性欲低下・性機能不全の心理学的な理解と対応

パートナーや夫婦間における性行為は、愛情の絆を深めるために重要なコミュニケーションの一つです。しかし、性欲が低下したり、性機能不全が生じたりすると、性行為を行うことが難しくなる場合があります。その結果、コミュニケーション不足に陥り、関係が悪化してしまう可能性があり、早期の発見と適切な治療が大切です。

本稿では、性欲低下や性機能不全について、心理学的な理解と対応の視点から解説します。

性欲低下・性機能不全とは

性欲低下・性機能不全とは、性的欲求や機能が減退し、満足のいく性的体験が困難になる状態を指します。性欲低下は、性的な関心や興奮の頻度や強さが著しく減少することで、以前と比べて性への意欲が持てなくなることを意味します。性機能不全は、性的反応が適切に起こらない状態を指し、男性では勃起困難や射精障害、女性では性交痛や潤滑不足などが代表的です。これらは一時的に現れる場合もあれば、長期間持続し、生活や人間関係に深刻な影響を与える場合もあります。

原因は多岐にわたり、心理的要因と身体的要因が複雑に関与しています。心理的側面では、ストレス、過労、不安、抑うつといった精神状態が大きく影響し、性への関心を抑制してしまいます。また、夫婦関係やパートナーとのコミュニケーション不足、性的経験に伴う不安や失敗体験も要因となります。身体的要因では、ホルモンバランスの乱れが大きく、特に男性ホルモンや女性ホルモンの低下は性欲に直接関係します。さらに、糖尿病や高血圧、心疾患といった慢性疾患は血流や神経伝達に影響を及ぼし、性機能に障害を生じさせます。服薬の副作用も見逃せず、抗うつ薬や降圧薬などが性欲減退や機能低下を引き起こすことがあります。

性欲低下・性機能不全は単に性的な問題にとどまらず、自己評価や自信の低下、パートナーシップの不和につながることが少なくありません。したがって、この問題は心身の健康と人間関係の両面にかかわる重要なテーマであり、背景に潜む多様な要因を理解することが不可欠です。

よくある相談の例（モデルケース）

40歳代 男性

Aさんは会社員として忙しく働いてきました。幼少期から真面目で努力家でしたが、家族間で感情をあまり表に出さない環境で育ったため、人に弱さを見せることに抵抗がありました。結婚して二人の子どもにも恵まれましたが、40代に入った頃から仕事の責任が重くなり、残業や出張が続くようになりました。その頃から徐々に疲労感が抜けず、睡眠も浅くなり、以前は自然に感じていた性欲が減少していきました。最初は一時的なものだろうと思っていましたが、夫婦生活の回数が極端に減り、勃起の維持も難しくなってきました。パートナーとの会話の中でもぎこちなさが生じ、関係の冷え込みを強く感じるようになりました。

Aさんは泌尿器科を受診し、軽度の勃起不全と診断されました。薬の処方で一時的な改善は見られましたが、根本的な回復にはつながらず、医師から心理的要因の関与も考えられると説明を受けました。インターネットで調べるうちに心理カウンセリングが有効であることを知り、思い切って相談に訪れることを決意しました。

カウンセリングでは、まず現在の生活習慣や仕事上のストレスを整理しながら、性欲低下がいつ頃から始まり、どのように自分と家族関係に影響を及ぼしてきたかを丁寧に振り返りました。Aさんは「家族を大切にしたいのに、うまくいかない自分が情けない」という気持ちを抱えていました。カウンセラーと対話を重ねる中で、疲労やストレスを無視して頑張りすぎる傾向や、自分の感情を抑え込む習慣に気づいていきました。

カウンセリングのプロセスは数年にわたり、少しずつ生活リズムの調整やストレス対処法の習得が行われました。具体的には、仕事とプライベートの境界を意識し、趣味の時間を確保すること、パートナーとの会話の中で素直に気持ちを表現することを練習しました。また、性に関する誤解やプレッシャーを解きほぐし、無理に成果を出そうとせず安心感を大切にする視点を持つことができました。

