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曖昧な喪失に悩む人へ:臨床心理士が伝える対処法

「曖昧な喪失」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?大切な人やものを失ったことがはっきりしないことを指しています。今回は、曖昧な喪失とはどのようなものか、そしてその影響や対処方法について解説します。

曖昧な喪失とは

大切な人やものを失うことを喪失と呼びます。そして、曖昧な喪失とは、喪失そのものが不確実で、失ったかどうかがはっきりしない喪失のことを指しています。具体例を挙げながら、2つのタイプである「さよならのない別れ」と「別れのないさよなら」について詳しく見ていきましょう。

(1)さよならのない別れ

1つ目は、「さよならのない別れ」です。例としては、震災で大切な人が行方不明のままである状況が挙げられます。つまり「身体的には存在しない状態ですが、喪失の確証がなく、心理的にはまだ存在し続けていること」をさします。

他にも失踪、誘拐、家や故郷の喪失、離婚などが該当する場合があります。また、コロナによって卒業式が中止され、先生や同級生に「さよなら」を言えずに卒業した場合も「さよならのない別れ」と言えます。

(2)別れのないさよなら

2つ目は、「別れのないさよなら」です。例えば、認知症、依存症、頭部外傷後で人柄が大きく変わってしまった状態などが当たります。「身体的には存在しているが、以前とはすっかり変わってしまい、心理的には不在と感じること」をさします。

また、東日本大震災では、故郷の土地は残っているが、以前とはすっかり変わってしまったという現象が起こりました。コロナ禍では、久々に大学や会社に行くと以前とは違う生活に変わってしまった人も少なくないでしょう。このような場合も「別れのないさよなら」にあてはまると考えられます。

曖昧な喪失が引き起こすトラウマとその症状

人は喪失を体験すると、抑うつ気分の他に、怒りや罪悪感など様々な感情を経験します。これらの体験をまとめて心理学では悲嘆反応(グリーフ)と呼びます。

悲嘆反応は多くの人が経験し、時間とともに乗り越えることができる心の問題ですが、喪失したかどうかが曖昧な場合にはうまく乗り越えられず悲嘆反応が続いてしまいます。悲嘆反応によるストレスが長引くことで、心理面だけでなく、身体や周囲との関係にも影響が見られる場合があります。

(1)抑うつ気分

抑うつ気分とは「憂鬱な気持ち」、「悲しい」、「虚しく思える」などの気分を指した言葉です。多くの人が日常的に体験する気分ですが、曖昧な喪失を体験した人は程度がひどく、何ヶ月あるいは何年も続く場合があります。

抑うつ気分が悪化すると、「お前だけ日常生活を送るのか」「薄情もの」と周囲から非難されているような被害妄想を感じる場合もあります。

(2)物事が決められない

曖昧な喪失があると物事が決められなくなることがあります。例えば、「大切な人が戻ってくるかもしれない」という思いと「大切な人がいなくても強く生きていこう」と思う思いがぶつかって混乱が生じます。このような混乱が何度も繰り返されるために自分の考えが分からなくなり意思決定しづらくなるのです。

また、継続的なストレスによって物事を決定するための心のエネルギーが失われることも影響しています。

(3)自分や他者を傷つける行動

辛さから逃げるためにアルコールや薬物を頼ったり、自分や他者を傷つける言動が見られることがあります。

言葉にできない複雑な気持ちや、整理できていない気持ちの表れと考えられます。

(4)身体症状

長引くストレスによって以下のような身体症状が表れることがあります。

  • 慢性的な疲労感
  • 不眠もしくは過眠
  • 食欲低下もしくは食べ過ぎる
  • 頭痛、腹痛 など

(5)家族など人間関係がギクシャクする

大切な人がいたことで成立していた人間関係が、曖昧な喪失によって損なわれることがあります。具体的には以下のような例が挙げられます。

  • 気まずくなり、会話が減る
  • 役割分担が曖昧になってしまう
  • 物事の決定を先送りにしてしまう
  • それまで行っていた行事を辞めてしまう(誕生日、お葬式)

曖昧な喪失に悩む人へのケア

曖昧な喪失で悩んでいる場合、どのようなケア方法があるのでしょうか?

