寒い季節になると、「なんとなく気分が沈む」「やる気がでない」と感じる方が多いのではないでしょうか。1984年に精神科医のローゼンタールらが「冬季うつ病:Seasonal Affective Disorder(SAD)」という心の病があると報告しました。
冬季うつは、赤道近くの低緯度の地域ではほとんどなく、北欧などの高緯度の地域で多い病気です。日本でも、緯度の高い北海道や秋田県、青森県などに多いとされています。
この記事では、「冬季うつ」とは何か、原因や症状、治し方について解説します。気になる方は、ぜひ最後までお読みください。
目次
冬季うつとは
「冬季うつ」とは、一年のうち、秋の終わりから冬なると発症するうつ病です。「季節性感情障害」「季節性うつ病」「ウィンターブルー」とも呼ばれています。
10月くらいから冬にかけて、気分の落ち込み、意欲低下、過眠、過食などの症状が現れます。春から夏にかけて、これらの症状が軽快するのが特徴です。ただし、10月〜3月くらいまでというように、長い方では5〜6ヶ月くらい症状が続く場合もあります。
男性よりも女性に多く、特に20歳代の女性に多いのが特徴です。冬季うつ(季節性感情障害)と診断されるためには、直近の2年間で2回、季節と関連した抑うつ症状が出現している必要があります。冬季うつは、DSM-5の診断基準によると「反復性うつ病」に分類され、以下のような基準を満たす場合に「季節型」と診断されます。
- うつ病における抑うつエピソードの発症と1年のうちに特定の時期との間に規則的な時間的な関係がある(例:秋か冬における抑うつエピソードの規則的な発症)
- 完全寛解(または抑うつから躁または軽躁への転換)も1年のうち特定の時期に起こる(例:抑うつは春消失する)
- 最近2年間に、上記に定義される時間的な季節的関係を示す抑うつエピソードが2回起こっており、同じ期間内に非季節性エピソードが2回起こっていない
- 上述の季節性抑うつエピソードは、その人の生涯に生じたことのある非季節性抑うつエピソードの数を十分上回っている
上記に当てはまる場合でも、毎年冬に失業しているなど、季節に関連した心理社会的ストレス要因が明らかな場合は季節型には該当しません。
冬季うつの上位カテゴリーのうつ病については以下のページに詳細が書かれています。
よくある相談の例(モデルケース)
50歳代 女性
Aさんは長年専業主婦として家族を支えてきました。子どもたちはすでに独立し、夫は仕事中心の生活を送っており、Aさん自身は地域のボランティア活動や趣味の習い事などを通じて生活に張り合いを感じていました。しかし、毎年11月を過ぎた頃から気分が落ち込みやすくなり、12月から2月にかけては特に気力が出ず、人と会うのも億劫に感じるようになっていました。朝なかなか起き上がれず、甘いものを過食する傾向が強まり、体重も増加。理由もなく涙が出たり、家事をする気になれなかったりすることが続き、「怠けているだけ」と自分を責めていました。
20代の頃に一度、軽いうつ状態と診断され、その際は数ヶ月の通院と服薬で回復しました。それ以来大きな精神的問題はなかったものの、この冬になると繰り返す不調に不安を抱き、内科を受診。身体的な異常が見つからなかったことから、紹介を受けて心療内科を訪ねました。医師からは「季節性情動障害(冬季うつ)」の可能性があると伝えられ、抗うつ薬の処方とあわせて、カウンセリングを勧められました。
カウンセリングでは、まず冬季うつの特徴やメカニズムについての心理教育が行われ、日照不足による影響や生活リズムの乱れが症状に関与していることが説明されました。その上で、日中に外に出て光を浴びるよう促されたり、活動スケジュールを組み直したりといった行動的介入がなされました。また、自責的な思考の傾向や「頑張りすぎてしまう」性格が、症状の悪化に影響していることにも気づきを得ていきました。
数ヶ月にわたるカウンセリングを通じて、Aさんは「冬にはペースを落としてもよい」と自分に許可を出せるようになり、家の中でも光を取り入れる工夫をしたり、無理のない範囲で人とつながる時間を大切にしたりと、生活に小さな変化を取り入れました。翌年の冬には気分の落ち込みが軽減し、「また来る冬も、なんとかやっていけそう」という感覚を持てるようになったと語っています。
冬季うつの原因
冬季うつの主な原因は、冬に日照時間が短くなり、日照量が減少するために起こる以下の2つです。Aさんの場合、これらが原因であるかを確認するような検査などは行っていないため、原因については不明です。
- 脳内の神経伝達物質であるセロトニンの分泌が減少する
- ビタミンDが不足する
それぞれ、詳しく解説します。
(1)脳内の神経伝達物質であるセロトニンの分泌が減少する
セロトニンとは、脳内の神経伝達物質の一つです。「幸せホルモン」と呼ばれ、精神を安定させる働きがあります。さらにセロトニンには、喜び・快楽・意欲などに関連するドパミンと、恐怖・怒り・不安・集中力などに関連するノルアドレナリンをコントロールし、精神を安定させる働きがあります。
