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対象関係論に学ぶ心理療法入門-こころをつかった日常臨床のために-

祖父江典人(著)「対象関係論に学ぶ心理療法入門-こころをつかった日常臨床のために-」誠信書房 2015年を読んだ感想を書きます。

1.現代日本のカウンセリング事情

序章では現代の日本のカウンセリング実情について述べられています。アウトリーチや隔週カウンセリング、30分カウンセリング、無構造を余儀なくされるカウンセリング、デイケア、等、いわゆるカウンセリングが設定しにくい構造でカウンセリングをせねばならなくなってきています。さらにサイコロジカルマインドに乏しいクライエントさんも昔より多くなっているようです。

そのような現代日本のカウンセリング事情で最初からやっていかねばならない若いカウンセラーは意外と大変かもしれません。しかし、著者はそのようなカウンセリングの実情の中で嘆き悲しむよりも、どうすれば良いかを考える方が生産的であるとし、そこに対象関係論が役立つことを示唆しています。

2.カウンセリングに役立つ逆転移と投影同一化

カウンセリングにおける対象関係論の役立ち方の一つとして、著者は逆転移からのクライエントさん理解を挙げています。その為には教育分析や個人分析が必要と指摘しつつも、そこまで重視せず、なくてもやっていけるという主張のようにも書かれています。ここは賛否両論かもしれませんが、ただ、おそらくはスーパービジョンは必要ではあると思います。

逆転移の関係から投影同一化の説明をしており、排出としての投影同一化と、コミュニケーションとしての投影同一化があり、特に後者の投影同一化を念頭に置くことがカウンセリングに有用であるようです。

3.カウンセリングの中で扱う愛と憎しみ

愛と憎しみを見る複眼的視点の重要性を指摘しつつ、やや「愛」の方に比重を著者は置いているように思われます。憎しみの解釈をしても憎しみの上塗りになってしまうから、という理由でした。私は少なくとも憎しみを、特にカウンセラーへの憎しみは取り上げることが多いようです。なぜならそれを放置するとカウンセリング関係が破綻するからです。

著者がカウンセリングにおいて憎しみや攻撃性の解釈にやや重要性を置かない理由として、著者は日本文化というファクターを挙げています。欧米では歴史的に攻撃性を潜り抜けてきた文化的タフさがあるが、日本は和を尊ぶので、攻撃性の解釈に耐えることが困難とのことでした。確かにそうした側面はあるかもしれません。

自己の悲しみや弱さを通して他者の悲しみや弱さを理解する、という表現は心に染みるように思いました。

4.カウンセリングでのアセスメント

見立て・アセスメントにはハード面とソフト面があると著者は言います。

(1)アセスメントのハード面

前者はカウンセリングをする場所、カウンセラーの技量、年齢、性別、時間、料金、医学的診断、病態水準、性格類型、適応水準が含まれます。後者には臨床像、病歴、生育歴、夢、最早期記憶、生き様、家族、動機、利用可能性が含まれます。診断や病態水準、性格類型などもハードに含めているのは少し意外でしたが、概ね理解できます。

精神分析的心理療法における外的構造については以下のページをご覧ください。

(2)アセスメントのソフト面

ソフト面は色々とありますが、いわゆる心のストーリーを読み解くところに重点があるとのことでした。そこが対象関係論的なカウンセリングらしさかもしれません。著者は生育歴や病歴をかなり詳細に聞き取ることを推奨しています。

特に事実の列記だけではなく、そこにまつわる情動的情況を重視していました。私は以前にはカウンセリング導入前にはこうした詳細な聞き取りをしていましたが、最近は生育歴や病歴はそこまで詳細には聞かず、アセスメントでも自由に語ってもらうことにしています。

そして、著者は心のあり方を整理しなおしています。情動と思考の動き方として、喪失・愛情・怒り・自己愛を挙げています。別水準として象徴や置き換えの動きとして、自然な動き・抑圧系列・分裂投影系列を挙げています。この2水準(4*3=12)の組合せで心の動きを把握することが有用としています。

5.内的マネージメントとしての自我強化

パーソナリティ障害のカウンセリングにおいて著者は「内的マネージメントとしての自我強化」を挙げています。簡潔にまとめると内的な良い自己との繋がりを作るため、良い自己を積極的に解釈していく、ということになるでしょうか。このあたり、自我心理学的、独立学派的な印象を受けるところです。情動のスプリッティングを扱う前に、思考のスプリッティングを扱うことを推奨しています。ただ、多用するとカウンセリングが考え方の修正のみになるという皮相的な方向に向いてしまう危険があるかもしれません。

アセスメント面接の実際では、生育歴のどこを見て、それをどのように理解するのかを実際のカウンセリングのケースから記載しています。なるほど、と納得する部分が多かったように思います。

6.クライエントの真実に迫る

最後に著者は「本当のことを言う」ことについて論じています。誤魔化しや慰め、下手な共感ではなく、心の真実に触れていくこと。ここにカウンセリングの真髄があるように思えます。

著者のビオン理解によると、ビオンは攻撃性については、羨望から理解するよりも、乳房不在の痛みに対するフラストレーションとして理解しているとのことでした。その意味ではビオンはクライン派というよりも独立学派に近いように思えます。ビオンは何派にも属さないと言っていたようですが。

まとめると、本書ではかなり実際のカウンセリングの実感に近いところで、また通常臨床の延長線上で活用しやすい形で論じられており、精神分析や対象関係論にこれからとっかかっていく初学者には大変分かりやすいものではないかと思います。一方で、精神分析をガッツリとおこなう臨床家・分析家・カウンセラーにとってはものたりない内容になってしまうかもしれません。

本書の続編とでもいえる書籍がその後に発売されています。祖父江典人、細澤仁(編)「日常臨床に活かす精神分析-現場に生きる臨床家のために」誠信書房 2017年です。

こちらも参照されるとさらに理解が深まるかと思います。