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ヒステリー研究

精神分析の原点

S,フロイトの1895年の論文「ヒステリー研究」の要約です。ヒステリーの病因について性の抑圧をフロイトは挙げました。そして、そのヒステリーの治療過程の中で精神分析を創始しました。

本論文はフロイト全集〈2〉1895年―ヒステリー研究ヒステリー研究 上 (ちくま学芸文庫)ヒステリー研究 下 (ちくま学芸文庫)に収録されています。

1.アンナ・Oの病歴

(1)論文の背景

a.ブロイアーとの関係

Stadard Editionの第2巻に収録された「ヒステリー研究」(1895)。この時期は、神経学から深層心理学へ、ヨゼフ・ブロイアー(1842-1925/オーストリアの内科医)からフロイトへ、催眠・カタルシス法から自由連想法へ、といった移行期でもある。フロイトは、ブロイアーと出会ってカタルシスについて聞き、その後1885年、フランスへ留学、シャルコー(1825-1893/神経学者)の講義(外傷仮説。催眠下で外傷が露呈する)を受けた。催眠時のカタルシスで治癒するという着想から、ブロイアーとの共著、「ヒステリー研究」へ。

「ヒステリー研究」はブロイアーとフロイトの共著であり、5つの症例が紹介されている。「アンナ・O」はブロイアーの、他4例はフロイトの症例である。「アンナ・O」は、1880年からの催眠療法の症例で、催眠浄化法hypno-catharsisが見出され、それを用いた「エミー・フォン・N夫人」(1889年からの治療)の症例から自由連想への道が開かれていく。

b.アンナ・Oについて。

本名ベルタ・パッペンハイム(1859-1936)。1880年12月~1882年6月のブロイアーの往診、催眠療法。治療中に水が飲めなくなり、心的外傷体験の想起によりその症状が喪失したこと等から、催眠浄化法hypno-catharsisが見出された。なお、完治せず、ブロイアーへの転移が高まった状態で治療は中断し、その後彼女は精神病院を転々、30歳頃には治癒。

その後ドイツで最初のソーシャルワーカーとして活躍(少女孤児院の院長を務める等)、生涯独身、77歳で他界。なお、フロイトによると、治療の中断はブロイアーの妻の妊娠・出産後の転居によるものであり、この際アンナは妊娠空想によるヒステリー発作を起こしたとのこと。

(2)アンナ・Oの概要

アンナ・O。発症時21歳。遺伝的素因はあったが、発育期は健康、知能は優れていた。また性愛的な要素は発達しておらず、恋愛もしていなかった。健康な中での白昼夢の傾向。1880年7月、愛する父親は胸膜周囲膿瘍におかされており、アンナは最初は熱心に看病していたが、次第に衰弱、貧血、食事への嫌悪。看病から遠ざけられると、激しい咳そう。咳そうのため、ブロイアーの診察を受け、神経性咳そうと診断された。その後、独特な精神障害(錯話・交叉性斜視・視覚障害・右側上肢と両側下肢の完全な拘縮性麻痺・左上肢の不全拘縮麻痺・項部筋の不全麻痺といった多彩な症状)を呈した。また、2つの意識状態が突然入れ替わった。一方の意識状態では、悲しげで不安そうだが周囲のことがわかり、正常に近かった。他方の意識状態では、幻覚(毛髪や紐が蛇に見える等)があり不躾、悪口を言い物を投げつける、異国語を話し独語を理解出来ない、等。1881年3月に錯話は消失。

1881年4月5日、父親の他界。一部軽快した症状もあるが、昏迷や高度の視野狭窄。看護をしていた際に出来ていた、夜は目を覚まし午後に眠る、というパターンも影響してか、夕方に「催眠状態」になるように。「催眠状態」で、物語をするようになり(例えば、病人の傍らで不安に満ちて座っている少女の物語)、物語をした後には明らかに安らいだ。これは蓄積された「お化け」の除去であり、彼女は「談話療法 talking cure」「煙突掃除」と名付けた。1882年春頃には、朝から欠神が頻繁になり、夕方はほとんど欠神状態となった。第2の意識状態では、1880年から1881年にかけての冬の時期(父親の他界前)を生きているような様子で、ヒステリー現象の引き金になった出来事を話し合う事で症状は消失した。これといって根拠なく、彼女は水を飲めなくなくなり、この症状は6週間持続。催眠状態で女性の使用人を罵り出した。それは、病床につく以前の出来事(使用人の飼っていた厭わしい子犬が、コップから水を飲んでいたが、不躾になってはいけないと思い、何も言わずにいた)であった。これを話した後に、抑制なくコップで大量の水を飲み、催眠からさめ、症状は永久的に消失した。このように1つ1つの症状について、誘因となった出来事を語っていくと、症状が消失した。

