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ウィルヘルム・ライヒの「性格分析」を読んで

ウィルヘルム・ライヒ(著) 小此木啓吾(訳)「性格分析-その技法と理論」 岩崎学術出版社 1966年を読んだ感想を書きました。

ライヒは性格防衛の分析というその後の精神分析には無くてはならない技法論を確立しました。その反面、晩年にはオルゴン療法というオカルト的な方法にとりつかれ、最後は獄中死しました。ここではそうしたライヒの業績について主に述べていきます。

1.ライヒの業績

ライヒはラドから教育分析・訓練分析・スーパービジョンを受けた精神分析家です。

ライヒの評価はほとんどの場合、2つに分かれます。1つは精神分析の技法論を整備し、さらに発展させた功績としてです。もう1つはオルゴン療法という怪しげなものを創り、オカルトに走った変わり者としてです。本書は前者の精神分析技法としての部分が前面に出されています。

原著の「Character-Analysis」は3回改訂されているのですが、初版と2版では性格分析の技法だけだったのですが、3版になりオルゴン療法の部が追加されています。しかし、訳者の小此木先生は主に初版を元に訳し、敢えてオルゴン療法の部分は本書には入れませんでした。それはあまりにも精神分析から離れてしまっていたためのようです。

ちなみにライヒの母はライヒが13歳の時に不倫をし、それを父に責められ自殺しています。また父は母を自殺に追いやった罪悪感から冬の凍る池に入り、ほぼ自殺のような形で亡くなっています。こうしたことがきっかけとなり、ライヒに取って性欲動というのは生涯をかけて取り組むテーマになったのかもしれません。

2.オルゴン療法と共産主義思想

オルゴン療法の顛末やそれに対する批評については、本書の最後に収録されている「ウィルヘルム・ライヒの悲劇」というタイトルの小此木先生の講演録やあとがきで詳細に述べられています。簡単にいうと、オルゴン療法とは、物理的な生命エネルギーが宇宙にはあり、オルゴンボックスというライヒが考案したとされる箱の中に入ると、そのエネルギーが身体に入り、精神疾患が治ったり、性不能が治ったりするというものです。

しかし、そうしたエネルギーについては物理的にも確認はされておらず、科学界からはNOを突き付けられました。さらにメイン州裁判所からは医薬品販売法違反で出廷を命じられ、それに応じず、裁判所侮辱罪で懲役刑が課され、刑務所服役中に獄死しました。

ライヒの死後もオルゴンボックスは一部のシンパに引き継がれ、現在の日本でも購入できたりするようです。これらのことからライヒはパラノイアであった、精神病を発病したなどと言われたりもしています。このようないわくありの人物なので、内容的に妥当であると思われる本書「性格分析」も一種いかがわしいもののように思われてしまう節もないわけではないようです。

また、ライヒはマルクス主義・共産主義に傾倒しており、本書でも資本主義と社会主義、ブルジョアとプロレタリアート、イデオロギー闘争などについてが散見されています。そのあたりはある程度の素養や思想がないと読みにくいかもしれません。

3.性格防衛の精神分析

本書の、前半の1部は主に精神分析技法論が、後半の2部では精神分析的な性格形成論が展開されています。

フロイトは症状を象徴解釈することによって、症状を除去する方法として精神分析を創案しました。しかし、ライヒは精神分析において、患者は性格の鎧を身にまとっており、自我親和的な防衛をしているので、そうした象徴解釈をする前に、性格防衛を解釈によって解消しなければならないと主張しました。その為の精神分析技法として、抵抗分析・ふるまい分析・性格分析を作り、象徴解釈に先んじて実施していくと定式化しました。

このことにより、患者を全人格的なものとして扱い、さらに過去の解釈ではなく、今ここにおける解釈を重視しました。また、それによってより長期間にわたる精神分析を行わっていく道筋をつけていきました。そして、患者の陰性転移を重視し、その分析をしていくことを重要視しました。フロイトが精神分析の技法については曖昧にしか述べていませんでしたが、ライヒによってかなり明確に定義され、公式化されたと言えるでしょう。

技法面では、古典的な精神分析から現在の精神分析への橋渡し的な役割がここでなされており、そうした意味で歴史的な価値は高いと思われます。さらに、陰性転移を重視したり、今ここでの解釈を重視したりするスタンスはクライン派精神分析や対象関係論的精神分析とはかなり近いように理解できます。もっとも逆転移については、この時点ではほとんど出てきませんが。

4.性格の鎧とその形成

2部では、そうした性格にはどのようなものがあるのか、その性格はどのように形成されたのか、などについて論じられています。ここでは主にヒステリー性格、強迫性格、自己愛性格、被虐的性格などが取り上げられています。性格形成の要因として、イドや超自我の発達もありますが、それよりも両親との間における養育の影響や、社会との関わりについての関係についてライヒは重視しているようです。

さらには、ライヒは健康な人というのは、性を楽しめるようになることにおいており、そういう意味では性本能を重視していると言えるでしょう。これは後年のフロイトやその後継者である精神分析家たちが自我というものを中心に据え置いたこととは反対の方向性です。ライヒがフロイト以上にフロイトらしいという評価が与えられるのは、性欲動を重視した前期フロイトに忠実であったからであると思われます。

5.ライヒの思想

しかし、ライヒの思想は一貫しており、性生活の満足をどう享受するのかに全て帰結しています。性格分析も最終的には性欲動の解放を目指しており、共産革命でもそれを目指し、オルゴンボックスでも性の満足を目指していました。やり方として精神分析から離れていったのですが。こうしたライヒの性格分析の技法はフロイトの中立性や禁欲原則に対しての異議申し立ての側面があり、いわゆる治療者の能動性といったテーマであるとも言えます。これはフェレンツィとも繋がる重要な論点です。

本書にはライヒの事例がたくさん盛り込まれています。いずれも切り込むような厳しい解釈で、やや患者の苦しみに向ける眼差しに欠ける印象があります。フェレンツィのような愛は感じにくいところがあります。ライヒのそもそものパーソナリティが攻撃的で強迫的というのも関連しているのかもしれません。