トーテムとタブー

原始の人の心

S,フロイトの1913年の論文「トーテムとタブー」の要約と解説です。精神分析を文化論や宗教論、人類学に応用し、人間存在について考察した論文です。この中で有名なエディプスコンプレックスを論じています。

1.トーテムとタブー(1913)の要約

(1)まえがき

精神分析学の観点と成果を民族心理学の未解明の諸問題に適用しようという最初の試みである。

タブーとは、今なお我々の内部に残存している。拘束力を及ぼす。いっさいの意識的動機付けを拒否する(カント「至上命令」)。トーテムとは今日の我々の感情とはかけ離れ、とっくの昔に放棄されて新しい形式にとってかわられた宗教的・社会的制度である。

(2)近親性交忌避

オーストラリア原住民の研究から原始民族(未開民族)の心理と神経症者の心理に一致点を見出す。オーストラリア原住民が近親性交を防止してきた方法がトーテミズム制度である。男子と義母との交渉の制限が「アンビヴァレント」であり、互いに相争う感情、愛情と敵意から成り立っている。近親性交忌避は小児的特徴であり、神経症者の精神生活にいちじるしく一致している。

(3)タブーと感情のアンビヴァレンツ

a.タブー

タブー(Tabu)はポリネシア語で「神聖な・清められた」且つ「無気味な・危険な・禁じられた・不浄な」を意味する。

b.強迫神経症

強迫神経症とはタブー病である。タブー的禁止を自分ひとりで作って、それを固く守っている人々と言える。

タブーと強迫の共通点として、禁止の無動機性、内的強制による禁止の確立、移動性および禁止されたものを通じての伝染の可能性、の3つがある。

c.強迫神経症の心理学的条件

強迫神経症の心理学的諸条件をタブーにあてはめると、どちらも「アンビヴァレントな感情ないし傾向に由来する。

トーテミズムに属するタブーには、敵に関するもの、酋長に関するもの、死者に関するもの、の3つがある。(J.G.フレイザー「金枝篇」)

d.投影

内的知覚の外界への投影は原始的メカニズムである。

原始人は、自己自身の邪悪な欲望を魔神に投影する。これを「アニミズム的組織」という。現代人は、神経症者の低次する組織形成。夢の二次的加工がこれにあたる。

タブーは良心の命令であって、これを犯すと恐ろしい罪過感情がおきる。タブーの根底には欲望がある。

e.タブー現象と強迫神経症との差異

タブーを違反すると、違反を犯した者への罰がくだる。一方で、強迫神経症の場合には、患者が恐れるのは自分に対する罰ではなくて他の人物に対する罰である。

また、タブーは禁止された接触は明らかに性的意味ばかりではない。特殊な人物への攻撃、支配、所有権の主張なども含まれる。強迫神経症では、接触不安で問題になるのは性的接触の禁止。神経症にとっては社会的欲動にたいして性的欲動が優位を占める。

(4)アニミズム・呪術および観念の万能

a.世界観

人類は三つの大きな世界観を生み出した

  • アニミズム的(神話的)世界観
  • 宗教的世界観
  • 科学的世界観

世界を我が物にしようという実際的必要が、この努力(アニミズム世界観の誕生)に一役買っていた。

神経症者には「体験の現実」ではなくて「思考の現実」が徴候を形成する基準となる。未開人は「迷信」を、神経症者は「強迫行為」を、禍(=死)への期待を防ぐことを目的とした魔除けとしての機能をもつ。

b.観念の万能

  • アニミズム:人間が万能
  • 宗教:神が万能
  • 科学:現実の法則を手に入れることのできる人間精神が万能

個人におけるリビドーの動きの発展は、自体愛→自己愛→対象愛の順である。

自己愛とは自我に向けられた愛である。

心理作用を過大評価することが自己愛の本質であり、未開人と神経症者の共通点である。

未開人は思考は性欲化されており、そこから、観念の万能への進行や、世界制覇の可能性への不動の確信が生まれる。神経症者は、一方ではこの原始的態度がかなり体質的に残っており、他方では彼らに加えられた性的抑圧によって思考過程の再度の性欲化をきたしているのである。

c.発達段階

人間の世界観の発展段階を個人のリビドー発達の段階と比較することができる。

  • アニミズム的段階-自己愛の段階
  • 宗教的段階-両親との結びつきを特徴とする対象発見の段階
  • 科学的段階-快感原則を棄てて現実に適応しながら外界にその対象を求める(成熟した)段階

d.アニミズム的世界観

人間が持ちえた最初の世界観(アニミズムの世界観)は心理学的世界観であった。霊とか悪魔とかいうものは、未開人の感情の動きの投影にほかならない(シュレーバー症例と同じ)。未開人の二元論(身体と魂(?)H.スペンサー)はわれわれの二元論(心身二元論。精神と肉体の分離)と同じである。

