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孤独感について

孤独を楽しむ

メラニー・クラインの1963年の生涯最後の論文である「孤独感について(On the Sense of Loneliness)」についての要約と解説です。ポジション論と孤独を関連させて論じています。本論文はメラニー・クライン(著)「メラニー・クライン著作集5巻 羨望と感謝」誠信書房に収録されています。

A.孤独感について(1963)の要約

1.本論文の背景

メラニー・クラインの生涯最後の論文であり、「孤独」という内的意識は、人間の健康状態において重要な役割を果たしていると述べている。正常な発達における妄想的不安定さが孤独感に至る原因も描いている。

2.孤独感の源泉

得られるはずのない完璧な内的状態を切望する結果である。それは精神分裂病的、抑うつ的な質を持つ病気の要素でもある。孤独感が生じる理由を探索するためには、早期幼児期の理解が必要である。

誕生直後の自我は分裂機制に支配されている。自我の良い部分と良い対象を攻撃性から逸らし、保護される。そうしたことによって安定へと至る。自我の成長とともに統合への欲動が増大する。乳房という良い対象を取り入れ、自我の中核となる。

3.母親との早期の関係

(1)非言語

それが満足できるものであれば、子どもの無意識と母親の無意識は濃密に接触する。「理解される」というもっとも完全な体験だが、前言語的段階にとどまる。「言葉を使わずに理解したい」という願望は満たされないままであり、それが孤独感の一因となる。

(2)妄想分裂ポジション

生後3ヶ月までは妄想分裂ポジションが優勢である。生の本能と死の本能との葛藤があり、破壊的衝動が強くなると投影され、乳房が破壊的なものになってしまう。これが妄想的危険であり、孤独の根源となる。

(3)抑うつポジション

生後3ヶ月以降はより全体性への意識が芽生え、妄想的不安から抑うつ的不安へ至る。

4.統合の受け入れがたさ

対象の良い側面と悪い側面を一緒にすることは、良い対象を危険に陥れるという不安を生む。統合を求めることと、恐れることとの葛藤が生じる。完全で永久的な統合は決して起こりえない。人が自らの情緒や空想や不安を完全に理解し受け入れることも不可能であり、これも孤独の要素となる。

孤独と統合との関連性について、統合が進行し、自己のある部分が有益でないという感情を排除できなくなってくる。自己を完全には所有していないという感情が孤独感となる。妄想的不安と抑うつ的不安については、病的でない人々でさえ完全に克服されることはない。これも孤独の基礎となる。

5.投影同一化と分裂について

(1)投影同一化

投影同一化とは、母親を所有するために自己の部分が身体的実質の形態で母親の中に吐き出されることである。排出物が苦しみで吐き出されるため、母親は危険に満ちたものになる。

(2)分裂

分裂とは、自我が脆弱であると、分裂排除された部分をまとめる力が減少し、分裂はより強大になる。不安に耐える能力が重要となる。

(3)精神分裂病者

自分はバラバラで無力であり、将来も制御できない。原対象(母親)を良い対象として内在化できない。安定性の基礎が欠如している。外的な良い対象にも、内的な良い対象にも、また自己にも頼ることができない。これも孤独と関連しており、自分は苦しんでいるのに一人で放っておかれているという感覚である。

(4)混乱について

こうした自我の断片化や過剰な投影同一化の結果、自分自身だけでなく他の人々とも混同してしまう。自己の良い部分と悪い部分、良い対象と悪い対象、外的現実と内的現実、の区別ができないのである。精神分裂病者の苦痛を過小評価してはならない。

6.抑うつ不安に特徴的な孤独

(1)抑うつ者の孤独

早期の情緒生活での喪失と再獲得の繰り返しが特徴である。幼児にとって母親が目の前にいないことは、母親が迫害者に変ったことを意味する。つまり、母親を喪失したことであり、死の恐怖に等しいものである。こうした不安と恐怖は抑うつポジションで最高潮に達し、生涯を通じて孤独に影響を与える。

