ダブルバインドからの脱却:カウンセラーが語る心理学的アプローチ

ダブルバインド(二重拘束)という言葉を聞いたことがありますか。私たちはコミュニケーションを取る際、相手の言葉だけでなく、表情や身振り手振りを手がかりに会話を進めています。ほとんどの場合、言葉と表情は一致しています。しかし、親子関係や職場などでは、しばしば矛盾したメッセージを発する相手が存在します。こうした矛盾したメッセージは受け手を混乱させ、持続的なストレスを与えることになります。
本稿では、そのような状況からどのように抜け出すのかについて、心理学的アプローチの観点からお伝えします。
目次
ダブルバインドとは
ダブルバインドとは、言葉と態度など、複数のメッセージが互いに矛盾し、どちらに従っても否定されてしまう状況を指します。たとえば「自由にしていいよ」と言われたのに、実際に行動すると「それはダメ」と叱られるような場面です。表向きの言葉と、表情・声のトーン・行動から伝わる本音が一致しないため、受け手は「何が正しいのか」「どう動けばいいのか」が分からなくなり、強い混乱や自己否定感を抱きやすくなります。親子関係、恋愛、夫婦、職場など、力の差がある関係では特に起こりやすく、長期化すると不安、抑うつ、対人関係の過度な緊張が生じることもあります。ダブルバインドを理解することは、理不尽なやりとりに気づき、自分を守るための第一歩になります。
ダブルバインドを日本語に訳すと「二重拘束」という意味になります。文字通り、二重に相手を拘束してしまうという概念です。この言葉は、1950年代にアメリカの精神医学者グレゴリー・ベイトソンが提唱しました。
私たちはコミュニケーションを取るとき、一度に複数のメッセージを用いています。一つ目は言語的コミュニケーションであり、日常生活の中で自分の気持ちや考え、出来事などを言葉によって相手に伝える方法です。
二つ目は非言語的コミュニケーションです。これは、言葉以外の手段を使って感情や態度を伝える方法を指します。最も身近な例は表情でしょう。表情が豊かな人と会話をしていると、相手の気持ちが分かりやすいと感じた経験があると思います。それほど表情は、コミュニケーションにおいて言葉以上に相手に伝わりやすいメッセージなのです。さらに、ジェスチャーは言語的メッセージを補う重要なスキルです。ジェスチャーに近いものとして体の動きも挙げられます。例えば、イライラしている人が無意識に足先を動かしてしまうように、身体の動きから相手の気持ちを推し量ることができる場合があります。
多くの場合、言語的コミュニケーションと非言語的コミュニケーションは一致しています。しかし、まれにこれらが一致しないコミュニケーションを取る人が存在します。これがダブルバインドです。グレゴリー・ベイトソンは、このようなダブルバインドの状況で育った子どもが発達に影響を受ける可能性があると示唆しました。
また、家庭環境だけでなく、その他の人間関係においても、ダブルバインドの状況に居続けることは心身の健康に影響を与えるため、改善が必要であるとされています。
よくある相談の例(モデルケース)
20歳代 女性
Aさんは20代の女性です。幼い頃から母親に「あなたの好きにしていいよ」と言われながらも、実際に自分の希望を伝えると「それはダメ」「普通はこうする」と否定されることが多く、次第に自分の気持ちより親の顔色を優先して育ちました。就職後も、上司からは「分からないことは何でも聞いて」と言われる一方で、質問すると「そんなことも自分で考えられないのか」と叱責されることが重なり、出勤前に動悸や腹痛が出るようになりました。限界を感じて心療内科を受診し安定剤を処方されましたが、「自分が弱いからだ」という思い込みは変わらず、混乱と自己否定感が残りました。主治医からカウンセリングを勧められ、「このモヤモヤの正体を知りたい」と感じて当オフィスに相談されました。
カウンセリングではまず、家庭や職場などで実際に起きているやりとりを振り返りました。「自由にしていいと言われるのに、実際にそうすると怒られる」といったエピソードを一つひとつ丁寧に言語化し、言葉と態度が食い違うダブルバインドの構造を共に整理しました。同時に、「相手の本音を先回りして当てようとする」「不快なことがあるとまず自分を責める」といったAさんのクセにも目を向けました。