アニミズムの思考体系はは夢の二次的加工、恐怖症や強迫思考や妄想症に同じ。心理的素材の順序の入れ替えが新しい目的のために行われている。体系の成果は、体系の前提からの動機付けと隠された動機付けの2つの動機付けをもつ。

迷信の隠れた動機は欲動抑圧の進歩と発展が迷信的動機のために不当にも過小評価されている。例えば、敵に対する残酷で敵対的な欲動+汚物を処理しなければ呪われるという迷信など。

(5)トーテミズムの幼児性回帰

a.トーテミズムの本質

トーテムは最初はただ動物にすぎなかった。その動物が個々の種族の祖先とみなされていた。トーテムは母系にのみ相続された。トーテムを殺すこと、食べることは禁じられていた。トーテム仲間相互間の性交渉は禁じられていた。

b.様々な仮説

トーテミズムの起源について、未開人はどのように自分(の種族)を動物等の名で呼ぶことになったのか

  • 名目論的学説
  • 社会学的学説
  • 心理学的学説

族外婚の由来およびトーテミズムとの関係(両者の関連の有無、近親性交忌避の理由)。

婦女略奪の名残、本能的嫌悪、優生学的問題等の説。

歴史的由来説(人間の原始状態についてのダーヴィンの仮説)とは、人間ははじめは小さな群れを成して生活し、最年長にして最強の男性が、群れの女をすべての男から嫉妬深く守っていた。若い男が成長すると、最強の男が他の男たちを殺したり追い出したりして、その社会の長としての地位を確保した。この状態のため若い男は婚外婚を行った(アトキンソン)。

c.子どもの動物恐怖症

子どもと動物の関係は、未開人と動物の関係に似ている。

M,ヴルフの犬恐怖症、ハンス少年の馬恐怖、フェレンチのアルパード坊やの鳥類倒錯の事例が挙げられる。

エディプス・コンプレクスや去勢不安状況下では、子どもは感情の関わり合いを父親から動物に移す。トーテム動物と父親の完全な一致、トーテム動物へのアンビヴァレントな感情態度の点でトーテミズムと一致する。

トーテム動物が父親だったとすれば、トーテミズムの核心の2つのタブー(トーテムを殺さないこと、同一トーテムに属する女を性的目的に使用しないこと)が説明できる。

d.生贄饗宴の特質

祭壇の生贄は古代宗教の儀式の本質だった。同じ物質を食べるという行為そのものに結合のはたらきがあった。太古においては、生贄動物そのものが神聖であり、その生命は侵しがたいものであった。種族全体の参加と共犯のもとに、しかも神の現前においてしか、その生命を奪うことはできなかった。

そしてその結果、その神聖な実質が供給され、それを食べることにより、部族仲間は相互の、また神との物質的同一性を確かめることができたのである。生贄は秘蹟であり、生贄動物そのものが種族仲間であった。実際、古代のトーテム動物、すなわち原始的な神そのもの、これを殺して食べることによって、部族仲間は自分が神に似たものであることを改めて思いおこし、確信を持ったのである。

e.父殺し、宗教と道徳の誕生

ある日のこと、追放された兄弟たちが力をあわせ、父親を殺して肉を食べてしまい、こうして父群にピリオドを打つに至った。彼らは団結することによって、一人ひとりでは不可能だったことを実現した。暴力的な父は兄弟のだれにとっても羨望と恐怖をともなう模範であった。彼らは食べてしまうことで、父の強さとの一体化を成し遂げた。おそらく人類最初の祭事であるトーテム饗宴はこの記念すべき犯罪行為の反復であり、記念祭なのだろう。そして、この犯罪行為から社会組織、道徳的制約、宗教など多くのものが始まったのである。

