過剰適応の罠:臨床心理士が明かす、隠れたストレスの正体と克服法
「過剰適応」とは、環境や他者に合わせようとして、自分の考えや行動を押し殺している行き過ぎた適応状態を指します。過剰適応が長く続くとどのような問題が表れるのか、そして、その原因や対処方法について解説します。
目次
1.過剰適応とは
過剰適応について、石津(2006)は「環境からの要求や期待に個人が完全に近い形で従おうとすることであり、内的な欲求を無理に抑圧してでも、外的な期待や要求に応える努力を行うことである」と述べています。つまり、他者や環境に合わせようとして、自分の考えや行動を押し殺している行き過ぎた適応と状態と言えるでしょう。
例えば、
- 周囲に迷惑をかけないようにいつも気を使っている
- 相手の気を悪くしないために、無理なお願いでも引き受ける
- 不快な気持ちになっても無理に我慢してしまう
- 自分の希望ではなく、人の期待に応えるための選択をする
などの状態が挙げられます。
さらに専門的に考えると、適応とは「外的適応」と「内的適応」という2要素で考えることができます。
- 外的適応:家庭、学校、職場など社会の要求に応じて行動すること
- 内的適応:自分の心・気持ちが幸福感と満足感を経験していること
健全な適応状態とは、外的適応と内的適応のバランスがとれている状態と考えられています。しかし、過剰適応では、外的適応が過剰になりと内的適応が低下した状態になっていると考えられています。つまり他者へ気を使いすぎて、自分の欲求がないがしろになっている状態と言えるでしょう。
過剰適応的な言動をとることで、社会に上手く馴染めることもありますが、自分の考えを押し殺すことは当然ストレスがかかります。そして、結果的に心身に不調をきたしてしまう人もいるので注意が必要です。
2.過剰適応になってしまう原因
過剰適応は色々な原因が絡まりあっていると考えられますが、代表的な原因として「養育環境」「自尊感情」の2つが挙げられます。
養育環境では、情愛をもって育てられると、その分親の期待に応えようとする思いが強くなり過剰適応傾向が高まることが明らかになっています。また、反対に、厳格すぎる親に育てられると、怒られることを回避するために過剰適応になる可能性が高まると言われています。
可愛がりすぎても、厳しく育てても過剰適応になるのかと混乱される方もおられるかもしれませんが、大切なことは、子ども本人の意思を聞こうと努め、本人が「分かってもらえた」と感じるような関りです。たとえネガティブな意見を言っても受け止めてもらえる感覚を育んでいきましょう。
また、自尊感情が低い人は、自分に自信が持てないため、他者の意見に左右されやすく過剰適応状態になりやすいと考えられます。また、批判されることを恐れ、期待以上に応えようとする気持ちが強く見られます。
他にも
- 生まれ持った性格傾向
- 承認欲求
- 対人スキル
- 認知の歪み
などが関係していることが明らかになっています。
発達障害の人の中には「空気の読めない発言をして非難を浴びた」、「思うままの振る舞いをしていたらいじめられた」などの失敗体験で苦い思いをし、処世術として過剰適応が身についている人がおられます。元々、場の空気を読むことや、気持ちを汲み取ることが苦手な人が、気を張って場に適応しようとすることは、大きな負担がかかり疲れを感じることでしょう。
3.過剰適応の特徴
過剰適応の人には生活の中でどのような特徴が見られるのでしょうか。
(1)職場における過剰適応
過剰適応の人は、意見を主張することが苦手なので職場では目立たない人が多いです。
一見問題なく仕事をこなしているように見えますが、上司や同僚に仲間外れにされないため、無理な仕事を振られても断れません。さらに、請け負った仕事は期待に応えたいと思い、残業をしてでもこなそうとするため過剰労働に陥ってしまうことがあります。
周囲から「大丈夫?」と声をかけられても、心配をかけまいと「大丈夫」と言ってしまうため、無理をしていてもなかなか気づいてもらえません。
(2)子どもの過剰適応
過剰適応の子どもは、いわゆる「いい子」「優等生」であることが多いと言われています。親や先生の言うことに対して従順に従い、期待に応えようとします。しかし、ストレスから急に腹痛やめまいなどの心身の不調を訴えるようになったり、我慢の限界がきて不登校や非行に走ったりするお子さんもおられます。
外でだけ過剰適応になる子どもの場合には、家の中では癇癪を起こしたり、暴言を吐くお子さんもおられます。親から見るとワガママに見えるけれど、園や学校から「いい子です」と言われる子の中には、過剰適応状態のお子さんがおられます。
(3)女性特有の過剰適応
女性の中には、男性を過度に権威と見てしまう傾向の人がいます。そのような女性の場合、組織や家庭内で、男性に必要以上に意見を合わせたり、従ったりするなど過剰適応的な振る舞いをしてしまう場合があります。
4.過剰適応による悪影響
過剰適応が続くと、どのような悪影響が表れるのでしょうか。
(1)身体的な不調
過剰適応が続くとストレスが溜まり、身体に以下のような症状が現れることがあります。
- 倦怠感
- 不眠、過眠
- 食欲低下、過食
- 頭痛、腹痛
- めまい、耳鳴り
- 腹痛、下痢 など
このような症状が長く続き困っている場合、病院を受診するようにしましょう。自分ではストレスが原因だと思っていても、背後には身体の病気が隠れていることもあります。
(2)精神的な不調
過剰適応によって頻繁に起こるのが、この精神的な不調です。
- 気分の落ち込み
- 意欲の低下
- 不安感
- 焦燥感
- 興味関心の低下
- 死にたい気持ちになる
こうしてみると、うつ病や適応障害によく似た症状、不調と言えるでしょう。
