ガスライティング概念の有効性と危うさ

ガスライティングの臨床的定義と心理的影響
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ガスライティングとは、相手の現実認識や自己理解を意図的に揺さぶり、自己不信を形成させることによって心理的支配を成立させる対人操作であると定義されています(ケリー 2024)[1]。そこでは否定、矛盾、責任転嫁、被害者非難といった言動が反復的に用いられ、被害者は自らの感覚や記憶を信頼できなくなっていきます。この過程は単なる対人関係上の摩擦ではなく、関係性の中で形成されるトラウマ体験として理解される必要があります。
ケリー(2024)[1]は、ガスライティングがもたらす心理的影響として、抑うつ、不安、PTSD、解離症状などを挙げています。ここで重要なのは、被害が一時的な心理的苦痛にとどまらず、自己感覚そのものの破壊にまで及びうる点です。したがって、ガスライティングは心理的虐待の一形態として、臨床心理学および精神医学の両面から慎重に取り扱われるべき現象であるといえます。
概念の拡張とその臨床的リスク
一方で、ケリー(2024)[1]の議論はガスライティングの定義を比較的広く設定しており、相手に自らの認識を疑わせる行為全般が射程に含まれています。この点は理論的な包括性をもつ一方で、意図的な支配と、誤解やすれ違い、あるいは未熟なコミュニケーションとの境界を曖昧にする可能性も含んでいます。
ガスライティングという概念を臨床や研究で用いる際には、意図性、反復性、権力差、被害の深刻さといった要素を慎重に検討する必要があります。これらの要件が十分に吟味されないまま概念が適用されると、深刻な心理的虐待と日常的な対人摩擦との区別が困難になり、臨床的判断の精度が損なわれる危険があります。
ガスライティング概念の社会的使用とその逆説性
この問題は、ヴィナール(2025)[2]の指摘とも密接に関連しています。ヴィナールは、ガスライティングという言葉の普及によって、これまで言語化されにくかった心理的支配やハラスメントが可視化された点を評価しつつも、その一方で、この概念が他者を攻撃し、沈黙させるための道具として用いられる危険性を指摘しています。
すなわち、ガスライティングという言葉そのものが、新たなガスライティングの手段として機能してしまう逆説的な事態が生じうるということです。本来は被害を守り、理解を促進するための概念が、断罪や排除の道具として用いられた場合、対話や相互理解の可能性は著しく損なわれます。この意味で、ガスライティングという概念の使用には、理論的慎重さだけでなく倫理的配慮が不可欠であるといえます。
回復過程と文化的文脈への配慮
ケリー(2024)[1]は回復の方向性として、認知行動療法やトラウマインフォームド・ケア、信頼できる他者との関係の再構築を挙げています。しかし、ガスライティングの被害者は、その被害によって他者への信頼能力そのものを損なわれている場合が多く、誰を信頼すればよいのか、どのように信頼関係を再構築すればよいのかという問い自体が回復の中心課題となります。したがって、回復は単なる認知修正や行動変容にとどまらず、関係性そのものを再構築していく過程として理解される必要があります。
また、日本においてガスライティングの概念を適用する際には、文化的文脈への配慮が不可欠です。ケリー(2024)[1]の議論はアメリカ社会を前提としており、日本の家族関係や職場文化、対人関係における間接性や同調圧力とは必ずしも一致しません。したがって、ガスライティングをすべて一律に心理的虐待として位置づけることには慎重であるべきであり、日本の社会文化的背景を踏まえた再検討が必要になります。
以上より、ガスライティングは、関係性の中で主体性を侵食しうる深刻な心理的虐待であると同時に、その概念自体が強い規定力をもつがゆえに、臨床および研究の場において慎重な運用を要する概念であるといえます。ケリー(2024)[1]が示したトラウマ理論的理解と、ヴィナール(2025)[2]が警告した概念の暴力性の双方を踏まえるならば、ガスライティングを論じることは、単に被害を指摘することではなく、言葉と権力、関係性と倫理をどのように扱うのかを問い続ける営みであると位置づけられます。
まとめ
ガスライティングの概念は、被害を守るための言葉であると同時に、使い方を誤れば新たな暴力性を帯びる可能性をもっています。臨床においては、この二重性を自覚しつつ、関係性と倫理の問題として丁寧に扱い続けることが求められます。なお、本論考は理論的整理に基づくものであり、具体的な臨床判断や介入については、個別事例ごとに専門家に確認が必要です。
もし、ここに書かれている内容を読みながら、ご自身の体験と重なる感覚や強い苦しさを覚えた方がおられましたら、それは決して特別なことではありません。ガスライティングの影響を受けているとき、人は自分の感じ方や考え方に自信が持てなくなり、誰かに相談すること自体がとても難しくなります。しかし、その混乱や苦しさは、あなたの弱さではなく、関係性の中で傷ついてきた結果として生じているものです。
カウンセリングは、何が起きていたのかを整理し、自分の感覚や現実認識を少しずつ取り戻していくための安全な場です。無理に答えを出したり、すぐに結論を出したりする必要はありません。まずは、自分の体験を言葉にしてもよい場所があることを知ること、それ自体が回復への大切な一歩になります。
もし今、ひとりで抱えることに限界を感じておられるのであれば、専門家に相談することを検討してみてください。専門家に確認が必要なテーマであり、適切な支援を受けることで、混乱した感覚を少しずつ整理し、再び自分を信じる力を取り戻していくことが可能です。



