コンテンツへ移動 サイドバーへ移動 フッターへ移動

神奈川県横浜市港北区大豆戸町311-1
アークメゾン菊名201号

心理オフィスKロゴ

転移の力動

フロイトの1912年の技法論文である「転移の力動」についての要約と解説です。これ以前は、フロイトは転移を治療の抵抗としてしか述べていませんでしたが、この論文から転移を治療する上で重要な要因として理解しなおしました。

A.転移の力動(1912)の要約

1.転移についてまず理解しておかないといけないこと

人は生来の素質と幼少期に背負わされたさまざまな影響との共同の作用によって、性愛生活を営むその人自身のやり方(恋愛で求める条件など)を獲得する。これは、ひとつの印刷原板のようなもので、絶えず繰り返され、新しく印刷され続ける。こうした衝動のうち、十分な心的発達を遂げているのはほんの一部。その部分は現実へと方向付けられ、意識的な人格の支配下にあり、その一部を形作っている。

一方で、リビドー的衝動のその他の部分は発達の進行を止められ、意識的人格、現実から遠ざけられ、空想や無意識の中に存在する。そして、人はこの両方の影響を受け、対象にリビドー的期待を抱いて近づくと考えられる。

誰かのまだ一部しか満たされていないリビドー備給、期待のうちに準備されていた備給が精神分析家という人物に向けられるのは正常であり、理解できる。それは主体のなかに存在する印刷原板の一つに結びつく。そして、精神分析家は患者がすでに形成してきた心的「諸系列」の一つにはめ込まれる。

ユングの言う「父親イマーゴ」(イマーゴ=直観的、具体的に心の中で形成した像のこと?)ということがこれらの要因であるならば、結果は主体の精神分析家に対する現実関係と一致する。もちろん、父親イマーゴだけでなく、母親イマーゴ、兄弟イマーゴなどによっても引き起こされる。この転移は、納得できたり、合理的な理解の枠は超えており、意識的な期待観念のみならず、無意識的な期待観念も強く影響を及ぼしているということは理解していないといけない。

2.転移に関する未解決な関心事

一つ目は精神分析を受けている神経症患者は、精神分析を受けていない神経症の人と比べ、なぜ転移がこれほどまでに強烈なのか。これは、実を言うと精神分析中に転移が強烈になるという認識は間違い。精神分析治療をしていない施設などでも強烈な転移は生じており、観察もされている(ガブリエレ・ロイターの著作に言及)。つまり、転移のこうした特徴は精神分析がなにかやらかしてるって訳ではなく、神経症そのものの特徴と言うべきである。

二つ目は精神分析の外では転移は精神分析治療の担い手で成功の条件だと見なされるべきものなのに、なぜ精神分析においては転移が治療に対する最も強力な抵抗として現れるのか。最も強力な抵抗とは患者の自由連想がうまくいかない時、患者がたったいま精神分析家その人あるいは精神分析家に関する何らかの連想にとらわれていることを確言すれば、必ず停滞は解消される。

精神神経症のあらゆる発症の不可欠な条件とは、ユングの言う「内向」という過程である。つまり、リビドーの一部分のうち、意識化しうるもの、現実へ向けられたものが減少する。その分、現実とは違う方向に向けられた無意識的な部分が増大する。

精神分析は退行したリビドーを追跡し、意識できるようにし、最終的には現実に役立つものにすることを求める。この際、リビドーの退行を引き起こしたあらゆる力が退行の状態を維持しようと精神分析に対して「抵抗」してくる。というのも、現実での満足の挫折などで、退行や内向が一時的にも目的に適ったものでなければ、そもそも起らないからである。

また、現実的な関係だけでなく、常に主体が自由に出来るリビドーは無意識的なコンプレックス(コンプレックス=感情に色付けされた心的複合体?要は、なにか感情的になってしまう事柄ということらしい)の引き付けられる力に影響されており、現実の引き付ける力が弱ったから退行に陥る。

