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恐怖、迫害、恐れ-妄想性不安の解析

根源的な不安とは

D.メルツァーの「恐怖、迫害、恐れ-妄想性不安の解析(1967)」についての要約を解説です。メルツァーは本論文で妄想分裂ポジションにおける不安を分類し、自己愛構造体との関連について議論しました。

1.概要

D.メルツァーの写真

図1 D.メルツァーの写真

本論文の目的は、M.クラインによって定義された妄想・分裂態勢の探求です。本論文では妄想性不安 paranoid anxietyを、「恐怖 terror」「迫害 persecution」「恐れ dread」の3語に分類しました。以下、それぞれの位置づけ・相互関係を検討しています。

2.症例素材

(1)精神分析治療の前半

30代男性(知的で洗練された)の事例です。精神分析の初期には、幼児的な自己愛構造体がみとめられました。この部分は「狐のような foxy」部分として、夢の中に出現しました。この自己愛構造体は「なんでも知っているといった性質(自身の前意識の内容や、精神分析家の言動に対する監視的態度)」「他の幼児構造への絶え間ない脅かし(精神分析家からの解釈を含む、他人の言葉を絶えず冷笑的批判的に受け取ること)」などの特徴がありました。

狐

精神分析的探究によって、2つの新しい発見(「秘密のサドマゾ的マスターベーション倒錯」「火事への恐怖 terror」)がありました。しかしその発見の結果、自己愛構造体の態度は減少せず、さらに強くなってしまいました。

また男性は、高齢の母との関係ついての精神分析にも強い抵抗を示しました。彼の母親は「悦ぶ能力」を欠いており、男性に対して意地悪く剥奪的に関わっていました。その母親との関係における迫害感は、男性の性的倒錯と、母に対する暴君的で嫉妬深く独占的な態度とも関連していることが明らかとなりました。加えて、火事恐怖についても、母親の家が空襲を受けたエピソードとの関連が示唆されました。

さらに、倒錯的マスターベーションと父親への性的興奮の関連、5歳の時の病弱な母親との再会と、同時期に偶然公園で目撃した生垣に捨てられた赤ん坊の死体、などの要素も発見されました。

精神分析治療の当初3年間は、「大規模な投影同一化」と、「偽-成熟」的態度が専らでした。しかし精神分析の進行につれ、拘束的人生からの解放への希望、依存性の受容、隠し立てする態度の放棄、精神的苦痛に対する態度の変化と、それによる利己心や臆病さへの精神分析での探求的態度がみとめられるようになりました。

(2)精神分析治療の後半

精神分析の3~4年目には、迫害不安の精神分析にとりかかり、抑うつ態勢に入りました。その結果、倒錯を放棄することへの葛藤が顕在化しました。転移的な夢や空想の精神分析から、その葛藤は、精神分析や精神分析的両親への信頼とその強さに対する疑いであることが示唆されました。

同時に、良い対象(「有能で勇敢なパパ」)への同一化や、それまで臆病に振舞っていた状況へ立ち向かおうとする態度がみとめられるようになりました。

その中で、迫害的不安や傷ついた対象の表象が再燃することもありました。しかし、「迫害」「恐れ」「恐怖」の3つの異なった性質の不安が男性の意識の中で明瞭に区別されるようになりました。加えて、迫害に対する不安よりも、抑うつ的態度が増していきました。

さらに恐怖を感じる状況は心的現実に基盤があることも理解できるようになりました。それにつれて、臆病さが減り、破壊的攻撃、倒錯的マスターベーション、軽蔑的態度や躁的な行動化も減少していきました。

翌年には、エディプス葛藤への取り組みが始まりました。それにつれ、恐怖の発作は消え、残遺していた倒錯へのしがみつきも放棄されていきました。

3.臨床素材の検討

本事例の中では、恐怖・迫害・恐れの3要素が以下のように現れました。

恐怖死んだ赤ん坊、火事、幽霊など
迫害傷ついた対象群-死んだ父、健康を害した母、欠陥のある精神分析家。彼らに悦び、自由、お金などを剥奪され、同時に洗練された生活様式や知識を禁欲的に強いられ、迫害されているという感覚
恐れ自分の狐のような部分を暴君として恐れ、服従。この部分が倒錯的行動につながっていた

3つの破壊的部分が、あらゆる対象を中傷し、同時に自己愛的な全知感を抱かせていました。そのため、彼に誰も賞賛・尊敬できないようにしていました。

精神分析と転移の進行に伴い、狐のような部分による防衛の無力さと、自身が外界の良い対象によって保護されていたことを認識できるようになりました。そして、心的現実における原初的な良い対象への幼児的水準での絶対的依存への自認へとシフトしました。

ここで初めて、傷ついた対象群からの迫害感が和らぎ始めました。同時に、傷ついた対象群への抑うつ態勢的な思いやりの感情が芽生えました。

4.理論的検討

(1)暴君的で嗜虐的な悪い部分

恐怖 terrorとは妄想性不安であり、行動手段を残さない麻痺がその本質です。恐怖の対象は、無意識的空想の次元では、死んだ対象群であり、内的にはそれらから逃避することも難しいのです。しかし心的現実においては、それらの死んだ対象群を修復することが可能です。これは内的両親とその創造的性交の償う能力によってのみ成し遂げることができます。

