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対象喪失とは何か?回復するために必要な心のケア

愛着や依存の対象を失う対象喪失は、ライフイベント上で最も重大なストレスといわれ、さまざまな心身の反応や症状を生じさせます。対象喪失を乗り越えるには、喪失から生じた悲嘆の感情を自由に語り、受け止められる場が重要な役割を果たします。

支援の場の一つとして、カウンセリングもご活用ください。

1.対象喪失とは

対象喪失とは、愛着や依存の対象を失う体験を指す概念のことで、フロイトによって提起されました。

喪失の対象は、単なる物や人にとどまりません。対象喪失の中でも、物理的・外的な対象喪失は、外的対象喪失といわれます。たとえば、近親者の死や生き別れ、失恋、引っ越しや転勤、身体の器官や機能の一部などは、外的対象喪失です。

一方、心理的・内的な対象喪失は、内的対象喪失といわれます。たとえば、幻想上の自己像や恋人像を失ったり、理想化していた親に幻滅したりする体験は、脱錯覚、脱理想などと呼ばれ、内的対象喪失に含まれます。内的対象喪失は、その人の心の中で起こるものです。

また、役割や仕事、家庭、自分自身の若さや健康なども喪失の対象となります。特に、配偶者の死や別離、近親者の死は、最もストレスの度合いが高いライフイベントと位置付けられています。対象喪失は、特に重大な精神的ストレスをもたらすのです。

2.対象喪失の症状と反応

対象喪失を経験した後には、さまざまな反応や症状が表れます。生じる反応の強さや持続期間によっては、治療の必要な症状となることもあります。

(1)対象喪失の反応

対象喪失という圧倒的な出来事に遭った直後に生じる反応はさまざまです。たとえば、悲しみ、怒り、恐怖感、無力感、罪悪感といった感情が湧き起こります。

また、突然の出来事で衝撃が大き過ぎる場合は、現実感を失ったり、事実を認められなかったりすることもあります。たとえば、突然の死別や離別を経験した場合、現実をすぐに受け入れるのは困難です。そのため、故人が「帰ってくるから待っている」などと、今でも生きているかのように振る舞うことや、「失ったことが現実になってしまう」という思いから、援助を拒否することもあります。

(2)対象喪失の症状

対象喪失を経験した後の反応が、心身の症状として表れることがあります。

たとえば、頭痛や胃腸障害、疲れやすさ、食欲低下、不眠、息切れ、不安、抑うつといった症状が挙げられます。こうしたさまざまな心身の不調には、失意や絶望、うつといった悲嘆の心理が影響しているといわれます。

悲嘆の心理状態はさまざまな病気への抵抗力を弱めてしまうため、対象喪失を経験した人は病気にかかりやすく、死亡率が高いとの報告もあります。対象喪失のもたらす心理状態は、心身の不調や病気、時には死の原因にもなってしまうのです。

3.対象喪失の悲哀の過程

喪失をどのように心におさめていくかは、臨床心理学における大きなテーマです。対象喪失の引き起こす心の営みは「喪(あるいは悲哀)の仕事」「モーニング・ワーク」と呼ばれ、その過程は「モーニング・プロセス」と呼ばれています。

ここでは、喪の作業についての理論のうち、ボウルビィとキューブラー・ロスによる理論を紹介します。いずれにおいても、対象喪失を経験した人は、喪の過程(悲哀の過程)を経ることで、徐々に愛着や依存の対象から離れられるようになり、ふたたび心の安定を得る方向に向かうと考えられています。

(1)ボウルビィの4段階

英国の精神分析学者であるボウルビィは、乳幼児の対象喪失に関する研究を通じて、対象喪失に続くモーニングは4つの段階をたどるとしました。

段階

テーマ

説明

第一段階

情緒的危機

数時間から1週間ほど無感覚の状態が続き、だんだんと強い情緒が引き起こされます。一種の急性のストレス反応です。

突然の事故や別れにより激しい衝撃を受け、興奮や不安、心細さや挫折感、「どうしよう」とこれからを模索するといった心理状態が続きます。

第二段階

抗議

喪失の現実を認められず、失った対象を求めたり、対象がいるかのように振る舞ったりする状態が数か月、場合によっては数年続きます。

たとえば、失った親が戻ってくるのを期待して子どもが探し求める、恋人と別れた後も何度も相手の気持ちを取り戻そうと努力する、といった行動に表れます。目の前にはいない対象への思いが、心の中では続いている状態です。

第三段階

断念

喪失の現実を受け入れ、激しい絶望感や失意を体験します。失った対象がもう絶対に戻ってこない現実を認めることで、失った対象と結び付いて成立していた心の在り方は解体してしまいます。

そして、激しい絶望感や失意に襲われたり、引きこもりや抑うつ、無気力状態に陥ったりします。

第四段階

離脱

失った対象への穏やかな感情が生まれ、立ち直ろうとします。

失った対象への愛着や執着から心が離れて自由になり、場合によっては別の対象に気持ちを向けられるようになります。新たな対象との結びつきに基づいて、新たな心の在り方を見出そうとする段階です。

