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スクールカウンセラーにおけるセラピーの視点

セラピーを知っているからこそできること

スクールカウンセラー制度が国の方針で成立してから随分と経過しました。その中で分析的なセラピーをどう位置づけるのか、について議論しています。

1.セラピーが困難な構造

スクールカウンセラーでは様々な仕事がありますが、いわゆるセラピーをすることは非常に少ないでしょう。そもそもセラピーを実施するために必要な構造化ができないということです。ただケースのニーズを見立て、何が必要なのかを推測し、必要なことを供給・紹介する、というセラピーでも初期に行うことと同じ仕事はします。そのため、このようなマネジメント能力は鍛えられ、活かすことができると思います。ちなみに、ここでいうセラピーは精神分析的なセラピーを指しています。精神分析的セラピーではなく、カウンセリングや心理相談、支持的療法、悩み相談、コンサルテーション、ガイダンスなどであればスクールカウンセラーでも問題なくおこなえるでしょう。

2.俯瞰する立ち位置

また、いじめや虐待におけるスクールカウンセラーの役割や機能について、当事者や教職員、管理職、学校、教育委員会といった様々な立場によって意見や主張が異なった時にどうするのか?について、私の少ない経験から書いてみます。当事者や教職員、管理職、学校、教育委員会などの各立場で意見が相違することは多かれ少なかれあるでしょう。そうした時、八方美人ではありませんが、各立場に同一化しながらも、一定の距離は保ちつつ、緩やかに統合していくことは困難だが不可能ではないと私は考えます。各立場をそれぞれスプリットさせることではなく、全体で一つと理解します。

これは、精神分析的セラピーにおいても、個人の中には大人の自分や子どもの自分、攻撃的な自分、従順な自分といった様々な自己があると理解します。そうした様々な自己のどれかに肩入れするのではなく、いずれも許容することが精神分析的セラピーでは必須です。こうした考え方は組織の中でも活用することは可能でしょう。

3.スクールカウンセラーにおける中立性

フロイトは中立性という概念を提起しましたが、これは何も冷たく、超然とする態度のことではありません。自我、超自我、エス、環境といったそれぞれの側面のいずれにも肩入れせずに、等距離でいることを意味しています。この中立性というあり方が精神分析的セラピーでも組織でも活用することは可能だろうと考えます。ただし、常に中立性を保つようにするということではありません。中立性を保つ努力はしつつ、中立性が崩れてしまっている事態になった時に、すみやかにそれに気付き、そうした事態が引き起こされていることについて理解を深め、介入の糸口にしていくことがポイントです。

(参考:精神分析を実践する医師への勧め(1912)

スクールカウンセラーは組織の中の部分の内の1つであると同時に、全体を俯瞰する役割を担う必要があり、そうした役割もスプリットするのではなく、緩やかに統合しながら、業務を遂行していくことになります。こうした視点はいわゆる精神分析的セラピーを専門としてきたセラピストであるからこそできることと思います。公認心理師のように、心理以外の他職種が表面的な心理支援だけを暗記して身に着けることができるものではないでしょう。

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