いじめとトラウマ
いじめを受けるととその被害者は心身に深い傷を負います。人それぞれで程度は異なりますが、いじめられると一生消えない痛みとして残ることが多く、特に過激ないじめに遭遇した場合にはトラウマや後遺症となって立ち直れない人も少なからず存在します。
悪質な点は実際に起きた直後も「いじめ」と認められにくい社会構造になっていることであり、いじめによるトラウマはさらに見えにくい問題として非常に深刻であると言えます。
今回は「いじめとトラウマ」について説明していきます。
目次
いじめはトラウマを引き起こすのか
トラウマ体験というのは、例えば危うくもう一歩で死にそうになったなど本来人間が生理的に所有している個人の能力で到底対処できないような外的イベントを経験したときのストレス全般を意味しています。
いじめは学校や職場などの地域のコミュニティが存在する場所で起こりやすいとされています。特に自我が確立し、プライドや自立心が芽生える年頃の子どもたちの間において発生しやすい傾向にあるといわれています。一般的には、子どもを取り巻く周囲の環境が機能不全を起こして、いじめなどが潜行性に引き起こされることによって複雑なトラウマが発生します。そのことによって、子どもたちの心理的な安心や精神的な安全を強く脅かすことが知られています。
特に昨今では、学校でいじめに関しては何度も繰り返されて問題視される重大なテーマになっております。
いじめが深刻な問題になりやすい背景には、いじめそのものの捉え方が難しく、通常のいじめに対する周囲関係者の対応として早期発見して早期解決に結びつけることが困難とされていることが挙げられます。それでも、最近ではいじめを未然に防止することに注力して様々な取り組みが行われています。
いじめは遊んでいる振る舞いをして、実は叩かれたり蹴られたりする身体的な傷などを負うこともあります。しかし、実際には他人に冷やかされたり、からかわれて悪口や脅し文句などを言われるタイプや仲間はずれにされて他集団によって無視されるといった精神的ダメージを与えられることの方が多いといわれています。
また最近では、インターネットやSNSの発展普及によりパソコンや携帯電話などを用いて誹謗中傷されるという新種のいじめも増加しております。
そうしていじめられた子どもたちは周りからすごく追い詰められて、結果的には体調不良や過度のストレスを自覚することで心身ともに悪影響を及ぼすことに繋がっていくのです。
一般的なトラウマについてさらに詳しく知りたい方は以下のページをご参照ください。
いじめがトラウマになりやすい人について
いじめがトラウマになりやすい人というのはいます。以下に挙げるような発達障害や、その他の精神障害の方です。ただし、ここで注意が必要なのはいじめでトラウマになってしまう人が悪いということではありません。また、弱いからトラウマになってしまうということでもありません。
(1)発達障害
いわゆる発達障害の人においては、非常にストレスの強い出来事を体験したことによって長期にわたり繰り返し苦痛を伴うトラウマを体験しやすい特徴があるといわれています。特に発達障害の中でも自閉スペクトラム症の方では、簡単な口論や単純な叱責などの比較的軽微な出来事でもトラウマ化されやすいと知られております。
発達障害や自閉スペクトラム症についての詳細は以下をご覧ください。
そして、学生時代のいじめられ体験や家族・友人との喧嘩などを通じて数年以上も経過してから強い情動喚起や心情的障害を呼び起こされることもあります。その要因としては、自閉スペクトラム症の人は他の人の心理状態や自分か置かれている環境の周囲の状況を読み取るのが困難であるためといわれています。
その結果、他者の怒りなどの突拍子な感情変化が極めて唐突な事象として体験されたり、怒号など突然の音声に対して感覚が過敏になってしまうことが考えられています。
(2)精神障害
精神障害といっても様々なタイプがあります。気分障害、不安障害、統合失調症、パーソナリティ障害などがここでは挙げられます。また精神障害ほどではなくても、遺伝的な脆弱性を持っている人もここには含まれるでしょう。
