うつ病は、気分が落ち込んで憂鬱になったりやる気が出ないなどの精神症状が起こり、日本では100人に6人程度の割合で発症する頻度の高い精神疾患です。うつ病に対する治療として、薬物療法や認知行動療法などの精神療法が行われることがありますが、近年では行動活性化療法と呼ばれる新しいアプローチの精神療法が提唱され、注目を集めています。
行動活性化療法は、本人の思考ではなく行動を修正することを重視する治療法で、うつ病に対して高い治療効果があることがわかってきています。この記事では、行動活性化療法について、認知行動療法と比較しながら効果や実際の治療のやり方などについて詳しく解説していきます。
行動活性化療法とは
行動活性化療法とは、主にうつ病に対して選択される新しい精神療法の一つで、本人の思考ではなく行動パターンを変えることを重視し、それにより気持ちを軽くして本来の自分を取り戻すことを目的としたアプローチ法です。
精神疾患の治療法として薬物治療とともに用いられることの多い精神療法は、患者さんと話をしながら人間同士の交流を通して様々な症状や苦痛に介入する治療法です。主な精神療法には、認知行動療法、対人関係療法や集団精神療法など様々なアプローチ方法があります。この行動活性化療法は主には認知行動療法の中に含まれます。
うつ病になると、「人に会うと傷つくから、部屋に引きこもろう」「仕事探しをして失敗すると嫌だから何もせず横になっていよう」といったように、ネガティブな出来事を避けることが多くなります。これを回避行動と呼びます。回避行動が増えてしまうと、問題解決や目標達成へ取り組もうという意欲が減退したり、積極的な行動が減ったりして、さらにうつ病の症状を悪化させる悪循環におちいることがあります。
この回避行動に主に介入して、本人の行動パターンを変えるように促し、行動から気分を変える「外から内の」活動を実践していくことが行動活性化療法です。具体的には、部屋に引きこもって回避行動を取っている状態から「外に出て散歩することによって少し明るい気分になる」といったように、ネガティブにくよくよ考える思考を前向きな行動によって変えていきます。
このような行動活性化のアプローチ自体は30年以上前から行われていましたが、臨床研究により有効性が認められ、治療法として体系化されたのは2000年代に入ってからという比較的新しいアプローチ法になります。
行動活性化療法と認知行動療法の違い
認知行動療法についての詳しい解説は以下をご参照ください。
認知行動療法は、精神療法の大きな柱のひとつでうつ病以外にも様々な精神疾患の治療に活用されているアプローチ法です。認知行動療法では、患者さん本人の感情や行動に影響を及ぼしている極端なとらえ方(認知)を確認して、その偏った思考パターンを修正し、最終的に行動を変容させていく、「内から外への」活動を行っていくことになります。先程の引きこもりの例で考えると、「外に出ることでネガティブな感情になる」ような具体的な行動に対する本人の認識を確認し修正して、外に出られるように行動を変容させていきます。
先に説明した行動活性化療法が、行動が先で気分を変える「外から内の」活動を行っていくのとはこの点が対照的となっています。一般的には感情や気分を変えるより、行動を変える方が簡単であり、認知行動療法に比べ高度な訓練を受けた専門家でなくても実施可能で、コストが安いといったメリットもあります。
行動活性化療法の適応や効果
これまで説明してきたように、行動活性化療法の主な適応疾患はうつ病です。ただし、抑うつ状態が重篤であったり疲労が強い場合には休養や薬物治療が優先される必要があり、うつ病の急性期における介入にはリスクが生じる可能性があります。行動活動家療法による介入が有効な条件や状態については今後検討される必要があります。
行動活性化療法はうつ病の治療において高い効果が得られることが国内外の臨床研究によって報告されています。認知療法と比較しても、行動活性化療法が同等または効果が高いということが明らかにされています(Dimidlianら,2006;Dobsonら,2008)。2016年に報告された大規模な臨床研究でも、行動活性化療法は認知療法と同等の効果を持ち、1年後の段階で半数以上の患者さんで大きく症状が軽減した、という報告がなされています(Richardら,2016)。