(2)キューブラー・ロスの5段階

死に臨む患者に対する精神医学的研究を行ったキューブラー・ロスは、死を予期した患者がたどる心的プロセスを5段階で示しました。

段階

テーマ

説明

第一段階

死の否認と隔離

死の宣告を受けた患者はまず、衝撃と不信の反応を示し、事実を否認します。

たとえば、自分が死に至る病気であることは、医者の誤診や機械の故障のせいだと考えるといった反応です。事実を認めないことは、衝撃を和らげる働きでもあります。

第二段階

怒り

否認を続けられなくなると怒りの感情に襲われ、「なぜ私なのか」と、健康な人への羨望を感じることもあります。そうした感情は、家族や医療従事者といった周囲の人々への攻撃として表現されます。

周囲の人々がそれを理解し、受け止めることで、患者は続く「取り引き」「抑うつ」を経験できるようになります。

第三段階

取り引き

よい行いをすることで神や周囲の人たちから報酬を得ようとする「取り引き」が、心の中に生じる段階です。

「何でも言うことを聞くから治してほしい」「どんなに痛くても恐ろしくても耐えるから治してほしい」といった思いを抱きます。

第四段階

抑うつ

それでも死が避けられないと分かると、大きな喪失感を抱くようになり、抑うつ感情が生じます。

喪失には、身体の衰弱や経済的負担、家庭生活の崩壊などのさまざまな局面があり、こうした喪失に伴って生じる「反応性抑うつ」と、世界との訣別を覚悟しなければならないことへの「準備抑うつ」の2種類の抑うつが体験されるといわれます。

第五段階

死の受容

十分な時間が残されている場合は、死を迎える運命に怒りも抑うつも覚えなくなる「受容」の段階に至ります。

この頃にはウトウトとまどろむことが多くなり、周囲への執着もなくなり、死を迎える準備が整います。

ただし、これらの各段階は明確に区別されるものではなく、重なり合ったり、表れたり消えたり、逆戻りしたり、同じ段階を繰り返したどったり、しばらく同じ段階にとどまり続けたりすることもあります。

4.対象喪失の乗り越え方

大切な人やペットとの別れを経験するなど、対象喪失を経験したら、どのようにその悲しみを乗り越えていけばよいのでしょうか。

ここでは、対象喪失の乗り越え方として、病院を受診すること、悲しみを分かち合う場に参加すること、カウンセリングを受けることについて紹介します。

(1)病院を受診する

対象喪失の後にさまざまな心身の不調や症状がみられる場合には、病院の受診を検討しましょう。

必要に応じて投薬治療などの専門的治療や、心理教育などが行われます。中には、死別体験者を対象とした「グリーフケア外来」を設置している病院もあり、必要に応じたさまざまな援助を受けられます。

また、地域の自助グループや相談室、日常的な困り事に対応できる外部専門機関などを紹介している病院もあります。

(2)悲しみを分かち合う場に参加する

大切な人との死別を経験した場合、悲しみを分かち合う場に参加するのも一つの方法です。悲しみを分かち合う場には、子どもを失う経験をした親の集まる遺族会や、地域の自助グループなどがあります。同じ死別を経験した人の話を聞き、交流することを通じて「自分だけが特別ではない」と思えるようになるかもしれません。

また、日常ではなかなか人に打ち明けにくい話も自由に語れることで、感情を解放させることができ、苦しみが軽くなることも期待できます。そして、素直な感情を他者に受け止めてもらえる体験は、ありのままの自分を認められることにもつながっていくでしょう。

(3)カウンセリングを受ける

思いを自由に語る場として、カウンセリングも役立ちます。

対象喪失の悲しみとともに生きる在り方を見出していくためには、自分の抱える思いをそのまま受け止め、理解してくれる他者が必要です。喪失にまつわる思いを1人で抱えていると、混沌としたどうしようもない苦しみに飲み込まれた状態のままですが、その耐えがたさや切実さを他者に語り、受け止められることを通じて、内面をいったん自己から切り離すことができます。

そして、失った対象をただ忘れようとするのではなく、良い思い出や失った苦しみなどのさまざまな思いを行き来しながら語っていく中で、失った対象のいない世界の意味が再び見出されていくでしょう。対象喪失を経験した人が、失った対象のいない世界の意味をつくり出していく道のりを、支援者は傍らで支えていきます。

5.まとめ

愛着や依存の対象を失う対象喪失は、ライフイベント上で最も重大なストレスといわれ、心身にさまざまな症状や反応を生じさせます。

対象喪失を乗り越えるには、喪失にまつわる悲しみや苦しみなどの感情を自由に語り、受け止められる場が重要です。

支援の場の一つとして、カウンセリングもぜひご検討ください。

文献


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