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精神病パーソナリティの非精神病パーソナリティからの識別

みんな狂っている

W,R,ビオンの「精神病パーソナリティの非精神病パーソナリティからの識別(1957)」についての要約と解説を書いています。本論文はW,R,ビオン「再考:精神病の精神分析論」金剛出版に掲載されています。

W,R,ビオン「再考:精神病の精神分析論」金剛出版

1.概要

誰しもに精神病パーソナリティと非精神病パーソナリティがあり、精神病部分を扱うためにはスプリッティングと投影同一化によって微片と化した患者の自我を患者に戻す必要があります。そのためには、精神分析家が患者の分節化への困難を理解した上で、微片を凝集してまとめあげる難題に付き合うことが必要です。

2.はじめに

非精神病パーソナリティと精神病パーソナリティの両面を知ることで、内的・外的現実の関与に、スプリッティングによる断片化されたパーソナリティ部分の吐き出しがあります。そして、この断片群が対象の中へと入ったり対象を飲み込んだりする現象があることが理解されます。

この指摘をする上で助けとなる研究が3つあります。一つ目は1953年ロンドン大会のビオンの発表です。これは現実原則の要求によって動き出す精神装置、感覚器官に付属した意識に関わる部分に関するフロイトの記述です。二つ目はクラインの指摘で、乳幼児がPSポジションに乳房に向けてなす空想上のサディスティックな攻撃についての記述です。最後はクラインの投影同一化の発見です。

3.統合失調症者の機制の前提

統合失調症者の機制の前提は4つあります。

  1. 破壊衝動:愛する対象をも破壊する
  2. 内的・外的現実に憎悪があり、憎悪が現実を感知するあらゆるものに拡大される。
  3. 切迫した破滅へのおぞましい恐怖
  4. 早計で唐突な対象関係の形成

4.転移に関する前提

精神分析家との関係は早計で、唐突で、強烈に依存的です。これによって生じる2つの現象があります。

一つ目は、患者のパーソナリティがスプリッティングされ、断片が精神分析家に投影同一化されます。二つ目は、優位に立った衝動(生or死)は直ちに切断されます。混乱から立ち直るため、元の制限された関係へと逆戻りします。

5.フロイトやクラインの理論との関連について

フロイトは以下のように述べています。

神経症では、自我はその現実への忠誠のためにイド(本能生活)の一部を押さえ込むが、精神病では、同じ自我がイドに奉仕して、それ自体を現実の一部から撤退させる。

引用文献:S,フロイト 神経症と精神病(1924) フロイト全集18 岩波書店

つまり、外界へ向けた感覚器官や感覚器官に付随する意識(意識)へ注意を向けることであり(注意)、その探索のために活動の結果を記憶し(表記体系)、ある特定の観念が真か偽かを決定します(判断)。実験的に行動することで、行動に伴う欲求不満に耐えることを可能にします(思考)。これは思考するための機能的発達の指摘と言えます。

その上で、ビオンはフロイト理論への修正案を提示しています。一つ目は、患者の自我が現実から全く撤退しているとは思えないことです。万能的空想が支配することで現実との接触が隠蔽していただけではないでしょうか(=非精神病パーソナリティの存在)。二つ目は現実からの撤退ではなく空想が現実となっているために錯覚と言えることです。これらのことから精神病者は非精神病パーソナリティの部分はありますが、精神病パーソナリティの支配が強いため、非精神病パーソナリティの部分が曖昧となってしまっています。

6.スプリッティングによる断片化

クラインの指摘する乳幼児の空想と同様に精神病者は自身のパーソナリティをスプリッティングさせ、いつの日にか自分や他者を理解する基礎を失います。フロイトのいう機能発達に敵対して断片化して吐き出します。吐き出された自我の微片は増えていき、奇怪な性質となります。