しかしセロトニンが不足してしまうと、ドパミンとノルアドレナリンのコントロールがうまくいかなくなり、うつや不安、疲労、イライラなどの症状がでやすくなるのです。
セロトニンの分泌には、日光などの強い光の刺激が必要です。日照時間や日照量が減少する冬になるとセロトニンの分泌に必要な光の刺激が得られなくなるため、セロトニンの分泌が減少し、うつ病になるというメカニズムです。
(2)ビタミンDの不足
ビタミンDは、カルシウムの代謝や骨の健康を保つのに必要不可欠なビタミンです。それ以外にも、セロトニンをはじめとした脳内の神経伝達物質の生成を助ける働きがあります。
ビタミンDは、皮膚に日光が当たると生成されます。簡単にいうと、日照時間や日照量が減ると体内のビタミンDが少なくなり、セロトニンなどの神経伝達物質の生成に影響を与え、セロトニンが不足し、うつ状態を引き起こすのです。
冬季うつとうつ病との違い
「冬季うつ」と「うつ病」の違いは、以下の2つです。
- 症状の違い
- 季節との関連性の有無
特に、睡眠や食欲に関する点で違いがあります。典型的なうつ病では、不眠の症状が現れます。これに対し、冬季うつでは、眠りすぎてしまう「過眠」の症状が出るのです。
食欲に関しては、典型的なうつ病では食欲が減退し、体重が減ってしまいますが、冬季うつでは反対に食欲が増し、体重が増えてしまうのです。
症状が季節と関連して現れるかどうか、という点でも異なります。典型的なうつ病では、季節とは無関係に起こりますが、冬季うつでは秋から冬に前述のような症状が現れ、うつ状態に陥るのが特徴です。
うつ病 | 冬季うつ | |
---|---|---|
睡眠 | 不眠 | 過眠 |
食欲 | 減退 | 増加 |
季節 | 関係ない | 関係する |
Aさんの場合、明確に冬の季節に体調を崩したり、抑うつ気分になったりしていたため、通常のうつ病とは違うと考えられます。
冬季うつの症状
冬季うつの症状は、典型的なうつ病の症状とは少し異なります。冬季うつの症状は以下の通りです。
- 気分の落ち込み
- 焦燥感
- 意欲減退
- 過眠
- 過食
- 体重増加
- 炭水化物渇望 など
過眠に加え、過食や炭水化物や甘いものを無性に食べたくなる「炭水化物渇望」があるのが特徴的です。
セロトニンの生成には、トリプトファン、ビタミンB6、糖質(炭水化物)が必要で、特に糖質は脳のエネルギー源でありトリプトファンを脳内に取り込むのに必要なものです。よって、脳内のセロトニンが不足すると糖質である炭水化物や甘いものを欲するようになります。
さらに気分の落ち込みや意欲低下の症状により、引きこもりになるケースもあります。
冬季うつの可能性があるか判断するために役立つ一つの指標をご紹介します。SPAQ(Seasonal Pattern Assessment Questionnaire)という質問票によると、以下の項目について季節変動が大きい場合は冬季うつの可能性が高くなるとされています。
- 睡眠時間(Sleep length)
- 人との付き合い(Social activity)
- 全体的な気分の良さ(Mood)
- 体重(Weight)
- 食欲(Appetite)
- 活動性(Energy level)
※引用:Raymond W. Lam 1998 (modified from Rosenthal, Bradt and Wehr 1987).より一部抜粋
すでに症状が出ている場合や、次の冬に向けて心配がある場合は心療内科・精神科を受診するか、カウンセラーに相談しましょう。
ちなみに、Aさんは気分の落ち込みや意欲減退など、ここで挙げている症状が出現していました。
冬季うつの治し方
ここからは冬季うつの治し方について、解説します。
(1)医学的な治療
冬季うつに対する医学的な治療は、大きく分けて2つあります。
- 高照度光療法
- 抗うつ薬などによる薬物治療
それぞれについて、解説します。
a.高照度光療法
冬季うつは、日照時間や日照量が減少することによるセロトニン分泌の減少とビタミンDの不足により起こりますので、光により脳に刺激を与える高照度光療法が効果的です。高照度光療法は、前年に冬季うつになった方の予防にも効果があるという報告もあります。
朝、5,000ルクス〜10,000ルクスの光を1日30分〜1時間程度浴びます。通常、医療機関で行われますが、自宅用の高照度治療器もありますので自宅でも実施可能です。
Aさんの場合には、この療法は実施しませんでした。
b.抗うつ薬などによる薬物療法
冬季うつは、うつ病です。ですから、まずは抗うつ薬などによる薬物療法が行われます。抗うつ薬などを服用して、うつ状態を改善します。
抗うつ薬だけでなく、双極性障害の場合は気分安定薬、不安が強い場合は抗不安薬など病状に合わせた薬を服用して治療を進めていくのです。
Aさんは抗うつ薬の処方をされました。ただ、それだけでは改善が見込めるかが分からなかったため、下記のカウンセリングも実施されました。
(2)カウンセリング
冬季うつには、カウンセリングも効果的です。カウンセリングでは、認知行動療法を活用して、うつに陥りやすい思考の癖にアプローチします。