その過程でAさんは、「自分がダメだから混乱しているのではなく、受け取るメッセージ自体が矛盾している部分がある」と気づき始めました。そこで、自分を守るための境界線を一緒に考え、「すぐに答えず持ち帰る」「その言われ方だとどうしていいか分からなくなる」といった、相手との距離を少し調整する表現をロールプレイで練習しました。また、週の中で「誰の顔色も気にせずに過ごす時間」を意識的に設け、好きなことをして過ごした体験を振り返ることで、「自分が何を心地よいと感じるのか」を少しずつ取り戻していきました。
こうした取り組みを数年かけて続けるうちに、Aさんは職場で無理な要求を一人で抱え込まず、同僚や上司に相談できるようになりました。母親に対しても、即座に期待に合わせるのではなく、「私はこう考えている」と落ち着いて伝えられる場面が増えました。その結果、動悸や腹痛、睡眠の不調は徐々に軽くなり、「相手の機嫌次第で自分の価値が決まる」という感覚は弱まりました。
ダブルバインドの現れ方
(1)親子関係や子育て
ダブルバインドが生じやすい場面としては、親子関係が挙げられます。親が言葉では肯定的なメッセージを伝えていても、表情やその他の非言語メッセージがそれと矛盾していることは少なくありません。
たとえば、スーパーで親が子どもに「好きなお菓子を買っていいよ」と声をかけ、子どもが選んだ菓子を持ってくると、親が「それはダメ」と制することがあります。この場合、「好きなお菓子を買っていい」という言語メッセージとは裏腹に、「親が認めるものでなければ買ってはいけない」という非言語的なメッセージが同時に送られています。子どもにとっては、言われたとおりにしたはずなのに否定されるため、理解しにくさやモヤモヤした気持ちを抱きやすくなります。
また、進学先について親子で話し合う場面でも同様のことが起こりがちです。親が「あなたの人生だから、進路は好きに選んでいいよ」と言いながら、子どもが「高校へ進学せず働きたい」と伝えると、「それはダメ」と否定することがあります。ここでも、「自由に選んでいい」と言いつつ、「親が良いと考える進路でなければ認めない」という裏のメッセージが含まれており、子どもは混乱しやすくなります。
以上はごく一部の例ですが、一見すると子どもに自由を与えているように見える言動の裏側で、実際には親が子どもをコントロールし、子どもが親の期待に応えなければならない状況が生じています。
このように、子どもは次第に親の顔色をうかがいながら選択をせざるを得なくなります。ダブルバインドの状況が長期間続くと、子どもは主体性を失ったり、他人の反応を必要以上に気にするようになったりします。その結果、自分の考えで行動することが難しくなり、自己否定感が強まるなど、悪循環が生じやすくなります。
Aさんは幼い頃から母親の「好きにしていいよ」という言葉とは裏腹に、実際には否定される経験が続き、自分の気持ちより母親の機嫌を優先することが習慣化していました。
(2)恋愛関係
恋人との関係でも、ダブルバインドが生じることがあります。パートナーから矛盾するメッセージを受け取り、困惑した経験はありませんか。たとえば、「愛している」と口では言われているのに、行動ではその言葉とは反対の態度を示されるような場合です。
こうした状況が繰り返されると、相手は混乱し、どのように振る舞えばよいのか分からなくなっていきます。その結果、信頼関係が揺らぎ、次第に関係そのものが不安定になり、維持することが難しくなります。このように、ダブルバインドは恋愛関係においてもコミュニケーションの妨げとなり、深刻な影響を及ぼしかねません。
Aさんは恋人関係でも、相手の「自由にしていい」という言葉と不機嫌な態度が矛盾して見え、どう振る舞えばよいか分からなくなり、自分の気持ちを抑え込む傾向がありました。
(3)職場の人間関係
会社では、上司と部下の間でダブルバインドが起こりやすくなります。たとえば、上司から日頃「分からないことは聞くように」と指示されているにもかかわらず、実際に仕事で疑問点を尋ねると「それくらい自分で考えて」と突き放されることがあります。部下は指示に従って質問したにもかかわらず、否定されてしまうため混乱します。
また、仕事で失敗した際、状況の説明を求められたために丁寧に説明すると、「言い訳をするな」と叱責されることもあります。このように、両立しないメッセージが繰り返される環境は、部下に強いストレスを与えます。
さらに、上司とうまくコミュニケーションが取れないことで業務パフォーマンスが低下し、仕事へのモチベーションも下がっていきます。信頼関係が損なわれ、人間関係に悪影響が及びます。