微片は現実の対象から構成されていると感じられます。一つは現実の対象の性質、一つはそれを飲み込んだパーソナリティの一片の性格に左右されます。一片が視覚野に関連するものであれば患者は注視されていると思いますし、聴覚野に関連するものであれば、聞き耳を立てていると理解されます。

微片は観念の原型であり、象徴化されるのではなく同等視されているからこそ混乱が生じます。象徴形成にはDポジションの機能が大切です。PSポジションの段階で分裂と投影同一化の活動により、原初的思考の基礎が据えられないのであれば、それは象徴化の困難に伴う悪影響がPSポジションで既に始まっているといえます。

参考:シーガル 象徴形成について(1955)

象徴形成について
ハンナ・シーガルの1955年の論文「象徴形成について」の要約と解説です。シーガルは本論文で妄想分裂ポジションにおける象徴と抑うつポジションにおける象徴とを区別し、その形成や機能の見立てや取り扱いについて詳細に論じています。

7.精神病パーソナリティと非精神病パーソナリティの断裂について

フロイトは「どのようにしてものは前意識になるか」という問いに対して「相応しい言語性イメージと結合することによって」としました。しかし、非精神病パーソナリティでは取り入れと投影の均衡によって思考が作り出されますが、精神病パーソナリティでは投影同一化に置き換えられてしまうため、連結が切断されると考えらます。

精神病者の切断の破壊は思考の過程にまで及び、思考が発現してくる表意文字同士の連結もまとまらなくなるため、象徴形成が困難となります。自我を断片化し対象の中へ投影排除したのち、微片は他の対象と接合し、患者からは対象同士の残酷な連結に取り囲まれていると感じられます。精神病パーソナリティ部分はこの傾向を強め、非精神病パーソナリティ部分との分岐を進めていき、いつか架橋不可能な状態へとなってしまいます。

患者は自らが作った精神状態の中に閉じ込められて脱出できないという体験をすることになります。それは現実を感知するための装置を欠いていると感じるからであり、吐き出された微片に威嚇されているような体験です。精神病パーソナリティであれば物質や肛門的対象、感覚、観念、超自我に特有のものです。

8.患者が自我を再建するために

現実の対象と原初的な観念とを混同しており、精神機能の法則ではなく自然科学の法則で捉えようとするので混乱が生じます。精神分析によって吐き出した対象を取り戻したいと考えるのであれば、逆向きの投影同一化を行う必要です。しかし、この入ってくる体験は患者には暴行として感じられてしまいます。

極端なスプリッティングが統合を危険なものにしてしまいます。さらに、自ら繋ぐことを除去しているので、分節化のための能力・統合のために利用可能な手段は全て悪意あるものと感じられてしまいます。

9.脱腸手術が関連している患者の事例

カウチの上での身体の動きが5年前に受けた脱腸手術と関連していると考えられる患者の事例です。

腸

身体の快適さを求める現実的な理由以外のものが働いているはずですが、ビオンがこのことを指摘しても「なにも」としか反応がありませんでした。ビオンが「かつてこのことについて何か考えを持ったはずだ」と伝えると「何の考えもないです」と答えました。身体を動かすことは彼の表意運動活動であり、考えを名付けることなしに表現する手段であったと思われます。

さらに、ビオンが断片的な情報をつなぎ合わせて解釈を試みても患者から拒絶されました。この時期の患者は明らかに精神病パーソナリティ部分の問題が非精神病パーソナリティ部分を曖昧にしていました。ビオンは同時に非精神病パーソナリティ部分が神経症的問題に関与しているように感じました。これは「視力をなくしてしまった」という表現に含まれています。そして、「不潔なものや臭いもの」という表現は患者がビオンの中に入れ置いた視力を含めたものを、便として患者に排泄するように求めていると伝えました。すると患者は痙攣し、自分の周りの空気を注意深く見聞し、ビオンは自分の悪く臭い小片(元は視力を含む患者のもの)に取り囲まれている感覚を持りました。