転移として理解出来る側面として、ブロイアーの食べさせるものだけ食べる、不在にすると話さなくなりブロイアーの手をとってから話す、ブロイアーの診察後不在の2日間に苛々し出し反抗的になる、などが見られた。

(3)ヒステリーの潜伏期と病因論

a.素因

単調な生活で心的活動性とエネルギーが余り、空想に用いられている/習慣的な白昼夢

b.潜伏期

覚醒夢(半覚醒時に蛇に噛まれそうになり、蛇と知覚麻痺、運動麻痺が連合。さらに不安で祈りの言葉が出ず、何とか出てきたのが英語の聖書の句(異国語を話すこと))。自己催眠的な欠神の傾向の形成(曲がった木を見て、蛇の幻視と硬直)。

不安感による食事の困難。視覚障害と涙を抑えたepisode。覚醒時の失声といくつかのepisodeの関連(不安・抑制・不当な叱責)。咳そうとリズミカルな音楽とあるepisodeの関連(場にそぐわぬ願望と自責の念)。

c.病因

拘縮麻痺と知覚麻痺に発展した偶発的な右腕の圧迫性麻痺は、催眠状態での外傷によって発生しており、発生機序はシャルコーの外傷性ヒステリーの理論に対応する。ただし、シャルコーの実験的にヒステリー性麻痺を作り出した患者の場合は、すぐに麻痺が固定化されているが、アンナの場合は外傷となったepisodeから4ヶ月後に麻痺。拘縮も「第二の意識状態」でのみ。

幻覚を伴う自己催眠以来、新しい症状形成の機会が増え、症状が固定化。衰弱し、「第二状態」になっている時間の方が多くなると、ヒステリー性現象は正常状態の方にもなだれ込み、発作的に出現する現象が持続性の症状となった。

アンナの話が信頼できるかはわからないが、話している時には真実のように感じられ、信頼できた。

他のヒステリーも同様の発生機序か?、「第二状態」が出来上がっていない場合も類似しているか、という点は、不明だが、1つの推察とはなる。

持続性の症状となって以降に加わった、左上下肢の拘縮と頭部を支える筋の麻痺は、1度消失して以降は現れなかったため、別の発生機序ではないか(二次的展開物)、と考えられる。

正常な意識状態と「第二状態」の分離。しかし「第二状態」であっても、愚劣なものを観察している部分がある。「全ては作意的なものであった」という告発。

2.ヒステリーの心理療法

(1)位置づけ

ヒステリー研究(1895)は、神経症の成立と治療の理論と実践法に関する古典。症例の記述、患者との応対、症状の動きに対する洞察が今日でも意味をもつとされる。

フロイト自身の評価は、ヒステリーの本性ではなく、症状がどう発生するかを明らかにした。このあとのカタルシスから精神分析への移行の時期に、病因となる心的過程の考え方(ブロイアー:異常な心理状態の心理過程、フロイト:防衛のメカニズム)が対立し、フロイトが次第に性的なものに真の原因をみるようになってブロイアーと袂を分かつことになる。

(2)冒頭

予報において治療法を発見し効果の説明を試みた療法が効果をもちうる範囲、他の療法より優れている点、その方法を用いる際の困難な点を述べる。

(3)ヒステリーの本質的特性

ヒステリーの本質的特性をなすものは何か、何によってヒステリーを他の神経症と区別するのかという疑問について。さしあたりヒステリーと診断したのに催眠術で治療効果が上がらない場合がある一方で、誰の目にもヒステリーではない神経症(例えば強迫観念症)が解消されたりするので、他の神経症をその病因や心的機制のあり方を研究して、ヒステリー診断の当否を決定する。

a.神経衰弱

心的機制が何の役割も果たしていないような単調な疾患形態に対応する。

b.強迫神経症

複雑な心的機制やヒステリーに似た病因と心理療法の効果が認められる。

c.不安神経症

不安の表出の徴候か、代理症としての残遺状態を特性とする症状複合体で、性的由来をもつ心的緊張から生じる

d.混合神経症

ヒステリーの乱用を改める正しい解釈として、神経症の大部分を指すもの。ヒステリーと強迫神経症は純粋な症例は稀で、ふつうこの2つは不安神経症と結合している。病因的要素がしばしば混ざりあっていることに由来する。(4症例→)治癒という点ではヒステリーは混合状況から切り離せない。