職場で相談できる相手がいない場合、部下は孤独感を強め、抑うつや不安などの心理的問題へと発展する可能性も高まります。ダブルバインドの環境はストレスを生じさせやすく、心身に大きな悪影響を及ぼすことを覚えておいてください。
Aさんは職場で、上司の「質問していい」と「自分で考えろ」という相反する指示に混乱し、失敗への不安や自己否定感を強め、出勤前に体調不良が生じる状態になっていました。
ダブルバインドのかわし方と抜け出し方
(1)まずは気付く
ダブルバインドの環境に居続けると、どのメッセージを受け取ればよいのか分からなくなり、何を信じるべきか判断できなくなってしまいます。また、時間が経ってから相反する言葉を投げかけてくる場合にも注意が必要です。冷たい言葉をかけてきたと思えば、しばらくして甘い言葉を向けてくるなど、受け手を混乱させる言動はダブルバインドの可能性を高めます。
このように言動が二転三転する相手とコミュニケーションを取り続けると、疲労感を覚えやすくなります。その結果、ストレスが蓄積し、自分自身の心身の変化に気づくことが重要になります。たとえば、食欲不振、職場に行くことがつらい、その相手に会うことが負担になるなど、さまざまな心のサインに目を向けてください。
また、ダブルバインドの環境下では相手との関係を安定的に築くことが難しくなるため、その人といると混乱しやすく、不安を抱きやすいと感じることもあります。
ダブルバインドから抜け出すためには、自分自身の心身の状態に注意を向けると同時に、相手の言動にも意識を向けることが重要です。どのようなコミュニケーションが行われているのか、関係性を振り返ることも必要でしょう。そこから矛盾点に気づくことができれば、ダブルバインドから抜け出すための第一歩となります。
Aさんはカウンセリングの中で、自分が受け取っていたメッセージそのものが矛盾していたことに気づき、「自分が悪いのではない」という視点を持てるようになりました。
(2)距離をとる・巻き込まれない
ダブルバインドの状況で混乱する人は多くいます。あなた一人だけがそのような感情を抱くわけではなく、職場でも同じような思いを抱えている同僚が多数存在します。そのため、ダブルバインドの環境からは距離を取る必要があります。また、巻き込まれないことが重要です。自分の心身の健康を優先し、相手と距離を置くことで状況が改善することがあります。しかし、どうしても関わらざるを得ない場合もあります。そのようなときは、以下の点を大切にしてください。
第一に、混乱や不安を抱いている自分の感情を評価せず、まず受け入れることが必要です。
第二に、ダブルバインドに巻き込まれると冷静な判断力を失いやすくなるため、冷静さを取り戻せる距離を一時的にでも取ることが大切です。一度落ち着いてから、今後どうしていきたいのかを考える時間を持ちましょう。
第三に、相手の矛盾した言動に振り回されても、自分自身を蔑ろにせず、自己肯定感を下げないことが重要です。相手に振り回され続けると、冷静な判断が難しくなり、自己肯定感が下がりやすくなってしまいます。そのため、自分が最も大切にしたいことを見つめ、相手との間に境界線を引き、自分の軸をつくっていくことが有効です。そうすることで、相手の矛盾ある言動に振り回されにくくなります。
Aさんは混乱する場面で即答せず、「少し考えます」と距離をおく工夫を覚え、相手の感情に巻き込まれすぎない関わり方を身につけていきました。
(3)相談する
ダブルバインドの環境で過ごしている場合、特に第三者へ相談することが非常に大切です。相談相手として、まず家族や友人など身近な人が思い浮かぶでしょう。信頼できる相手に自分の経験を話し、共感してもらえることで、つらい気持ちが和らぎやすくなります。また、ダブルバインドに苦しむ他の人たちと出会える場に参加することも、有効な方法の一つです。共通の体験を共有することで理解が得られやすく、カタルシス(心の浄化)効果が期待できます。
さらに、インターネット上にもダブルバインドに関する情報が多く存在します。ただし、心の専門家など資格を持つ発信者かどうか、信頼できる情報源かどうかを慎重に確認してください。
Aさんは、信頼できる友人や医療者に状況を話すことで、自分だけが悩んでいるのではないと理解し、心理的負担が軽減されました。
(4)カウンセリングを受ける
家族や友人に相談しても解決が難しい場合には、専門家に相談することをおすすめします。地域によっては無料相談センターもありますので、地元の相談窓口を気軽に利用してみてください。