数年の取り組みの中でAさんは徐々に心身のバランスを取り戻し、性欲や性機能も安定してきました。何より、パートナーと率直に気持ちを分かち合えるようになったことで関係の温かさが戻り、以前よりも深い絆を感じられるようになりました。現在も完全に波がなくなったわけではありませんが、調子を崩したときにどう対処すればよいかを理解しており、安心して生活を送れるようになっています。

性欲低下・性機能不全の原因

性欲低下や性機能不全には、心身の健康状態や生活習慣、精神的なストレスなど多様な要因が関わっています。ここでは代表的な原因について解説し、理解を深めることで改善や予防の手がかりを探っていきます。

（1）ストレスや不安、生活習慣

性欲低下や性機能不全には複数の原因がありますが、日常生活の中で注意すべき点がいくつかあります。 まずはストレスです。ストレスには身体的ストレスと心理的ストレスがあり、一般的に思い浮かべるのは心理的ストレスですが、実際には身体的ストレスも重要です。例えば、運動は身体に適度なストレスを与えますが、過度に負荷をかけると怪我につながります。怪我や病気は身体にとって不快なストレスとなり、性機能にも影響を及ぼす可能性があります。

環境の変化も身体的ストレスの一つです。極端な気温差による体調不良や花粉によるアレルギー反応も身体に負担をかけています。また、偏った食生活や睡眠不足もストレス要因となり、睡眠不足が続くと身体機能が低下し、ストレス耐性が弱まります。

一方、心理的ストレスは人間関係、仕事、経済的な問題などに起因します。適度なストレスは生活に必要ですが、過度に続くと抑うつ状態や精神疾患に発展することがあります。特に性に関する不安が強まると、性への興味や関心が低下し、性的興奮の減退につながります。

このようにストレスや不安が長期的に続いたり、生活習慣の乱れを放置していると、性欲低下や性機能不全の原因となります。そのため、日頃から自分自身の生活習慣やストレス状況を振り返り、改善に取り組むことが大切です。

Aさんは長時間労働と睡眠不足、生活の乱れが続き、身体的にも精神的にも負荷が高まった結果、性欲の低下につながりました。

（2）うつ病

うつ病は、慢性的な抑うつ感や無気力感、喜びを感じにくくなるなど、日常生活に大きな影響を与える精神疾患です。特徴として、持続的に沈んだ気分が続き、楽しさや嬉しさを感じにくくなります。また、倦怠感が強まり、家事や仕事が辛く感じられることで行動量が減少します。以前は好きだった趣味や関心事に対してもエネルギーがなくなり、意欲が低下します。さらに、うつ病では睡眠障害がしばしば見られます。寝付きが悪くなる、夜中に目が覚めてしまう、睡眠時間が短くなるなどの不眠症状や、逆に過眠が現れることもあります。 食欲や性欲の変化も特徴的です。食欲減退や過食によって体重が増減する場合があります。

うつ病では抑うつ気分や意欲の低下により、性欲も大きく減退することが多くみられます。倦怠感や楽しみを感じにくい状態が続くことで、性的関心や興奮が起こりにくくなります。性欲の変化も典型的な症状の一つです。

さらに、治療で使用される抗うつ薬の一部には性欲低下や性的興奮の減退を副作用として引き起こすものがあります。特にセロトニン再取り込み阻害薬（SSRI）やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬（SNRI）が代表的です。これらは治療に不可欠な薬であるため、副作用が気になる場合には主治医と相談することが望まれます。

うつ病の詳細は以下のページをご参照ください。

うつ病のカウンセリング・治療

うつ病・気分障害・双極性障害など気分の浮き沈みの問題・障害について説明しています。多少の気分の変動は通常だれしもがあるものですが、過度になると日常生活に支障をきたします。

Aさんは抑うつ気分や無力感が増し、性欲の低下と重なる形で、喜びや興奮を感じる力そのものが弱まっていきました。

（3）PTSD

性欲低下や性機能不全には、心理的なトラウマが大きく関与している場合があります。代表的なものがPTSD（心的外傷後ストレス障害）です。PTSDは外傷的な出来事を体験したり目撃した後に発症する精神疾患であり、過去のトラウマと深く関連しています。

