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羨望と感謝

メラニー・クラインの1957年の論文「羨望と感謝(Envy and Gratitude)」の要約と解説です。人間の根源的な破壊性や攻撃性について論じています。その後のポストクライン派にとっては非常に重要な臨床的概念になっていきました。

1.羨望と感謝(1957)の要約

(1)前提

クラインは、最初の対象関係(最初の対象=乳房との関係および母親との関係)をその後の基礎となる重要なものとして研究してきた。最初の対象が摂取され、ある程度の安全感をもって自我のうちに根を下ろす場合には、その後の望ましい発達の基礎が得られる。そこには生得的な要因がある。

乳房との最初の関係には、難産、子供が適切な育児を受けているか、母親の育児に対する姿勢などの外的な状況が重要な役割を果たしている。幼児の母親との最初の関係で基礎的な要因となっているのは、生の本能と死の本能の間の闘争である。

「自己と対象が破壊衝動によって破滅してしまうのではないか」という恐れからやがて「良い乳房と悪い乳房が存在しているのだ」という感情をもたらす。早期の情緒生活は、良い対象の喪失と回復の感覚によって特徴づけられる。

(2)早期の自我について

a)妄想分裂ポジション

  • 乳幼児は外界に投影した対象を取り入れる。
  • 部分対象関係(分裂)
  • 良い乳房と悪い乳房
  • 悪い乳房が自分を攻撃してくる(迫害感)
  • 悪い乳房を攻撃して引き裂いて貪りたい(口唇サディズム)

b)抑うつポジション

  • 部分対象から全体対象へ
  • 自分が破壊しようとした悪い乳房が良い乳房と同じものであった(悲哀感情)
  • 良い対象との同一化(自分の中に良いものがあるという自己感情をもたらす)
  • 愛する能力や建設的な衝動や感謝などが強められる
  • エディプス期(生後3~6ヶ月にわたって抑うつポジションとともに生じてくる)

幼児はしだいに愛情と憎悪の感情を統合し、罪悪感と結びついた悲哀(mourning)の状態を通り過ぎていく。幼児は外界をよりよく理解し始め、母親を自身の独占的な所有物としておくことが不可能なことであるいう実感を持つようになる。

(3)羨望

初期の幼児にとって、すべてのものである母親との関係に影響を及ぼすことによって、愛や感謝の感情をその根底から揺るがすもっとも有力な要因となるものである。生後すぐから働き出している破壊衝動の口唇サディズムおよび肛門サディズム的なあらわれであり、生得的な基盤に基づいている。

  • 羨望(envy):自分以外の人が何か望ましいものを持っていてそれを楽しんでいることへの怒りの感情。ただ一人の人物に対する関係。投影。
  • 嫉妬(jealousy):当然自分のものだと思っていた愛情が競争者に奪い取られるか、その危険がある時に起こる。2人の人物との関係を含んでいる。
  • 貪欲さ(greed):激しいあくことを知らぬ渇望。乳房を完全にくみつくし、飲みつくし、むさぼりつくすことを主たる目的としている。破壊的な搾取。

羨望を向けられる最初の対象は哺乳してくれる乳房である。幼児の願望は、決して飲み尽きることがなく、常に存在している乳房にある。羨望によって傷つけてしまったという感情やそのために生じてくる非常な不安、対象の良さへの確信の乏しさなどが貪欲さと破壊衝動を増大させる。羨望に対する防衛には万能感、否定、分裂、理想化などがある。

(4)感謝

愛情の能力に由来する重要なものであり、良い対象との関係を作り上げるためにはなくてはならないもの。乳房での十分な満足を得ることは、幼児にとって、愛する対象から自分が大切にしたいと思っている贈り物をもらったのだと感じられることであり、これが感謝の基礎になる。

感謝は、良い人物への信頼と密接に結びついており、愛する最初の対象を受け入れ、同化する能力が含まれている。

良い対象は自己を愛し、守ってくれるもの。自己によって愛され、守られるもの→これが自分自身の良さへの信頼の基礎となる。

(5)結論

羨望は良い外的・内的対象との確かな関係の構築を妨げ、感謝の気持ちを土台から壊し、良いものと悪いものとの区別を曖昧にしてしまう。損ない、破壊するものである。良い対象が十分に確立されているならば、この対象との同一化によって、愛する能力や建設的な衝動や感謝などが強められる。