また、カウンセラー、公認心理師、臨床心理士といった心の専門家に相談すると、より的確な助言を受けることができます。カウンセリングは、ダブルバインドの渦中で低下してしまった自己肯定感を回復するためにも有効な方法です。
カウンセリングでは、ダブルバインドによって引き起こされた感情の混乱や心の問題について丁寧に話し合いながら、不調の原因を追究し解決を目指します。さらに、ダブルバインドで頻繁にみられる「心の境界の曖昧さ」についても取り組みます。曖昧になった自己と他者との境界を再構築し、自分を守りつつ他者と健全に関わる方法を模索します。それと並行して、ダブルバインドの問題を具体的に解決していくための方策を段階的に検討していきます。
Aさんは継続的なカウンセリングを通して、ダブルバインドの構造を整理し、自分の気持ちを大切にしながら境界線を引く力を育て、心身の不調が徐々に改善していきました。
ダブルバインドについてのよくある質問
ダブルバインドとは、言葉や表情、態度などから届く二つ以上のメッセージが互いに矛盾していて、どちらに従っても怒られたり否定されたりしてしまう状態を指します。表向きには「自由にしていいよ」「なんでも相談して」と言いながら、実際にそうすると「それはダメ」「そんなことも自分で決められないの」と叱られるような場面が典型例です。受け取る側は、何を基準に行動したらよいのか分からなくなり、「どうしても正解にたどり着けないゲーム」をさせられているような感覚になります。その結果、強いストレスや不安感、自分への信頼感の低下が起こりやすくなり、長期化すると抑うつ的になったり、相手の顔色ばかりうかがってしまうようになることもあります。また、ダブルバインドは一度きりの出来事というより、同じような矛盾したやりとりが何度も繰り返されることが特徴です。親子関係、恋人・夫婦関係、職場の上司と部下など、力の差や依存関係がある場面では、言い出しづらさも重なり、より深刻な影響が生じやすいと考えられています。もともとはアメリカの精神科医グレゴリー・ベイトソンが、家族の中で統合失調症の人がどのようなコミュニケーションにさらされているかを研究する中で提唱した概念です。その後、家族だけでなく、学校や職場、恋愛など、さまざまな人間関係で見られる現象として理解されるようになりました。日本語では「二重拘束」と訳されますが、「二重に縛られ、どちらを選んでも身動きがとれない状態」とイメージすると分かりやすいでしょう。相手を追い詰める意図がなくとも、結果的にダブルバインドになってしまうこともあるため、「自分の言葉と態度が一貫しているか」「本音と建前があまりにかけ離れていないか」を振り返ることが大切です。ダブルバインドを理解することは、自分が無意識のうちに誰かを追い詰めていないか気づく助けにもなりますし、自分自身が理不尽なコミュニケーションにさらされているときに、「自分が悪いのではなく、メッセージのほうに問題がある」と気づく手がかりにもなります。
ダブルバインドの具体例として、まず親子関係でよくみられるものがあります。たとえば親が子どもに対して「あなたの好きな高校を選んでいいよ」と言いながら、子どもが専門学校や就職など別の道を選ぼうとすると、「そんな進路は認めない」「普通は高校に行くものだ」と強く否定するような場合です。表面的なメッセージは「自由に選んでよい」なのに、実際のメッセージは「親がよいと考える選択以外は認めない」となっており、子どもは混乱します。恋人関係でも、「自分の時間を大事にしていいよ」と言われたのに、友人と出かけると不機嫌になり責められる、ということがあります。また、職場では上司から「分からないことがあれば何でもすぐに聞いて」と言われたのに、実際に質問すると「そんなことも自分で考えられないのか」と叱責されるケースが典型的です。どの例にも共通しているのは、表向きの言葉と、表情や声のトーン、その後の行動から伝わるメッセージが一致していないという点です。「好きにしていい」と言いつつ、実際には相手をコントロールしようとする意図が働いていることも少なくありません。さらに、皮肉や冗談の形をとったダブルバインドもあります。「そんなこと気にしていないよ」と言いながら、明らかに不機嫌な態度を取り続ける場合、受け取る側は言葉を信じるべきか、態度を信じるべきか迷ってしまいます。このような矛盾したメッセージが一度だけでなく、日常的に繰り返されると、相手は次第に「どう振る舞っても責められる」という感覚を強めていきます。すると、自分の気持ちよりも相手の機嫌を優先して行動するようになり、自己肯定感が下がったり、人間関係そのものが怖く感じられるようになることもあります。ダブルバインドの具体例を知っておくことは、「自分がワガママなのではなく、メッセージ自体が矛盾しているからつらいのだ」と理解する助けになります。身近な場面を思い浮かべながら、「言葉」と「態度」や「結果として起きていること」が食い違っていないか振り返ってみることが、気づきの第一歩になります。
