S,リード『自閉症とトラウマ(1999)』要約と解説

本稿では、スーザン・リードによる論文『自閉症とトラウマ(1999)』の要約として、自閉症と乳幼児期のトラウマとの関連について検討します[1]。とりわけ、トラウマ体験が発達過程にどのような影響を及ぼしうるのかという視点から、「自閉性トラウマ後発達障害(APTDD)」という概念の意義と臨床的含意について整理することを目的とします。
目次
自閉性トラウマ後発達障害(APTDD)
自閉症の子どもたちを、いくつかのサブグループに分類します。サブグループという概念は、リードたちの臨床実践から生まれてきたものであり、子どもの症状や反応に対するリードたちの経験に基づく、メタ心理学的要素を根拠としています。異なる概念枠組みにおいてもサブグループの設定や研究は存在しますが、本稿ではそれらとは異なる軸から、一つのサブグループ、すなわち「APTDD(自閉性トラウマ後発達障害)」を提示したいと考えます。
これは、2歳までにトラウマを経験することが、自閉症の発症あるいは悪化要因となり得るという仮説です。トラウマ要因が、生物学的・遺伝的要因と相互に関連しながら結合することで、自閉症が発症すると想定されます。さらに、乳幼児期におけるトラウマの衝撃が自閉的引きこもりを強め、結果として発達遅滞をもたらすと仮定し、「自閉性トラウマ後発達障害(APTDD)」という用語を提起します。
加えて、この自閉症のタイプとPTSDとの類似点について検討し、APTDDの形成に関与するトラウマ的出来事の特徴を明らかにしていきます。
心的外傷後ストレス障害(PTSD)
トラウマとなるような出来事が、被害者の生理・情緒・認知・行動に持続的な影響を及ぼすことは広く知られていますが、PTSDが公認されたのは、DSM-Ⅲにその診断名が登場した1980年以降のことです。1987年のDSM-Ⅲ-Rでは、それまで雑多な症状としてまとめられていたものが、新たに覚醒の亢進として明確に定義されました。その後のDSM-Ⅳでは、トラウマとなる出来事に対する主観的反応という観点が導入されます。
このように感情反応が診断概念に含められたことは重要であり、同じように圧倒的な出来事であっても、個人によってその経験のされ方が異なることが認識されるようになったといえます。
PTSDの症状の3群
(1)その出来事を繰り返し再体験する
PTSDの子どもにおいては、反復される遊びの中にトラウマとなった出来事が侵入的に現れます。これは、自閉症の子どもに見られる特定の言葉の反復や儀式的行動と、同一の源泉から生じている可能性が考えられます。活動にみられる不変性・再現性・強迫性は、乳幼児期におけるトラウマの存在を示唆します。
このようなトラウマは、現在と過去の出来事を消化し、表象し、象徴化する能力の発達を阻害します。すなわち、儀式的行動は消化されていない体験の表れであり、自閉症の子どもの反復行動は、象徴形成以前のトラウマ経験に由来すると考えられます。
(2)トラウマと関連した刺激の回避と反応性の麻痺
トラウマと関連した刺激を一貫して回避し、全般的に反応性が低下する状態がみられます。臨床家は、PTSDの子どもについて、麻痺していてロボットのようであり、反応性に乏しく、白昼夢を見ているかのようであると述べています。しかしながら、自閉症の子どもは空想の中で別の場所に移動することはできず、身体感覚に支配された、より早期の発達段階へと引きこもる傾向があります。
APTDDの場合、遺伝的・生物学的に脆弱な基盤の上にトラウマが加わることで、自閉的な反応が引き起こされると考えられます。タスティンは、とても傷つきやすい子どもの場合、自分が母親と分離された存在であることを心の準備が整う前に認識させられると、心因性の自閉症が発症する可能性があると述べています。
(3)覚醒水準の亢進を示す症状の持続
覚醒水準の亢進は、PTSDに特徴的な症状の一つであり、自閉症の子どもにおいても、興奮して手を叩くといった行動として観察されることがあります。他者と短時間関わった後に反応性が低下し、自分の世界に閉じこもっているように見える場合でも、周囲の脅威刺激には敏感に反応していることが少なくありません。目を合わせようとしないため、親には感受性が鈍いように感じられることがありますが、実際には情緒的には過敏であり、周辺視野が拡大している状態にあります。これは生命を守るための反応と理解されます。