リビドーを自由にするためには、無意識の引き付ける力に勝たないといけない。つまり、無意識的欲動とその産物である抑圧が解除されねばならない。この欲動と抑圧こそが抵抗の最大の部分を生み出すものであり、これがあるから、現実からの離反が一過性の正当性を失った後にも長引かせてしまう。

3.コンプレックス

意識にあるコンプレックスを無意識にある根源へとたどっていくと、すぐに抵抗が明確に感じられる領域に入り、次の連想は抵抗を考慮せざるをえなくなってくる。経験上、ここで転移が登場する。コンプレックスの素材のうち何かが精神分析家という人物に転移されるのに適していれば、転移が実現される。そして抵抗の徴候(連想の停滞など)でその存在を示す。

転移が他の連想の前に出て意識に入ってくるということは、転移は抵抗をも満足させるということだろう。精神分析中、病因となるコンプレックスに近づくのだが、そのたびに転移を起こしうるコンプレックスの一部分が意識に押し出され、この上なく頑なに防衛される。これに打ち勝てれば、コンプレックスの他の部分打ち勝つことも困難ではない。

精神分析治療が長くなればなるほど、患者が病因の素材を歪曲しても病因が暴かれることが防げないとはっきりとわかるほど、患者は自分に最大の利益を明らかに与えてくれそうな歪曲、つまり転移による歪曲を利用するようになっていく。そうして、あらゆる葛藤が転移の領域で戦い抜かれるようになる。

このように転移は抵抗の最強の武器として私たちの前に立ち現れる。転移の強さと執拗さは、抵抗の結果であり、その表現でもあると結論づけることができる。

4.転移はどのようにして抵抗の手段になるのか

禁止された願望的衝動をまさにその衝動に関係する人物の前で告白しなければならないとしたら、それを認めることがとりわけ難しくなるのは明らかだから。だが、患者が感情衝動の対象を医師に一致させるとき、患者が狙っているのはまさにこの告白なのである。

だが、よくよく考えてみると、このような外見上の利益からは問題の解決を見いだせない。実際は「私はあなたの前では何も恥ずかしいことなんてありません。私はあなたに何でも話せます」といった情愛に満ちた献身的な依存関係が患者の告白についての困難を乗り越えることを助ける。

結局、精神分析家への転移は告白を促進することに容易に役立つはずなのに、なぜかそれが事態をより困難にしてしまう。これがなぜなのかは明らかにされてない。

5.陽性転移と陰性転移

転移を二つに分けて考える必要がある。一つは情愛に満ちた感情の陽性転移、もう一つは敵意に満ちた感情の陰性転移。そして、陽性転移は更に友好的もしくは情愛に満ちていて意識にのぼりうる感情の転移と、そうした感情の無意識へと延長したものの転移とに分けられる。後者(無意識に延長した転移)は精神分析が必ず性愛的源泉へと遡る。

これらの発見から、同情、友情、信頼、またその類の人生に役立つすべての情緒的関係が発生的に性愛と結びついていて、意識的には非官能でも、純粋な性的な欲望から性目標を弱めることで発達してきたということが示される。

6.謎の答え

つまり、転移がなぜ抵抗として働くのかということの答えは、陰性転移もしくは抑圧された性愛衝動の陽性転移である限りにおいて、精神分析家への転移は治療に対する抵抗となりうる。意識化によって転移を「取り除く」場合、精神分析家という人物から情緒的な行為のこれらふたつの構成要素のみを引き離す。

残ったもうひとつの構成要素は意識にのぼってくる差し障りのないものであるが、それは存続し、精神分析の成功の担い手になる。その限りにおいて精神分析の成果が暗示に基づいていることを喜んで認める。

7.暗示について

ここで言う暗示とは、ある人において可能な転移現象という手段によってその当人に影響を与えること。私たちは暗示(転移による影響)を用いることで患者の最終的自立を引き受ける。目的は患者の心的状況の永続的改善を必然的に結果としてもたらすようなひとつの心的な仕事を彼に成し遂げさせるため。

8.続・転移について

(1)転移は精神分析のみ?