ダブルバインドが起こりやすいのは、立場や力の差があり、一方が他方に心理的・経済的に依存している関係です。典型的には、親と子ども、教師と生徒、上司と部下、医療者と患者、カウンセラーとクライエント、恋人・配偶者同士などが挙げられます。とくに親子関係では、「あなたのためを思って言っている」「自由にしなさい」といった建前と、実際には親の価値観や不安に子どもを合わせようとする本音との間で矛盾が生じやすくなります。子どもは親との関係に生存レベルで依存しているため、親の期待を裏切らないように行動しつつ、自分らしさも守りたいという板挟みにおちいりやすいのです。職場では、評価権限を持つ上司と部下の関係で起こりやすく、「挑戦しろ」「失敗するな」「何でも相談しろ」「自分で判断しろ」といった相反するメッセージが日常的に飛び交うことがあります。恋愛や夫婦関係のように、精神的なつながりが強い場面でもダブルバインドは生じやすくなります。「あなたのしたいようにして」と言いながら、実際には連絡の頻度や交友関係を細かくチェックしたり、「そんなことしてほしくない」と責める場合、相手はどちらに従えばよいか分からなくなります。また、文化や職場風土として「本音と建前」が使い分けられる場面が多いと、ダブルバインド的なコミュニケーションが半ば当たり前のように続いてしまうこともあります。医療や福祉の現場では、「遠慮なく何でも話してください」と言いながら、忙しさから十分に話を聞けない状況が続くと、クライエントや患者さんは「迷惑をかけてはいけない」と感じ、本音をしまい込んでしまうことがあります。こうした場面では、言葉と態度をそろえようと意識的に心がけることが、ダブルバインドを減らすうえで重要です。ダブルバインドが起こりやすい関係の特徴として、「相手の評価に左右されやすい」「相手を失うことが怖くて、言い返したり距離を取りにくい」という点も挙げられます。どんな関係でストレスを感じているのかを振り返り、「このしんどさは自分の性格だけでなく、コミュニケーションの構造にも原因があるのでは」と考えてみることが心を守る第一歩になります。
ダブルバインドの状態が続くと、心身にはさまざまな影響が現れます。まず心理面では、「どう行動しても責められる」「自分はいつも間違ってしまう」という感覚が強まり、自信や自己肯定感が低下しやすくなります。相手の本音を必死に読み取ろうとするあまり、自分の気持ちや欲求を後回しにし、「相手の顔色ばかりうかがってしまう」「自分の本当の気持ちが分からない」といった状態に陥ることもあります。また、常に緊張しているため、ちょっとしたことでも「また怒られるのではないか」と不安になり、人間関係そのものが怖く感じられるようになる人も少なくありません。身体面への影響としては、頭痛や肩こり、胃の不調、食欲不振や過食、眠れない・眠りすぎてしまうといった睡眠のトラブルなど、ストレス反応としてよくみられる症状が出てくることがあります。朝になると職場や学校に行くのがつらく感じられたり、ダブルバインドを起こす相手に会う日の前後だけ体調が悪くなる、といった形で現れることもあります。こうした症状が長期化すると、抑うつ状態や不安障害などの精神的な不調につながる可能性もあります。もともと精神疾患がある人にとっては、症状の悪化要因となることもあるため注意が必要です。ダブルバインドが厄介なのは、「自分が悪いから怒られているだけだ」「もっと頑張ればうまくやれるはずだ」と、問題の原因をすべて自分の内側に引き受けてしまいやすい点です。そのため、限界まで我慢し続けてしまい、気づいたときには心身のエネルギーがすり減って動けなくなっていることもあります。また、矛盾したメッセージに慣れてしまうと、別の人間関係でも同じようなパターンを繰り返してしまうことがあります。「相手は怒っていないだろうか」「本当はどう思っているのだろう」と過度に気にして疲れ切ってしまうのです。ダブルバインドの影響に気づいたときには、「自分が弱いからではなく、コミュニケーションの構造に問題がある」と視点を変えることが大切です。必要に応じて、信頼できる人や専門家に相談し、心身のサインを軽視しないようにしましょう。