(2)統合について

統合の苦痛もまた孤独の一因である。統合が進むと、現実感が増し全能感は減少する。希望に対する可能性は減少し、統合の苦痛へと至る。

(3)喪失について

統合は対象と自己の理想化を喪失ことでもある。良い対象でも理想的対象には完全には近づけない。そのため、理想化が脱理想化に変化し、それが苦痛となる。

(4)ある患者の例

統合が進んで救いは得られたが、「魔法は解けてしまった」と述べた。クラインは、その魔法は自己と対象の理想化であり、理想化の喪失が孤独感の理由だった、と解釈した。

(5)躁うつ病の特徴的な心的過程

患者は抑うつポジションにある。対象を全体として体験できているが、罪悪感は強く持続している。躁うつ病者は分裂病者以上に、良い対象を内側に保持し、維持し、保護したいと感じている。しかしこのポジションを十分にワークスルーできないと、憎まれていると感じる。そのため、破壊的衝動で良い対象が危険にさらされていると感じため、自殺の傾向に傾く。

7.孤独を緩和する要因

(1)良い対象の内在化

良い乳房を安定して内在化することで、自我が強くなり、断片化を起こしにくく、原対象と良い関係になる。

良い対象の内在化に成功することで、良い対象への同一化が進む。対象と自己の両方への信頼の感覚が強化される。そして、破壊的衝動が緩和され、超自我の過酷さは減少する。愛する対象の不十分さに耐える能力を獲得していくこととなる。

(2)全能感について

統合の過程に伴い、希望の喪失ももたらす。破壊的衝動とその効果との区別を可能にする。攻撃性と憎悪は危険でないと感じるようになり、現実への適応力が強化される。自分自身の欠点を受容できるようになり、欲求不満に対する憤りも軽減する。

(3)最初の対象との幸福な関係と内在化の成功

幼児が欲求不満を感じるときの味方になる。なぜなら、希望と結びついているからである。「理解している」「理解されている」という感覚と喜びとの強い結びつきがある。母親への親密さと信頼は最高のものになる。

(4)感謝について

喜びは常に感謝と結びつく。感謝が深く感じられると、受けた良いものを返したい、という思いが生じ、寛大さの基礎となる。良い対象と「受けることができること」「与えることができること」との強い関連がある。これが孤独の中和や創造的であることの基礎となる。

(5)喜ぶことのできる能力

適度なあきらめの前提条件として、入手可能なものの中に快楽を認める。それが忍耐力となる。

(6)家族の快楽への同一化

多少の羨望や嫉妬を持っていても、後の人生で、他者の快楽に同一化できる。

8.孤独感のワークスルー

(1)防衛としての孤独

孤独感は決して全面的に除去される訳ではない。孤独は防衛として使われやすいのだ。例えば、母親への極端な依存はその典型である。

(2)孤独の否認

しばしば防衛として使われ、良い対象を阻害する。

(3)孤独の原因に対する影響

この論文ではおもに内的側面を扱ってきたが、心的生活においては、対象関係を開始させるような、投影と取り入れの過程に基づいた、内的要因と外的要因との永続的な相互作用がある。

(4)外界の影響について

外界の像(母親とくに乳房)は、取り入れによって内界に影響を与える。それだけでなく、母子の関係は幼児の反応によっても微妙に影響を受けている。内界と外界のたえまない相互作用があるのだ。

9.最後に

こうした相互作用が順調であるときのみ、良い対象の内在化が成立する。これが孤独感を減少させるもっとも重要な要因となる。孤独は外的な影響によって減少したり増大されたりはするが、完全に取り除かれることはない。なぜなら、統合への衝動がその過程で体験される苦痛同様に、生涯を通して強く存在し続ける内的源泉から発生してくるものだからである。

B.孤独感について(1963)の解説

1.はじめに

メラニー・クラインは乳幼児の遊戯分析や精神病の精神分析を通して、投影同一化、妄想分裂ポジション、抑うつポジション、羨望などの現代の精神分析には欠かせない重要な概念を創っていきました。本論文はクラインが孤独感について述べたものですが、あまりその後の精神分析では取り上げられることが少ないようです。それはまだ未完ということもあり、いまいち不明なところがあるからかもしれませんし、他にも理由があるかもしれません。ここではクラインの孤独感についての論文を取り上げますが、クラインのパーソナルな体験と照らし合わせながら本論文について若干の考察を加えていこうと思います。

2.クライン理論からの孤独

(1)内的体験としての孤独

ここで取り扱っている孤独感は客観的な状況として一人でいること、孤独でいることを指していません。例え、外的には誰かと一緒にいようとも孤独感を感じることもあります。そうではなく、内的な体験としての孤独感をここでは扱っています。孤独感はいくつかの心的あり方に起因していますが、その1つ目は抑うつ感から、2つ目は妄想的不安から、3つ目は自我の統合から、です。