性的なトラウマ体験がある場合、性行為に安心感を持てなくなり、性的興奮や欲求が低下します。さらに、トラウマを思い出すことを避けようとして性的な行動そのものを回避する傾向が見られます。これは自己防衛の一種ですが、長期的に続くと性的自信や満足感を損ない、欲求や興奮の減退をさらに悪化させます。その結果、パートナーとの関係が悪化したり、PTSDによって社会的孤立に陥る可能性も高まります。

また、PTSDはストレスホルモンの過剰分泌と関連しており、これが性欲低下や性機能不全につながることも知られています。

PTSDの詳細は以下のページをご参照ください。

PTSD（心的外傷後ストレス障害）のカウンセリングと治療

PTSD（心的外傷後ストレス障害）はトラウマ的な出来事に遭遇した後、フラッシュバック、過覚醒、麻痺、回避、否定的認知などの症状が生じる精神障害です。PTSDの治療にはEMDRや持続的エクスポージャーなどがあります。

Aさんにはトラウマとなるような出来事はなく、PTSDが関与している兆候はみられませんでした。

（4）更年期障害

更年期障害は、近年テレビなどでもよく取り上げられるようになった現代女性を悩ませる症状の総称です。更年期は一般的に40代後半から50代にかけて始まるとされますが、個人差があります。原因は卵巣機能の低下によるホルモン変化です。

代表的な症状にはホットフラッシュがあります。これは突然体温が上昇し、首や顔が火照り赤みを帯びるもので、発汗や寝汗を伴い、結果として睡眠障害を引き起こします。こうした症状は性的興奮や意欲を低下させる要因となります。 さらに、更年期障害ではイライラや突発的な不安が出やすく、情緒面での変化が顕著です。特に抑うつ症状は一般的で、ホルモン変化により脳内のバランスが崩れることで意欲減退、抑うつ気分、絶望感などが現れます。 更年期障害による性欲減退は、ホルモンバランスの変化そのものによる影響に加え、症状によるストレスが重なって起こるものです。そのため、身体的・心理的の両面から理解することが重要です。

男性であるAさんには更年期障害の要因は当てはまらず、ホルモン変化による影響は考えにくい状況でした。

性欲低下・性機能不全の治療

性欲低下や性機能不全の治療には、心身の両面からのアプローチが必要です。ここでは生活習慣の見直しから医学的治療、心理的支援まで、代表的な方法について解説します。

（1）生活習慣の改善

性欲低下や性機能不全を改善するためには、まず生活習慣を見直すことが基本となります。身体的に健康であることが大切であり、そのためにはバランスの取れた食生活が欠かせません。ビタミン、ミネラル、タンパク質などを含む栄養価の高い食品を摂取することで、性欲の維持にもつながります。近年は加工食品の摂取機会が増えていますが、成分表示を確認し、添加物や糖分の過剰摂取には注意が必要です。

加えて、適度な運動も有効です。運動は血液循環を促進し、新陳代謝を改善することで性器の血流が増加し、性欲の向上を助けます。有酸素運動としてはウォーキング、ランニング、水泳などがあり、週に2～3時間程度行うことが推奨されます。また、ヨガやピラティスは筋肉を柔軟にし、怪我を防ぐとともに日常生活の機能改善に役立ちます。

さらに、睡眠習慣の改善も重要です。毎日同じ時間に就寝することで体内時計が整い、日中の活動性や集中力が高まります。活動性が向上すると適度な疲労によって深い睡眠が得られ、効果的な休息が可能になります。

就寝前のアルコールやカフェイン摂取は避けましょう。アルコールには一時的なリラックス効果がありますが、深い睡眠を妨げて夜中に目が覚めやすくなり、熟睡感が得られにくくなります。代わりにノンカフェインの紅茶を飲んだり、寝具を快適なものに変えたり、アロマを用いることで睡眠の質を高めることができます。

