アクセプタンス&コミットメントセラピー(Acceptance and Commitment Therapy : ACT)は、認知行動療法の一つで、困難や不快な気分を取り除くことなく受け入れて自分自身が大切にしたい価値に向かって前に進んでいくことを目指して行われます。
この記事では、ACTに関する基礎理論や6つのコアプロセス、認知行動療法との違いなどについて詳しく解説していきます。
目次
アクセプタンス&コミットメントセラピーとは
アクセプタンス&コミットメント・セラピー(Acceptance and Commitment Therapy : ACT)は、行動理論をベースとした認知行動療法(Cognitive Behaviour Therapy : CBT)の一種です。
「アクセプタンス」とは、「いま、この瞬間」自分の中にある思考や感情をそのままに判断を介さずに受け入れることです。一方、「コミットメント」は自分自身が大切にしたい価値に向かって行動パターンを作り上げることです。ACTの目的は、この2つを組み合わせて、困難な気分や不快な部分を取り除くことなく、自らの人生とともに今この瞬間の気持ちをありのままに受け入れ、価値付けられた行動へと向けて前に進むことです。
ACTは、うつ病、不安障害、摂食障害、依存症など、さまざまな心理的問題に対して用いられるほか、ストレスへの対処やパフォーマンス向上などの個人的な目標を達成するためにも使用されています。
ちなみにアクセプタンス&コミットメントセラピーは認知行動療法の技法の一つです。認知行動療法については以下のページをご覧ください。
アクセプタンス&コミットメントセラピーのエビデンスや基礎理論
ACTは、機能的文脈主義と呼ばれる理論に基づいています。機能的文脈主義とは、機能するか(役に立つか)どうかを真理の基準とする考え方です。例えば、空き缶は多くの人にとってゴミで役に立たないと思われますが、空き缶を使って立派な芸術作品を作ったりする人もおり、ゴールの設定のしかたで機能するかどうかが決まります。
これは人にとっても同じで、クライアントの問題行動や苦しみが、生きている社会的・文化的・歴史的な文脈に基づいて、役に立つものであることがあると考えます。そして、クライアントが苦しみに抵抗することをやめ、現実をを受け入れつつ、自分が本当に大切にするこに向かって行動することを目指します。
ACTは、関係フレーム理論という理論にも基づいています。関係フレーム理論は、人々の認知の仕方や意味づけの方法に着目した理論で、人々の思考や感情が、言語的な枠組みや社会的な文脈によって形成されると考えます。
ACTにおいては、クライアントの問題を説明する言葉や枠組みに着目し、その枠組みに囚われない新しい視点を提供することが重要です。例えば、クライアントが自分自身を否定的に認識し、自分自身に対して厳しい評価をしている場合、関係フレーム理論に基づいてその認知の枠組みを変えることを目指します。
心理的柔軟性と6つのコアプロセス
心理的柔軟性は、適応性のある行動や思考の柔軟性を指し、人々が変化に適応し、ストレスに対処し、困難な状況を乗り越える能力です。心理的柔軟性は、6つのコアプロセスによって構成されています。
(1)アクセプタンス
アクセプタンスとは、不快な思考や感情などに対して心を開き、そのまま体験することを指します。思考に抗うのをやめ、それが自然と湧き起こったり消えたりするのに任せます。
(2)脱フュージョン
自分と思考とを切り離して、思考を一歩下がって観察することを指します。例えば、「自分はダメなやつだ」という思考が浮かんできたら、「私が『自分はダメなやつだ』という思考を持っています」と言い直してみることで、思考と少し距離が取れるのを感じることができます。このように考えることで、ネガティブな思考から受ける強い衝撃を和らげることができます。
(3)価値
自分自身が大切にする価値観を明確にし、それに従って行動することを目指します。心の奥底で思っている「自分は人生でこれをしたい」「いつもこんな風に行動したい」という考え方を明確にします。
(4)コミットされた行為
自分自身が大切にする価値観に基づいて、現実的な目標を設定し、その達成に向けて行動することを重視します。
(5)文脈としての自己
前に機能的文脈主義について説明したように、自分が何を考えているのか、何をしているのかに、俯瞰した目線で常に客観的に観察し、気づいている状態を意味します。外から自分を眺めるような心の機能である「観察する自己」があることで、アクセプタンスや脱フュージョンが可能になり、心理的柔軟性が育まれることになります。
