逆転移が引き起こすトラブル:注意すべきポイントをわかりやすく解説
皆さんは、カウンセリングなど専門家として、話を聞いたり対人援助をする機会が多いかと思います。その際に、クライエントから心無い言葉を言われたり、感情をぶつけられたことはありませんか?その言葉に、落ち込んだり、時には怒りの感情が沸き上がった体験はありませんか?
そういった時に、逆転移という言葉と概念を知っておくことで自分の心理面接を振り返り、適切に自分の感情と向き合うことが出来、良いカウンセリングにつなぐことが出来ると言えます。
目次
1.逆転移とは?精神分析の概念を理解しよう
(1)逆転移とは何か?精神分析における定義と意味
逆転移を説明する前に、転移について説明をしたいと思います。転移は、心理学や臨床心理学の用語のひとつで、特にオーストリアの心理学者・精神科医である、ジークムント・フロイトが提唱した精神分析理論に関連しています。転移は、クライエントが過去の経験や感情、人間関係といったものをカウンセラーに対して投影することをいいます。カウンセリング関係が進んでいくとクライエントはカウンセラーに対して、親や兄弟などと重ね合わせ、同じような感情や態度を持つ傾向があります。転移は、カウンセリングの過程であり心理面接の中で良く見られる状況です。
一方で、逆転移とは、カウンセラーがクライエントに対して、自分の過去の関係者を重ね合わせて、無意識に個人的な感情を抱くことを言います。逆転移もカウンセリング過程の上でよく見られる状況ではあり、ジークムント・フロイトは逆転移のことをカウンセリングの妨げになると否定していましたが、現在では逆転移の有効性についても議論されています。大切なことは、カウンセラー側の自己管理です。
精神分析についての概要は以下のページをご覧ください。
(2)逆転移の起こりやすい状況とは?カウンセラーが知るべきポイント
a)カウンセリング関係が進んでいった時
カウンセリングや心理療法が進んでいくと、クライエントとカウンセラーとのラポールが形成され、親密度も上がっていきます。
そうなると、カウンセラーはクライエントの深層心理に深く入り込むことが多くなり、クライエントだけでなく、カウンセラーも同様に特別な関心や情緒的な結びつきを感じるようになります。
そうなったときに、相手からの言葉や仕草が自分の過去の経験や感情に重なり、逆転移が起こりやすくなります。
b)クライエントがカウンセラーと似た境遇だった場合
例えば、自分がDVの被害者で、DV被害者のカウンセリングをしたことを想像してみてください。カウンセラーは、DV被害者の話を聞いているうえで、自分の経験してきたDVのことを思い出し、特別な感情が沸きあがるかもしれません。
特に、トラウマになるような経験は、感情を生起しやすく逆転移が起こりやすいと言えます。
c)カウンセラーが心理的に疲弊している時
カウンセラーも人間である為、日によって気分も変わりますし体調も変わります。気分が落ち込んでいるときに、聞いてて耳が痛くなる話をされたらどう感じるでしょうか?不快な感情が誘発されるかもしれませんね。
カウンセリング場面で、カウンセラーが心理的に疲弊している時に、クライエントと情緒的な接触を行った際は、クライエントの感情に吞まれやすく、逆転移も同様に起きやすいと言えます。
(3)逆転移がカウンセリングに与える影響とは?専門家が解説するメカニズム
先にも触れていましたが、ジークムント・フロイトは逆転移をカウンセリングの妨げになるものだと、主張していましたが、現在はカウンセリングの過程で自然に起こる状態であり逆転移を適切に利用することでカウンセリングが良い効果が得られるという意見が多いです。
この有効性については、様々なカウンセラーからも意見が出ており、D,W,ウィニコットの「逆転移のなかの憎しみ」や、P,ハイマンの「逆転移について」といった、著書・文献においても挙げられています。例えば、P,ハイマンは「逆転移を吟味することでクライエントを理解していけるようになる」とった趣旨の主張もしております。
しかし、カウンセラーが逆転移を理解し、適切に管理をしないままカウンセリングを続けていくと、クライエントにとって悪影響になる可能性も否定は出来ません。カウンセリングや心理療法は、お互いの情緒作業であるという根本から、カウンセラーが適切に逆転移と向き合うことが出来ていなければ、クライエントを自分の意見や感情に呑みこんでしまう危険性もあります。カウンセラーは常に逆転移と向き合っていく姿勢が大切と言えます。
ハイマンとウィニコットの論文の詳細は以下のページをご覧ください。
2.逆転移について知ることで、自己理解を深めよう
前の見出しでは、逆転移についての概要とカウンセリングにおいてどのような影響が出るのか説明してきました。この見出しでは、自分の逆転移と適切に向き合う方法について説明をします。
(1)自分の逆転移を理解することの重要性とは?カウンセラーが解説するメリット
