男性の性被害者のための心理学的サポート:専門家が語る回復の鍵
セクハラや痴漢、性暴行などの性被害のイメージは、なんとなく男性が加害者で女性が被害者と考えることが多いのではないでしょうか。しかし被害に遭うのは女性だけとは限りません。性被害者が男性であることもあります。そして、男性の性被害は女性の性被害とはまた違った苦しみや問題点があります。
この記事では男性の性被害について解説します。
目次
1.男性の性被害の概要
男性の性被害は、広く認識されていない問題であり、しばしばタブー視されたり、無視されたりする歴史がありました。「性被害の被害者は女性である」というイメージは、被害者である男性自身にも「わかってもらえない」「伝えることの悔しさ」を抱かせてしまい、女性以上に被害を訴えることや、認識されることの難しさがあります。
(1)男性の性被害とは
1997年に刑法の改正があり、177条において被害者が男性であっても強姦罪(強制性交等罪)の性被害として認められるようになりました。それまで男性に対して性被害がなかったわけではありません。女性のいない場(刑務所、軍隊など)での性被害の研究は諸外国でもなされており、日本においても同様な結果が推察されています。法改正以降も日本での研究は未だ少なく、同性からの性被害だけではなく、異性からの性被害の実情も明らかになってきています。
(2)男性の性被害の特徴:女性と比較して
2020年の内閣府の調査によると、性暴力被害について女性の6割、男性の7割が誰にも相談していない、と回答をしています。女性が不意をつかれたり、襲われたりしたことで物理的に逃げられない状況に対し、男性の被害者は相手との関係性から拒否できないことが調査では示されています。男女間の性被害を比較すると、男性の場合は顔見知りなどが多く、性暴力を振るわれた後も苦しむ状況が続きやすいといえます。
(3)男性の性被害の実態と統計
男性の性被害としての統計は、正確な数字を把握することの困難さがあります。警察庁においての被害数値は氷山の一角でしかなく、多くの被害者は被害を伝えきれていない状況であろうという研究があります。
その上で警察庁における犯罪統計(平成30年)の被害者の年齢層を見ていくと、性被害(強制性交、強制わいせつ)が最も多い年齢層は13歳未満であり、次いで13歳~19歳の年齢です。年齢を重ねるごとに男性の被害者の報告数が少なくなりますが、必ずしも被害が少ないとは限りません。守られている子どもの頃に比べ、年齢を重ねるごとに被害の実態を伝えにくさが表れてきます。女性が性被害に遭って立件することが困難であること以上に、男性が被害を訴える難しさがあるのかもしれません。
2.よくある相談の例(モデルケース)
20歳代の男性
幼少期からの生活や発達については特に問題はありませんでしたが、やや引っ込み思案で、内気な性格でした。小学校ではどちらかというと一人で過ごすことが多かったようです。小学校高学年の時に、公園で一人でいるところを中年の男性にトイレに無理矢理連れていかれ、そこで性被害に遭ってしまいました。自宅に帰り母親に告げ、母親から警察に連絡し、ワンストップ支援センターを経由して、病院を受診しました。犯人については結局は不明なままでした。
その後、小学校・中学校・高校では、成績が徐々に落ちていきました。また時折、夜におねしょをしてしまったり、悪夢を見て飛び起きてしまったりすることがありました。さらには大きな男性を見ると、怯えて避けることもありました。そして、大学では女性から言い寄られることもありましたが、彼は適当な理由をつけて、断ってしました。
大学で心理学の授業があり、ある時にトラウマやPTSDのことが講義に出てきました。彼はそれを聞き、自分自身の問題のことだと思い至り、学生相談室に来談しました。そこのカウンセラーに過去の経緯を話しました。カウンセラーはそれは性犯罪被害であること、男性でもその被害者になること、そして、そのトラウマにより、精神的な問題が生じていることを分かりやすく説明しました。その後、しばらく彼は学生相談室に通い、カウンセリングを継続的に受けました。過去の話をしすぎた際には、フラッシュバックが起こったり、体調不良に陥ったりすることもありましたが、それも徐々に改善していきました。