さらに、トラウマは乳幼児の脳に変化をもたらし、世界や出来事に対する知覚のあり方に影響を及ぼす可能性があります。症例キャサリンは心理療法の過程において、小さな出来事の記憶と大きな出来事の記憶を区別できるようになりました。前者は過覚醒を引き起こさない日常的な記憶であり、後者はトラウマに関連する記憶です。この区別が可能になることで、彼女は世界を圧倒的なものではなく興味深いものとして捉え、自らを無能ではなく有能な存在として感じられるようになりました。さらに治療が進展するにつれて、過覚醒状態と覚醒水準の低下した状態とを区別できるようになり、知覚刺激の入力を調整して覚醒水準を自己調節することが可能となりました。その結果、自己感覚の回復と発見へと至ったと考えられます。
乳幼児期におけるトラウマの影響
乳幼児期におけるトラウマ経験の反復は、深刻な影響をもたらします。これは、それを補償するような経験が乏しいためです。このようなトラウマ経験は、乳幼児の世界観全体に影響を及ぼし、歪める可能性があります。生存に関わる脳の領域が過剰に刺激されると、より小さな刺激に対しても生命維持反応が生じやすくなります。さらに、ごく早期のトラウマの影響は、素因としての神経学的損傷の影響と区別することが困難である場合があります。
乳幼児は脅威や危険を察知しても、闘争や逃走といった反応をとることができないため、より原初的な生命維持反応である凍りつきの状態を発動します。
解離状態
凍りついた状態においては、子どもは外的刺激に対して無反応であるかのように見えます。そのため、自閉症の子どもは実際には聴覚機能に問題がないにもかかわらず、聴覚障害が疑われることがあります。また、痛みに対する適切な反応が乏しく、他者を傷つけた際にも何も感じていないように見えることがあります。
このような解離状態において、自閉症の子どもは外界からの刺激への反応を低下させる一方で、自己の内的な身体感覚に没入します。自他の分化や象徴能力の発達以前にトラウマを受けた場合、白昼夢や空想の世界に退避することは困難ですが、自動的に生起する感覚的世界へと引きこもることは可能です。そして、彼らはその感覚の強度・持続時間・頻度・様式をある程度調整することで、有能感を獲得していると考えられます。
自閉的な人々が身体感覚や特定の対象に引きつけられ、依存する傾向は、単なる病理的固執としてのみ理解されるべきではありません。それは部分的には生存のための適応的反応であり、理解可能であり、かつ変化の可能性を含んでいます。むしろ問題となるのは、当初は防衛的であったこれらの反応が嗜癖的・固着的な様相を帯び、発達とともに儀式的行動がいわば中毒のような状態へと変化していく点にあります。
トラウマと発達障害
タスティンが指摘しているように、脅威や自己ではないものに持続的にとらわれる状態は、認知発達および情緒的知能の発達に大きな影響を及ぼし得ます[2]。子どもは脅威に満ちた世界から自らを守るために外界を遮断し、他者との交流を回避するようになります。その結果として、将来的な発達が歪められる可能性があります。
トラウマによって誘発される閉じこもりという観点から捉えると、一部の自閉症の子どもに見られる外界刺激や他者の回避、さらには身体感覚や特定対象への没頭は、一定の合理性をもつ反応として理解することができます。過覚醒状態に伴って生じる警戒反応は、成人のPTSDにおいても観察されるものであり、比較可能な現象です。軽度の不安状態から、脅威に圧倒される状態へと急速に移行する点も共通していると考えられます。
トラウマティックな出来事のカテゴリー
急性の場合と慢性の場合の双方を含め、APTDDに発展し得るトラウマティックな出来事は、いくつかのカテゴリーに分類されます。
(1)物理的環境における実際の出来事であり、客観的に見てトラウマを引き起こすと認められるもの
これには、深刻な身体的虐待や性的虐待、自分あるいは他者への暴力、重篤な医学的状況、生存のために侵襲的処置を必要とする極端な低出生体重児の状態などが含まれます。
臨床例として挙げられるジョーには双子の兄弟がおり、両者ともに低出生体重児として出生しましたが、兄弟は正常に発達しました。一方でジョーは、保育器による強い影響を受けた可能性があり、その後自閉症を発症しました。ジョーは出生時から目を開けたままであり、治療中も目を閉じることができませんでした。そのため、あらゆる刺激が直接的に侵入し、いっそう傷つきやすい状態に置かれていたと考えられます。