ダブルバインドから抜け出すための第一歩は、「自分が受け取っているメッセージが矛盾している」と気づくことです。多くの人は、相手の言葉と態度が合わないとき、「自分の受け取り方がおかしいのでは」「自分がもっと頑張ればうまくいくはずだ」と自分を責めてしまいます。しかし、言葉と表情、行動、結果として起きていることを丁寧に振り返ってみると、そもそも土台となるメッセージが両立しない形で出されていることに気づく場合があります。「自由にしていいと言いながら、実際には親や上司の望む通りにしないと否定される」「相談してと言われるのに、相談すると疎まれる」といった具体的なパターンを書き出してみると、構造が見えやすくなります。次のステップとして、自分の境界線と大切にしたい価値観を意識することが重要です。相手の機嫌を取るためではなく、「自分はどうしたいのか」「どのラインを超えられるとつらいのか」を言葉にしてみましょう。可能であれば、「その言い方だと、どうしていいか分からなくなってしまう」といった形で、矛盾したメッセージについて相手と話し合うことも選択肢の一つです。ただし、相手が変わることを強制することはできないため、話し合いが難しい場合には、物理的・心理的な距離をとることも自分を守る大切な方法です。連絡頻度を少し減らしたり、一人になれる時間や場所を確保するだけでも、混乱した状態から一歩引いて状況を整理しやすくなります。長くダブルバインドの環境にいた人ほど、「自分の感じ方は間違っているのでは」と自分の感情を疑いやすくなっています。まずは「混乱している」「不安だ」「しんどい」と感じている自分を責めず、そのまま認めることが回復の土台になります。信頼できる家族や友人に気持ちを打ち明けたり、カウンセラーや公認心理師、臨床心理士などの専門家に相談して第三者の視点を借りることも有効です。一緒にパターンを整理し、「どこまで関わるか」「どこから距離をとるか」という境界線を少しずつ整えていくことで、ダブルバインドから少しずつ自由になっていくことが期待できます。
ダブルバインドなコミュニケーションが繰り返される家庭で育つと、子どもはさまざまな影響を受けます。親から「あなたの好きにしていいよ」と言われてもうれしそうな顔をしていなかったり、実際に選んだときに否定される経験が重なると、「親の本当の望みは何か」「どの答えなら怒られないか」を常に推測しながら行動するようになります。その結果、自分の気持ちよりも親の期待を優先することが当たり前になり、「自分は何が好きなのか」「本当はどう感じているのか」が分からなくなってしまうことがあります。また、「どう行動しても結局怒られる」という感覚が染みつくと、「自分はダメな人間だ」「どうせうまくいかない」といった否定的な自己イメージを抱きやすくなります。親子関係は、子どもにとって最初の人間関係のモデルです。そのため、ダブルバインドが多い家庭で育つと、成長してからも、恋人や友人、職場の上司などとの関係で似たようなパターンを繰り返してしまうことがあります。たとえば、相手のちょっとした表情の変化に敏感になりすぎて、「怒らせてしまったのでは」と不安になったり、相手の本音を探ろうとして自分の気持ちを後回しにしてしまう、といった形で現れることがあります。また、「自分の欲求をそのまま出すと否定される」という学習から、頼みごとや「嫌だ」という気持ちを表現することが極端に苦手になる人もいます。一方で、子どもは適応能力が高いため、「親を怒らせないための処世術」として、相手の顔色をうかがう力や空気を読む力を身につけていくこともあります。それ自体は場面によって役に立つ能力ですが、自分の心身の限界を超えてまで相手に合わせてしまうと、成人後に燃え尽きや体調不良、人間関係の疲れとして表面化しやすくなります。ダブルバインドな親のもとで育った人が、自分を責めることなく過去の体験を振り返り、「あのときの混乱やつらさには理由があったのだ」と理解し直すことは、大切な回復プロセスです。必要に応じてカウンセリングなどの専門的なサポートを利用し、少しずつ「自分が本当に大切にしたいこと」を中心にした生き方へシフトしていくことが役立ちます。