患者は「私は見ることができない(私には分からない:I can’t see)」と答えましたが、ビオンは視力と母親(もしくはビオン)に話しかける能力を、苦痛を取り除いた時に共に失くしてしまったのではと伝えました。

これに対して、患者はビオンが5ヶ月前にかけていた「暗いメガネ」に言及しました。5ヶ月前は精神病パーソナリティ部分が支配的であり、暗いメガネは表意文字としての意味だけしかありませんでした。つまり、暗いメガネからの連想は非精神病パーソナリティ部分の神経症的葛藤のため、扱うことができなかったのです。

暗いメガネは哺乳瓶であり乳房であり、かつ怒っています(=暗い)。あるいは暗闇の中の両親の性交を盗み見るために暗闇が必要だったのです。両親のしていることを見るために瓶(=メガネ)を手にして、瓶の中のミルクだけでなく瓶ごと飲み込み、澄んだ良い対象(=ミルク)は黒く臭いもの(=両親の性交?)となってしまいました。そして、それがビオンに吐き出されていたのです。ビオンは、このことを解釈し自我を修復していく関わりを行っていきました。

ビオンの解釈に対して、変わらず「なにも」と言いつつ、患者は身体を動かしていました。この動きに対してビオンは直腸の働きを取り上げ、患者が排出をしていることを指摘しました。一方で、患者が自立して過ごしていくために、ビオンから見たり話したりする能力を取り戻さなければならないと考えているという非精神病パーソナリティ部分の存在も指摘しました。この後、患者の変化が生じていきました。

10.凝集するための能力

Dポジション以前の段階では、過剰な投影同一化が感覚印象の円滑な取り入れや同化を妨げ、前言語的な思考の前進を拒絶します。さらに、思考やまとまりを組み立てる要素も攻撃を受けます。その結果、思考の要素や思考を構成する単位が、分節化できなくなります。

自我を修復するためには投影同一化を逆転させる必要がありますが、先の例では考えるためには脳ではなく腸を使用しなければならず、呑み込めない腸に呑み込ませるためには圧縮が必要でした。

しかし、分節化が目標にも関わらず、分節化は敵意を向けるべきものであり、先の例のように対象は不適切に接合されて凝集されてしまっていました。例えば、暗いメガネは奇怪な対象といったようにです。このことを扱うには必要となる表意文字と提供できる出来事を待つ必要があります。それは文明人は考える人や話す人の仕事を単純化してしまいます。

患者は原始的な思考様式が複雑なテーマとして背景にあるため、ときに患者の連想の内容を無視することも大切になります。

投影同一化によって吐き出された対象は、それを取り戻す時には吐き出した時よりも悪いものとなっています。これは患者に大きな負担をかけるものです。

11.結語

精神病患者の精神分析が前進するためには、神経症部分における退行に変わり精神病パーソナリティ部分の投影同一化が扱われる必要があります。このことは重篤な神経症患者でも同様です。神経症によって隠蔽された精神病パーソナリティ部分があり、この部分を扱うことが必要なのです。

12.解説

ビオン

ビオンの写真

(1)ビオンの臨床

本論文の趣旨としては、微片を集めて患者の中で起こっていることを理解し、解釈として返すということです。しかし、各微片ごとに含まれている意味を考え、それを(言語的な)解釈として伝えることは本当にできるのでしょうか。解釈を行わないまでも、精神分析家は皆このような思考様式を持っているのだろうか。

事例のような方とお会いする場合、共感はかえって破壊的なものとなる時もあります。すると、患者へ解釈をしても良いというタイミングを見計らうためには何を基準にすれば良いのだろうか。