Aさんは生活リズムを見直し、睡眠時間を確保するなど少しずつ自己管理を始めるようになりました。

（2）ストレスの発散

ストレスを軽減するための方法としては、運動が取り組みやすく効果的です。運動を行うことでストレスホルモンが減少し、心身のリラックス効果が得られます。運動に加えて、深呼吸や瞑想も有効です。特にマインドフルネス瞑想は「今ここ」に意識を向け、自分の呼吸や身体感覚、周囲の音や匂いに注意を向けることでストレスから距離を取り、心の安定を保つことができます。

また、趣味を楽しむこともストレス発散に効果的です。新しい趣味に挑戦することで新たな自分を発見できるかもしれません。読書や絵画、旅行、温泉、スポーツ観戦など、自分にとって楽しいと思える活動に没頭することが大切です。

慢性的な疲労を感じる場合には、マッサージやストレッチがお勧めです。特に肩や首、背中は疲労が蓄積しやすいため、簡単なストレッチを習慣にすることで緊張緩和につながります。また、湯船に浸かって身体を温めたり、好きなテレビ番組を見ることなど、日常生活の中でも十分にリラックス効果が得られます。一人でのストレス発散が難しいときは、信頼できる友人や家族と一緒に過ごし、気持ちを共有することで心の負担を軽減することができます。

Aさんは趣味の時間を意識的に作ることで、精神的な緊張を少しずつ和らげていきました。

（3）医学的治療

性欲低下の治療は、その原因が病気やホルモンの影響による場合に行われます。代表的な方法として、性ホルモン補充療法があり、必要なホルモンを補充することで性欲や性機能の改善が期待できます。男性の勃起不全にはPDE5阻害薬が用いられ、陰茎の血管を拡張して血流を改善し、勃起を促します。また、アルプロストジルを陰茎に注射して血流を改善する方法もあり、他の治療が効果を示さない場合に用いられます。

女性において性交痛が身体的な要因による場合、手術が必要となるケースもありますが、多くの場合は局所麻酔薬や理学療法、カウンセリングが有効です。また、性交時の体位や方法を工夫することも痛みの軽減につながります。

泌尿器科で処方された薬により一時的な改善が見られたものの、長期的な効果には限りがあると感じていました。

（4）カウンセリングなど心理的支援

性欲低下や性機能不全に対しては、カウンセリングや心理的支援も効果的です。まず、いつから問題が始まったのか、どのような背景があるのかをカウンセラーと話し合い、適切なアプローチを検討します。

カウンセリングでは、性に関する正しい知識を提供することで誤った思い込みや偏見を修正し、クライエントが理解を深められるよう支援します。また、ストレスや不安が原因となっている場合には、ストレス管理法やリラクセーション法を身につけることを目指します。

さらに、性欲低下や性機能不全がパートナーとの関係に起因している場合は、コミュニケーション改善に焦点をあてます。認知行動療法を通じて誤った思考や行動パターンを修正し、より健康的で現実的な性機能の回復を促します。

Aさんはカウンセラーと話すことで、性欲低下に関する心理的背景やストレスとの関係性に気づき、支援を受けながら回復へと向かいました。

性欲低下・性機能不全についてのよくある質問

まとめ

性欲低下や性機能不全にはさまざまな要因がありますが、解決方法も複数存在します。未然に防ぐためには、まず生活習慣を整え、ストレスを適切に管理することが大切です。また、身体的な要因によっても性欲低下や性機能不全は起こり得るため、少しでも違和感を覚えた場合には、早めに医療機関へ相談することをお勧めします。早期に治療を受けることで、問題の発見や改善につながります。

さらに、カウンセリングでは一人ひとりの悩みに応じて心理的支援を行います。性に関する悩みは身近な人には話しにくいことも多いですが、専門家に安心して相談することで、解決への糸口を見つけることができます。心理的側面からのアプローチを取り入れることで、心身の健康を回復し、より良い関係性の構築を目指すことができます。

(株)心理オフィスKでは性欲低下や性機能不全に対するカウンセリングを行っています。ご希望の方は以下のフォームからお申し込みください。