認知行動療法は、物事や状況に対する捉え方の幅を広げて、不安や気分の落ち込みを緩和する心理療法です。
また、冬季うつにより引きこもりがちになっている場合には行動活性化療法も有効です。行動活性化療法では、日常生活の活動や活動時の気分・体調を評価できる活動記録表を記入してもらいます。
そして、カウンセラーと共に振り返り、活動と気分・体調の関連を見つめ直し、気分がよくなる行動や気分が落ち込む悪循環になる行動を特定し、少しずつ行動を変えることで気分や体調を回復させていきます。
Aさんの改善にはこのカウンセリングが有効だったと思われます。活動のスケジュールを見直したり、自責感といった認知をターゲットにして介入しました。
(3)セルフケアや予防法
冬季うつのセルフケアや予防法として効果的なものとして、以下の4つが挙げられます。Aさんはカウンセリングの中で学んだ以下のセルフケアを自身でも実行しました。こうしたことは改善のきっかけになったことでしょう。
- 日光浴をする
- 質のよい睡眠をとる
- 運動をする
- 適度な食事
a.日光浴をする
冬季うつの治療で行われる高照度光療法では、5,000ルクス以上で治療をすることがおおいですが、2,500ルクス以上の光でも脳に刺激を与える効果があると言われています。
晴れの日の屋外は10万ルクス、曇りや雨の日でも1万〜2万ルクスはありますので、どんな天候でも屋外に出て15分以上、光を浴びれば効果が期待できるでしょう。
外出が難しい場合は、毎日午前中は日の当たる窓辺に座ったり、ブライトライトなどの家庭用高照度治療器を購入して使ったりするのも効果的です。
b.質のよい睡眠をとる
うつ病は脳の病気です。うつ状態からの回復や冬季うつの予防には、脳を休ませる必要があります。このためには、質のよい睡眠は欠かせません。
質のよい睡眠を取るために、以下の点を気をつけるとよいでしょう。
- 室温・湿度は心地よさを感じるように調整する
- 就寝前は白い照明は避け明るさをやや弱める
- 寝床に入ってからのスマートフォン操作・ゲームなどは控える
- 就寝前はリラックスする
- 適度な運動を習慣にする
- 眠くなってから寝床に入り起床時間は遅らせない
- 激しいいびき・呼吸停止・手足のぴくつき・むずむず感がある場合は専門家(医師やカウンセラー)に相談する
- 就寝前3〜4時間以内のカフェイン摂取・飲酒・喫煙は控える
c.運動
冬季うつのセルフケア・予防法として効果的な方法として、運動が挙げられます。
運動は、脳の血流量を増加させ、脳の機能を活性化させる効果があります。特に有酸素運動やリズム運動は、セロトニンの分泌を増やすという報告もあるのです。
激しい運動をする必要はありません。運動強度としては、中等度くらいがうつを改善するにはよいとされています。軽いウォーキングや散歩を習慣にすると良いでしょう。
d.適度な食事
冬季うつに限らず、うつ病など心身に障害がきたすと食欲が低下したりします。また、食べても少しだけだったり、栄養が偏ったりすることもあります。しかし、だからといって、何も食べなかったり、偏った食事をしていると病気も治らなくなります。
ですので、簡単に食べれたり、咀嚼が少なくて済む柔らかいものを食べたりして、適度な栄養素を摂取することが必要です。
冬季うつのカウンセリングを受けたい
この記事では、「冬季うつ」とは何か、原因や症状、治し方について解説しました。冬季うつは、繰り返し起こります。うつ状態を何回も経験するのはとてもつらいものです。もし冬季うつの可能性があると感じた方は、まず医師やカウンセラーなどの専門家に相談しましょう。
当オフィスでは冬季うつだけではなく、うつ病全般の相談やカウンセリングを行っています。カウンセリングを受けてみたいという方は以下の申し込みフォームからご連絡ください。
うつ病についてのトピック
冬季うつについてのよくある質問
文献
この記事は以下の文献を参考にして執筆いたしました。
- 大野裕(監修)「マンガでわかる!うつの人が見ている世界」文響社 2023年
- 野村総一郎(著)「新版 入門 うつ病のことがよくわかる本」講談社 2018年
- 日本うつ病学会(著)「うつ病治療ガイドライン 第2版」医学書院 2017年
- ノーマン・E. ローゼンタール(著)「季節性うつ病」講談社 1992年
- 白川修一郎, 大川匡子, 内山眞, 小栗貢, 香坂雅子, 三島和夫, 井上寛, 亀井健二:日本人の季節による気分および行動の変化. 精神保健研究. 39:1993, pp.81〜93.
- Alan E. Stewart, Kathryn A. Roecklein, Susan Tanner, Michael G. Kimlin「Possible contributions of skin pigmentation and vitamin D in a polyfactorial model of seasonal affective disorder」Medical Hypotheses. Vol. 83, 5, November 2014, pp.517-525