(2)弁証法的揺れ動き

本論文はフロイトの「心的生起の二原理に関する定式(1911)」の発展といえます。フロイトは現実原則と快感原則の2つの力動的な関係が心の在り方を作っているとしました。どちらが真で、どちらが偽ということではありません。両方ともが真なのです。そして、どちらかが表に出ている時には片方は裏に回ります。そして、その反対ももちろんありえます。さらにいえば、現実原則があるからこそ、快感原則があり、快感原則があるからこそ現実原則があるのです。この2つの移ろいが人間のさまざまな側面を流動的に規定していきます。

参考:S,フロイト 心的生起の二原理に関する定式(1911)

心的生起の二原理に関する定式
S,フロイトの1911年の論文「心的生起の二原理に関する定式」についての要約です。心の機能としての快原理と現実原理を整理しました。

そして、この考え方はクラインの抑うつポジションと妄想分裂ポジションに引き継がれます。クラインもフロイトと同様に抑うつポジションと妄想分裂ポジションが力動的に移ろい、片方が表の時には片方が裏になり、お互いがお互いにその存在を至らしめていることを示しました。

ウィニコットも同様に、本当の自己と偽の自己という2つの側面を論じています。この2つも同じように両者が共存し、どちらかが表に出ていれば、片方は裏に退きます。

フロイト、クライン、ウィニコットと踏襲されてきた、この2つの心的体制の力動的な移ろいについて、ビオンは非精神病パーソナリティと精神病パーソナリティの2つで表現しました。さらにビオンは断片化と攻撃性という概念を用いて、自己がバラバラになる様を論じました。その上で、ビオン流の思考に働きかける解釈によって、患者が統合していく様子をケースを用いて記載しました。

その後、こうした2つの心的側面の移ろいについて、オグデンが包括的にまとめていきました。オグデンはモードと言い換え、抑うつモード、妄想分裂モードを規定し、さらに自閉隣接モードを付け加えました。そして、この3つモードはそれぞれがそれぞれの補完的な役割を担い、どれかが前面に出ている時にはあとの2つは後面に下がりますが、しかし、それこそが前面が前面であることを示していることを論じました。オグデンはこうした力動的な揺れ動きを弁証法的と称しました。

参考:T,H,オグデン あいだの空間-精神分析の第三主体- 新評論

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精神分析の伝統は力動的という側面にあります。それは2つ、ないし3つの心の在り方が揺れ動き、前へ後ろへと移動することで、人間の心を形成しています。その揺れ動きは瞬間的に起こります。つまり、例えばセラピーの場面で言えば、1セッションの間に、幾度となくその移ろいは起こります。こうした在り方をこれまでの精神分析は探求してきたのです。

(3)健常者への適用

本論文では統合失調症の患者の事例を取り上げ、統合失調症の一つの特徴としてビオンは論じていました。しかし、精神病パーソナリティと非精神病パーソナリティは統合失調症にしかあらわれない特徴ではありません。

神経症の人のみならず、健常な人にもそうした部分はあります。違うのは、その割合やボリューム、どちらが優勢か、にしかすぎません。つまり、神経症や健常な人でも、時には精神病パーソナリティが優勢になり、精神病的な状態になることもあります。反対に、統合失調症患者も非精神病パーソナリティが優勢な時には、非常に冷静で、理知的で、適度な判断力を発揮することができます。

そのため、本論文で書かれていた精神病パーソナリティや非精神病パーソナリティの理論は多くの患者に適用可能な広範囲な概念であると言えるでしょう。

【執筆者情報】

  • 北川 清一郎
  • 資格:臨床心理士、公認心理師、日本精神分析学会認定心理療法士など
  • 所属学会:日本心理臨床学会、日本精神分析学会、日本EMDR学会、日本臨床心理士会、日本公認心理師協会など
  • 役職:神奈川県臨床心理士会代議員、日本臨床心理士会委員などを歴任
  • 経歴:精神科や心療内科、教育センター、児童相談所、就労支援施設などでの臨床経験は約20年になる。また、臨床心理系の大学などでの非常勤講師を歴任。執筆した論文は多数。メディアや雑誌での出演経験も豊富。
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