(6)「今、この瞬間」との接触
心も身体も「今、この瞬間」にあり、今起きていることすべてに意識を向け、関わりを持つことを指します。過去や未来に過剰にとらわれることなく、「今、ここ」で集中すべきことに集中できることは、仕事や家事の生産性を高めて「人生の質」を高めてくれます。
アクセプタンス&コミットメントセラピーと認知行動療法の違い
ACTと認知行動療法(CBT)は、心理療法の中でもよく知られているもののひとつですが、それぞれに特徴的なアプローチがあります。
ACTは、認知行動療法と同様に、問題解決を目的とした心理療法のひとつですが、そのアプローチは異なります。ACTは、主に心理的柔軟性とコミットメントに焦点を当て、問題解決を達成するために、クライアントが自分の感情や思考を受け入れ、自分自身を含めた現実に対してコミットメントすることを促します。
一方、CBTは、問題解決に焦点を当て、クライアントの思考や行動を改善することで問題解決を促します。CBTでは、クライアントに対して彼らの思考パターンを認識して調整し、問題を克服するために新しいスキルを学ぶことを促します。
つまり、ACTは自分自身や自分の状況を受け入れて、コミットメントを通じて自己成長を促すアプローチであり、CBTは思考や行動を改善することで問題解決を促すアプローチです。どちらのアプローチが適しているかは、クライアントの状況や個人的なニーズに応じて決定されます。
アクセプタンス&コミットメントセラピーの技法や方法
ACTでは、先ほど説明した心理的柔軟性を促すための6つのコアプロセスに基づき、以下のような具体的な方法を用いて、自己成長やストレスや苦痛の緩和を促します。
(1)自己受容とマインドフルネス瞑想
自己受容とマインドフルネス瞑想は、ACTの基本的な方法の一つです。自己受容は、自分自身を肯定し、現実を受け入れることを意味します。マインドフルネス瞑想は、自分自身や周りの環境に意識を集中することで、心を落ち着かせ、現在に焦点を当てます。
(2)コミットメントと価値観
自己成長に向けたコミットメントと、価値観を明確にすることも、ACTの重要な方法です。コミットメントは、自分自身が選んだ目標に向かって行動することを意味します。価値観は、自分自身にとって重要なことや大切にしたいことを示すものであり、明確にすることで、目的や行動の方向性を定めることができます。
これらの方法を用いて、自己成長やストレスや苦痛の緩和を促します。ただし、ACTは、個人に合わせたカスタマイズされた治療が必要であり、治療者との信頼関係を築くことが重要です。
認知行動療法についてのトピック
アクセプタンス&コミットメントセラピーについてのよくある質問
アクセプタンス&コミットメントセラピー(ACT)は、心理的柔軟性を高めることを目的とした現代的な心理療法です。このアプローチは、不快な感情や思考を排除するのではなく、それらを受け入れ、自分の価値観に基づいた行動を取ることを重視します。マインドフルネスを活用して現在の瞬間に意識を集中させ、価値観に沿った選択をすることで、ストレスや不安、心理的な苦痛を減少させる効果が期待されます。ACTは、うつ病や不安障害、慢性疼痛など多くの問題に対して効果が確認されており、自己成長や生活の質向上にも役立つ療法として広く注目されています。
ACTには、心理的柔軟性を高めるための6つの基本プロセスがあります。これらは以下の通りです:
- 受容(アクセプタンス):不快な感情や思考を避けるのではなく、そのまま受け入れる。
- 認知的脱フュージョン:思考や感情を「事実」としてではなく、単なる出来事として捉える。
- 現在志向:過去や未来にとらわれず、今この瞬間に集中する。
- 自己としてのコンテクスト:自分自身を状況や感情と切り離して観察する視点を養う。
- 価値観の明確化:自分が大切にしている価値を明確にする。
- コミットメント:価値観に基づいて行動を選択し、持続的に実行する。
これらの技法は、生活の質を向上させるための実践的な方法として活用されます。
ACTは幅広い心理的問題に対して効果があるとされています。具体的には、うつ病、不安障害、ストレス関連障害、PTSD、摂食障害、慢性疼痛などが挙げられます。また、日常生活でのストレス管理や、仕事や人間関係での困難にも有効です。さらに、価値観を明確にするプロセスを通じて、自己成長や人生の目的を見つけるサポートも行います。ACTは、心理的な苦痛を単に減少させるだけでなく、より豊かな人生を送るための力を引き出す療法です。