母親との面接過程および子どもの治療過程から明らかになったのは、低出生体重児であったことに加え、極度の過敏さゆえに母親や兄弟から引き離され、捨てられたかのように感じていた可能性、新生児集中治療を受けた経験、そして持続する過覚醒状態が重なり、これらの体験が本人にとって耐え難いものとなっていたという点です。彼は誰に対しても、どこかへ流れ落ちてしまわないかと繰り返し問いかけていました。母親とリードは、この問いを保育器内での体験と関連づけて理解しました。母親は、管が彼の体内に入り、そして体外へ出ていくと述べており、彼自身が生命維持のための管の中を漏れ出しているかのように感じていた可能性が示唆されます。この心理療法は一定の効果を示し、ジョーは青年期に再び援助を求めるに至りました。
(2)どのような子どもにとってもトラウマとなり得る現実の対人関係上の出来事
スピッツが観察した施設入所児においては、養育環境の問題から情緒的関係が著しく乏しくなり、外界との関わりから退却する様子が見られました[3]。また、戦争や社会的動乱が生じた地域の孤児院における乳幼児については、ラターらが指摘するように、初期養育の剥奪が重大な影響を及ぼします。さらに、精神的に混乱した親から情緒的に強い攻撃を受けた子どもも、このカテゴリーに含まれます。
(3)一時的にトラウマ化されたり、混乱を招いたりする出来事に対するトラウマ反応
家族に新しい子どもが生まれることや事故の経験、生後2年以内に繰り返し感染症に罹患すること、予防接種に対する過敏な反応などが該当します。これらは日常的に起こり得る出来事ですが、特定の発達段階において重なる場合、傷つきやすい子どもにとっては発達の進行を妨げる要因となり得ます。
(4)両親あるいは祖父母世代に起源をもつトラウマ
人生経験の中で圧倒的で処理しきれない出来事は、十分に消化されないまま世代を越えて伝達され、トラウマとして影響を及ぼす可能性があります。例としては、ホロコーストの犠牲者とその子ども、あるいは子どもの出生前後に自身の親を喪失したケースなどが挙げられます。
臨床例(マイク)
マイクは乳児期には手のかからない、いわゆる育てやすい子どもでした。しかし、よちよち歩きの時期になっても他者と遊ぼうとせず、一人でバウンサーに乗り、何時間も過ごしていました。この様子は、他者や周囲から引きこもり、関心を身体活動へと集中させていたものと理解できます。彼は乳母車に乗ることを嫌がり、それを自ら押すこと、さらに毎回同じ道を通ることを強く求めました。そして、いつもと異なる状況になると、癇癪を起こして倒れ込むことがありました。このような行動は次第に儀式化し、孤立した万能感の形成に寄与していったと考えられます。
マイクの誕生に先立ち、両親は最初の子どもを死産で失っていました。しかし、悲しむ時間を十分にとることができないまま、医師の助言に従い、次の妊娠としてマイクを身ごもるに至りました。マイクの誕生は喜びをもたらす一方で、最初の子どもを失った悲しみを同時に強める出来事でもありました。過敏さをもつマイクは、母親の悲しみを感じ取らないようにするために、内的世界へと引きこもった可能性があります。
15カ月になってもマイクは言葉を発しませんでしたが、母親は、最初の子どもの死産に伴う分離体験が一時的なトラウマとなり、あらゆる分離に対する不安を引き起こしていたことに気づきました。この気づきを契機として母親がマイクへの関わり方を変化させた結果、マイクは徐々に言葉を話すようになりました。
子どもに対して身を守るための心理的な盾を提供する親の能力は一様ではなく、その時々の親の心理的・身体的資源の状態によって変動します。ある状況において一部の子どもがAPTDDを呈する一方で、他の子どもがそうならない理由を理解することは、親の過度な罪悪感からの解放にもつながります。
APTDDの子どもの多くは、乳児期において手のかからない、要求の少ない子どもであったと語られることが少なくありません。そのため、放っておいても問題がないように見なされがちです。しかし、子どもが長時間にわたり自分の内的世界に没頭することを問題として認識するためには、親自身がある程度の経験と余裕を有している必要があります。こうした子どもたちは要求が少ないため、要求が表出した際には親はそれに応じますが、その独特のあり方はしばらく見過ごされることになります。そしてやがて、それらの特徴が強まり、結果として家族全体に大きな影響を及ぼすようになります。
