境界性パーソナリティ障害は非常に激しい感情の波があり、対人関係も不安定で、治療困難な精神障害だと一部では思われています。しかし、最近ではそうではなく、適切な接し方やカウンセリングを行うことで、改善が見込まれることが様々な研究から分かってきました。
この記事では境界性パーソナリティ障害の概要、原因、予後、特徴、診断、治療、カウンセリング、接し方などについて解説します。
目次
1.境界性パーソナリティ障害とは
境界性パーソナリティ障害とは、自己イメージや感情が不安定で、対人関係に問題が生じるパーソナリティ障害の一種です。自分自身や他者との関係に強い不安を感じ、しばしば過剰な依存や自己傷害などの問題行動を起こすことがあります。治療には、認知行動療法や精神療法などが用いられます。
境界性パーソナリティ障害は、極度に不安定な感情や気分、行動、人間関係、恋愛関係を特徴としており、それによって社会生活に支障をきたしたり、本人が苦痛を感じたりします。境界性という言葉の意味は精神医学の歴史上、精神病と神経症の境界線上にある病態と考えられていたことに由来します。
境界性パーソナリティ障害を患う主人公スザンナを描いた映画「17歳のカルテ」では、その性格的特徴が良く描かれています。
境界性パーソナリティ障害の原因は特定されていませんが、様々な研究から遺伝的要因があることが報告されています。その他に生物学的な要因としてストレス反応に関わる内分泌機能低下や恐怖感に関わる脳の過剰反応等の神経生理学的異常が報告されています。また家族歴や生育過程の所見として発達期における養育者の不在や喪失、虐待(身体的、性的、心理的、ネグレクトなど)が多いと言われています。
いわゆるトラウマが関わっているということです。トラウマについての詳細は以下のページをご参照ください。
境界性パーソナリティ障害は全人口の1~2%にみられ、女性が男性の2~3倍多いとされています。境界性パーソナリティ障害の第一度近親者(両親や兄弟、子)ではうつ病などの気分障害やアルコール依存、薬物依存などの物質使用障害の有病率が高いことが知られています。
境界性パーソナリティ障害の状態はほとんど変化しないと考えられてきましたが、様々な観察研究によって長期的な経過の中で軽快する例も多いことが分かってきています。例えば約290人の境界性パーソナリティ障害の経過を観察した研究では、6年間で70%が境界性パーソナリティ障害の診断基準を満たさなくなったという報告があります。高齢の境界性パーソナリティ障害では若年者に比べて、一般に回復のペースが遅くなると言われていますが、環境の調整や対人関係の働きかけによって生活への影響を減らすことは可能であると考えられています。
一方で境界性パーソナリティ障害は、その経過中に高率にうつ病を発症するという報告もあります。
境界性パーソナリティ障害は上位カテゴリーのパーソナリティ障害の中の一つです。そのパーソナリティ障害については以下のページをご覧ください。
2.境界性パーソナリティ障害の特徴や症状
境界性パーソナリティ障害の特徴や症状を4つに分けて以下に解説します。
(1)感情の不安定さ
境界性パーソナリティ障害の特徴は、愛情への飢餓感と自己否定感を基盤として、感情や人間関係が不安定となり、極端な状態の間を目まぐるしく変動することです。
例えば、昨日は全てが順調で最高にハッピーな精神状態だったのに、次の日にはこの世の終わりのような最悪の気分に陥るということが頻繁にあります。
また深い自己否定感から、過度な浪費や危険な行動、無秩序な性行動などの無謀な行為や薬物乱用、窃盗などの違法行為に走る人もいます。
(2)対人関係の不安定さ
人間関係では、特定の相手を極度に理想化して万能の存在であるかのように思い込むことがある一方で、同じ相手が自分の期待にそぐわない態度をとる場合は一転して激しい失望感を味わい、裏切られたという強い怒りを覚えることになります。また他人への不信感、過敏さ、敵意によって他人の気持ちや欲求を理解することが困難になります。さらに自己への懐疑や空虚感によって一定の目標に向かって地道に行動することが難しいことがあります。また、他者に対して非常に強い怒りを覚え、攻撃的になることもあります。
