カウンセラーの倫理と境界侵犯
カウンセラーによる境界侵犯や倫理違反は時折見かけられます。学会誌や学術誌などで倫理違反の処分が発表されることもありますし、事件となって報道によって知らされることもあります。
この記事ではカウンセラーによるクライエントに対する境界侵犯や倫理違反について書いていきます。
1.カウンセラーとクライエントとの性的接触の経験
少し古い調査研究になりますが、Pope,K,S.(1987)がカウンセラーとクライエントの性的接触の経験の有無を調べたことがあります。それによると、結果は以下の通りです。
項目 | 割合 |
---|---|
クライエントが服を脱ぐのを許す | 4.4% |
クライエントとエロチックな行動を行う | 2.6% |
かつてのクライエントと性的な接触をもつ | 11.1% |
クライエントと性的な接触をもつ | 1.9% |
この結果は米国のものですが、おそらく日本でも同様の数値が出るのではないかと推測します。この数値が高いとみるか低いと見るかは人にもよるでしょうが、50人カウンセラーがいたら、1人はクライエントと性的接触をもっているという計算です。
2.境界侵犯するカウンセラーの4つのタイプ
そして、Gabbard,G,O.らはカウンセラーがクライエントと不適切な関係をもつことを「境界侵犯」と定義しています。その境界侵犯をするカウンセラーを以下の4タイプに類型しています。
タイプ | 説明 |
---|---|
精神病性障害 | 病的万能感、躁病エピソード、妄想様症状など |
搾取的サイコパスと性倒錯 | 反社会的性格や自己愛パーソナリティ |
恋わずらい | 自己愛的な傷つきと不安定さ、満たされないプライベート、愛情に飢えている、その結果患者に恋をする |
マゾヒスティックな服従 | 患者の無茶な要求に従ううちにエスカレートし、境界侵犯に陥る |
この4タイプのいずれも多かれ少なかれ自己愛の問題が絡んでいると指摘しています。こうした境界侵犯を犯すカウンセラーは自己愛やパーソナリティの問題があるので、何度も繰り返します。そのため、カウンセラーに対する治療が必要であるし、時には資格剥奪などの処分も必要でしょう。
ただ、こうしたケースを単に特別なものであり、特殊な人が起こす、非常に稀なことであり、自分自身とは関係ない、と想定することが一番危険であると思います。自動車事故は自分には関係ない、と考える危険と同様かと思います。
3.逆転移と倫理
そうではなく、自分自身も条件やタイミングが重なれば境界侵犯に滑り落ちてしまうかもしれない、と注意しておくことが大事でしょう。なぜなら、臨床的には、クライエントに対して様々な思いをカウンセラーとして抱くことはあります。いわゆる逆転移です。
(1)モニタリングツールとしての逆転移
逆転移は個人的な問題については、自身が教育分析を受けたり、スーパービジョンを受けたりして、乗り越える必要があります。
そして、逆転移にはもう一つの側面があります。それはクライエントとの関係性をモニタリングするツールという側面です。逆転移で感知したことをアセスメントや対応に活用するということです。おそらく、そうした活用をするために我々は研鑽を積み、知識を得、訓練を繰り返すのでしょう。逆転移のなかにはもしかしたら恋愛感情的なものが含まれることもあるかもしれません。専門家であれば、それは理解のために利用します。
けっして、行動化して、カウンセラー自身の欲望成就に至ってはいけません。それをしてしまうのがギャバードの4タイプの人であると同時に、我々のような平均的なカウンセラーでもそうしてしまうリスクを常に抱えています。ですので、境界侵犯に滑り落ちたカウンセラーを非難するだけでは、この問題は解決しないでしょう。そうしたことを教訓にして、自身がどのように理解し、どのように訓練するのか、を考えることが専門家として求められます。つまり、自分自身の問題だと捉えなおすのです。
逆転移やその取扱い方についての詳細は以下に書いています。
(2)倫理の重要性と面白さ
私は以前に自主シンポではありますが、カウンセラーの心の中の非倫理的な逆転移の扱いについて発表したことがあります。非倫理的な逆転移を抑え込んで、なかったことにすることではなく、むろん行動化することでもなく、どのように治療に転換させていくのかを論じました。
倫理についてのセミナーは不人気であると聞き及んでいます。おそらく、「してはいけない」「やってはいけない」と断罪されたり、叱られたりするというイメージがあるのでしょう。また、「私には関係ない」という想定もあるのかもしれません。
しかし、倫理は非常に面白いと私は思っています。倫理を巡って、何を感じ、何を考え、どう行動するのか、に極めてリアリティある我々の心が見て取れるからです。また、倫理ほど臨床に活用できる概念は無いとも思っています。
4.まとめ
カウンセラーによる境界侵犯や倫理違反はクライエントの福祉に反するので、絶対的に行ってはいけないことです。そして、それらは特殊な人がするのではなく、平均的なカウンセラーでも時と状況によって境界侵犯や倫理違反に滑り落ちてしまうこともあります。だからこそ、自分自身には関係がない、とするのではなく、常日頃から点検し、振り返る必要があります。
カウンセラーが自らを振り返る作業はスーパービジョンや教育分析を通して行われます。(株)心理オフィスKでは臨床心理士や公認心理師といったカウンセラーだけではなく、広い意味での対人援助職の方々に対してスーパービジョンや教育分析を行っています。
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