3.男性の性被害による影響
立件されている男性の性被害の多くが未成年、とくに13歳以下の少年たちです。彼らは性被害を受けて何を思い、何を感じるのでしょうか。特に男性の性被害は、顔見知りや関係性の深い相手である場合が多いです。性被害を受けて心身共に傷つけられた後、加害の相手とまた生活の中で顔を合わせることも多く、そのため、被害を訴えることが難しく、さらに性被害が繰り返される場合も多いようです。
(1)トラウマ
性被害は、男女共に被害者に深い傷やトラウマをもたらします。トラウマは、心理的なダメージや不安、恐怖、心の傷を指し、個人の心理に深い影響を与えるため、長期間にわたって解決が困難な問題となります。例えばフラッシュバック、パニック症状、強い不安や不眠症などの症状を経験する場合があります。
また被害者である自分自身を否定してしまい、自尊心や自己肯定感に深い影響を与え、自分を責めたり、性被害は自分の責任と考えてしまう傾向があります。これらの自己否定は日常生活や社会的な機能に影響を与え、抑うつ症状に発展する場合もあります。
モデルケースでもフラッシュバックがありました。
トラウマについての詳細は以下のページをご参照ください。
(2)恋愛関係
性被害者が恋愛関係を持つことはとても難しい問題です。性被害者のトラウマや心の傷が癒えていない状況では、対人関係構築の中で更に深い関係を持つことが困難になります。性加害者と恋愛対象が同性である場合、その性別に対する不安や恐怖感は加害相手ではなくても一般化して考え、避けがちになります。
心の傷が落ち着いた後でも、トラウマの影響からかフラッシュバックをしてしまい、恋愛関係の中で苦しむ場面が後々あるかもしれません。恋愛相手は、性被害者のことを同じ一般男性と見るだけでなく、十分な配慮や長い見通しを持って接する必要があるかもしれません。
モデルケースでも女性から言い寄られることもありましたが、それらを全て回避していました。
(3)対人関係
性被害を受けたことで、加害者だけではなく加害者に似ている人、同性などに対して恐怖感を持つことがあります。その恐怖を適切に対応していないと次第に、加害者との類似性だけでなく恐怖する対象が広がり、人を怖がるようになるかもしれません。
これは信頼できる対人関係を作ることの難しさにも繋がります。人を避けやすくなることで、日常生活に支障をきたしたり、専門家の支援や医療的なサポートを進めることが難しくなる場合もあります。性被害を受けたことで心と体の傷を癒すためにゆっくりと過ごすことが返って、人に対する恐怖を生み出す場合もあるため、心の傷における治療の戦略的なサポートが必要とされます。
モデルケースでは大きな男性を見ると怯えて避けていました。さらには、親密な人間関係を築くことも難しいようでした。
4.男性の性被害者に対する支援
ここでは被害者への支援について解説します。
(1)法律的な支援
a.性犯罪被害相談電話
性犯罪の被害に遭われた方が相談しやすい環境を整備するため、各都道府県警察の性犯罪被害相談電話窓口につながる全国共通の短縮ダイヤル番号(#8103)を導入されています。ダイヤルすると、発信された地域を管轄する各都道府県警察の性犯罪被害相談電話窓口に繋がります。
b.警察相談専用電話
犯罪や事件に当たるのか分からないけれど、ストーカーやDV・性的ないやがらせなど警察に相談したいことがあるときには、全国共通の短縮ダイヤル(#9110)を導入されています。ダイヤルすると、発信された地域を管轄する各都道府県警察の警察相談専用電話に繋がります。
c.法テラス
0120‐079-714に電話をかけることで、刑事手続きの流れや各種支援制度を紹介していただけます。犯罪被害の悩みについては、ワンストップ支援センターと連携を取りながら進めてくれます。
d.性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター
男性・女性問わず、性被害や性暴力を受けた際には、ワンストップ支援センターが各都道府県に設置されています。「どこに相談したらいいのか分からない」「警察に独りでいくのが辛い」など、性犯罪・性暴力の被害者に対し、以下の内容を総合的に提供するための窓口です。
- 医師による心身の治療