父親を片付けてしまうと、押さえていた愛情、悔恨、罪意識が生じた。近親性交は、兄弟組織を維持する必要性から自ら禁止した。また、男の感情にとって、その動物が父にもっとも近い代替物と感じられたため、和解を試みた。あらゆる宗教はすべて、太古の大事件の反作用から生じた。それは、事後服従で父を宥める一方、父への勝利を定期的に追憶するというアンビヴァレントなものである。なお、兄弟が互いの生命を保証する社会的要請は、道徳の基礎になった。

f.その後の変化

父→トーテム動物(身代わり動物)→時代の変化(社会が民主的平等が保てなくなり、抜きんでた人間への崇敬をもとに神々を創造する。父への憤激も鎮まり父理想が復活)→神(人間の姿を取り戻す、動物生贄から人間(擬人神)生贄へ)→社会、家族は家父長制度に移行(父に権力返還、父祖ほど絶対専制的ではないため憧憬維持)→家父長制度を国家に体現する王が現れる(父の権威に屈服した息子たちは、生贄は神が命じたもので自分の責任外と考えることに利用)

このような変化の際、息子の感情はアンビバレントだった。それは、ラテンの最初の王が神を演じた後に殺される風習やギリシャ神話、ミトラス神話、オルフェウス教の逸話などに見てとれる。キリスト教の原罪は、間違いなく父殺しの罪である。キリストの場合は息子が父と入れ替わり、同胞たちは息子の肉や血を享受する聖餐式を行うようになった。これは父親を改めて排除する行為で、償われるべき行為の反復である。トーテム饗宴と、動物生贄、擬人神生贄、キリスト教の聖餐式は同一のもので、これらすべての祝祭のうちにあの犯罪の影響が残っている。

(6)まとめ

宗教、道徳、社会、芸術(例:ギリシャ演劇)の起源はエディプス・コンプレックスである。また、アンビヴァレンツという感情を獲得したのも父コンプレクスによってだった。

個人の精神生活におけると同様の精神的過程が集団心理でも起こるのか、また、どのように数千年にわたり作用しつづけるかという疑問については、前者に関しては、ある世代の心理的過程が次の世代につながらないとすれば民族心理学の進歩はない。後者に関しては、太古の父祖との根源的関係が残している風習、儀式、制度をすべて無意識的に理解するという方法によって、後の世代も感情遺産をひきついだと考えられる。

また、太古の大犯罪は実際に一度行われており、その後の世代の未開人にとっては、父に対する単なる敵意や殺して食べる願望という心理的現実が存在するだけで、道徳的反作用が生じるに十分だった。

(7)議論

人類が「抑圧」という防衛機制を身につけて「文化」を身につけたのは父殺しによるという理解でよいか。個人の精神生活同様の意識的・無意識的な精神的過程が集団におこり、組織や社会を動かしていることはあるだろうか。

フロイトの論ずる精神性的発達は人類にとっての普遍的なものであることを主張しているのか?

タブーや宗教が「外在超自我」として機能していた時代の人類に神経症はいなかった?科学(文明?)を得たことで人類はタブーや宗教を手放し、精神で本能欲求(近親姦願望)をコントロールしようとした(超自我の内在化?)。抑圧されても欲動は消えてなくならない。そのひずみとして神経症が生じたということか?

2.トーテムとタブー(1913)の解説

(1)ポイント

原始宗教が始まる以前の太古の頃、原父が部族の女性を独り占めにしていた。息子たちはその原父を恐れ、憎しみ、羨望していた。ある時に、息子たちは原父を殺害し、喰らった。しかし、そのことにより、強い罪責感にかられてしまうようになった。トーテム饗宴はこの殺害の反復なのである。そして、息子たちが共存していくために、ルールが敷かれることとなったが、それが部族内での婚姻、近親姦の禁止である。

近親姦は非常に魅惑的で、願望の塊であるが、実行するには強い罪責感をかられてしまうものであり、そうしたシステムによって原父殺害を繰り返さないように強いたのである。そうしたシステムがトーテミズムとなり、後の宗教となり、今日では法律となっていった。

こうしたことは強迫神経症に近いことがみられ、狂おしいほどに突き動かされる衝迫とそれに対する禁止と打ち消しは、原父殺害とトーテミズムと同等のものである。

これらはひとことでいうとエディプス・コンプレックスである。父を殺害し、母を娶り、そのことを知ったことで盲目となってしまったエディプスの物語が人間の根幹をなしているのである。

(2)オイディプス王物語の概要

テーバイの王ライオスは、子どもを作るとその子どもに殺されるであろうと信託を受けていた。しかし、妻イオカステと酒に酔った勢いで交わり、子どもができてしまった。その子どもを従者に捨てさせたが、その従者は忍びないということで、キタイロンの山にいた羊飼いに子ども託した。その子どもはオイディプス(腫れた足)と名づけられ、育てられた。