(2)抑うつ不安からの孤独感

早期の母親との間でなされていた濃密な関係があり、そうした過去の濃密な関係に戻りたい願望が満たされることはありません。その取り返しのつかない喪失感・抑うつ感が孤独感となります。

(3)妄想的不安からの孤独感

死の本能に根差した破壊的衝動が投影同一化を通して母親に排出されます。それによって、母親やその乳房は迫害的に彩られ、不安を惹起されます。このような妄想的な不安により、周りに味方がおらず、無力な自分のみであるという感覚となり、それが孤独感の根源となるのです。

(4)自我の統合からの孤独感

生後3ヶ月以降には、妄想分裂ポジションから抑うつポジションに移行し、自我が統合に向けて動き出します。良い対象と悪い対象が統合され、破壊的衝動と愛情も統合されます。しかし、完全で永久的な統合は決して起こらず、終生、その両面の葛藤が存続します。そうした葛藤の中で分裂排除された部分を再獲得したいという切望はあるけれど、それはできません。その分裂排除された部分があるため、自己が完全に所有していないという喪失の感情が生まれます。それが孤独であると感じられます。

(5)孤独の要因

こうした孤独感は精神分裂病や躁うつ病では、極端で、病的なものとしてあらわれてきます。しかし、反対にこうした孤独感を和らげる要因もあります。クラインはその要因として、良い対象の内在化、良い対象への同一化、全能感の減少、超自我の過酷さの減少、極端ではない投影同一化による親密感の形成、ある種の諦め、等をいくつかを挙げています。

そして、そうした孤独感が和らがず、自己を脅かす時には防衛を作動させます。例えば、極端な依存、内的対象への逃避、早い独立、過去への執着、未来の理想化、他者からの評価を求める、躁的防衛、孤独の否認、などです。

このような孤独感についてクラインは、外的な影響によって増減することはあっても、完全になくなることはないと言っています。なぜなら、孤独感は基本的には外的なものではなく、内的な過程のものであり、心的な苦痛や葛藤と同様に生涯を通して存在し続けるものとして位置付けています。

3.ウィニコットとの関係

(1)ウィニコットの離反

ジュリア・クリステヴァ(2012)によると本論文はウィニコットの「一人でいられる能力(1958)」に対する応答であるとしています。

もともとウィニコットはクラインの卓越した乳幼児に対する深い理解に感銘を受け、クラインに訓練分析を申し出ていました。しかし、クラインはウィニコットの訓練分析の申し出を断り、クライン自身の子どもの精神分析と、それに対するスーパービジョンを提供しようとしていました。このことがクラインは後々までウィニコットに対して申し出を断ったことに対して罪悪感を抱いていたようです。

ウィニコットはストレイチーリヴィエールとの訓練分析を経て、さらに「躁的防衛(1935)」というクライン理論に即した論文を書き、1935年に精神分析家になりました。その後にはウィニコットはクラインのスーパービジョンを受けるようになり、クラインの弟子となりました。それゆえウィニコットはクライン派であり、クライン派訓練分析家5人の内の1人になりました。

しかし、その後、ウィニコットは徐々に独自の見解を出すようになりました。時にはクライン派の論文集にウィニコットの論文が採択されないという出来事などもあったようです。そして1951年にウィニコットは「移行対象と移行現象」の論文を出しましたが、それをクラインはクライン理論に反するものとし、ウィニコットを無視し、遠ざけるようになりました。それ以後、クラインはウィニコットに冷たくし続けましたが、反対にウィニコットは常にクラインに対して敬意を払い、親しみを表現し続けたようです。

そのようにクラインはウィニコットを反逆者として見ており、その文脈からすると、「一人でいられる能力(1958)」に対する「孤独感について(1963)」は理論的に批判するためのものとして捉えられるかもしれません。ウィニコットは母親との自我関係化を通して、内的な環境が整い、外的には一人でいても孤独は感じない、としています。

それに対してクラインは孤独とはそういう簡単に解消できるものではなく、死の本能に根差し、生涯を通じて繰り返される葛藤と苦痛のように孤独は人に付きまとうものである、として批判しています。単純にいうとウィニコットは孤独のポジティブ面を強調し、クラインはネガティブ面を強調していると言えます。

(2)ウィニコットとの対話

さらにもっと想像を膨らませて、この論文をたがいに対するメッセージであり、対話であるという文脈から捉え直すこともできます。ウィニコットはクラインと自我の関係化を通し、別れたとしてもクラインと共におり、孤独ではないことを言っているように思えます。それに対してクラインはウィニコットにそれは躁的な防衛であったり、幻想であったりすると指摘しようとしているように思えます。