- 相談・カウンセリング等の心理的支援
- 捜査関連の支援
- 法的支援
被害に遭った人がその経験を打ち明け、誰かに相談することはとても勇気のいることです。その勇気にすぐに応えることができるようその他にも、メールやSNSで相談できる「cure time」などがあります。
モデルケースでも親がこのワンストップ支援センターを知っていたこともあり、利用して病院受診も行うことができました。
(2)医学的な治療
男性が性被害を受けた後、医学的な治療を必要とします。性被害による身体的な損傷や性感染症のリスクがあるため、検査を必要とします。その上で身体的な回復が見込まれても、心理的な回復を必要とする場合があります。
心の治療として薬物療法が主に使われます。これは男性の性被害が、不安症、PTSD、うつ病などの心理的な問題に発展する可能性が高いからです。その他にも自尊感情や自己肯定感が低くなったり、気分の落ち込みや浮き沈みが激しい時など、抗精神病薬や気分安定薬の処方がなされることがあります。薬物療法と併用してカウンセリングなどによる心理療法が医療的ケアに追加されることも多くあります。
モデルケースでも被害直後に医療機関を受診し、医学的な診断と治療を受けました。こうしたケアができるだけ早くに受けることは非常に重要です。
(3)心理学的なサポート
男性の性被害において、薬物療法と併用して実施されることが多いのが、心理学的サポートとしてのカウンセリングです。性被害という大変な事態に遭ってしまった場合は、重大な危機的出来事としてPFA(サイコロジカル・ファーストエイド)が使用される場合があります。PFAは重大な危機に遭ってから長期的な関わりを含む対応です。性被害について徒に話をさせたり、語らせるのではなく、共に受け止めていく心の作業を行います。感情の表出を手伝ったり、敢えて無言につきあうなど、性被害に遭った方が受け止め、前に進むためのお手伝いをします。
PFA(サイコロジカル・ファーストエイド)については以下のページに詳しく解説しています。
一方で、性被害に遭ったことで出てくる症状の寛解を目指す心理学的アプローチがあります。認知行動療法や行動技法といった方法論は、不安症状やうつ症状の低減にエビデンスがあり、トラウマケアについても有効な方法論であるとされています。しかし、焦って周囲や支援者が治療を進めるのではなく、性被害者のペースに合わせて必要な支援を提示することが大切です。
モデルケースは被害から数年を経過した時に大学の学生相談でカウンセラーに出会い、カウンセリングを受け始めました。そして、そのカウンセリングにより、一時的に悪化することもありましたが、結果的に症状や問題は徐々に改善していきました。
(4)トラウマケア
トラウマケアとして有効とされている方法論に、認知行動療法のエクスポージャーがあります。行動技法の中では、トラウマは恐怖条件付けされた反応として理解をすることがあります。性被害を受けるまで平気であったものが、被害後に苦手になったり、類似するものをトリガーとして思い出してしまう誤った学習形態を指します。誤学習を修正し、不必要に恐怖を感じないように再学習をする手続きがエクスポージャーです。
エクスポージャーについては以下をご参照ください。
またトラウマケアとして利用される心理療法にEMDRがあります。これはトラウマの処理と回復を促進するために、被害者がトラウマ体験を思い出しながら、特定の目や体の運動を行うことを含む特定の手順に基づいて行われる方法です。1回だけのトラウマであれば、比較的早くに症状を消失させることが可能です。
EMDRについては以下に解説があります。
モデルケースでは専門的なトラウマケアを導入することまではせず、カウンセリングで改善していきました。カウンセリングで改善しない場合にはEMDRなどの専門的なトラウマケアの導入を考えても良いかもしれません。
5.まとめ
男性の性被害は、男性だからこそ周囲にわかってもらえない苦しみがあります。時には被害者本人にも「どうして男性なのに…」と自己否定に繋がることもあります。性被害を受けたことを独り悩み苦しみ続けることは、並大抵のことではありません。周囲に知られたくないからこそ、より専門機関などを通じて胸の内を話す場が必要かもしれませんね。