精神障害の方はストレスにさらされることに対する耐性が弱い傾向があります。通常であれば、すぐに立ち直れることが、立ち直ることができないことがあります。同様に、いじめを受けることで、容易にトラウマになってしまうのです。
いじめのトラウマに対する対処法
いじめられた際のトラウマを克服するにあたっては、いじめの被害者自身のみですべてを対処しないことが重要です。なぜならば精神的な後遺症は簡単に克服することが難しく、いざ治療に向かう際にひとりの力では抱えきれないレベルの苦痛や不安などの辛い気持ちが襲い掛かってくるからです。
特に子どもの場合には、個々の子どもたちの発達段階の程度や認知的な特性に合わせた柔軟かつ慎重な工夫の仕方を必要とします。一般的には、トラウマ治療においてはトラウマに焦点を当てた心理教育的なアプローチを基本として、それに感覚的統合性をあわせたアプローチを取り入れることが推奨されています。
専門的なトラウマ治療を必要とするレベルに達する子どものトラウマケアとして代表例として認知行動療法があります。認知行動療法では臨床心理士などの専門職によって心理的教育を施したり、ストレスマネージメントスキルを習得し、トラウマ体験を語るコンセプトから成り立っております。
このように万が一、不幸にもいじめにあい、トラウマ体験に直結している可能性が少しでも認められるような場合には、医療機関や専門家による指導の下で治療していくことが肝要です。仮に重大な後遺症がないとしても、いじめを受けた後のケアそのものが将来性に大きく関係するものであるといえます。
すでに起こってしまったことを過去に戻ってなかったことにするのは不可能ですから、いじめを乗り越えられるように周囲の方々が手厚いサポートを長期的にする必要があります。
忘れてはいけないことは、たとえいじめる側がその行為を軽率なものだと思っていたとしても、その一方でいじめられた人の心は深く傷付き、酷い場合には後遺症としていつまでもトラウマ体験として一個の人間を苦しめ続けるのです。その影響は限りなく甚大であり、いじめられた人の平穏な日常と希望あふれる将来を根こそぎ破壊して損ねてしまうことに繋がりかねません。
そもそもいじめによるトラウマを作らないために、そうした行為が発生しないように予防することが強く求められます。しかし、いまだに社会から完全になくすことは容易ではありません。
そのため、いじめをなくす努力をしながら、トラウマ体験を克服できる方法については周囲の人が十分に事情を理解して、創意工夫をもって治療的ケアや社会的支援をしていくことを真摯に心がけることが極めて重要であると言えます。
トラウマについてのトピック
いじめによるトラウマについてのよくある質問
いじめによるトラウマは、いじめを受けたことが原因で心に深い傷を負い、その後の生活に影響を及ぼす状態を指します。具体的には、過去のいじめの記憶がフラッシュバックとして現れたり、人間関係に対する不安や恐怖が強くなったりすることがあります。これらの症状は、日常生活や仕事、学校生活に支障をきたすことがあります。
いじめによるトラウマの症状には、以下のようなものがあります:
- フラッシュバック:過去のいじめの記憶が鮮明に蘇り、現在の状況と混同すること。
- 過覚醒:常に緊張感や警戒心が高まり、些細なことで驚いたり、イライラしたりすること。
- 回避:いじめを思い出させる場所や人、状況を避ける傾向が強くなること。
- 否定的思考:自分や他人、世界に対して否定的な見方を持つようになること。
いじめによるトラウマの治療には、専門家によるカウンセリングや認知行動療法が効果的です。これらの治療法では、トラウマの記憶や感情に向き合い、適切な対処法を学ぶことができます。また、信頼できる人とのコミュニケーションや、リラクゼーション法を取り入れることも有益です。
いじめによるトラウマの持続期間は個人差があります。症状が軽度であれば数ヶ月で回復することもありますが、症状が重度である場合や適切な治療を受けていない場合、数年にわたって続くこともあります。早期の専門的な支援を受けることで、回復の期間を短縮することが可能です。