職場のダブルバインドは、上司や先輩などから矛盾した指示やメッセージが繰り返し出されることで、部下がどう行動しても責められてしまうような状態を指します。たとえば「分からないことは何でも聞いて」と言われたのに、実際に質問すると「そんなことも自分で考えられないのか」と叱責される、「自主性を発揮しろ」と言われて判断すると「勝手なことをするな」と怒られる、といった場面が典型例です。パワーハラスメントは、法律や厚生労働省のガイドラインで定義されている概念で、優越的な立場を背景に、業務上必要かつ相当な範囲を超えて、精神的・身体的な苦痛を与えたり、職場環境を悪化させたりする行為を指します。ダブルバインドが繰り返され、その結果として強いストレスや健康被害が生じている場合、パワハラに該当することもあります。両者の違いを大まかに言えば、ダブルバインドは「コミュニケーションの構造やパターン」に焦点を当てた概念であり、パワハラは「職場での加害行為」を法的・社会的にどう扱うかを示した枠組みだと考えると分かりやすいでしょう。ダブルバインドを行っている側に、必ずしもいじめや攻撃の自覚がない場合もありますが、受け手が強いストレスを感じて心身の不調が出ているなら、それは十分に問題のある状態です。「怒鳴られたり殴られたりしていないからパワハラではない」「自分が弱いだけだ」と決めつけてしまうと、必要な助けを求めるタイミングを逃してしまいます。職場でダブルバインドが続き、相談しても状況が改善しない場合には、人事部門や外部の相談窓口、産業医などに状況を説明し、第三者の目から見てどうなのかを確認してもらうことも一つの方法です。また、上司自身も組織から矛盾した指示を受けているなど、構造的なダブルバインドが背景にある場合もあります。そのようなときには、一人で我慢するだけでなく、信頼できる同僚や家族、カウンセラーなどに相談し、自分の心身を守るためにどのような選択肢があるかを一緒に検討していくことが大切です。
恋人や夫婦関係では、感情的な結びつきが強い分、ダブルバインドの影響も深くなりがちです。たとえば、「あなたの好きなようにしていいよ」「友だちとも自由に会ってね」と言いながら、実際に予定を入れると不機嫌になったり、「本当は僕(私)といたくないの?」と責められるような場合です。言葉のメッセージは「自由を尊重する」となっているのに、態度や行動からは「自分の望む通りにしてほしい」という別のメッセージが伝わってきます。また、「悩みがあったら何でも話して」と言うのに、いざ本音を話すと「そんなことで落ち込むなんておかしい」「重い話は聞きたくない」と突き放されることも、ダブルバインドの一例です。受け取る側は「どうすれば愛され続けるのか」が分からなくなり、相手の機嫌を損ねないように自分の気持ちを押し殺してしまうことがあります。恋愛関係では、「別れたくない」「嫌われたくない」という不安が強く働くため、矛盾したメッセージに気づいても、「自分がわがままなのかもしれない」と感じて我慢してしまう人も少なくありません。その結果、「相手に合わせること=愛情を保つこと」だと誤解し、自分の希望や不満をほとんど口にできなくなることがあります。長期的には、「自分が何を望んでいるか分からない」「相手の顔色を見ないと安心できない」といった状態に陥り、関係は続いていても心の中では孤独感が強まっていきます。さらに、どれだけ努力しても相手の基準にかなわない感覚が積み重なると、「自分には愛される価値がない」という誤った信念を抱え込んでしまうこともあります。このようなダブルバインドに気づいたときには、「自分の感じ方がおかしいのではなく、メッセージのほうが矛盾しているのかもしれない」と考えてみることが大切です。そのうえで、「自由にしていいと言われる一方で責められるとつらい」といった形で、自分の気持ちを落ち着いて伝えることも一つの方法です。話し合いが難しい、あるいは暴力や強いモラルハラスメントを伴う場合には、安全を第一に考え、家族や友人、相談窓口、カウンセラーなどに早めに相談することをおすすめします。
ダブルバインドは、もともとアメリカの精神科医グレゴリー・ベイトソンらが、統合失調症の人と家族とのコミュニケーションを研究する中で提唱した概念です。当時は、「子どもが長期間ダブルバインドにさらされると統合失調症が生じるのではないか」という仮説も語られました。しかし現在の精神医学では、統合失調症は遺伝的な要因、脳の働き、ストレスなど多くの要因が複雑に関わって生じると考えられており、「ダブルバインドだけが原因で病気になる」と捉えることはありません。ただ、家族や周囲から矛盾したメッセージを繰り返し受け取ることが、病気の経過を悪化させたり、不安や混乱を強めたりする可能性がある点は、今でも重要な視点だといえます。ダブルバインドのようなコミュニケーションパターンは、統合失調症に限らず、うつ病や不安障害、適応障害など、さまざまな心理的な不調を抱える人にとって負担となり得ます。