逆転移を利用して自己理解を深めることは、カウンセラーにとってとても大切なことです。そのメリットについて説明します。
a)クライエントの転移の理解
逆転移はクライエントの過去の体験や感情を通して、カウンセラー側の感情が生起することを説明しました。つまりは逆転移が生じている心の動きは、クライエントも同様に生じている可能性があります。
それがトラウマ的なものであればなおさら、深く情緒交流が出来ていると考えられ、その段階で自己分析をすることにより、クライエントのさらなる理解を進めることが出来ると言えます。
b)自身の無意識と向き合うことが出来る
カウンセリング場面で逆転移が起きているときは、自分の無意識とつながっている可能性があります。良いカウンセラーのひとつの条件として、自分の無意識を適切に理解し、使用することが出来ることが挙げられます。
その為、なぜ自分が逆転移をすることを分析することで、自分の無意識を考える機会になると言えます。
c)気持ちの余裕を作ることが出来る。
お化けが怖いという人がいるように、人は想像できないものや理解できないものに対して不安や恐怖を抱く傾向にあります。自己分析をしたとしても逆転移を理解することが出来ず、不安になることもあるかと思います。
しかし、逆を考えると、自身が逆転移が動いていた現状に気づくことが出来たという体験にもなります。良いカウンセリングをしていくうえでこのような発想の転換をすることで気持ちに余裕を持ったカウンセリングが出来るようになると言えます。
(2)自分の逆転移を知るためにはどうすればいいのか?カウンセラーが提案するアプローチ
a)セルフモニタリングをする
カウンセリングや心理療法の終了後に自分の感情や思考を振り返り、紙に書いたり、パソコンで文章化することで、自分がどのような感情の動きをしたのか理解することが出来ると言えます。
b)マインドフルネスをする
マインドフルネスとは、自分の心理状態や体の状況に気づくため瞑想を用いて行う手法のことです。一旦自分の感情や身体の状況と対話することで、新たな気づきを得ることが出来る可能性があります。
マインドフルネスについては以下のページをご覧ください。
c)ケース会議を行う
ケース会議とは、自分が行っているカウンセリング等を同僚や他の臨床家、専門家に見てもらい、意見をもらうことを言います。他の専門家と話し合いを行うことで、自分の逆転移について意見をもらえたり、自分で気づくことが出来る機会になる可能性があります。
d)スーパービジョンを受ける
スーパービジョンとは、先輩臨床家や教授など経験豊富なカウンセラーやカウンセラーといった専門家に自分のカウンセリングについて指導を受けることです。自分よりも経験値のある専門家に見てもらうことで、自分では気づくことが出来なかったことや、自分に生じている逆転移についても理解が出来るようになると言えます。
スーパービジョンについては以下のページをご参照ください。
e)教育分析を受ける
教育分析とはカウンセラー自身が自分のことを知るためにカウンセリングや心理療法、精神分析を受けることを指します。教育分析を通して、カウンセラー自身が自分の特徴や特性、パターンを知ることで、逆転移に気づきやすくなります。
教育分析については以下のページをご参照ください。
(3)逆転移を通して自分自身を知ることが出来る?カウンセラーが語る意義
カウンセラーも人間であることは変わりません。いろいろなことで悩みますし、不安になることもあると思います。クライエントがカウンセラーに転移を起こすことと同じように、カウンセラーがクライエントに逆転移を起こすことも不思議なことではありません。
上にも書きましたが、逆転移が起きている時には、自分の無意識と向き合うことが出来るチャンスと言えます。
良いカウンセラーになるために、自分の感情や逆転移と向き合い、コントロールすることが出来ることがひとつの条件である為、逆転移を利用して自分の無意識と対話することは自分を知るうえで良い経験になると言えます。
3.逆転移を理解してカウンセリングに役立てよう
(1)逆転移を乗り越えるための対処法とは?カウンセラーが教える具体的な方法
逆転移が生じたときに大前提となる心構えとして、「逆転移が起こることは自然なこと」と考えることです。自分の逆転移に気づいた時、人によっては、「クライエントに影響が出ないようにしよう」といった不安や逆転移を理解できず、心理的に疲弊するかもしれません。
しかし、逆転移が起こることは人間であれば自然な心の動きですし、落ち込むことはありません。そういった時は、「逆転移が起こっていることに気が付くことが出来た」と考えポジティブな部分に着目するようにすると良いです。
もし、ひとりでは逆転移を乗り越えることが難しい場合は、同僚の専門家に相談したり、スーパービジョン・教育分析を受けることもひとつの手と言えます。
(2)カウンセラーの逆転移がカウンセリングの成果に与える影響とは?