オイディプスは成長し、故郷を離れることとなったが、その道中で、ある男と口論となり、殺してしまった。殺した男こそ実の父親であるライオスであった。オイディプスはそこから逃げ、テーバイに向かった。そこでテーバイはスフィンクスに悩まされており、そのスフィンクスを倒したものがテーバイ王になると信託を受けた。オイディプスはスフィンクスの謎を解き、倒した。そして、テーバイ王となったオイディプスは未亡人であったイオカステと婚姻し、4人の子どもを作った。

その後、テーバイは不作と疫病に見舞われたが、その原因は前王であるライオス殺害のためであり、犯人を追放せねばならないと信託があった。そのことに基づいてオイディプスは過去を遡って調べると、ライオス王殺害は自身であり、かつそのライオスは実の父であり、さらには妻であるイオカステは実の母であったという事実を目の当たりにした。そのことを知ったイオカステは自殺をし、オイディプスは絶望し、両目を自ら潰し、娘であるアンチゴネーと放浪の旅に出た。

フロイトは上記の部分を重視したが、実際にはライオスが呪縛の信託を受けるにいたったのは、ライオス自身が少年虐待の歴史があり、その罪と罰が信託になっている視点をフロイトは排除している。フロイトの父への個人的な理想化があるのかもしれない。

また、オイディプスは盲目となった後追放されたが、実は物語はその後も続き、様々な苦難を乗り越え、徐々に真実に向き合うようになり、人間的に成長していくという物語もある。なので、単なる悲劇ではない。

ちなみに、フロイトは愛娘のアンナ・フロイトを「アンチゴネー」という愛称で呼んでいた。

(3)フロイトのエディプス・コンプレックスの概要

同性の親を排除し、異性の親との結びつきを求める心性であり、人間の根幹をなすもので、主に3~5歳頃に出現する。フロイトによると男児と女児のエディプス・コンプレックスの発達は多少違っている。

まず、男児は当初は母親に愛を向けているが、そこに父親の妨害と圧力を受け、母への愛を断念する。そして強い父親への同一化をすることで性心理発達を遂げる。

女児は母親に愛を向けているが、母にはペニスがないことに気づく。本来はペニスを持っていたのに関わらず、去勢されたのだと思うようになる。そして、ペニスを持っている父親に愛を向けるようになり、そのまま性心理発達を遂げる。

ちなみに、異性の親を排除し、同性の親に愛を向けることを陰性エディプス・逆エディプスという。

(4)エディプス・コンプレックスの発見

1897年10月15日のフリース宛の手紙にオイディプス王が初めて登場した。もともとフロイトは学生時代にオイディプス王物語を翻訳したこともあったという経緯も関係しているだろう。フリースとの手紙をとおした自己分析により、フロイトは母を愛し、父を憎む心性に気付き、それが人間の根本的な心性であるという認識に至った。

(5)エディプス・コンプレックスと構造論

フロイト後期に登場する構造論、特に超自我論とは切っても切り離せない関係になっている。親からの去勢の脅しに屈服することになるが、それらを内在化し、心の中の審級として位置づけるようになる。それが超自我となる。超自我はエディプス・コンプレックスの後継者なのである。

(6)女性の性心理発達について

ドイチェといった女性精神分析家やフェミニストからの猛烈な批判にさらされたのがエディプス・コンプレックスであり、特にペニス羨望という考え方である。女性を欠落した劣った存在であるという価値観への反発なのであろう。

ただ、これらのエディプス・コンプレックスやペニス羨望を外的な事実のように取り扱ったり理解したりしてしまっているという誤解に基づいている点もある。これらはどこまでいっても内的空想であるという認識をすることで、臨床的な有用性がある。外的事実であるとすると、社会運動という側面にしか行き着かなくなる。

(7)早期エディプス・コンプレックス

クラインは児童分析を通してエディプス・コンプレックスを改訂していった。特に幼児の観察に基づき、フロイトが想定していた超自我の発現が3歳より以前に既に活発に活動していたと発見した。クラインはフロイトの熱烈な信奉者であったので、フロイトの分析理論とクラインの臨床観察との間で整合性をつけねばならなくなった。そのため、クラインはエディプス・コンプレックスの時期をより早期に前倒しせざるをえなくなった。