(3)試し行動
境界性パーソナリティ障害は相手に見捨てられたくない、相手に自分が望むような行動をとってほしいという心理状態になったとき、その手段として自傷行為を行うことがしばしばあります。命を危険にさらすような自傷行為は周囲の人に対して強いインパクトを与えることになるので、一時的に相手が自分の思ったような行動を取ってくれることもあります。
しかし、次第に周囲の反応が鈍ってくるとさらにエスカレートした行動をとるようになり、最終的に不幸な結末になることもあります。
(4)恋愛
特に恋愛関係において境界性パーソナリティ障害の特徴がよく出てきます。恋人に対して見捨てられ不安を抱き、試し行動をして、恋人にしがみつきます。
しかし、それによって、恋愛関係は非常に緊迫してきて、結果的に破綻してしまうことが多いようです。そして、そうしたことをいろんな人との間で何度も繰り返してしまいます。
見捨てられ不安についての詳細は以下のページに解説があります。
3.境界性パーソナリティ障害の診断
現在、国際的に用いられている境界性パーソナリティ障害の診断基準の一つとして、米国精神医学会が発行している精神疾患の診断統計マニュアル第五版(Diagnositic and Statistical manual of Mental disorder, 5th edition: DSM-5と略されます)があります。その内容を簡単に表現すると以下の通りです。
境界性パーソナリティ障害の診断基準
「対人関係や自己イメージ、感情などが不安定で、衝動性が高いパーソナリティが成人期早期までに始まり、それが持続する。さらに以下のうち5つ(またはそれ以上)が当てはまる場合に境界性パーソナリティ障害と診断する。」
- 現実に、または想像で、見捨てられることを避けるために様々な努力をする。
- 他人を理想化したり、逆にこき下ろしたりするような両極端な対人評価による不安定な対人関係を作る。
- 著しく不安定な自己イメージを持つ。
- 自分を傷つける可能性があるような、衝動的な行動をとる。それは浪費や性行為、薬物乱用、無謀な運転、過食などのうち二つ以上を含む。
- 自殺の行動、素振り、脅し、または自傷行為を繰り返す。
- 数時間以上持続するが2-3日以上は持続しない、感情の目まぐるしい変化がある。
- 慢性的に空虚な気分が持続する。
- 不適切な状況で激しい怒りの感情が湧いてきて、その怒りを抑えるのが困難になる。
- 一時的に妄想のような考えが湧いてきたり、自分が自分でなくなるような感覚がある。
引用:DSM-5(アメリカ精神疾患の診断と統計のマニュアル 第5版)
この診断がなされるためには、これらの考えや行動が他の精神疾患やパーソナリティ障害によるものではないことを確認する必要があります。
4.境界性パーソナリティ障害の精神分析的な理解
精神分析的な視点から境界性パーソナリティ障害を見てみます。境界性パーソナリティ障害では過酷な超自我がカウンセラーに転移されると、非常に迫害的になり、罰せられないことをテストするための行動化が頻発します。そうしたことがあるとカウンセラーも超自我的に接してしまいがちになります。いわゆる逆転移です。こうしな転移と逆転移のワークスルーが必要になりますが、言うは易く、行うは難しです。
境界性パーソナリティ障害の方は行動化をしがちですが、それによって満足を得ることはほとんどありません。多くは罪悪感をさらに募らせる結果となってしまうようです。強烈な苦痛をなんとかしたいという足掻きでもあるのですが、誰かに思いを届けたいという希望でもあります。それは赤ちゃんが空腹やオムツの気持ち悪さといった苦痛が故に大声で泣き、それを聞いた親や養育者が結果として助けてくれる、という原初的な関係性を求めているとも言えます。これを希望といわずして何と言うでしょうか。