(4)カタルシス療法の効果と制約

効果は、ヒステリー性の要素が実際上重要な位置にあるかによる。また、カタルシス療法は、ヒステリーの原因となる条件に影響を与えないから、新たな症状の発生を防げない。ヒステリー症状すべてを除き去ったという訳ではないが、障害は個人的事情に基づく。対症療法としての価値。残遺現象としてのヒステリー症状への効果。急性のヒステリー性精神病を止めることはできないが、精神病を防ぐかもしれない。慢性的経過への効果。心因性ではないヒステリー症状や類似の症状が回り道をする場合の効果。

困難な点や不便な点としては、骨が折れて手間取ること。医師との個人的関係が問題解決の条件。

ブロイアー法の分析では、ヒステリー機制が消える→残りの諸現象の解釈→病原にさかのぼる

そのため、仰臥療法との併用によって広範な心的効果が得られる。

(5)カタルシス療法の困難さ

カタルシス療法の技法とその困難を述べる。催眠にかからない人と催眠を拒否する人は、奥にひそむ障害は同じではないか。催眠術を避けながら病原性回想を呼びおこすために採用した方法(強要:横臥、閉眼、額圧迫)から「病原性の観念の意識化(回想)に抵抗する心的な力が患者にあり、私は自分の心的な操作によってその力を克服せねばならない」という理論ができた。病原性観念に共通する性格は、いたましい性質で侵害の感覚を呼びおこすもので、ここから自然に防衛の考えが生まれてきた。

抵抗として感じる力(=症状発生の際の排除する力)と抑圧(病原性観念の意識化を妨げたもの)のために、自我の観念と相容れない観念が病原化すると考えると、転換も解明しうる。連想の抵抗を克服する操作(強要)で得られるのは、回想の鎖の起点となる観念と病理性観念の中間にある観念である。

(6)抵抗の形式

抵抗の隠され方に注目すると防衛過程が明らかになる。病原回想は抵抗を伴ってしか口にのぼされない。ヒステリー患者はたいてい視覚型だから、思考の再帰より視覚像の再帰のほうが簡単である。患者の表情から、無意識的追想を否定しようとする際の緊張や感情が区別できる。

持続的抵抗を克服するには、症例の性質とそこに作用する防衛の動機を大雑把に見抜いた上で、患者に対して人間的にかかわるという個人的な影響力が必要である。

(7)催眠術の放棄

深い夢遊状態でも抵抗を示す実例を知ってから、カタルシス療法をやりやすくするための催眠術の価値を疑わしいと思うようになった。心的領域においても原因と結果の量的関係を求める私の要求にもふさわしくない。防衛ヒステリー、類催眠ヒステリー、貯溜ヒステリーはいずれも根底で防衛の力が働いているのではないか。

(8)分析の進行についての示唆と内容的な難点

忘れたと称される病因性の心的素材は、自我の思うままにならず、連想においても記憶の中においても何の役割も演じないが、何らかのしかたで用意され、整然たる秩序をもつ。たいてい事情は簡単でなく、単一のヒステリー症状はまずない。外傷性回想や病原性の観念にも、一連の部分的外傷や病原的な思考過程の連鎖がある。ヒステリーの心的素材は少なくとも3重の層をもつ多次元的な構造のものである。その様式は、

  • 年譜的に並ぶ線状の配列。回想は再現の際、発生順序と逆になる特性がある。
  • 同心円的な層次構造。核に近づくほど強くなる抵抗の層であり、意識の変化の領域。
  • 論理的連鎖。力動的性格をもつ。もっとも本質的な配列様式。一般的な説明は困難。