転移の抵抗は精神分析においてのみ見られるように思われているが、実際は施設などの無関心な治療の場でも表れている。ただ、それは転移として認識しないと見えてこない。

(2)転移の表れ方について

精神神経症の治癒可能な形のもの。陰性転移は情愛に満ちた転移と一緒に見出され、しばしば同じ人物に向けられる(ブロイラーの言葉を借りてフロイトはアンビバレンスと表現している)。このアンビバレンスはある程度までは正常であるが、高度のそれは神経症者に特有の特徴である。

強迫神経症の場合は対立する一対の早期の分離が欲動生活の特徴であり、体質的条件のひとつであるように思われる。

パラノイア患者の場合は転移の能力が本質的に陰性のものに限られてしまうと、影響を与えたり治癒させたりする可能性はなくなってしまう。

こうした論考をもってしても転移の一部しか扱っていない。別の角度から扱ってみる。頭に浮かんだことは批判することなく報告するようにという基本規則をどのように無視する自由があると患者が感じるか。精神分析治療を開始した時の意図を患者がどのように忘れるか、などなど。

こうしたことを観察している人はだれでも、今までに挙げられた要因以外の要因の中に自分の印象の説明を探し求めることが必要だと感じるだろう。そして、この説明もまた精神分析治療によって患者が置かれている心理的状況から生じるだろう。

9.まとめ

リビドーを探求し、無意識の話まで潜って来た。無意識の衝動は夢の研究から得られたいくつかに知見を露呈する。ちょうど、夢で起きることと同じように、患者は、無意識的な衝動の覚醒によってもたらされた産物を現在であり現実であるとみなす。

精神分析家は、これらの感情的衝動を治療との関連の中に、そして患者の生活史との関連の中に組み入れ、それらを知的な思考にゆだね、心的価値の見地から理解するように患者に強いる。この戦いは転移という現象のなかでのみ繰り広げられる。なぜなら、実在しない誰か、彫像になった誰かを打ち壊すことは誰にも出来ないからである。

B.転移の力動(1912)の解説

1.ポイント

転移は単なる過去の反復ではない。過去の満たされない欲求が現在の関係の中に立ち現れること。

2.転移の発見

「ヒステリー研究(1895)」におけるブロイヤーとアンナ・O嬢の催眠治療。彼らの関係は恋愛転移を中心にして織りなされている。アンナ・O嬢の転移性治癒の側面。

→アンナ・O嬢のその後。

「ヒステリー研究(1895)」についての要約は以下にあります。

「ヒステリー症例の分析の断片(1905)」におけるドラ症例。元々は「ヒステリー研究」で見いだされた理論を実際の症例で例証することが一つ目の目的。二つ目の目的は「夢解釈(1900)」の精神分析技法を実例を用いて紹介すること。そのいずれもがある程度の目的は達成されているが、それ以上にドラ症例の失敗からフロイトは転移を導き出したところにその功績がある。

当初、フロイトは転移は精神分析治療の進展を妨げるものとしてみていた。実際にそうした側面はある。→転移抵抗

それが、徐々に転移が単なる抵抗ではなく、無意識を探り出すためのツールであり、素材であるという認識に取って代わっていった。転移解釈の可能性。しかし、実際のフロイトの精神分析家実践を見てみると、転移解釈というのはほとんどなくいわゆる再構成の解釈ばかりであった。