(1)医学的対応

医療機関で診察と服薬を通して心身が少しでも楽になるように促す方法があります。「こんなことで相談していいのかな」「皆辛いのに」と躊躇するかもしれませんが、人と比べる必要はありません。自分が辛いと思っているのであれば、受診しても大丈夫です。病院は、精神科もしくは心療内科が良いでしょう。

周囲の方に受診を勧めたい場合は、倦怠感や不眠など身体症状の改善を前に出すと勧めやすいと思います。

(2)家族ができるケア

曖昧な喪失に悩む家族がいれば、まずは気持ちを共感的に聞いてあげましょう。無闇な励まし、叱責、喪失の受容を強いることはかえって本人を苦しめることになるので、複雑な気持ちをそのまま受け止めてあげることが大切です。

自分は割り切れないが、家族が割り切れているという場合があるかもしれません。家族に思いを受け止めてもらえると良いですが、難しい場合には外部の専門機関を利用することも1つの方法です。

(3)自分でできるケア

まずはありのままの感情を表出することが大切です。曖昧な喪失を体験すると様々な感情が湧き上がってきますが、自分を責めたり、恥ずかしく思ったりして素直に表現できないことがあります。しかし、それらの感情はごく自然な反応です。自分の気持ちを抑え込まずに許容してみてください。

また、栄養バランスの取れた食事をすることや規則正しい睡眠リズムをできるだけ保つこともセルフケアに繋がります。

(4)カウンセリングや認知行動療法

曖昧な喪失のケアでは“感情の表出”が大切であると述べてきましたが、現実的には親しい人でも話しにくいことが多いのではないかと思います。そこで、カウンセリングという方法があります。

カウンセリングでは、専門的な知識の下で感情の表現を支援します。「話す」以外にも「描く」「遊ぶ」「作る」などの技法があるので、子どもや上手く話せない人でも利用することができます。また、守秘義務があるので人に漏れる心配がないことも大きな利点と言えるでしょう。

認知行動療法では、感情や思考のパターンを認識することができます。自分の考え方の癖を知り、他の視点に気付くことで、少し気持ちが楽になるかもしれません。

認知行動療法については下記のページに解説があります。

(5)グリーフケア

より専門的な曖昧な喪失のケア方法として「グリーフケア」があります。健康的な喪失のプロセスを踏み、自己の成長や意味付ができるように支援します。

グリーフケアについては下記のページに解説があります。

曖昧な喪失についてのよくある質問


曖昧な喪失とは、物理的な喪失が明確でない状況で、失われたものが存在するか否かが確定していない状態を指します。例えば、失踪した人や認知症の患者の家族が抱える苦しみがこれにあたります。物理的にはその人が生きているか、どこかで存在している可能性もありますが、精神的にはその人が消えた、またはいなくなったと感じる状態です。喪失を確定できないことから、喪失の感情や反応が続き、心の整理が難しくなることが特徴です。これにより、関係性の変化や自分の役割に対する不安も生じやすく、心理的なストレスが長期化することがあります。


曖昧な喪失には様々な例があります。たとえば、戦争や自然災害で家族が行方不明になる場合、何年も音信不通になっているが、死亡が確認されないといったケースです。また、認知症を患った親が以前のような人格を失い、家族がその人を知らない他の人のように感じる場合も曖昧な喪失に該当します。精神的な面での喪失も含まれ、アルコール依存症や薬物依存症によって以前の性格や行動が大きく変わった家族もその対象です。こうした曖昧な喪失により、喪失の確定ができないため、喪失感が長期間続きます。


曖昧な喪失が心理的に与える影響は深刻です。通常の喪失は、物理的に「失った」と認識することができるため、悲しみや喪失感が次第に癒えていきます。しかし、曖昧な喪失の場合、喪失が不確実なため、心の整理がつかず、感情が長期間にわたって不安定になります。喪失の存在を確認できないため、悲しみや怒りが絡み合い、将来に対する不安も強まります。また、喪失に直面している人が自己肯定感を失い、アイデンティティの喪失や役割の喪失感を感じることもよくあります。精神的な衝撃や混乱が続き、心の整理が難しくなるため、カウンセリングや支援が必要になることが多いです。