ちなみに、そもそものうつ病に詳細は以下のページをご覧ください。
行動活性化療法のやり方
具体的な行動活性化療法の手法としては、患者さん本人が自らの行動とその結果についてより意識できるためにサポートする「ACTION」モデルが提唱されています。
「ACTION」とは、以下の6つのプロセスを表す英単語の頭文字を取ったものになります。
プロセス | 説明 | 例 |
---|---|---|
Assess | 行動がどのように機能しているか評価する | 職場に復帰して同僚に会ったときに不安な気持ちになり避けてしまった感情や回避行動を評価する |
Choose | 活動を選択する | 同僚とコミュニケーションを取って仕事を進めていくという行動を選択する |
Tryout | 選んだ活動に挑戦する | 同僚を昼食に誘ってみる |
Integrate | 活動を生活に取り入れる | 同僚と昼食を取ることを習慣とする |
Observe | 活動の結果を観察する | 最初はおそるおそるだったが、一緒に食事をすることが楽しみになってきた |
Nevergiveup | 決してあきらめない | 少し嫌な思いをしても食事をすることを続ける |
これらのプロセスは、新しい活動を繰り返し行うという変化のために必要です。
実際の手法としては、日常生活の中で行った活動や活動時の気分を評価できる活動記録表を記入して振り返ることで、気分と活動の関係を理解して、悪循環になる活動や気分の良くなる活動をセラピストともに把握していきます。(例:「ソファで横になっていると、平日に何もしていない自分を責めてしまって気分が落ち込む」「起きてコーヒーをいれると、良い香りで少し気分が良くなった」など)
また、セラピストと相談して活動スケジュールを作成しながら治療をすすめていきます。具体的な活動スケジュールとして、「朝9時までに起きる」「朝食を摂る」「午前中に掃除をする」など、本人にとって必要・重要な活動が選択されます。
認知行動療法についてのトピック
行動活性化療法についてのよくある質問
行動活性化療法は、うつ病や気分障害に対する心理療法の一つで、患者が日常生活において楽しみや満足感を得られる活動を増やすことを目的としています。この治療法は、患者が日常生活で感じる苦痛や無気力感の原因を「活動の減少」や「回避行動」と捉え、それらを改善するための具体的な行動計画を立てることに重点を置きます。治療の流れとしては、まず患者の現在の活動状況や気分との関係性を評価し、次にポジティブな感情を引き出す活動を計画・実行します。これにより、うつ状態から抜け出しやすくなるだけでなく、患者自身が持続的に生活の質を向上させるスキルを習得することが期待されます。
行動活性化療法は、多くの研究で効果が実証されており、特に軽度から中等度のうつ病に対して効果的とされています。薬物療法と同等の改善効果を持つことも多く、副作用がない点が特徴です。この療法は、患者自身が「ポジティブな活動」を増やすための具体的な方法を学び、それを実践することで、長期的な症状改善や再発予防にも寄与します。さらに、自己効力感の向上や社会的なつながりの強化といった付随的な効果も期待されます。患者個々の状況に応じた治療計画を立てることで、治療効果を最大化することが可能です。
行動活性化療法では、まず患者の現在の生活や活動パターンを詳細に評価します。これには、活動の頻度や種類、気分との関連性を把握することが含まれます。次に、患者が楽しみや満足感を感じられる活動をリストアップし、それを実際に計画し実行します。この過程では、患者が目標を達成する上での障害を特定し、それらを克服するための具体的な方法を考えます。また、セラピストは患者が計画をスムーズに実行できるよう、具体的な指導やサポートを行います。これにより、患者は徐々に回避行動を減らし、ポジティブな感情を増やしていくことができます。
