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トラウマと倫理-精神分析と哲学の対話から-

チャールズ・B・ストロジャー 他(著)富樫公一(編著・監訳)「トラウマと倫理-精神分析と哲学の対話から-」岩崎学術出版社 2019年外部リンク

日本精神分析学会の招待講演で来日したドナ・M・オレンジも著者の一人である「トラウマと倫理」についての感想です。

目次

  1. アメリカの加害者性の否認
  2. トラウマによる分断
  3. 分離と分断を受け入れる

1.アメリカの加害者性の否認

 第1部の「社会的トラウマ」では、9.11の貿易センタービルテロとそれによるトラウマを論述しています。被害にあった方の痛々しい苦悩が綴られており、共感します。クライエントの報告する夢にも破壊的で破滅的なテーマが出ており、人々に相当心の奥深くまでの傷付きがあるのだろうと想像します。そして、その痛みから目をそらすかのごとくにイスラム社会を憎み、報復したくなる思いも理解できなくはありません。

 しかし、一方でアメリカの加害者的な側面は見事に否認され、抜け落ちているようにみえます。テロは容認しがたいですが、アメリカが正義の名の下で、世界各国で戦争を起こし、多数の人々を殺害し続けたという事実も同時にあります。それによるアメリカに対する憎しみは世界各国、特にイスラム圏では相当大きなものです。加害者としてのアメリカが排除され、被害者としてだけのアメリカを語り、そしてそれがその後のさらなるイスラム圏への攻撃と破壊の口実にしていることは明らかです。

 更にいうと、アメリカほど世界に戦争をしかけ、人を殺した国は世界でも類をみません。中国やソ連、ロシアと同等の水準でしょう。また、核兵器による非戦闘員の大量虐殺はナチスのホロコーストと遜色無いほど残酷なものです。こうしたアメリカの加害者性を排除した被害者論、トラウマ論はどこか一面的と言わざるを得ません。アメリカンファーストというナルシスティックな自己の影響は非常に強いようです。そして、このナルシスティックな自己の傷付きが転じて、ヒステリックに報復活動に出ています。それはその後のイスラム圏への攻撃となっています。

 もちろん、これは国という集団や国民に選ばれた政府の行為と言えるかもしれません。確かにその側面はあるでしょう。しかし、どこか自身の加害者性を国に投影し、そこにまつわる責任や罪悪感を個々人が排除している部分はないでしょうか。

 ニューヨークのテロによる個々人のトラウマには共感と同情を禁じえないし、それに対する支援やケアは大切でしょう。ただ、そこに加害者性の否認が働くのであれば精神分析が目指す真実との出会いは阻害されてしまうのではないかと危惧します。自分は傷付いた、被害を受けた、苦しんでいる被害者だ、と自己規定し、だから悪い奴らに報復せねばならない、とするのはパラノイアに他なりません。内なる加害者性に向き合い、罪悪感を抱えることが抑うつポジションへのとば口となります。

 中盤以降ですが、ようやく加害者性が出てきたと思ったら、それはナチスドイツの加害者性の話でした。やはりアメリカは常に正義であり、被害者であるという立場を堅持している論調でした。やはり、こうした一面的な視点には欺瞞が満ち満ちています。‬‪原爆投下などについて、少し触れている部分もありましたが、事実のみを数行書いているだけで、ほとんど議論や考察はされていません。非常に残念なことです。‬‬

‪2.トラウマによる分断

 最終12章でのトラウマによる分断の話は刺激的でした。トラウマとトラウマ化を線引きし、トラウマを受けた人と受けてない人、その場にいた人といなかった人との分断を作り、そこに孤立感が立ち現れる、と論じられています。‬こうしたトラウマは偶然性が非常に強いものであり、分断以前の「ゼロ」が大切であるとしています。

‬ しかし、そのトラウマの取り扱いについては「語られる必要がある」と単純に著者は主張している程度で、具体性に欠け、また安直な感じがします。‬

3.分離と分断を受け入れる

 ‪本書は間主観性精神分析の観点から書かれていますが、この分断を私なりに別観点から考えてみます。

 トラウマによって分断とされていますが、そもそも人間は個々人によって状況も環境も素質も違う分断、分離した存在です。‬‬‪原初からすると一体化空想だったものが、環境側の少しずつの失敗を通して、次第に別存在であると乳児は知るようになります。分離といえるでしょう。これは少しずつ、ということが大事であって、急激で、強烈な失敗であると、それは侵襲となってしまいます。‬‬

‪ トラウマとは、このような分断や分離が急激になされてしまうことによる問題です。別存在であることは真実ですが、その真実を強烈に突きつけられることは外傷的です。とすると、治療の方向性としては、分かり合えると認識できるようになる、ということではなくなります。‬‬

‪ その反対に自身と他者はやはり分離された、分断された別存在であることを緩やかに理解していくことが目指す方向になるかもしれません。語りあうことは分かり合うことではなく、分かり合えないことを分かっていくプロセスです。‬‬‪万能感や一体化願望の放棄ともいえるでしょう。それはまずは目の前にいる治療者との間で、転移という舞台の上で展開していくことかもしれません。そして、分かり合えないこと、実はそもそも分断していた、分離していたという哀しみを受け入れていくことになるのかもしれません。‬‬

‪ それは決して心地良い体験ではなく、苦しみと痛みを伴った体験かもしれませんが、それを通り抜けるところに本質的な成長や発達があると私は考えます。トラウマからの成長とはこれほど苦しい体験とプロセスを孕んだものであり、簡単ではありません。

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公開:2020-02-05 更新:2020-02-09
読書  北川 清一郎

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