ただ、クラインはウィニコット対して陰性感情だけをぶつけているとも思えません。先にクラインはウィニコットに対して訓練分析を提供するのではなく、子どもの精神分析とスーパービジョンを提供しようとしました。それらについてスィーガル(2001)はクラインがウィニコットに対して終生罪悪感を抱いていた、と語っています。クラインが老年期に入り、償いと言うことではないでしょうが、論文に対しての返答という形で、ウィニコットに解釈しようとしているのかもしれません。

4.クラインの孤独

(1)クラインの苦しみ

解題からは、クラインが生前に本論文を公表しなかったのは、この論文が不十分なものと考えていたから、とされていますが、おそらく、クライン最晩年の研究論文であることや、クライン自身のそれまでの成育史を振り返ってみると、やはりクライン自身が孤独感を抱え、苦しんでいたのかもしれません。それをここでは振り返ってみます。

(2)クラインの喪失

クラインの最後の論文が孤独についてというのは感慨深いように私には思えます。フロイト同様に身近な同僚や弟子に去られたり、もしくは身内が亡くなったり、出て行ったり、敵対したりもクラインにはありました。

クラインの最初の喪失は4歳の時に、4歳年上の姉が肺結核で亡くなったことです。18歳の時には父が、20歳の時には大変慕っていた兄のエマヌエルが客死しました。その時、クラインとその母親は兄エマヌエルを巡って対立しており、母親との関係は大変葛藤的なものでした。その後、クラインは結婚しましたが、出産のたびに抑うつ的になり、さらには夫の度重なる転居が追い打ちをかけるようになりました。このこともあり、サナトリウムに入院することもあったようです。そして、フェレンツィの精神分析に助けを求めました。彼との精神分析は幾分不満の残るものだったようで、その後アブラハムに精神分析を受けましたが、それも彼の死によって中断となりました。

そのような時期にジョーンズに誘われ、イギリスに渡りました。そこでは、クラインの理論や技法が受け入れられ、クラインを慕う人々が集まりました。ウィニコット、ビオン、スィーガル、ハイマン、ジョセフなどです。しかし、1934年には息子のハンスが事故死し、さらには娘のメリッタが理論的というよりも感情的な非難をしてくるという事態も悲しいものであったと想像します。

その後には、ハイマンは「逆転移について(1950)」において、ウィニコットは「移行対象と移行現象(1951)」において、グループから抜けることになりました。多分にクラインが追い出したという表現の方が正確かもしれませんが。このように理論の相違の為に追い出したあり方はフロイトと似ているようにも思えます。さらには弟子を支配的に扱っていたあり方は、子どもを支配的に扱っていたクラインの母親とも重なっているかもしれません。

(3)クラインの対人希求性

スキゾイドのようにもともとは孤独が好きであったり、一次ナルシズムのように他者との関係のない世界を想定していたりすれば、孤独はそれほど苦痛な体験ではないかもしれません。しかし、クラインは、乳幼児は生まれ持って対象との関わりを活発に行っているものとみていました。それは自分自身がそうだったから、と言えなくもありません。憎しみであったとしても、それは対象との関係を表しています。そのような世界に住んでいたクラインが対象との関係が閉ざされ、一人になることによって孤独を体験していたのかもしれません。

いずれにせよ、クラインはこうして様々な対象喪失を経験し、孤独とはかなり親和性のある人生を歩んできていたように思います。そうした中で、クラインは孤独について考えざるをえなくなっていったのかもしれません。ただ、こうした状況や孤独という情緒体験について、外在化し、他者が悪いのだ、という迫害的な観点で論じてはいません。人は危機的状況に陥ったり、精神的に不安定になったりするとき、抑うつポジションから妄想分裂ポジションに移行します。そうすることによって考えることを放棄し、自分自身を崩壊から防衛するのでしょう。ですが、そこにはなんらの発展性もなく、不毛さだけが立ち現われる世界です。

そのような世界にクラインは滑り落ちることは無く、思考し続け、孤独の源泉は外的な問題ではなく、内的な問題なのだ、と直視し続けました。つまり、クラインは自分自身の孤独は、自分自身の今まで残し置かれた課題だと理解しようとしたのでしょう。そうすることによって、クラインは孤独をワークしようとしたのかもしれません。

クラインが「孤独」というどこかしみじみした情緒を、これほど丹念に描いたことに感動すら抱いてしまいます。

C.文献

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