カウンセリングにおいて否定的な関係になることをめぐって
カウンセリングではカウンセラーとクライエントが時には非常に険悪で、緊迫した、否定的な関係性が展開することがあります。もしくは、一見表面的には良性の関係があるように見えて、裏に疑心暗鬼などの否定的な関係が隠されていることもあります。こうしたことが起こる理由やその取扱いについて書いていきます。
目次
カウンセリング関係とは
カウンセリング関係とは、クライエントとカウンセラーが築く安全で信頼できる人間関係のことを指します。単なる会話ではなく、クライエントが安心して感情や体験を語れる場を土台とし、理解や共感を通して自己洞察や変化が促されます。ときに不満や怒りが生じるなど、否定的な感情が表れることもありますが、それを扱い乗り越える過程そのものが治療的な意味を持ちます。カウンセリング関係は、問題解決だけでなく「関係を通して成長する体験」の場として重要であり、長期的に続けることで自己理解や対人関係の改善が深まっていきます。
よくある相談の例(モデルケース)
30歳代 男性
Aさんは30歳代の男性で、幼少期から親の期待に応えるために努力を重ねてきました。両親は厳格で、失敗すると強く叱られる家庭環境で育ち、次第に自分の感情よりも他人の評価を優先する癖がつきました。社会人になってからも職場での評価に過敏に反応し、周囲に合わせすぎて疲れ果てることが増えました。やがて不眠や強い不安、自己否定感が続き、心療内科で抑うつ状態と診断されました。薬物療法で一時的に症状は緩和したものの根本的な生きづらさは解消されず、Aさんはカウンセリングを申し込みました。
当初の面接では、自分の感情を表現することに不安が強く、カウンセラーの意見に従いすぎる形でセッションが進みました。徐々に心を開くにつれ、怒りや不満が強く出るようになり、カウンセラーに対して「理解されていない」と感じる場面が増えました。時にはセッション中に沈黙が続いたり、批判的な言葉を投げかけることもあり、関係は一時的に緊張しました。Aさんは「また見捨てられるのでは」と不安になり、通うのをやめようかと悩みましたが、カウンセラーはその不安や怒り自体を扱うことが治療の一部であると説明し、関係修復の対話が繰り返されました。
数年のプロセスを通して、Aさんは「否定的な感情を出しても関係は壊れない」という体験を重ね、安心して本音を語れるようになりました。次第に他人との関係でも衝動的に切り捨てたり、相手に過剰に合わせたりすることが減り、自分の気持ちを大切にしながら対話できるようになりました。現在では職場でも無理をせず相談できるようになり、孤立感や自己否定感は和らぎ、安定した生活を送れるようになっています。
悪い関係の展開
比較的、軽症例であれば、ゆるやかな良性の関係をカウンセリングの初期から築けることが多いし、それが治療を進展させることでできるでしょう。しかし、基本的に信頼関係がそもそも損傷している重症例は、信頼関係を作ることに不安と困難さがあるので、悪い関係が最初から展開することがあります。
その悪い関係を繋げつつ、その状況をカウンセラーとクライエントの両者が生き残ることで、本当の信頼関係が出来ていきます。仮初めの、もしくは欺瞞に満ちた表面的な良い関係は、なんら情緒的交流にはなりえないでしょう。
世の中は広いので、天性の才能で、誰であってもすぐに信頼関係を作れる天才はいるかもしれませんが、我々のような凡人のカウンセラーはそうではなく、こうした悪い関係をどう生き残るのかで関わり続けざるをえないと思われます。
Aさんは、カウンセリングを続ける中でカウンセラーへの不満や怒りが強まり、「わかってもらえない」と感じて関係がぎくしゃくしました。
カウンセラーショッピング
本当にたくさんの機関を巡り巡って、私のところに辿り着くというクライエントは多いです。それが、医療機関や教育相談機関などもありますし、臨床心理士、非臨床心理士、無資格カウンセラーから、果ては占いやスピリチュアルカウンセラーなどを巡ってからようやく来られるクライエントもいたりします。
スピリチュアルカウンセリングのリスクについては以下のページが参考になります。
理由は様々ですが、信用できなかったという方もいれば、話をきちんと聞いてもらえなかった、話は聞いてもらえたが病気は治らなかった、など多種多様です。おそらく、それらの機関やカウンセラーが全てダメだったわけではなく、部分的に満たされる所もあったのかもしれません。
しかし、どこか本質的なニードを掴み損ねていたのかもしれません。そして、そうした方々の多くは、そもそもの信頼関係を構築することに困難さがあり、どういう人と会っても否定的な関係になってしまうという苦しみを抱えているようです。
Aさんの場合、別のカウンセラーに変えれば解決するのではと考え、他の相談先を探そうとした時期がありました。
良い関係に隠された悪い関係
この否定的関係は何も険悪さや緊張感があるということだけではなく、表面的にはニコニコし、目の前のカウンセラーに良いことを言い、反対に過去のカウンセラーを否定する、というケースもあります。一見すると良性の関係ができているように見えますが、しかし、実は裏には疑惑や疑念を抱えています。