3.転移の範囲

何をもって転移とするのかは学派によって非常に大きな差異がある。

J.サンドラー(1973)は以下のようにまとめている。

  • 治療同盟を含むもの(自我心理学)
  • 新たな形で幼児期の感情や態度が出現し、精神分析家という人物に向かうこと(古典的)
  • 「防衛の転移」と「外在化」を含むもの(A.フロイト)
  • 過去の再現であり、しかも患者が精神分析家との関係の中で表現することになる「不適切な」思考や態度、空想、情動の一切を含む(R.グリーンソン)
  • 精神分析家との関係のすべての側面を含む(クライン派)

自我心理学派では「転移の力動」におけるフロイトの理解をほぼ踏襲していると言っても良い。つまり、過去の個別的経験が何らか現在の関係に反映しているとする。クライン派では、もっと広く取り、すべての空想や幻想はすべて対象との関係の中でしか生起するものではなく、それはすべて転移としている。

4.再構成解釈から転移解釈

ジェームズ・ストレイチーは「精神分析の治療作用の本質(1934)」においてhere and nowの転移解釈こそが変容惹起解釈であるとした。患者の超自我の位置に精神分析家が置かれることにより、精神分析家が補助超自我となる。患者のエス衝動を解釈し、それを和らげる(解釈の第一相)。空想対象としての精神分析家から現実対象としての精神分析家へと変化させる(解釈の第二相)。

このストレイチーの変容惹起解釈は現在のほとんどの精神分析の学派に影響を与えている。

ちなみに、そのストレイチーの「精神分析の治療作用の本質(1934)」については以下に要約と解説が掲載されています。

5.転移解釈の段階

この違いは技法上の違いにもなる。自我心理学では過去、つまり無意識は徐々にあらわれてくるので、精神分析の初期には無意識や転移はあらわれないので、初期にはほぼ転移解釈はしない。出てくるのを待つ、というスタンス。初期は治療同盟を作るのに徹する。

クライン派では、すべての空想や幻想は転移であるので、精神分析家と患者が出会ったその時から転移は活発に動いているので、すぐさまに解釈する、というスタンス。

6.精神病に転移はあるか

「自伝的に記述されたパラノイア(妄想性痴呆)の一症例に関する精神分析的考察(1913)」においてフロイトは精神病の精神分析的な考察を試みた。要約すると同性愛願望に対する防衛やその破綻が精神病であるとしている。さらにフロイトは精神病を自己愛神経症と呼び、転移神経症と対比していた。つまり、自己愛=転移が生じない、という理解にもとづいており、精神分析はできないとしていた。フロイトにとって乳児は生まれた時には対象というものは存在せず、全てが満たされた一次ナルシシズムの状態なのである。

「自伝的に記述されたパラノイア(妄想性痴呆)の一症例に関する精神分析的考察(1913)」についての要約は以下のページにあります。

しかし、その後カール・アブラハムは「心的障害の精神分析に基づくリビドー発達史試論(1924)」で躁うつ病の精神分析に挑戦。メラニー・クラインは「エディプス葛藤の早期段階(1928)」で前エディプス期を想定。さらには、ビオンやローゼンフェルドの精神病論を皮切りに枚挙にいとまがないほど精神病に対する精神分析は試行錯誤されてきており、その中から重要な概念が算出されてきた。

Ex)

  • W.R.ビオン「考えることに関する理論(1962)」
  • ハーバート・ローゼンフェルド「精神病状態の精神病理への寄与-精神病患者の自我構造と対象関係での投影同一化-(1971)」

一方でD.W.ウィニコットは精神病は一次ナルシシズムの時期に急激で侵襲的な環境からの侵略による外傷が原因で発生するとし、その治療には転移解釈ではなくホールディングが必要であるとした。自我心理学の観点ではフェダーンなどによる精神病の精神分析が盛んにおこなわれていたが、クライン派のような精神分析を無修正で実施するのではなく、介護や共感、受容といったいわゆる一般的なケアを優先するものであった。

7.転移/逆転移

転移と逆転移は不可分のもので切り離して考えることができない。

→エナクトメント

C.さいごに

さらに精神分析について興味のある人は以下のページを参照してください。