カウンセリングで生々しい人間関係を読み解く

人間関係、悲喜こもごも

妙木浩之(著)「エディプス・コンプレックス論争」講談社選書メチエ 2002年を読みました。フロイトとその弟子を巡るエディプス葛藤とそれによる複雑な関係性について資料を基に読み解いています。時にはスキャンダラスなことも多々あったようです。

1.人間としての精神分析家

妙木先生のマニアックなまでに細かい情報がたくさん散りばめられた良書です。単にエディプスコンプレックスの専門的な知識を得るだけではなく、フロイトを中心として織り成された人間ドラマをうかがい知ることができます。

精神分析家は歪みも偏りもある一人の人間であり、そこには色々な欲望や葛藤を抱えており、それを元に精神分析の様々な理論を構築しています。これは精神分析が人間の学として臨床の学としてきわめて重要ななことであり、その創始者の人間性や性格がそのまま理論と合致していると言えます。

2.性を中心とした人間理論

だからといってその理論が個人的主観の産物であるとか、普遍性がないということではありません。反対に不思議と色々な事象を説明するのにとても有用であります。やはり人間の学というのは泥臭い日常や臨床の中から経験的に積み上げられるものだということかもしれません。

エディプスコンプレックスを初めとした精神分析の理論は賛否両論ありますが、性を考えるところからできています。そこには人間の根源的な心の動きが関係しているのです。それが現実世界・臨床世界に投影されているだけなのかもしれません。

3.二重関係を超えて

精神分析のトレーニングにはスーパービジョンの他に、教育分析や個人分析、訓練分析というものがあります。これは上級の精神分析家が訓練生に対して行うものです。上が下に、下が上となり、そのまた下に教育分析、訓練分析をしていきます。その連なりが今日の精神分析の形となっていいっています。さらに、当時は精神分析を受けていた一般の患者がそのまま精神分析家となることも稀ではなかったようです。治療としての精神分析がそのまま教育分析、訓練分析となっていたといえるでしょう。

今日ではカウンセリングや心理療法、精神分析は近親者や友人知人に対しては行わないようになっています。現在の言葉でいうと、二重関係、多重関係の禁止と言います。しかし、フロイトの時代はこの原則は明確になっておらず、自分の子どもを精神分析したりすることも中にはあったようです。フロイトは自分の娘であるアンナ・フロイトに精神分析をしていました。精神分析という営みを性関係に例えるとするならば、近親相姦的であったといえるかもしれません。

4.精神分析サークル内の葛藤

また、フロイトを中心としたグループの力動をみると、エディプスコンプレックス的葛藤が具象化している例が多いように思います。エディプスコンプレックスがあるのかないのか、理論的に精微化されているかどうかは別として、少なくともエディプスコンプレックスが現実の人間関係の中に息づいていることは確かなようです

本書は過去の精神分析家の名前を一通り知っており、なおかつ精神分析の理論がだいたい頭に入っている人が読むとフロイトとその関係者の関係性が見て取れ、大変面白いのではないかと思います。しかし、全くの初心者もしくは精神分析をあまり知らない人が読んでも、人物名が分からないので、面白さは半減するかもしれません。

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