ただ、境界性パーソナリティ障害の場合には、その思いが強烈すぎるし、メッセージ性がボヤけることがあるので、ほとんどの場合で受け取り損ねられる体験をしてしまいます。これが絶望となってしまいます。故に、境界性パーソナリティ障害の治療では、苦痛と希望と絶望を如何にコンテイニングし、ワークスルーしていくがが治療の鍵となります。カウンセラーそのものが受け皿にもなれば、ある種の技法(CBTやDBT等)が受け皿になることもあるでしょう。
境界性パーソナリティ障害の方は苦痛と希望と絶望を明確な言葉として語ることは稀で、多くは行動化を介して、転移を介して、非言語的に伝達してきます。そこをある程度、的確に翻訳し、理解しないと境界性パーソナリティ障害の苦痛は見えてきません。単なる我儘な子、面倒な子、問題児としてしか見られなくなってしまうのは哀しいことです。
5.境界性パーソナリティ障害の治療や治し方
境界性パーソナリティ障害の治療の主体はカウンセリングであり、様々な治療法が研究され、実際の治療に用いられています。多くのカウンセリングが境界性パーソナリティ障害の自殺行動の低減、抑うつ症状の緩和、機能の改善に有効であることが分かっています。加えて、カウンセリングの治療効果を高めるために薬物療法も行われます。
(1)薬物療法
薬物療法として、抗精神病薬は怒りや敵意、短期間の精神病様症状の抑えるために使用されます。
抗うつ薬は境界性パーソナリティ障害に伴う抑うつ気分を改善させます。抗不安薬は不安と抑うつを和らげるために用いられることもありますが、一部の境界性パーソナリティ障害ではかえって落ち着かなくなることもあることが知られています。その他、一部の境界性パーソナリティ障害に対して気分調整薬などが使用されることがあります。
実際の治療では合併する別の精神障害への治療を追加することも重要なポイントとなります。
(2)認知行動療法
認知行動療法は境界性パーソナリティ障害の柔軟性に欠ける偏った認知の修正を行うことで衝動と怒りの爆発を抑制し、批判や拒絶に対する敏感さを抑えるために用いられます。
またビデオテープを用いた社会技能訓練により、境界性パーソナリティ障害は自らの行動が他の人にどのように影響を及ぼすかを理解することが可能になり、対人関係を改善するのに役立ちます。
その他、作業療法やレクリエーション療法、職業訓練療法などを、個人および集団で行うことも有効と言われています。
認知行動療法の詳細については以下のページをご覧ください。
(3)弁証法的行動療法
弁証法的行動療法は特に自傷行為が頻繁で狂言的自殺行動がみられる境界性パーソナリティ障害に用いられることがあります。この治療は現実的で冷静な自己観察力、感情制御技能、対人関係技能を身に付けることで、境界性パーソナリティ障害の認知行動のパターンを全般的に変えることを目標とします。
(4)精神分析的心理療法
精神分析的心理療法の中のメンタライゼーション療法は、境界性パーソナリティ障害が自分や他人の精神状態に気を配ることができるように援助することで、自分の思考と感情を管理し、対人関係を構築するのに役立つと考えられています。
また、転移焦点化精神療法は、まず境界性パーソナリティ障害に自分の感情の変化を気づかせることを目指します。さらに感情の変化によって自分や相手がどのように歪曲されて感じられるかを自覚させることを通して、自分と他人に対してより安定的で現実的な感覚を持てるように援助します。
精神分析的心理療法については以下をご覧いただくと詳しく解説しています。
6.境界性パーソナリティ障害への接し方
家族や恋人、友人が境界性パーソナリティ障害の場合にはどのような接し方をすれば良いのでしょうか。
境界性パーソナリティ障害は自傷行為など見捨てられ不安のために試し行動をしてしまうことが非常に多くあります。そうしたことについては、説教や強制的な指示は強い反発を招きますので、あまりしないほうが良いでしょう。それよりも、身体を心配していることを伝え、不安な気持ちでいることを受け止めるようにすると良いでしょう。