行動活性化療法は、うつ病や気分障害で活動量が減少し、無気力感や興味の喪失を感じている方に特に適しています。また、薬物療法の副作用を避けたい方や、薬に依存したくないと考えている方にも有用です。この治療法は、日常生活の改善や再発防止を目的としているため、軽度から中等度のうつ症状に対して特に効果的ですが、重症のケースでもサポートとして活用されることがあります。患者の個々のニーズに合わせた柔軟な対応が可能であり、幅広い対象者に対応できます。
行動活性化療法のセッションは、一般的に週1回、1回あたり約50分から60分の時間が設定されることが多いです。治療期間は患者の状態や目標に応じて異なりますが、通常は数ヶ月から半年程度が目安とされています。一部の患者では短期集中型のプログラムが適している場合もありますが、多くの場合、定期的なセッションを通じて徐々に変化を促す方法が採用されます。
行動活性化療法は心理療法であるため、薬物療法のような身体的な副作用はありません。ただし、活動を増やすプロセスで、患者が一時的にストレスや不安を感じる場合があります。このような場合には、セラピストと協力しながら進行を調整し、患者が無理なく治療に取り組める環境を整えることが重要です。また、患者のペースに応じて治療を進めることで、心理的な負担を最小限に抑えることができます。
行動活性化療法は、薬物療法や他の心理療法と併用することが可能です。例えば、認知行動療法や対人関係療法と組み合わせることで、患者の個別ニーズに対応したより効果的な治療が期待されます。また、薬物療法と併用することで、症状の急速な改善と長期的なスキル習得の両立を図ることが可能です。併用治療の詳細は、医師やセラピストと相談して決定するのが望ましいです。
行動活性化療法を受けるには、心理療法を提供している医療機関やカウンセリングセンターに相談することが第一歩です。また、精神科や心療内科の医師に紹介を依頼することも可能です。治療を始める前には、セラピストとの初回面談を通じて、患者の状態や治療目標について十分に話し合い、治療計画を立てることが大切です。
行動活性化療法の費用は、医療機関やセラピスト、地域によって異なります。保険適用の場合、比較的低コストで受けられる場合がありますが、自費診療ではセッション1回あたり数千円から1万円程度かかることもあります。治療を始める前に、費用について詳細を確認し、納得した上で進めることが重要です。
行動活性化療法の効果は、治療中に学んだスキルや行動を患者が継続することで長期間持続することが期待されます。定期的なフォローアップセッションや再発予防のためのサポートを受けることで、さらに効果を維持する可能性が高まります。患者自身が治療を通じて得たスキルを日常生活で積極的に活用することが大切です。
行動活性化療法を受けたい
行動活性化療法は、主にうつ病に対して用いられる比較的新しいタイプの精神療法です。従来行われていた「内から外に」働きかける認知行動療法と異なり、まず行動を変えて感情の変容をもたらす「外から内に」活動を実践していくアプローチ法を取ります。
認知行動療法と比較して、高度な専門知識や技術を必要としないため導入しやすいにもかかわらず、同等かそれ以上の効果が期待できます。「ACTION」モデルに従って、活動記録表への記入や活動スケジュールを作成しながらセラピストと協力して治療に取り組んでいきます。
(株)心理オフィスKでも行動活性化療法の実施を一部で行っています。希望者は以下の申し込みフォームからご連絡ください。
文献
この記事は以下の文献を参考にして執筆いたしました。
- マイケル・E・アディス 他(著)「うつを克服するための行動活性化練習帳:認知行動療法の新しい技法」創元社 2012年
- ジョナサン・W・カンター 他(著)「行動活性化-認知行動療法の新しい潮流-」明石書店 2015年
- クリストファー・R・マーテル 他(著)「うつ病の行動活性化療法: 新世代の認知行動療法によるブレイクスルー」日本評論社 2011年
- クリストファー・R・マーテル 他(著)「セラピストのための行動活性化ガイドブック:うつ病を治療する10の中核原則」創元社 2013年
- 岡島義 他(著)「うつ病に対する行動活性化療法-歴史的展望とメタ分析-」心理学評論 2011年 54巻4号 p.473-488
- Eleonora Uphoff et al.「成人の抑うつに対する行動活性化療法」