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タイパ・コスパ時代における精神分析的心理療法の意義

近年は、カウンセリングや心理療法にも短期間での効果や分かりやすい成果が求められる傾向が強まっています。そのような時代において、数年単位で継続されることも少なくない精神分析や精神分析的心理療法(以下、精神分析と略)は、非効率で時代にそぐわない方法と見なされることもあるかもしれません。本論考では、精神分析の長期性や高頻度性に着目しながら、なぜそれほどの時間と関係性を必要とするのか、そして、その過程を通してどのような変化や体験がもたらされるのかについて論じます

タイパ・コスパ時代における精神分析の長期性

精神分析は、少なくとも週1回の頻度で継続されることが一般的であり、人によっては週2回、週3回、場合によっては週4回という高い頻度で行われることもあります。このような頻度設定は、症状の軽重や課題の性質というよりも、内的な体験をどの程度の密度で扱うかという臨床的判断に基づいて決められることが少なくありません。また、治療期間はたいてい数年に及び、なかには10年以上にわたって続けている人もいます。短期間で明確な変化や成果を求める傾向が強い現代社会においては、こうした長期性そのものが敬遠されやすい要因になっているとも言えるでしょう。

近年は、時間対効果や費用対効果、いわゆるタイパやコスパが強く意識される時代です。さらに、AIが即座に答えや解決策を提示してくれる環境が整いつつあるなかで、精神分析のように、答えを急がず、内省と関係性を手がかりに時間をかけて考えていく方法は、効率が悪く、時代遅れのものに見えるのかもしれません。実際、外から見れば、同じような話を何度も繰り返し、進んでいるのかどうか分かりにくい過程に映ることもあります。

時間をかけた内省と関係性がもたらす変化

しかしながら、精神分析によって得られる体験は、単なる問題解決や症状の軽減にとどまらない、より深い意味を持っています。もちろん、抑うつや不安、人間関係上の困難、生きづらさなどが軽減していくことは重要な側面ではあります。しかし、精神分析では、それだけを目的とするのではなく、その人がどのように苦悩を体験し、どのような心のあり方によって現在の生き方や対人関係が形づくられているのかを、時間をかけて見つめていきます

それは、これまで意識的には気づかないようにしてきた自分自身の一部や、言葉にならないまま内側に留まり続けていた感情、欲求、葛藤、あるいは傷つきと、少しずつ向き合っていく体験でもあります。ときには、自分でも理解できなかった怒りや依存、嫉妬、不安、孤独感などが、治療関係のなかで繰り返し立ち現れてくることもあります。そして、その体験を単に排除したり修正したりするのではなく、なぜそのような感情が生じるのか、その背景にどのような関係性や体験が存在していたのかを丁寧に辿っていくことになります

また、精神分析では、理解は頭の中だけで完結するものではありません。治療者との関係性のなかで実際に体験され、感じられ、揺れ動くことを通して、自分自身のあり方が徐々に変化していきます。そのため、変化は劇的で分かりやすいものというよりも、日常のなかで静かに現れてくることが多いと言えます。以前ほど他者の言葉に過敏に反応しなくなる、自分の感情を少し受け止められるようになる、人との距離の取り方が変わる、自分を過度に責めなくなる、といった変化として現れることもあります。

そうした過程を積み重ねていくなかで、自分の生き方や人との関わり方が静かに、しかし確実に変化していくことがあります。そして、その変化が結果として人生の転機として感じられることも少なくありません。人生に対する見え方や、自分自身への感覚が変わることで、これまで繰り返していた苦しみの意味づけが変化したり、新たな選択肢を持てるようになったりする場合もあります。結果として、人生に豊かさと深みが加わり、これまでとは異なる視点から自分自身や他者を眺められるようになることもあるのです。

精神分析に固有の体験とその意義

誰が言い出したか分かりませんが、心理療法の世界では、さまざまな技法やオリエンテーションの違いはあっても、最終的に到達する地点は同じであり、異なるのは登るルートだけだ、という言い方がなされることがあります。確かに、共通する要素が存在することは否定できませんが、私はその見方には違和感を覚えています。精神分析には、それらに特有の到達点があり、その方法を通らなければ見えてこない景色があるように思われるからです。それは、理解したという実感だけではなく、関係性のなかで体験として身につく変化であり、他の方法では代替しにくい性質を持っています

精神分析には、時間も労力も、そして金銭的な負担も一定程度求められます。そのため、誰にとっても無条件に勧められる方法ではありませんし、それに見合うかどうかを事前に断言することもできません。それでもなお、この方法には、他では得がたい意義ある体験をもたらす可能性があるように思われます。効率や即効性とは異なる価値を重視する人にとって、精神分析は、今なお検討に値する選択肢であり続けていると私は考えます。

まとめ

精神分析は、短期間で効率的に問題を解決する方法とは異なり、時間をかけて自分自身の内面や対人関係のあり方を見つめていく営みです。そのため、即効性や効率性が重視される現代では、非効率に見えることもあるかもしれません。しかし、長い時間をかけるからこそ触れられる心の領域や、関係性のなかで生じる変化が存在することもまた事実です。

もし、生きづらさや対人関係の繰り返し、自分でも整理しきれない感情について、時間をかけながら丁寧に向き合ってみたいと感じているのであれば、精神分析やカウンセリングを一つの選択肢として検討してみてもよいかもしれません。

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