精神分析体験:ビオンの宇宙―対象関係論を学ぶ立志篇

ビオンとは何者か?

松木邦裕(著)「精神分析体験:ビオンの宇宙―対象関係論を学ぶ立志篇」岩崎学術出版社 2009年を読んだ感想です。

精神分析体験:ビオンの宇宙の表紙

1.ビオンの紹介者

前作である「対象関係論を学ぶ」の続編にあたり、特にビオンの理論を中心に紹介しています。もちろんビオンの理論といっても松木先生なりの解釈や理解が入っていると思いますので、ビオンそのものとは言えないかもしれませんが、かなり平易に分かりやすく簡潔に書かれているので、入門書としては大変良いものであると思います。松木先生の良さはこういう難しいことを初学者にも分かりやすく教えてくれるところなのでしょう。ビオンは通常の用語・言葉は様々な意味が付与され、真に理解していくには不適切と考え、KやLやOといった特殊な記号で概念を説明しようとしていました。その為、精神分析の発展には大きく寄与できたものの、初学者には難解になってしまったおころがあるでしょう。

そういえば、クラインの理論も複雑ではありませんが、雑多なものが雑多なままに提唱されており、やや分かりにくいところもあったと思います。が、その後のスィーガルがクラインの理論を分かりやすく整理していきました。そう思えば、ビオンの難解な理論を松木先生が分かりやすく整理していったことと重なるところがあるかもしれません。

2.ビオン理論の中核

中身に入りますが、同じ精神分析といってもその臨床家・理論家によってそのものの見方は大きく変わります。フロイトは性を中心に、クラインは攻撃性を中心に、ウィニコットは関係を中心に精神分析を展開しました。そしてビオンは何を精神分析の中心に置いたのかというと「思考」となるでしょう。思考の発達が人間を作り上げるとし、その展開を詳細に描きました。そして真実というものが強烈な不安を喚起するとともに、栄養にもなります。それ故に人間にとっては真実が必要であるという理解を示していきました。そして精神分析の本質はその真実を探求することとビオンは定式化しました。その後はOになることといった東洋的な視点も入れて行ったようですが。このようなところが今まで分かりにくかったが、本書を通して、整理して理解できたように思います。

ビオンは真実を探求することを精神分析の本質であると考えるとともに、人間の成長に不可欠であると考えていたことがとても理解できます。そしてここに書かれた神秘家もどきの人はイギリスから遠く離れた日本においてもよく見られており、カウンセラーを名乗りつつ、カウンセラーとはとてもいえない人が多いのが嘆かわしいところでもあります。

3.精神分析家になること

またビオンは精神分析家とは何か?ということについても生涯に渡って考え続けました。精神分析家になるためには一定のトレーニングと協会からの認定が必要になります。しかし、精神分析家の資格を取得することと、精神分析家になることとはイコールではないというビオンの主張には大変うなずけるものでした。資格云々とは別に精神分析家であり続けることは大変な困難なことであることは容易に想像がつきます。しかし、だからといって、精神分析家には他者から認定される資格は必要がないというのは短絡的な思考だとも思います。たとえば歴史的にラカン学派にはそういう人が多いようで、極端なことをいうと、ちょこっとトレーニング積んだだけで、ラカン派精神分析家を名乗る人もいるようです。ビオンはこのようなことをいっていたのではないことは明白でしょう。ビオンでいうところのφの思考になっているのかもしれません。

これは精神分析家だけではなく、臨床心理士にもいえることかもしれません。臨床心理士の資格を取ったとしてもそれが臨床家である証とはいえないでしょう。臨床心理士の資格を持っていても臨床家ではない人はたくさんいます。それが良いか悪いかではありません。如何に臨床家であり続けるのかはその人の姿勢によることだと思います。

4.理論と生き様

本書ではビオンの理論を紹介されていますが、ビオンの生き方・生涯についてはほとんど触れられていません。付録でビオンの年表が少し載せられているぐらいです。精神分析の理論はその精神分析家の生き方が直結していることはほとんどの人に同意されるでしょう。生き方やパーソナリティと関係なく理論はできないのです。フロイトは父親との関係やその神経症傾向が精神分析の理論の展開に大きく影響しています。クラインはその抑うつ的なパーソナリティや身近な人を次々に失っていった悲しみが理論に関係しています。ウィニコットは抑うつ的な母親との関係からホールディングなどの概念につながっています。

ビオンはどうかというと、幼少期はインドで育ち、思春期にイギリスに渡り、生涯インドに帰ることはありませんでした。さらに、軍医として戦争に参加し、そこで死ぬまで苦しむことになる外傷体験をこうむりました。このようなビオンの生き方や生活史がもう少し多めに載せられているとビオンの理論の理解に役立っていたのではないかと思います。

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