そうしたことを理解し損ねて目に見える良性の関係だけに着目すると、クライエントの本質的な苦痛を見て見ぬふりをすることになりますし、表面的で欺瞞に満ちた関係性に陥ってしまいます。そうした時、多くのクライエントは失望し、自然と来なくなるか、「良くなりました、ありがとうございました」などと言い、カウンセリングは中断となります。そして、再び他のところのカウンセラーへ行き、同様のことが反復されます。
おそらくクライエントとカウンセラーの両者が否定的関係に入ることを恐れ、それを忌避し、良い関係でいることに専心することで、部分的にそれは成功するものの、結果的には変わらない反復になってしまいます。
特にスプリッティングの機制が強いと、目の前のカウンセラーを良い人、過去のカウンセラーを悪い人と仕立て上げてしまいます。そして、それに気付けないカウンセラーはそれが事実であると誤認し、そのスプリッティングに巻き込まれ、助長させてしまいます。
こうしたことはカウンセラーが一人で気付くということはなかなか難しいため、教育分析や個人分析、スーパービジョンを受けることによって見えて来ることもあります。
Aさんは、当初は従順に振る舞い良いクライエントを演じていましたが、その裏で抑えてきた怒りや不安が積もっていました。
悪い関係を直面する
こうした時、大切なのは目の前のクライエントと良性の関係を構築したり、維持することではなく、敢えてその欺瞞に目を向け、否定的な情緒を取り扱い、クライエントの本質的なニードに触れていき、手応えのある関係性になるように専心することが、カウンセリングであると言えるでしょう。
こうしたこと故に、否定的な関係性にも着目し、それを積極的に取り扱い、時に、今ここでの関係性が不安定で、怒りにまみえるようなことになったとしても、それを引き受け、耐えて、何が起こっているのかを考え続ける姿勢がカウンセラーの仕事となります。
おそらく、いわゆる重症例と言われるクライエントとのカウンセリングを行う際には、こうした仕事は避けては通れません。信頼関係ができて当然とするのは、実は軽症例、健康な人に限った非常に特殊な一部に過ぎないということを知る必要があります。
精神科などの医療機関のカウンセラーは、おそらくこうした重症例の方とのカウンセリングは割とよくある経験だと思います。しかし、そうした経験がないと、なかなか分かりにくい、気付けないことは多いようです。なので、カウンセラーの訓練には精神科での研修は必須と私は考えています。
Aさんの場合、セッションで不満や疑問を率直に話し合うことで、関係が壊れずに続けられる安心感を得ました。
試し行動と幼少期の外傷体験
カウンセラーとクライエントとの否定的な関係の中に試し行動というのが時としてみられることがあります。こうむった外傷が幼少期になればなるほどいわゆる試し行動は頻度も強度も大きくなります。試し行動は傷付きを反復しないようにする防衛であると同時に、信頼を築きたいというニードの表れであると思います。
しかし、その行為が故に大人や支援者の怒りや無力感を刺激し、否定的な情緒を惹起させてしまうことが多いです。そして、その為、子どものニードに気付けず、もしくは気づいていても応答できず、過去の外傷と同じような反復をしてしまいます。つまり、大人から子どもに見捨てるや攻撃するという行為になってしまいやすいのです。
Aさんは、カウンセラーを試すように挑発的な発言をしたり沈黙したりしましたが、幼少期に親から見捨てられる不安を感じていたことが背景にあると気づきました。
悪い関係を生き残る
悪い関係になることを過度に恐れたり、否定したりするのではなく、その関係の中で生き残ることがカウンセラーの仕事であり、そこに手応えある創造的な結びつきが産まれることがあると思います。
本当の意味での信頼関係とは、決して単に良性の関係ではなく、否定的なことを直接言い、それを逃げずに受け止め、理解し、この二人の関係の中で起こっている事を共に観察し、体験する、というそうしたレベルのことを含めているのだろうとは思います。そして、それには終わりがなく、プロセスの進展と膠着が繰り返されます。
Aさんの場合、衝突や誤解を乗り越えた経験を通して、感情を表現しても関係が続くことを学び、人間関係における安心感が育ちました。
カウンセリングを受けたい
カウンセリングは、安心できる関係の中で自分の気持ちや悩みを丁寧に整理し、これからの生き方を見つめ直すための場です。ときにはカウンセラーに対する不満や怒りが出ることもありますが、それを安全に扱うことで人間関係のパターンを見直し、より自由に生きる力を育むことができます。一人で抱え込まず、カウンセリングという安全な関係の中で、自分らしさを取り戻してみませんか。
スーパービジョンを受けたい
カウンセリングの中で否定的な感情や緊張が生じると、カウンセラー自身も戸惑いや迷いを抱くことがあります。こうした関係のゆらぎを理解し、安全に扱うためにはスーパービジョンが有効です。第三者の視点から関係性を整理し、介入の選択肢を広げることで、クライエントとの関係がより治療的に機能するようになります。困難な関係に直面したときこそ、スーパービジョンで伴走者を得てみませんか。