カウンセラーの逆転移の影響についてはメリット・デメリットが存在します。
a)メリット
メリットとしては、まずクライエントの感情に気づくことが出来ることが挙げられます。カウンセラーは、クライエントの気持ちを投影し、逆転移を起こすことがあります。そういった時に、自分の感情を通してクライエントの理解を深めることが出来ると言えます。
また、広い意味で、自己理解を進めることも出来ます。何度か書いてきた通りではありますが、逆転移が起きているときは、自分の無意識と向き合っているタイミングであります。その為、逆転移を分析することで、自分の無意識の理解を進めることも出来ます。
b)デメリット
デメリットとしては、クライエントの感情をカウンセラーが決めつけてしまったり、感情をぶつけてしまったりすることが挙げられます。時にはカウンセラー自身が行動化を起こし、カウンセリングを台無しにしてしまうこともあります。
逆転移が起きた時に、カウンセラーがコントロールできる範囲であれば良いのですが、臨床経験が浅かったり、自分の心理的な許容量を超えてカウンセリングや心理療法を行った場合、感情の決めつけや、自分でクライエントの感情を決定してしまうことがあるかもしれません。そういった危険性も逆転移にはあります。
(3)逆転移の理解をふかめるためにはどんな勉強が必要?専門家がおすすめする学習方法
a)文献や本・論文を読む
フロイトの精神分析だけでなく、D,W,ウィニコットの「逆転移のなかの憎しみ」やP,ハイマンの「逆転移について」など、逆転移についての書籍は多数あり、目を通すことで逆転移のことを理解することが出来るといえます。論文においてもCiNiiといった論文をまとめたサイトもあり、検索してみることもひとつの手です。
b)ケース会議を開く
ひとりでケースと向き合っているばかりでは、逆転移の理解が進まず、さらに悩んでしまう結果になる可能性があります。ケース会議を開き、同僚や他の専門家と一緒に考えることも大切です。
c)スーパービジョンや教育分析を受ける
自分よりも経験豊富な専門家に自分のカウンセリングや心理療法を見てもらうことで、アドバイスをもらえたり、自分には気づくことが出来なかった視点に気づかされたりと良い学習になると言えます。
4.逆転移に関するQ&A
(1)逆転移はどのように起こるのか?
逆転移は、カウンセラーがクライエントのカウンセリングをしていくうえで、カウンセラーの過去の経験や感情、対人関係などから、クライエントに抱く無意識的な心の働きです。
(2)カウンセラーが自分の逆転移に気づいたらどうすべきか?
まずは自己分析をし、逆転移の原因について考えてみてください。ひとりで解決することが出来ない場合は、同僚や専門家に相談する。またはスーパービジョンを受けてみてください。
(3)逆転移を抑える方法はあるのか?
逆転移は自然な心の働きな為、無理に逆転移を抑える必要はありません。ただ、カウンセリングに影響が出たり、クライエントの気持ちを左右するような状況の場合は、他の専門家から意見をもらうこともひとつの手です。
(4)逆転移を利用してカウンセリングすることが出来るのか
出来ます。逆転移はカウンセリングを進めていくうえで自然に起きてくる心理状態です。自分の逆転移を適切に分析することで、クライエントに対するカウンセリング技法やアプローチを正しく選択することが出来ると言えます。
(5)逆転移について研究はどのように進んでいるのか
現在でもカウンセリング技法についての研究は日々進んでいます。逆転移研究についても、新しい理論モデルの構築やカウンセリングプロセスの研究といったものだけでなく、脳の動きや神経の動き神経心理学に基づいたニューロサイエンスの研究も進んでいます。
5.精神分析についてのトピック
6.まとめ
逆転移はカウンセラーがクライエントに対して感じる転移的な感情や思いを指し、カウンセラー自身の過去の経験や感情がカウンセリングの場に影響を与えることがあります。逆転移はカウンセラーにとって重要な情報源であり、それを理解し適切に活用することでクライエントへのカウンセリングを促進することができます。
ただし、カウンセラーは自己の逆転移に注意を払い、それを適切に管理する必要があるといえます。良いカウンセラーや治療者を目指す上でも自分の逆転移と向き合うことは必要な作業だと言えます。
逆転移をカウンセリングの中で有効活用するためにはスーパービジョンや教育分析は必須と言えます。スーパービジョンや教育分析を受けることでカウンセラーとして逆転移を活用できるようになり、臨床的な能力も向上します。
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文献
この記事は以下の文献を参考にして執筆いたしました。