いじめとトラウマ
いじめを受けるととその被害者は心身に深い傷を負います。人それぞれで程度は異なりますが、いじめられると一生消えない痛みとして残ることが多く、特に過激ないじめに遭遇した場合にはトラウマや後遺症となって立ち直れない人も少なからず存在します。
悪質な点は実際に起きた直後も「いじめ」と認められにくい社会構造になっていることであり、いじめによるトラウマはさらに見えにくい問題として非常に深刻であると言えます。
今回は「いじめとトラウマ」について説明していきます。
目次
1.いじめはトラウマを引き起こすのか
トラウマ体験というのは、例えば危うくもう一歩で死にそうになったなど本来人間が生理的に所有している個人の能力で到底対処できないような外的イベントを経験したときのストレス全般を意味しています。
いじめは学校や職場などの地域のコミュニティが存在する場所で起こりやすいとされています。特に自我が確立し、プライドや自立心が芽生える年頃の子どもたちの間において発生しやすい傾向にあるといわれています。一般的には、子どもを取り巻く周囲の環境が機能不全を起こして、いじめなどが潜行性に引き起こされることによって複雑なトラウマが発生します。そのことによって、子どもたちの心理的な安心や精神的な安全を強く脅かすことが知られています。
特に昨今では、学校でいじめに関しては何度も繰り返されて問題視される重大なテーマになっております。
いじめが深刻な問題になりやすい背景には、いじめそのものの捉え方が難しく、通常のいじめに対する周囲関係者の対応として早期発見して早期解決に結びつけることが困難とされていることが挙げられます。それでも、最近ではいじめを未然に防止することに注力して様々な取り組みが行われています。
いじめは遊んでいる振る舞いをして、実は叩かれたり蹴られたりする身体的な傷などを負うこともあります。しかし、実際には他人に冷やかされたり、からかわれて悪口や脅し文句などを言われるタイプや仲間はずれにされて他集団によって無視されるといった精神的ダメージを与えられることの方が多いといわれています。
また最近では、インターネットやSNSの発展普及によりパソコンや携帯電話などを用いて誹謗中傷されるという新種のいじめも増加しております。
そうしていじめられた子どもたちは周りからすごく追い詰められて、結果的には体調不良や過度のストレスを自覚することで心身ともに悪影響を及ぼすことに繋がっていくのです。
一般的なトラウマについてさらに詳しく知りたい方は以下のページをご参照ください。
2.いじめがトラウマになりやすい人について
いじめがトラウマになりやすい人というのはいます。以下に挙げるような発達障害や、その他の精神障害の方です。ただし、ここで注意が必要なのはいじめでトラウマになってしまう人が悪いということではありません。また、弱いからトラウマになってしまうということでもありません。
(1)発達障害
いわゆる発達障害の人においては、非常にストレスの強い出来事を体験したことによって長期にわたり繰り返し苦痛を伴うトラウマを体験しやすい特徴があるといわれています。特に発達障害の中でも自閉スペクトラム症の方では、簡単な口論や単純な叱責などの比較的軽微な出来事でもトラウマ化されやすいと知られております。
発達障害や自閉スペクトラム症についての詳細は以下をご覧ください。
そして、学生時代のいじめられ体験や家族・友人との喧嘩などを通じて数年以上も経過してから強い情動喚起や心情的障害を呼び起こされることもあります。その要因としては、自閉スペクトラム症の人は他の人の心理状態や自分か置かれている環境の周囲の状況を読み取るのが困難であるためといわれています。
その結果、他者の怒りなどの突拍子な感情変化が極めて唐突な事象として体験されたり、怒号など突然の音声に対して感覚が過敏になってしまうことが考えられています。
(2)精神障害
精神障害といっても様々なタイプがあります。気分障害、不安障害、統合失調症、パーソナリティ障害などがここでは挙げられます。また精神障害ほどではなくても、遺伝的な脆弱性を持っている人もここには含まれるでしょう。
精神障害の方はストレスにさらされることに対する耐性が弱い傾向があります。通常であれば、すぐに立ち直れることが、立ち直ることができないことがあります。同様に、いじめを受けることで、容易にトラウマになってしまうのです。
3.いじめのトラウマに対する対処法
いじめられた際のトラウマを克服するにあたっては、いじめの被害者自身のみですべてを対処しないことが重要です。なぜならば精神的な後遺症は簡単に克服することが難しく、いざ治療に向かう際にひとりの力では抱えきれないレベルの苦痛や不安などの辛い気持ちが襲い掛かってくるからです。
特に子どもの場合には、個々の子どもたちの発達段階の程度や認知的な特性に合わせた柔軟かつ慎重な工夫の仕方を必要とします。一般的には、トラウマ治療においてはトラウマに焦点を当てた心理教育的なアプローチを基本として、それに感覚的統合性をあわせたアプローチを取り入れることが推奨されています。
専門的なトラウマ治療を必要とするレベルに達する子どものトラウマケアとして代表例として認知行動療法があります。認知行動療法では臨床心理士などの専門職によって心理的教育を施したり、ストレスマネージメントスキルを習得し、トラウマ体験を語るコンセプトから成り立っております。
このように万が一、不幸にもいじめにあい、トラウマ体験に直結している可能性が少しでも認められるような場合には、医療機関や専門家による指導の下で治療していくことが肝要です。仮に重大な後遺症がないとしても、いじめを受けた後のケアそのものが将来性に大きく関係するものであるといえます。
すでに起こってしまったことを過去に戻ってなかったことにするのは不可能ですから、いじめを乗り越えられるように周囲の方々が手厚いサポートを長期的にする必要があります。
忘れてはいけないことは、たとえいじめる側がその行為を軽率なものだと思っていたとしても、その一方でいじめられた人の心は深く傷付き、酷い場合には後遺症としていつまでもトラウマ体験として一個の人間を苦しめ続けるのです。その影響は限りなく甚大であり、いじめられた人の平穏な日常と希望あふれる将来を根こそぎ破壊して損ねてしまうことに繋がりかねません。
そもそもいじめによるトラウマを作らないために、そうした行為が発生しないように予防することが強く求められます。しかし、いまだに社会から完全になくすことは容易ではありません。
そのため、いじめをなくす努力をしながら、トラウマ体験を克服できる方法については周囲の人が十分に事情を理解して、創意工夫をもって治療的ケアや社会的支援をしていくことを真摯に心がけることが極めて重要であると言えます。
4.いじめのトラウマについてカウンセリングを受けるには
いじめによるトラウマが強くなり、日常生活に支障をきたすようであれば、専門家によるカウンセリングや認知行動療法を受けると良いでしょう。当オフィスでもいじめのトラウマに対する相談やカウンセリング、認知行動療法を行っています。希望される方は以下の申し込みフォームからお問い合せしてください。
5.トラウマについてのトピック
文献
- 岩切昌宏:いじめ対応とトラウマケア, 学校危機とメンタルケア (6), pp53-62, 2014.
- 清水光恵:トラウマからみた発達障害の特徴, ストレス科学研究30, pp16-19, 2015.
- 清水光恵:トラウマから見た大人の発達障害―その理解と治療, 精神科治療学29(5), 2014.
- 八木淳子:子どものトラウマ関連障害の治療─東日本大震災後中長期のいわてこどもケアセンターにおける実践から─, 児童青年精神医学とその近接領域58(5), pp700-708, 2017.