曖昧な喪失に対処するためには、まずその状況を認識し、受け入れることが重要です。喪失が不確実であることを認め、自分が抱える感情を否定せずに受け入れることで、少しずつ心の整理を進めることができます。また、人生におけるコントロール感を取り戻すために、日常生活の中でできる範囲での役割や行動を意識的に再構築することが役立ちます。愛する人が失われたわけではなく、形が変わったという視点で、自分自身のアイデンティティを再確認することも大切です。そして、無理に感情を抑え込むのではなく、愛着を新しい形で感じる方法を模索することが心の癒しに繋がります。専門家のカウンセリングを受けたり、サポートグループに参加することも心の支えとなります。


通常の喪失と曖昧な喪失の最も大きな違いは、喪失の「確定性」にあります。通常の喪失は、喪失が明確であるため、その後のプロセスも比較的予測可能です。例えば、身近な人が亡くなった場合、その死が確認され、葬儀を行うことで喪失感に向き合うことができます。しかし、曖昧な喪失は、喪失が不確実であるため、心の整理が進まず、感情が混乱します。たとえば、行方不明の人が見つかるかもしれないという希望がある場合、明確に喪失したと認識できず、悲しみが長引きます。この不確実性が心理的なストレスを長期間にわたって引き起こします。


曖昧な喪失に関する支援は、心理的サポートが中心になります。まず、カウンセリングや心理療法を通じて、自分の感情を整理し、ストレスを軽減することが重要です。個別の支援だけでなく、家族や友人とのコミュニケーションも大切です。感情を共有することは、孤立感を減らし、精神的な負担を軽減する助けになります。また、サポートグループや支援団体に参加することも、共感を得るための良い手段です。これらの支援は、曖昧な喪失によって感じる不安や心の葛藤を乗り越えるための助けになります。


曖昧な喪失は、子どもにも大きな影響を与えます。子どもは感情の表現が未熟なため、その不安や悲しみが行動に現れることがあります。例えば、学校での成績が落ちたり、友達との関係に支障が出たりすることがあります。また、家族の一員が変わることで、家庭内での役割や関係性が不安定になることがあります。子どもが曖昧な喪失を感じている場合、感情の整理ができるように、親や専門家が適切にサポートすることが必要です。感情を話す機会を持ち、子どもが安心感を持てる環境を整えることが大切です。


曖昧な喪失に関する研究は、心理学や家族療法の分野で多く行われています。特に、ポーリン・ボス博士が行った研究が有名で、曖昧な喪失の心理的影響に関する多くの知見を提供しています。ボス博士は、認知症患者の家族や行方不明者の家族が経験する喪失感やその影響を明らかにし、この概念が心理学的に重要であることを示しました。この研究を基にした支援方法やカウンセリング技法が発展しています。


曖昧な喪失に関する支援団体は、日本国内にもいくつか存在します。例えば、一般社団法人日本精神衛生会や災害グリーフサポートプロジェクトは、曖昧な喪失に関連するカウンセリングや情報提供、サポートグループを提供しています。また、心理学的支援を行っている団体や、被災地や戦争の影響を受けた家族への支援を行う団体もあります。こうした団体は、曖昧な喪失を経験した人々に対して専門的なサポートを提供し、心のケアを行っています。


曖昧な喪失に関する書籍は、専門的な知識を深めるために非常に役立ちます。特にポーリン・ボス博士の著書『あいまいな喪失とトラウマからの回復』は、曖昧な喪失の概念やその心理的影響について詳しく説明しており、多くの人々にとって参考となります。さらに、曖昧な喪失を経験した人々への支援方法について書かれた書籍も多くあります。これらの書籍を読むことで、曖昧な喪失の理解を深め、効果的な対処法を学ぶことができます。

曖昧な喪失について相談したい

「曖昧な喪失」とは「喪失そのものが不確実で、失ったかどうかがはっきりしない喪失」をさしていて、「さよならのない別れ」と「別れのないさよなら」に分けられます。曖昧な喪失で見られる悲嘆反応は心身に様々な影響を与えるため、1人で抱え込まず専門機関の利用を検討してみましょう。

当オフィスでは曖昧な喪失やトラウマについてのカウンセリングや相談を受けております。希望者は以下のページからお申し込みください。

文献

この記事は以下の文献を参考にして執筆いたしました。