注意点として、異物と違い、病原性の心理群は正常自我との境界がはっきりせず浸潤物に似た作用をする。摘出するのではなく、抵抗を融解させて閉ざされていた領域に向かって流通の道を開くことが治療の使命である。病原性の素材が空間的に拡大したものの全量は、狭い裂け目を通過させられるから、断片状またはリボン状にちぎれながら意識にたどりつく。

進行は、さしあたり、覚えていることや思い出したことを話してもらうことから始める。回想の再現を阻止せず、しかし治療全体の主導権は握る必要がある。患者の最初の申し立ての中にある空隙を探り当て、論理の糸を1本つかまえる。抵抗を処理しながら糸を手繰り、病原組織の中へ向かう。分析の後期段階では、患者の抵抗はたいていなくなっており、関連を見出すまえに、推し測って患者に告げることが有効である。症状の変動は、新しい病理的回想に立ち入るたびに繰り返される。

(9)治療の影響

やがて患者が「心を奪われる」瞬間が訪れると、一般的状況も分析作業の成り行きいかんに左右されるようになる。心的構造に深く踏みこむにつれ、分析作業は暗く困難になる。病原性組織体の中核から発している観念は、患者によって回想だと認められることが最も困難なものである。

患者の思考過程のどの部分が回想として認められるのか私には推測できないが、ある程度見えるのは、思考過程の先端が無意識的なものの中につかっているということである。

(10)無意識的追想が呼び起こせない時

内容的な障害は、ちょうど探求している箇所で何も聞きだせない時(完全に落ち着いた表情)と抵抗にぶつかった場合(緊張、精神的苦闘の表情)とがある。外面的な障害は、患者と医者の関係が乱された時で、一番悪質な障害である。抵抗の心的力を打ち負かす動機を作り出すのには、医者の人格に重要な役割がある。障害(抵抗)がおこる、

人的な疎隔感において、患者が医者の人物に慣れすぎて、独立性を失う。性的にさえ隷属されるかもという恐れ、分析の内容から浮かび上がる苦痛な観念を患者が医者の人格に移して、それを恐れるという場合は、患者に障害の本質を説明し、意識させることが課題となる。

(11)治療の目的

カタルシスによる心理療法を心理療法的手術と名付けたのは、病的なものの排除というよりも、その過程に有利な治癒条件を設定するためである。「みじめさをありふれた不幸にして」「ずっとたくみに防衛できるように」するということ。

3.ヒステリー研究についての議論

アンナ・Oは転換ヒステリーと解離性障害の混合と考えられる。ただ、ブロイアーの往診開始以降に出現した症状もあり、当時は転移や退行の概念はなかったが、転移神経症や退行の文脈で捉えることが可能な部分も多いのかもしれない。例えば、マイケル・バリント(1968)は、悪性退行の一例としてアンナ・Oを挙げているし、福本(2008)は、ブロイアーの世話を必要とし続けた経過について、「別の新たなヒステリー症状」が産まれ、根本的な欲求不満は解決していなかったのではないかと述べている。このように考えると、ヒステリーの本質は、やはり特別な世話や関心・愛情を求める心性なのかもしれない

当時は治療構造の概念がなかったが、実際、現在も重症ヒステリーの入院治療では、あらゆる方法を使って、医師や看護師らをひっきりなしに呼び続けていることが多い。そこに臨床心理士が加わり、治療構造を維持し続けることの意味は何なのだろうか。治療関係が破壊的にならないために治療構造は必要であろうが、そこには自己防衛的な意味合いが含まれている気もする。

他方で、アンナ・Oのしがみつきは悪性退行でもあろうが、パーソナリティを構成する根源的な一部分でもある。我々臨床心理士は、これをどのように扱うのかが、興味深く、臨床的論点(争点)でもあろう。動物磁気や性感マッサージから、対話による治療が見出された過程としては画期的であろうが、その後の進展の中で、重症ヒステリーの治療の本質は何なのか、は、私の中では明確ではなく、ディスカッションをしたい点である。

また、性的欲求の重要性への気づき、仰臥療法との併用、治療者‐患者関係、心的領域の量的関係、病原性の心理群と正常な自我との連続性の話題が印象的だった。現在理論化されている概念とのつながりを確認したい。治療構造が作られる過程も示されているか。フロイトの密で大胆なかかわりの功罪を整理したい。

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