また、攻撃的な言動をしたり、強い怒りを向けてきたりして、無茶な要求をすることもあるでしょう。そうした時には、こちらも感情的に反応せずに、まずは冷静になりましょう。そして、要求を全て飲むことはできないことを伝えましょう。そのうえで、妥協できることや譲歩できることを対話を通して探していきましょう。
そして、境界性パーソナリティ障害はいつも不安定で、攻撃的でいるわけではありません。冷静に判断したり、行動したりすることも多いです。ですので、良い行動や望ましい行動をした時には積極的に称賛しましょう。そうしたことを繰り返すことで、自己肯定感が育ち、家族や恋人との良い関係を維持していくことに役立ちます。
7.よくある相談の例
20歳代の女性Aさん
幼少期から両親は喧嘩が多かった。また母親からは冷たくされることが多く、父親からは突然意味なく叱られたりしていた。小学校の頃には癇癪がたびたびあり、教室内でもトラブルが絶えなかった。中学生になると、リストカットをしたり、ネット上で知り合った男性と会いに行ったりすることも増えた。しかし、そうした状況でも両親はあまりAさんに構うことはなかった。高校には入学したが、あまり登校することはなく、当時付き合っていた男性の家に入り浸るようになった。高校は中退することになり、それ以降はバイトを転々とするようになった。20歳を過ぎる頃には夜の仕事もするようになった。異性関係は奔放で、不特定多数の男性と性交渉もしていた。
そうした中で、夜が全く寝れなかったり、急激に気分が落ち込んだりし、それを吹き飛ばすかのようにリストカットをしたり、市販薬を大量に飲んだりしていた。心配した同棲していた男性から精神科に連れられて受診した。医師から境界性パーソナリティ障害の診断を受け、気分調整薬を処方された。また、医師からカウンセリングを受けることを勧められ、カウンセリングオフィスを紹介された。
当初、Aさんはカウンセラーに不信感を抱いており、話もポツポツと呟く程度であった。カウンセラーはそうしたAさんを見守りながら、話ができる範囲で良いことを保証し、時折出てくるAさんのこれまでの苦痛や葛藤を傾聴していった。そうすると、Aさんは徐々にカウンセラーへの依存を強めていくようになった。そして、多大な要求をするようになったり、それが満たされないと激昂して怒鳴ったりすることもあった。そうした不安定なカウンセリング関係であったが、カウンセラーは辛抱強く応対し、決して逃げ出すことは無かった。そうした安定したカウンセラーの態度に触発されたAさんは本当の意味での信頼をカウンセラーに寄せるようになったと同時に、過去の幼少期から両親との間で満たされなかった思いを切々と話すようになっていった。そうしたカウンセリングのプロセスの中で、Aさんは感情が少し落ち着いていき、良好な対人関係を築けるようになっていった。
8.境界性パーソナリティ障害についてのカウンセリングを受ける
境界性パーソナリティ障害の概要、原因、予後、特徴、診断、治療、カウンセリング、接し方などについて解説してきました。
境界性パーソナリティ障害は単なるトラブルメーカーであると言われることもありました。しかし、昨今の研究では遺伝的な問題やトラウマの問題などが境界性パーソナリティ障害が関連していることが分かってきたと同時に、カウンセリングなどの治療法についても徐々に確立してきました。そのこともあり、境界性パーソナリティ障害はかなり治ることの多い精神障害であることも分かってきました。
そのため、境界性パーソナリティ障害は過度に恐れることなく、絶望することなく、気長に接しながら、カウンセリングなどの治療に専念することが大事です。
(株)心理オフィスKでは境界性パーソナリティ障害のカウンセリングを行っています。カウンセリングを受けたり、相談したりしたい方は以下の申し込みフォームからご連絡ください。
文献
この記事は以下の文献を参考にして執筆いたしました。