カウンセリングにおいて解釈をしないことのリスク

カウンセリングや精神分析的セラピーにおいて解釈は極めて重要ですが、解釈することへの不安のため解釈を控えてしまうカウンセラーの在り方について考えてみます。

1.解釈への不安

精神分析的セラピーやカウンセリングにおいて、解釈、特に転移解釈は非常に重要な位置にあります。それなくしては精神分析的セラピーが成り立たないぐらいです。しかし、スーパービジョンをしていると、多くのバイジーは解釈をしません。それは、さもありなんという、もっともらしい理由を述べて、解釈をしないのです。

おそらく、解釈することへの不安があるのだろうと想像します。解釈が間違っているかもしれない不安、解釈によってクライエントさんに動揺を与えてしまうかもしれない不安、等があるのかもしれません。

そうした不安は一部は了解できますし、それだけ繊細に、かつ慎重に、細やかにクライエントさんに接しているとも言えます。それらの態度は決して悪いものではありませんし、誠実であるとも表現できます。

2.解釈するリスクと解釈しないリスク

ただ、解釈をすることのリスクを高く見積もり、解釈をしないことのリスクやデメリットを過小評価しているとも言えます。解釈しない、ということはクライエントさんが持ち込んでいる重要な素材を無視していることになります。これはネグレクトしているとも言えるでしょう。

ネグレクトによる重大な損傷は昨今の虐待問題を見ても明らかです。ちなみに、マートン・ギルは「転移に気付くことへの抵抗」と「転移を解消することへの抵抗」を提起しています。そして、いずれも解釈することなしに、これらの抵抗が無くなることは無いと言っています。

つまり、解釈しないと延々と膠着した状況が続くということなのでしょう。また、特に陰性転移を放置すると、陰性転移が潜在的に膨らみ続け、アクティングアウトやいわゆる中断に繋がることになります。

こうしたことからも、慎重であることにこしたことはありませんが、解釈、特に転移解釈をより適切に行うことは必要であるし、過度に恐れなくても良いと考えます。

3.解釈の限界

ちなみに、ウィニコットは解釈を精神分析家の限界の提示としています。こうした限界はクライエントさんが精神分析家の現実と出会う瞬間を提供しており、それはゆくゆくは万能感の適度な放棄になっていくでしょう。解釈はして終わりではなく、その解釈後のクライエントさんの連想を聴き、時には率直にそのことを話し合うことが極めて治療的に作用します。

解釈を無秩序に、乱暴に使用せよ、ということではありませんが、もう少しアクティブに解釈を行なっても良いのではなかろうか、と最近のスーパービジョンの中で考えました。

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