疾病利得の心理はなぜ生じる?専門家が探るメカニズムと実態
「疾病利得」という言葉は、精神疾患などの病気に罹患することで得られる生活面でのベネフィットや社会的、あるいは経済的な利益の事です。患者さん本人は、頭のなかでは表面的に自分の病気を治したいと思っていても、本音の潜在意識のなかでは治りたくないという場合も含まれています。
今回は、疾病利得の心理はなぜ生じるのか、そのメカニズムと実態について説明していきます。
目次
1.疾病利得とは?専門家が解説する定義と背景
例えば、うつ病やパニック障害など精神疾患を発症したがゆえに家族や周囲の方々が心配して、優しく接してくれると、病気を患っていることによって偶然の幸せを体験できることがあり、これを「疾病利得」と呼んでいます。このタイプの経験は、高齢者のうつ病や幼児の病気によく見られる事象であり、このように偶然獲得した疾病に関連する役得には当該本人は気づかずに無意識であることが一般的です。
疾病利得の典型例としては、病気が治ったら復職できるも自分の嫌いな上司や同僚がいるので本当は復職したくない場合もありますし、疾患が治癒すれば学校に行けるも毎日の通学が面白くないので実際には行きたくないなどの行動パターンも含まれます。
また、病気になって以降、家族や友人たちがいつも以上に親切に接してくれて優しくされる体験をできるので、病気は早く治したいが本当は治りたくないなどの事例も想定されます。
疾病利得そのものは一概にすべて悪いことではなく、不幸にも病気に罹患した結果ストレスから離れて休養することは必要なことですし、偶然的に獲得できた疾病利得も当然あってしかるべきであるとも考えられます。患者さんの中には、時として多大なる疾病利得を日常的に手に入れている人がいて、病気を発症したことで、周囲の人が心配して、非常に気を使ってくれるという稀有な体験をすることができます。
ところが、疾病利得が治療に際して大きな壁や障害になることもあり、患者さん自身は発病したおかげで思い通りに周囲の人を動かすことができるという錯覚にも似た経験を通じて、病気が容易には治らなくなってしまうことも見受けられます。
病人を続けると数々の特需や利益が一定程度維持できるため、本人の表層的な意識では一日も早く病気を治癒させたいと願っているにもかかわらず、無意識下では病気が治ることを恐れている影響でいつまでも病状が回復しない場合もあります。
一般的に、病気に罹患することによって、仕事場面や周囲の人間関係の悩みから逃れることができる利益を「第一次疾病利得」、そして病気を患うことで周囲の人間にいつも以上に優しく親切に接してもらえる利益を「第二次疾病利得」と呼称しています。
2.なぜ疾病利得が生じるのか?心理学的メカニズムを探る
精神医学の領域には賠償神経症とそれに関係する疾病利得という考え方があると言われています。
例えば、子どもがどうしても学校に行きたくなくて登校時に腹痛を催すなど疾病利得を得るために病気になる場合もあれば、病気になった結果として思いがけず周囲の人々に優しくしてもらえて良い体験ができたという疾病利得が得られるパターンもあります。
疾病利得は、長期間に及んでさまざまな治療を実施しても、なかなか症状や病状が治癒しない場合に見られる状態であり、患者さんは口では治したいと繰り返して言っていても、本音では治らない理由を探すこともあります。そして、本人が口で表面的に発言していることと心の中の深層心理がまったく正反対である事実に周囲のみならず本人すら気がついておらずに認識していない場合が多いのが特徴的です。
心の奥底で病気を治りたくないという部分があれば、どれだけ良好な治療を実践していてもその場限りの効果のみになってしまい、適切に治療を実施して症状が改善するのは困難になることもあります。
3.疾病利得のメリットとデメリット
疾病利得とは、「病気にかかることによって本人が得られるさまざまな利益」のことを指しています。
ベネフィットと一言で表現しても、傷病手当などの物理的あるいは経済的な利益のみならず、「働いてしんどい思いをしなくてもいい」などの就労行動面、あるいは「他者から心配してもらって親切に対応してもらえる」という精神的な利益がもたらされます。
また、疾病利得には病気や病状の経過が自分の思っていたように改善しない現状を、主治医のせいにも、自分のせいにもしないで済み、病気自体の問題だと思っていれば済むというメリットがあります。
その一方で、本人にとっては、自分が本当に病気にかかって困っていることを、他人から疾病利得を引き合いに出されると受け入れられないと腹が立ち、今後をどのように考えたら分からずに、行き詰って苦痛にさらされることはデメリットのひとつでしょう。
4.家族や身近な人の疾病利得に対する接し方
誰しもが病気を患うことは、言うまでもなく苦しい経験であり、誰でも早く健常な状態に復帰したいと切望しますが、「疾病利得」によって体が自然に病気になりたいと望んで、いつまで経過しても病気が治らないこともあります。
疾病利得を紐解いてみると、自分がある病気に罹患することによって得られる利益が数々存在するために、本人は無意識のうちに病人を続けて病気が慢性的に持続するという状態を指しています。
通常、患者さん本人の訴える身体的な症状が妥当なレベルなのか、誇張されたものなのかを正確に判断するのは容易ではありません。
疾病利得は、実際には精神科だけの領域に限らず、身体的異常に関連する病気でも患者という立場に甘えていることはよく見られる内容であり、疾病利得での対応に際しては、患者さんの要求の全部を否定しないことが重要なポイントです。
周囲の人々が対応出来る範囲内で患者さん自身の要求をある程度受け入れていくことで、患者との人間関係の構築にも役立ちますので、身近な人が疾病利得に接する際には患者さんにとって逃げ道を用意してあげるという姿勢が重要なポイントとなります。
5.疾病利得の乗り越え方
病気になっている本人は、病状がいっこうに改善しないと悩んでいて、病気で一文たりとも得をしているとは認識していませんが、疾病利得を過去に多く獲得して、安住している場合には、病気で居ることそのものが中断できなくなります。疾病利得の多い患者さんに対する治療は、この疾病利得を自覚していただく作業になりますので、その治療には非常に長い時間をかけて向き合う必要があります。
治療に際しては、病気によって周囲の人々の同情を集めて手厚いサポートを受けながら、社会的責任を免れることができるという状況下を改めて患者自身が確認する努力をして、その補償や愛情を得ているという自覚を自ら問いただして認識することが求められます。
また、患者本人だけでなくその家族にも必要に応じて本人の扱いに関連する認知行動を改めてもらう必要があるパターンも想定されます。
基本的に、患者の世話焼かせが継続して、本人に対応する家族が結果的に患者自身の自立性や自律性を奪い、振り回されて干渉し過ぎていることが疾病利得を悪化させることも容易に想像できます。
そうした際には、現実的に家族が患者を必要以上に退行させていないか、患者に子供の役割を強いていないか、家族が親的な役割を強めすぎて過干渉になっていないかなどを確認して検証する作業が必要になる場合もあります。
6.まとめ
疾病利得とは、病気に罹患することによって長期休業や休業補償など本人が受ける様々な利益やメリットを包括する言葉です。
疾病利得の多い患者さんの治療場面では、この疾病利得を自覚していただく作業が求められますので、治療期間としては長く向き合う必要があり、精神科や心療内科など専門医療機関に相談してカウンセリングを受けることが有用と考えられます。
当オフィスには、疾病利得に対応できるカウンセラーが在籍しております。一人で抱えずお気軽にご相談ください。