「境界例と自己対象」を読んで
ジェラルド・アドラー(著)近藤三男、成田善弘(訳)「境界例と自己対象-精神分析の内在化理論」金剛出版 1998年を読んでの感想を書きました。
日本ではあまり有名な人ではありませんが、境界例治療の第一人者の精神分析家です。学派はどちらかというと自己心理学や間主観性学派に近いようです。境界例を欠損モデルから捉え、ホールディングの技法を重視した治療スタイルです。
1.著者アドラーについて
図1 ジェラルド・アドラーの写真
原文のタイトルは Borderline Psychopathology and Its Treatment であり、日本語訳すると「境界例の病理とその取り扱い」ということになります
本著の著者はアドラーという名前であるが、フロイトと袂を分かち、劣等感の克服をテーマにした個人心理学の創始者アルフレッド=アドラーとは別人物です。著者であるジェラルド=アドラーはマスターソンやカーンバーグと並ぶ、アメリカ精神分析学界における境界例治療の第一人者です。コフートの自己心理学の理論に馴染んでいるようですが、厳密にいうと自己心理学派ではないとのことです。
2.境界例理解の基本モデル
本著では境界例の基本を欠損モデルとして捉えており、マスターソンやカーンバーグの葛藤モデルとは異なっています。そして、技法的にはホールディングの概念を使用し、カウンセラーという自己対象をどのように内在化していくのかを重要視しています。
精神分析では洞察が基本的な治療機序とされていますが、アドラーは体験することを重視しています。このあたりについては、マスターソンの言う「どのようにカウンセラーと健康に離別していけるのか」と重なるところはあるかもしれません。反対にカーンバーグは転移を通して葛藤を洞察していくことを治療機序としているのでかなり異なっています。
しかし、境界例のクライエントをホールディングするということは言葉では簡単なように見えても、実際にはかなり大変です。それは境界例と関わったことのあるカウンセラーなら誰でもそう思うことでしょう。アドラーはその点について逆転移の処理の仕方やフォロー体制、限界設定の重要性を特に指摘しています。
カウンセリングの中で逆転移に突き動かされながらも、その転移/逆転移、投影同一化のメカニズムを知ることで多少の安定を保ち、さらに解釈や直面化を駆使して、境界例のクライエントをサポートをしていくことは重要ではないかと思います。それがひいてはカウンセラーの揺るがぬ態度になり、クライエントにとっても現実のカウンセラーを知り、内在化していく助けになるのではないかと思います。
アドラーはそのようなテクニックについても言及していますが、それ以上にカウンセラーの態度やホールディング、人間性を重視しているように個人的には感じました。
そこには治療者が教育分析や個人分析、スーパービジョンなどを訓練として受けることは当然のこととしてあるのでしょう。
3.境界例と攻撃性
また、境界例の攻撃性についても書かれていましたが、ここにアメリカと日本の文化差もあるようです。アドラーではなくても、その他の境界例についてのアメリカの著作ではカウンセリング当初からあからさまにクライエントの攻撃性が顕在化しているケースが多いように思います。
日本では境界例であっても初めは従順であることが多いのではないかと思います。しかし、何かのきっかけで途中から攻撃性のテーマが浮き彫りになってくるという印象を持っています。簡単に文化論の視点から論じることはできないかもしれませんが、日本の場合には攻撃性の潜在化や抑圧がアメリカ以上に顕著なのではないかと思います。
その点から、日本ではクライエントの攻撃性をどのように取り上げ、中和していくのかを考えていく方が良いのではないかと思います。
ちなみに、訳者の日本語訳がとても上手で、割合とスイスイと読み込める本であると思います。そして、境界例の理論や精神分析についてある程度の知識があればだいたい読みこなせるぐらい平易に書かれているので、境界例のカウンセリングを実践している人には是非読んでもらいたいと思う一冊です。
以下は境界性パーソナリティ障害と精神分析的心理療法についての詳細です。ご参照ください。