たとえば、「休んでいいよ」と言いながら、「でも周りに迷惑をかけているよね」と暗に責めるような言い方をされると、休養することにも罪悪感が伴い、本来必要な回復の時間を取りにくくなります。また、もともと自尊感情が低い人や、対人関係で傷つきやすい背景をもつ人にとっては、「相手の言うことがコロコロ変わる」「どれだけ頑張っても認められない」といった経験が、過去の傷を呼び起こし、症状の再燃につながることもあります。一方で、ダブルバインドがあるからといって必ず精神疾患になるわけではありませんし、逆に精神疾患がある人の家族が必ずダブルバインドをしているというわけでもありません。大切なのは、「誰かが一方的に悪い」と決めつけることではなく、どのようなコミュニケーションが本人にとって負担になっているのかを一緒に振り返る視点です。家族や周囲の人が、できるだけ言葉と態度をそろえ、安心して気持ちを表現できる関係をつくることは、病気の有無にかかわらず、心の回復に役立ちます。こうした関係づくりが難しいと感じるときには、家族療法やカウンセリングなど専門的な支援を利用しながら、少しずつコミュニケーションのパターンを見直していくことが選択肢となります。
ダブルバインドの影響で混乱やストレスを抱えているとき、カウンセリングは有効な選択肢の一つです。ダブルバインドのつらさは、外から見ると分かりにくく、「そんなことで悩んでいるの?」「気にしすぎでは?」と軽く扱われてしまうことも少なくありません。そのため、当事者は「自分がおかしいのでは」「こんなことで相談してはいけないのでは」と感じ、誰にも打ち明けられないまま我慢し続けてしまいがちです。カウンセリングの場では、安心して話せる第三者と一緒に、自分がどのようなメッセージを受け取り、どんな気持ちになっているのかを丁寧に言葉にしていきます。専門家は、言葉と態度の矛盾や、繰り返されるコミュニケーションのパターンを整理し、「あなたが悪いのではなく、関係性の構造がつらさを生んでいる部分もある」という視点を提供してくれます。また、カウンセリングでは、ダブルバインドに巻き込まれやすくなってしまった背景(幼少期の体験やこれまでの人間関係など)を振り返りつつ、「相手の顔色ばかり見てしまう」「本音を言うと見捨てられそうで怖い」といった自分のパターンにも少しずつ気づいていきます。そのうえで、「どこまでなら相手の要望を受け入れるか」「どこから先は自分を守るためにノーと言うか」といった境界線を一緒に考え、現実的な対処の仕方を整えていきます。必要に応じて、職場や家族との具体的なやりとりを想定しながら、どのような言葉を選ぶとよいか、誰にどこまで相談するかといった実践的な相談も行います。すでに心身の不調(眠れない、食欲がない、職場や学校に行くのがつらい、人に会うのが怖いなど)が出ている場合には、医療機関と連携しながら進めていくこともあります。「こんなことを話してよいのか」と迷う内容こそ、カウンセリングで扱う価値のあるテーマです。一人で抱え込むのではなく、専門家と一緒に状況を整理し、自分のペースで選択肢を広げていくことで、ダブルバインドの渦中にあっても少しずつ呼吸がしやすくなっていきます。ダブルバインドに関する悩みを抱えている方は、身近な相談機関やカウンセリング機関への相談を検討してみてください。
カウンセリングを受けたい
継続的にダブルバインドの環境に身を置くことは、対人関係の問題だけでなく心身にも大きな影響を及ぼします。家族や友人など身近な人への相談、あるいはカウンセラーへの相談をぜひ検討してください。カウンセリングでは、個々の状況に合った方法で問題解決を支援します。一人で抱え込まず、適切な助言を受けながら、ダブルバインドから脱却していきましょう。
ダブルバインドは、日常の中で気づかないうちに心をすり減らし、混乱や自己否定感を生み出すことがあります。しかし、そのつらさを一人だけで抱え続ける必要はありません。あなたが感じてきた戸惑いや不安には、必ず理由があり、丁寧に向き合うことで軽くしていくことができます。
もし今、心の負担が続いていると感じるのであれば、専門家とともに安心して話せる場を持ってみてください。カウンセリングでは、あなたのペースを尊重しながら、状況の整理や心の回復を丁寧に支えていきます。
「もう少し楽になりたい」「自分の気持ちを整理したい」と感じているなら、どうぞカウンセリングをお申し込みください。あなたが本来の力を取り戻し、より健やかな日常へ向かっていくためのお手伝いができれば幸いです。