以上の点から、早期発見と早期の関与が重要であると考えられます。
子どものパーソナリティー、自閉的引きこもりへの影響と子育てへのインパクト
APTDDの子どもは、心理療法の過程において、セラピストを含む大人に対してわずかな不満を感じただけでも、それに耐え難い様子を示します。すなわち、極端な過敏さと極端な不寛容とを併せ持つ特徴が認められます。この点において、与えられた条件の中で満足しやすく、いわゆる育てやすい子どもとは対照的な気質であるといえます。
例えばマイクは、自閉的な状態から一定程度回復した後も、非常に専制的な態度を示し続けました。他者から学ぶことを、自らの不完全さを示すものとして体験し、強い屈辱感を抱いていたのです。彼は知的能力や才能に恵まれていましたが、親にとって日常生活を共にするうえで容易な存在ではありませんでした。
両親は、自分たちが親として十分ではないのではないかという感覚を抱くこともありました。しかし、彼がその知性や才能を活かして社会参加を果たした際には、大きな喜びを経験することとなりました。こうした経過は、子どもの特性が親子関係に与える影響の複雑さとともに、発達の可能性を示すものでもあると考えられます。
臨床例(バリー)
バリーが一歳の頃、母親は家庭内の問題により気分が落ち込み、心理的な余裕を失っていました。その時期、バリーは自分の内的世界に没頭して過ごしていました。一方で兄のジェームスは、母親の関心を引こうとしてさまざまに働きかけ、声を上げるなどして強く関係を求めていました。その後、バリーは重度の自閉症の状態を呈するようになります。
アセスメントが開始された当初、両親はバリーの状態に対して強い罪悪感を抱き、深く苦しんでいました。しかし、その後徐々に心理的な余裕を取り戻し、各セッションにおいてリードとともに、バリーが周囲にどのように反応しているのかを観察することが可能になっていきました。バリーは、周囲の人が完全に自分に調子を合わせてくれないと、容易に関わりを断ち、心を閉ざしてしまう特徴を示していました。
両親は、バリーがいわゆる育てやすい子どもではないことを次第に理解するようになります。また、家庭生活において困難な出来事が生じること自体は特異なものではなく、多くの場合において親が抑うつ状態を経験したとしても、子どもが自閉症になるわけではないという認識にも至りました。
さらに、精神分析家の仕事の一部が、親を過度な罪悪感から解放することにあると理解されるにつれ、両親は徐々に気持ちを軽くしていきました。この過程は、親の内的状態の変化が、子ども理解や関わり方に影響を及ぼすことを示していると考えられます。
リードの結論
APTDDと見なされる子どもの状態は、当初はトラウマに対する適応的な反応として形成されたものであり、それが次第に不適応な様相を呈するようになった状態であると理解されます。このように、出発点において適応的機能を有していることが、心理療法によって良好な結果がもたらされ得る根拠となっていると考えられます。
解説
以上のように、本論考では自閉症とトラウマとの関連を、リードの論文を要約しながら、APTDDという概念を軸に多角的に検討してきました。以下では、その内容を踏まえ、現代の臨床的観点から重要と考えられるいくつかのポイントについて整理し、解説していきます。
(1)トラウマとの関連から再考する自閉症理解
第一の点は、自閉症の一部をトラウマとの関連から理解しようとする視点にあります。本論考では、従来の生物学的・遺伝的要因に基づく説明に加えて、乳幼児期に経験されるトラウマが発達過程に与える影響が重視されています。APTDDという概念は、こうしたトラウマ体験が、もともとの脆弱性と相互に作用しながら、自閉的な引きこもりや発達の偏りを形成する可能性を示唆するものです。
この視点の重要性は、自閉症を固定的・先天的な障害としてのみ捉えるのではなく、発達の文脈や環境との相互作用の中で理解する契機を提供する点にあります。また、臨床的には、子どもの症状を単に記述するのではなく、その背後にある体験や意味を探索することの必要性を示しているといえます。
(2)自閉的症状の適応的機能という視点