内的対象群が償う能力に依存することを、エディプス的嫉妬や破壊的羨望が妨害します。その場合、修復の過程は睡眠や夢においては生じません。そうではなく、幼児期水準の母親の乳房という転移的意義を担っている、外的現実における対象によってのみ、償う能力への依存が可能です。

有害なマスターベーション攻撃によって、内的な良い対象群への依存ができなくなってしまいます。もしくは、良い対象が外界で得られない場合があります。良い外的対象が得られない場合、自己の悪い部分への嗜癖的関係が生じます。その結果、自己の安全さについての幻想が生まれます。この安全さについての幻想は、倒錯と嗜癖的活動によって生まれる全能感によって、さらに強化されます。

内的対象の暴君的嗜虐的な悪い部分は、恐れられます。その暴君的な部分は、迫害者のように振舞います。しかし、自己が暴君に対する服従に固着する状態の本質は、暴君的な部分に対する恐れよりもむしろ、恐怖への保護が失われることへの恐れにあります。

暴君

(2)自己愛構造体の解体

つまり本論文の結論として、抑うつ的不安への耐えられなさ、さらにこの抑うつへの不耐性が傷ついた対象からの迫害性不安と結びついただけでは、暴君的部分への服従という嗜癖的コンステレーションは生じない、といえます。心的構造において、暴君的部分との嗜癖的関係が失われることへの恐れがある場合、暴君への恐れと服従の力動の背後に、恐怖の問題が見出されます。

以上のような嗜癖的自己愛構造体の解体と、暴君的部分という悪い部分への反抗が開始されるまで、抑うつポジションへの進展は不可能です。さらにこの自己愛構造体の解体と、暴君的部分への反抗の開始なしでは、患者は、分離や抑うつへの耐えられなさ、迫害に直面した時の臆病さ、といった精神病理における内的要因を正確に判断できません。

暴君的部分との関係において感じられる恐れとは、暴君への恐れよりも恐怖に対するまやかしの保護が失われる恐れです。この恐れは、休暇による精神分析の中断などによって良い対象との同盟が不十分と感じられているままに悪い部分への反抗を開始してしまった際、特によく出現します。

5.解説

(1)性倒錯と不安

本論文で最も印象的なのは、性的倒錯の素材が綿密に検討されていることです。一見奇妙な性的な表象が、妄想分裂ポジションにより断片化してはいるものの、個人史と密接に関連していること、さらに根源的な恐怖への防衛として性的倒錯、ひいては妄想的不安が布置しているのです。

恐怖の対象は死んだ対象ではあるものの、その修復は内的には可能とメルツァーは述べています。しかし、その手段が「これは内的両親とその創造的性交の償う能力によってのみ成し遂げられる」と記述されているのみです。これについてメルツァーは具体的には説明していません。そのため、実際の精神分析の過程の中でどのようにあらわれ、どのように解釈し、どのように展開していったのかが不明です。

(2)不安の種類

メルツァーは妄想分裂ポジションの不安を詳細に検討しました。では、そもそも不安とはこれまでの精神分析ではどのように捉えられていたのでしょうか。以下にフロイトをはじめ、これまでの精神分析家の不安理論について簡単に列挙します。

a.フロイトの不安理論

フロイトの写真

図2 S.フロイトの写真

フロイトは初期には抑圧の結果、不安が生じるとしていましたが、後期に不安が生じるから抑圧する、に転換させました。これが鬱積不安学説から不安信号説へという有名な大転換です(制止、症状、不安(1926))

フロイトの論文「制止、症状、不安(1926)」についての詳細は以下に書いています。

制止、症状、不安
フロイトの1926年の論文「制止、症状、不安」についての要約と解説です。これまでのフロイトによる不安の理解は、抑圧があるから、その結果として不安が生じる、としていた。しかし、本論文ではそのメカニズムを逆転させ、不安が惹起するから抑圧が生じると転換した。

そして、フロイトは不安を以下の4つに分類しています(続 精神分析入門講義(1933))

  • 早期の自我未成熟の段階における精神的に寄る辺ない状態における不安
  • 幼児初期の対象の喪失の危険
  • 男根期の去勢不安
  • 潜伏期における超自我に対する不安

これらの不安はいずれも神経症水準の不安、もしくはクラインでいうところの抑うつポジションの不安といえるでしょう。

b.その後の精神分析家の不安理論

M.クライン抑うつ不安迫害不安
D.W.ウィニコット絶滅不安
W.R.ビオン言いようのない恐怖
F.タスティン崩壊の恐怖ブラックホール

6.終わりに

このようなクライン派を代表とするような精神分析について詳しく学びたい方は以下の精神分析のページをご参照ください。

精神分析的心理療法
精神分析的心理療法を当オフィスで受けることができます。その精神分析や精神分析的心理療法についての歴史、構造、基本概念、プロセス、効果、批判、誤解などについて解説しています。主にクライエントが精神分析や精神分析的心理療法を知り、体験するために必要なものに絞っています。