などの発達障害にまで応用されるようになってきています。

ポリヴェーガル理論を実際のカウンセリングで応用していく際に重要なのは、患者さんの神経系の状態を評価して、防衛反応を強めずに安全・安心な状況を作り出すことです。

患者さんの表情や姿勢、動作、口調などからポリヴェーガル理論における3つの神経系のどれが優位に働いているかを察知します。例えば、交感神経が優位なときは動悸や胸苦しさ、発汗やほてり、頭痛、肩こりなどが起こり、「背側迷走神経複合体」が優位なときは言語的表出が乏しかったり、感情の動きの乏しさ、筋肉に力が入らない感じなどの身体感覚、しびれや冷感などが表れます。

そのような患者の状況を把握して、できる限り「腹側迷走神経複合体」が優位になるように落ち着いた状況を作り出すことが重要です。具体的には、治療者側が落ち着いた、穏やかな、優しい表情・まなざし・声で患者さんに働きかけることで、「社会的関わり機能」を通して安全・安心な状況を構築することができます。

5.まとめ

ポリヴェーガル理論では、自律神経系の一つである副交感神経系を生物の発生・進化的な違いから、「背側迷走神経複合体」と「腹側迷走神経複合体」の2つに分類します。「背側迷走神経複合体」は、より原始的で危険から隠れて回避する「不動」という行動パターンと関連し、「腹側迷走神経複合体」は進化に伴い発達してきた神経系で、コミュニケーションなどの「社会的関わり機能」と関係し、安全・安心を生み出すと考えます。

PTSDなど重度のトラウマを受けた状態では「背側迷走神経複合体」の働きが強くなり、他者から孤立したりコミュニケーション能力の低下が見られるため、カウンセリングなどの精神療法を行っていく過程で「腹側迷走神経複合体」の働きを活発化させて患者さんにとって安全・安心な状況を作ることが重要です。

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文献

この記事は以下の文献を参考にして執筆いたしました。