第二の点は、自閉的な症状や行動をトラウマに対する適応的反応として捉える視点にあります。本論考では、反復行動や儀式的な活動、感覚への没頭、対人関係からの撤退といった現象が、単なる病理的所見ではなく、圧倒的な刺激や情動から自己を守るための機能を担っている可能性が示されています。すなわち、外界が過剰に侵入的で統制不能なものとして経験される状況において、子どもは自らの内的感覚や反復的行動に依拠することで、一定の安定や可制御感を確保しようとするのです。
この理解は、症状を排除すべき対象としてではなく、その防衛的意味を踏まえて扱う必要性を示しており、介入においても単純な修正ではなく、より基盤的な安全感や象徴化の発達を支える関わりが求められることを示唆しています。
(3)トラウマが象徴化・表象機能の発達に与える影響
第三の点は、トラウマが象徴化や表象機能の発達に深く影響を及ぼすという視点にあります。本論考では、乳幼児期における圧倒的な体験が、感覚的・身体的レベルにとどまり、言語やイメージとして表象されにくいことが指摘されています。その結果、出来事を心的に処理し、意味づける過程が阻害され、体験は未消化のまま反復的な行動や感覚への没頭として表出されやすくなります。これは、遊びや言語を通じた象徴化が十分に機能しない状態ともいえます。
この観点からは、臨床的介入において、単に行動の修正を目指すのではなく、体験を表象可能なかたちへと移行させていくプロセスを支えることが重要となります。すなわち、子どもが感じていることを他者と共有可能な水準へと橋渡ししていく働きが求められるといえます。
(4)親・世代間要因と罪悪感の再構成における臨床的意義
第四の点は、親の状態や世代間のトラウマが子どもの発達に影響を及ぼし得る一方で、その理解が親の罪悪感の再構成に資するという臨床的意義にあります。本論考では、乳幼児期のトラウマが個体内の要因だけでなく、養育者の情緒状態や未処理の体験とも相互に関連しながら形成される可能性が示唆されています。ただし、このことは親の責任を一義的に強調するものではなく、むしろ多因子的な過程として理解されるべきものです。
このような視点は、親が過度に自責的になることを和らげ、子どもの理解と関わりを現実的に再構成する契機となります。臨床においては、親の語りを丁寧に扱いながら、その内的体験を整理し、子どもとの関係性を再編していく支援が重要となります。
まとめ
以上、本稿では、スーザン・リードの論文『自閉症とトラウマ(1999)』の要約として、自閉症とトラウマの関連を、APTDDという観点から整理してきました。そこで示されているのは、自閉的な引きこもりや反復行動、感覚への没頭といった現象が、単なる病理としてではなく、トラウマに対する適応的反応として理解され得るという視点です。そして、その適応的であった反応が発達の中で固定化し、不適応な様相を呈していく過程を捉えることの重要性が示唆されます。こうした理解は、子どもの行動の背後にある体験や意味を読み取り、どのように関わるかを検討する上で、臨床実践に重要な示唆を与えるものといえます。
同時に、トラウマと発達、さらには親子関係や世代間の影響といった複雑な問題を扱う際には、臨床家自身の内的反応や理解の枠組みを吟味し続けることが不可欠となります。そのためには、教育分析やスーパービジョンといった場を通して、自らの臨床を振り返り、他者との対話の中で理解を深めていくことが求められます。当オフィスでは、こうした内省と検討の機会として教育分析およびスーパービジョンを提供しております。ご関心のある方は、お申し込みください。
文献
- [1]:アン・アルヴァレズ、スーザン・リード(編)『自閉症とパーソナリティ』創元社 2006年
- [2]:Tustin, F. (1981). Autistic states in children. Routledge.
- [3]:Spitz, R. A., & Wolf, K. M. (1946). Anaclitic depression; an inquiry into the genesis of psychiatric conditions in early childhood, II. The Psychoanalytic Study of the Child, 2, 313–342.