はい、いじめによるトラウマは子どもにも深刻な影響を与えます。子どもは大人と同様に、いじめによってフラッシュバックや過覚醒、回避、否定的思考などの症状を示すことがあります。さらに、分離不安や退行、身体的な症状が現れることもあります。子どもの場合、早期の介入と適切な支援が特に重要です。
いじめによるトラウマは、以下のような精神的な障害を引き起こす可能性があります:
- PTSD(心的外傷後ストレス障害):トラウマ体験後にフラッシュバックや過覚醒、回避などの症状が現れる障害。
- うつ病:持続的な悲しみや興味喪失、エネルギー低下などの症状が現れる障害。
- 不安障害:過度な不安や恐怖が日常生活に影響を与える障害。
いじめによるトラウマを予防するためには、以下のような対策が有効です:
- 教育と啓発:いじめの問題についての理解を深め、周囲の人々と協力して予防活動を行うこと。
- 早期の介入:いじめの兆候を早期に発見し、適切な対応を取ること。
- 支援ネットワークの構築:信頼できる友人や家族、専門家とのつながりを持ち、困難な状況に直面した際に支援を受けられる環境を整えること。
いじめによるトラウマから回復するためには、以下のような日常的な心がけが有効です:
- 自己ケア:十分な睡眠、バランスの取れた食事、適度な運動など、身体的な健康を維持することが心の健康にもつながります。
- ストレス管理:ストレスを適切に管理するために、リラクゼーション法や趣味の時間を持つことが重要です。瞑想や深呼吸、ヨガなどが効果的です。
- ポジティブな思考:自分自身に対する優しさを忘れず、前向きな思考を持つことが回復を早めます。ポジティブな言葉を日々自分にかけることも有益です。
- 社会的つながり:友人や家族と積極的に交流し、サポートを得ることが大切です。孤立せず、信頼できる人と気持ちを共有することで安心感が得られます。
- 治療を継続する:心の傷は時間とともに癒されます。専門家によるカウンセリングや治療を継続し、自分のペースで回復に努めましょう。
回復には個人差がありますが、無理をせず、自己理解を深めることが重要です。回復の過程で焦らず、徐々に自分のペースで進むことが最も効果的です。
いじめによるトラウマを克服するためには、適切なサポートが重要です。以下のサポートが効果的です:
- 専門家によるカウンセリング:トラウマ治療に熟練した臨床心理士や精神科医によるセラピーを受けることで、感情の整理や対処法を学び、回復を促進することができます。
- 支援団体やサポートグループ:同じ経験をした人々と交流することで、共感を得られ、孤独感が軽減されることがあります。
- 家族や友人の支援:信頼できる家族や友人の理解とサポートは、回復過程で大きな力となります
いじめによるトラウマは誰でも経験するわけではありませんが、いじめを受けた経験がある人々の中で、特に深刻な心理的影響を受けることがあります。トラウマの発生は個人の性格や状況によるもので、必ずしもすべての人に同じように影響が出るわけではありません。しかし、早期の対応と支援が重要であることに変わりはありません。
いじめのトラウマについてカウンセリングを受けるには
いじめによるトラウマが強くなり、日常生活に支障をきたすようであれば、専門家によるカウンセリングや認知行動療法を受けると良いでしょう。当オフィスでもいじめのトラウマに対する相談やカウンセリング、認知行動療法を行っています。希望される方は以下の申し込みフォームからお問い合せしてください。
文献
この記事は以下の文献を参考にして執筆いたしました。
- 岩切昌宏:いじめ対応とトラウマケア, 学校危機とメンタルケア (6), pp53-62, 2014.
- 清水光恵:トラウマからみた発達障害の特徴, ストレス科学研究30, pp16-19, 2015.
- 清水光恵:トラウマから見た大人の発達障害―その理解と治療, 精神科治療学29(5), 2014.
- 八木淳子:子どものトラウマ関連障害の治療─東日本大震災後中長期のいわてこどもケアセンターにおける実践から─, 児童青年精神医学とその近接領域58(5), pp700-708, 2017.