ACTと認知行動療法(CBT)はどちらも有効な心理療法ですが、アプローチが異なります。CBTは、否定的な思考や信念を特定し、それらを修正することで感情や行動を改善しようとします。一方、ACTでは、思考や感情を変えようとするのではなく、それらを受け入れつつ、自分の価値観に基づいた行動を取ることを重視します。ACTは思考や感情を「敵」として扱わず、それらを人生の一部として捉え、より豊かな生活を築くための土台として活用する点が特徴です。
ACTのセッションでは、クライアントとセラピストが協力して、以下のステップを進めます:
- 価値観の明確化:クライアント自身が何を大切にしているかを見つける。
- 受容の練習:不快な感情や思考を受け入れる方法を学ぶ。
- 認知的脱フュージョン:思考や感情に囚われず、それらを観察する技法を実践する。
- 現在志向の強化:マインドフルネスを取り入れて現在の瞬間に集中する。
- コミットメントと行動計画:価値観に基づいた具体的な行動計画を立て、それを実行する。
これらを繰り返し実践することで、クライアントの心理的柔軟性が向上します。
ACTは、幅広い年齢層や背景を持つ人々に適用できる柔軟性のある療法です。ただし、個人の状況や目標によって適切な方法が異なるため、ACTが自分に合った療法であるかどうかは、専門のセラピストと相談して判断することが重要です。また、重度の精神疾患や危機的な状況にある場合には、ACT以外のアプローチや医療的介入が必要になることもあります。
ACTの効果が現れるまでの期間は個人差がありますが、通常は数週間から数ヶ月のセッションを通じて効果が感じられることが多いです。セッションで学んだ技法を日常生活で実践することが効果を高める鍵となります。効果の実感には、セラピストとの協力関係やクライアント自身の意欲も重要です。
ACTのトレーニングを受けるためには、専門のセミナーやワークショップへの参加が推奨されます。また、ACTに関する書籍やオンラインコースも活用できます。実践経験を積むことが重要であり、認定されたACTトレーナーからの指導を受けることで、技術を深めることが可能です。
ACTは、子どもや青年にも適用可能で、発達段階に応じた柔軟な方法が用いられます。子ども向けのACTでは、物語やゲームを活用しながら、価値観の明確化や感情の受容を進めるアプローチが取られることが一般的です。セラピストとの連携を通じて、子どもたちが安心して療法に取り組める環境を整えることが重要です。
ACTを始める際には、まず信頼できるセラピストを選ぶことが重要です。セラピストの専門性や経験を確認し、自分が安心して相談できる相手かどうかを見極めましょう。また、ACTのプロセスでは、成果がすぐに現れるわけではないため、焦らず継続的に取り組む姿勢が求められます。さらに、自分の価値観や目標を明確にすることが、療法の成功につながります。
ACT・認知行動療法を受けたい
ACTは、認知行動療法の一つで、困難や不快な気分を取り除くことなく受け入れて自分自身が大切にしたい価値に向かって前に進んでいくことを目指して行われ、うつ病、不安障害、摂食障害、依存症など、さまざまな心理的問題に対して用いられています。
ACTは機能的文脈主義や関係フレーム理論と言った基礎理論に基づいて考案され、人々が困難な状況を乗り越える能力である心理的柔軟性を促す6つのコアプロセスに対応したスキルを身につけることで目的を達成します。
文献
この記事は以下の文献を参考にして執筆いたしました。
- ラス・ハリス(著)「よくわかるACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー) 明日からつかえるACT入門」 星和書店 2012年
- スティーブン・C・ヘイズ、カーク・D・ストローサル(著)「アクセプタンス&コミットメント・セラピー実践ガイド―ACT理論導入の臨床場面別アプローチ」明石書店 2014年
- スティーブン・C・ヘイズ 他(著)「アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT) 第2版 -マインドフルネスな変化のためのプロセスと実践」星和書店 2014年
- ジェイソン・B・ルオマ 他(著)「ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)をまなぶ セラピストのための機能的な臨床スキル・トレーニング・マニュアル」星和書店 2009年