(3)対人関係への影響
過剰適応が続くと、対人関係では以下のような問題が表れることがあります。
- YESマンだと思われて、無理なお願い事をされる
- 他者が誤った判断をしていても注意できない
- 何でも肯定するので”意思のない人”と思われてしまう
- 無理をして達成したことなのに周囲が認めてくれずイライラしてしまう
(4)精神障害を発症
さらに過剰適応が続くと、精神障害を発症してしまうこともあります。
- 睡眠障害
- パニック障害
- 適応障害
- うつ病、躁うつ病
- 依存症
職場や学校にいる間は症状が見られず、家や通勤の中だけ症状が現れることもあります。本人としては病気を発症するほど苦しんでいるのに、周囲に伝わらないということも珍しくありません。
5.過剰適応に対する対処と対応
「過剰適応」は、社会に適応する側面もあり、必ずしも「なくすべき」「直すべき」という状態ではありません。しかし、過剰適応によって心身に疲れが出ている、身近な人が困っているように見える時には、対処方法について考えてみましょう。
(1)セルフケア
過剰適応の人は、他者に言動を合わせる傾向があるので自分自身の考えが分からなくなることがあります。そのため、まずは自分の考えに気が付くことが大切です。心の中で「私は○○と思っている」と、主語を自分にして自分の気持ちに向き合ってみましょう。そして、安心できる相手を見つけ気持ちを伝える練習をしていくことが有効です。
また、人からの要求をなんでも引き受けてしまう人は、自分の中でルールを作るという方法があります。例えば、仕事を断れない人は「一度に抱える仕事は3つまでにする」、連絡があるとすぐに返事をしなければと思う人は「22時以降は携帯電話を見ない」などのルールが考えられます。
人からの要求を断る心苦しさがあるかもしれませんが、自分の健康や余裕を大切にしてあげましょう。
そして、家やお気に入りの場所などリラックスできる空間でストレスを発散することも非常に大切です。安心できる人と話す、ゲームに没頭する、食べたいものを食べるなど、方法は人それぞれです。自分に合った発散方法を見つけてみましょう。ただし、過度な飲酒など体調を悪くするものは控えましょう。
(2)家族や周囲の人ができること
周囲から見て、過剰適応の人は以下のような特徴が見られます。
- いつも意見を同調してくる
- 無理して作り笑いをしている
- 顔色を伺っているように見える
- 1人の時にぼーっとした顔になる
身近な人が過剰適応かも…と思われた場合、できるだけ思いを表現しやすくなるような配慮があると良いでしょう。
具体的には、大勢がいる前で意見を聞くのではなく1対1の場面で意見を聞く、「どう思う?」などオープンクエスチョンより「AとBどっちがいいと思う?」と選択肢を絞ったクローズドクエスチョンで質問するなどの方法をとると、過剰適応の人でも自分の意見が言いやすくなります。
また、「期待しているよ」「もっとできる」など良かれと思って期待を伝えたことが、本人にとっては強いプレッシャーになることがあります。期待を込めた発言はほどほどにしましょう。
(3)カウンセリングや心理療法
「過剰適応」は、長年の辛い経験やトラウマなど、人生の根深い問題に関連していることも少なくありません。1人で悩まず、専門のカウンセラーによるカウンセリングやメンタルクリニックを受診してみることもひとつの方法です。過剰適応に効果的な技法の一例として、以下が挙げられます。
- 認知行動療法
- アサーショントレーニング
- ソーシャルスキルトレーニング
- 来談者中心療法
それ以外にも過剰適応に効果のあるカウンセリング技法はたくさんあります。どういう過剰適応の状態になっているのかや、その人のパーソナリティ、置かれている状況によって対処法は変わってきます。
ですので、最初から特定の技法を求めたり、希望したりするのではなく、現在の状況についてカウンセラーなどに説明し、どういう方法が良いのかをお尋ねされると良いと思います。
6.まとめ
過剰適応とは、他者や環境に合わせようとして、自分の考えや行動を押し殺している行き過ぎた適応状態です。過剰適応は、社会に上手く馴染むための方法ですが、ストレスがかかり心身に不調をきたす人もおられます。自分らしく過ごせるような工夫を取り入れ、過剰適応と上手く折り合いを付けていけると良いでしょう。
過剰適応によって様々な症状や不調が出現し、苦しい状況におり、そこから抜け出せないようであれば、カウンセリングを受けることも一つです。当オフィスでもカウンセリングを行っておりますので、ご希望があれば下の申し込みフォームらからお問い合わせください。
参考文献
この記事は以下の文献を参考にして執筆いたしました。
- 廣川進、松浦真澄(編)「心理カウンセラーが教える「がんばり過ぎて疲れてしまう」がラクになる本」ディスカヴァー・トゥエンティワン 2021
- 貝谷久宣(監修)「新版 適応障害のことがよくわかる本」講談社 2018
- 岡田尊司(著)「ストレスと適応障害 つらい時期を乗り越える技術」幻冬舎 2013
- 石津、安保(2008)中学生の過剰適応傾向が学校適応感とストレス反応に与える影響 教育心理学研究 56巻1号
- 風間(2015)大学生における過剰適応と抑うつの関連 ―自他の認識を背景要因とした新たな過剰適応の構造を仮定して― 青年心理学研究 27巻1号
- 任(2022)日中大学生における過剰適応研究の今後の課題 ―風間氏・若松氏のコメントに対するリプライ― 青年心理学研究 33巻2号
- 千葉、岡田(2001)自閉スペクトラム症における過剰適応とカモフラージュの臨床的意義 子ども発達臨床研究 15巻