精神分析の究極的な目標はクライエントの人格の統合にある。羨望や破壊衝動とかたく結びついている不安や防衛を何度も繰り返して分析することにより、統合の進展が成し遂げられる。対象への羨望について分析を進めるとき、敵対的な感情は感情転移の中で分析していくことが必要であり、そうすることでクライエントはこれら初期の感情を再体験することができる。

与えられる解釈が有効で正しいものであるという体験の繰り返しが、精神分析家(最初の対象)を良い人物として築き上げる。理想化に基づかずに良い対象としての精神分析家の摂取がなされると、良い内的対象がもたらされる。抑うつポジションの通過が可能になる。

2.羨望と感謝(1957)の解説

(1)羨望の役割

妄想分裂ポジションから抑うつポジションへと移行していく中で、乳幼児の対象関係に「羨望」「感謝」がどのような影響を及ぼしているかについて、クラインは詳細に述べている。当初は一体感、万能感の中にいた乳幼児は、母親の乳房を良いものと悪いものとに分裂させるが、やがてそれらは統合され、全体対象として乳幼児の心に根づいていく。

この一連のプロセスを妨げるものとして過度の羨望が取り上げられている。羨望は良い対象関係の構築を妨げ、感謝の気持ちを損ない、健康な性格形成や自我発達に悪影響を及ぼす。

ただ、乳幼児が母子一体の状態から離れて「個」として成長していく情緒的なプロセスを述べているのであるが、乳幼児の情緒世界はそれほど破壊的なものなのだろうか?

いずれにせよ、クラインはフロイトの死の欲動の先鋭化された一つの臨床的事象として羨望を概念化したといえる。

(2)陰性治療反応

羨望が臨床的にあらわれると、良い解釈を与えてくれる精神分析家に、良いものを持っている精神分析家に向けられる。そして、良い体験をした途端に羨望が強く働き、解釈を破壊し、精神分析家を破壊し、分析関係をも破壊してしまい、結果的に増悪や悪化といった陰性治療反応が引き起こされることになってしまう。

陰性治療反応については以下のページが詳しいです。

(3)ナルシシズムの病理

ローゼンフェルトらが、羨望の影響下において、ナルシシズムを中心として、様々な苦痛から防衛するために、高度に構造化された自己愛的な構造体を構成し、その中に逃避する様を論じた。破壊的ナルシシズムという。これは破壊性や攻撃性が理想化され、健康な自我の部分を脅迫し、コントロールし、支配する。普段は目立たないが、人格そのものをのっとり、裏から支配している。

現状維持が目論まれ、変化することや成長することが危険なことであると認識し、そのような事態になりかけると陰性治療反応が発動し、もとの状態に戻してしまうのである。このような自己愛構造体が維持されている限り、抑うつ的な苦痛を乗り越え、抑うつポジションを達成することを妨げられてしまう。同時に、妄想分裂ポジションからの不安からも防衛することができ、一種、嗜癖的にその状態に沈殿し、倒錯的な満足を得ようとする。

シュタイナー(1993)は自己愛構造体の概念を整理し、妄想分裂ポジションと抑うつポジションに対する防衛的側面を強調した。そして両ポジションの間に第3のポジションとして、病理的組織化を置いた。これら3つのポジションの変化を好まない平衡状態を維持することが目的となっている。

以下の「ナルシシズムの導入について」から抜粋しています。

(4)羨望の否定的見解

カーンバーグ(1969)は羨望は「臨床的に沈黙である」と率直で簡潔な批判を行った。その他に、羨望のように見えているのは、リビドーの欲求不満が現れ、それが破壊的に見えているだけである、というものもある。

特にウィニコットは外界からの侵襲に対する反発として、反応としての攻撃性として理解しており、そうした意味で攻撃は羨望に起因する一次的なものではなく、反応性つまり二次的なものであるとした。そして、多くは活動性といった概念にまとめられていき、成長発達因子として理解されていった。

また、攻撃はコミュニケーションの原始的な形式でもあり、対象が主体の攻撃に生き残る時、初めて対象恒常性が獲得され、自と他の分化につながっていくとした、それは死といった絶望的なものではなく、対象と関係を持つ希望といえる。

藤山(2008)は「反復強迫というのは、実は非常に破壊的だったり非常に絶望的な状況を、もう一度自分がマネージしようとする絶望的な努力だというんです」と述べ、こうした建設的な努力からすると、反復強迫が死の欲動であることに対して疑義を投げかけている。

3.さいごに

さらに精神分析について興味のある方は下にあるページを参照してください。


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