前倒しされたエディプス・コンプレックスは部分対象関係の世界であった。乳児のウンチ・オシッコ・空腹などの不快感は外から攻撃してくる非常に迫害的な悪い対象である。その悪い対象はペニスを持った母親に代表される(結合両親像)。その迫害は非常に過酷であり、それが蒼古的な超自我となる。クラインは生後数ヶ月の乳児は既に過酷な超自我が備わっていると理解している。そして、時間的な繋がりが生じ、物語が織り成されるようになり、不在は単なる不在であるという認識に至り、抑うつポジション・全体対象関係へと発達が進む。その時期を前後にし、ようやくフロイト流のエディプス・コンプレックスが活動しはじめることとなる。その時期まで、母親と父親は混同され、悪い対象という文脈の中で、破壊的で、かつ迫害的な対象なのである。

(8)エディプス・コンプレックスの現代的応用理論

a.ビオン

スフィンクスの謎を解くことと、真実を知ることで絶望し両目を潰して追放されること。この二つに真実を知ることへの本質的な欲求と困難さを見出している。またエディプス・コンプレックスという前概念が生来的に備わっており、それを手がかりにして、両親との関係を構築するのに利用されている。

b.ブリトン

第三の位置。治療者と患者の関係は二者関係ではなく、実は三者関係である。治療者は自身の内的対象関係と関わることが必要とされる。

c.オグデン

精神分析的第三主体。精神分析家と患者と第三主体の三角形であり、その相互作用によって絶えず流動し、進展する。精神分析家と被分析者が創り出すものであるが、同時に精神分析家と被分析者は、分析の第三主体によって創り出されるものでもある。

(9)外傷論と心的空想論

元々、フロイトは実際の性的外傷体験があり、そのためにヒステリーを発症しているのだ、としていた。しかし、治療を進めれば進めるほど、そうした事実は見出せなかった。そのため、フロイトは性的外傷体験を想起したとしても、それは事実ではなく、患者の心的な空想であるとした。そして、空想であったとしても、外傷的な心のあり方に変容させるのだとした。そうした観点がエディプス・コンプレックスを機軸にして、今日の精神分析を形作っていった。

しかし、一方で、PTSDや解離性障害といった患者の実際的な虐待体験に基づく外傷によって症状化する事例は、今日的にはほぼ認識されている。虐待の数も社会的な認知が増すごとに、その方向は増えている。虐待というものが隠蔽されるものから、露呈されるものとなっていった。

そうした中で、精神分析の心的空想論に基づく治療論だけでは、数多くの患者理解が行き届かなくなってしまった。そうした中でフェレンツィの再評価、いわゆるフェレンツィ・ルネサンスが起こってきた。フェレンツィはハンガリーの精神分析家で、フロイトの直系の弟子である。

この経緯の中で、外傷論と心的空想論のどちらを採るのかではなく、どのようにブレンドし、目の前の患者理解に繋げていくのかが実践的・臨床的となるだろう。

(10)精神分析における文化論・宗教論・芸術論の意義

そもそものトーテム論文に戻るが、フロイトがこの論考で再三引用している文化人類学的研究は、現代的な研究の見地から否定されている。そして、そのことはフロイトは後年にはっきりと認識していることを語っている。しかし、フロイトは続けて、歴史的事実を研究することは精神分析家の仕事ではなく、精神分析家は事実の断片から心のあり方を推測し、再構築することにある、と開き直っている。

また、フロイトの論文で「トーテムとタブー」「文化の中の居心地の悪さ」「幻想の未来」「モーゼと一神教」などの文化論や宗教論は我々のような精神分析臨床をしている人には不人気である。やはり、臨床実践からかけ離れているからだろう。しかし、人間の根源や根本に近づいていくためには必要なことかと私は考える。

目の前におこる現象はもちろん大切だが、その背後に広がる広大な何かについてそこはかとなく注意を向けておくことで、臨床の奥行きと深みが出てくるように経験上考える。そうした意味でも文化論や宗教論、もしくは文芸作品や芸術作品の精神分析的理解は我々の臨床の後ろ盾になりえる。

人間の本質が100年や1000年ぐらいでは変わらないだろう。だとすると、何千年も受け継がれる宗教や文化の積み重なりには、人間の本質に触れる何かが織り込まれていることとなる。精神分析では大人の心の中に子どもの心を見出すのと同じように、原始の世界を見出すことが臨床に深みをもたらすだろう。

最近はすぐにでも使える臨床技法の習得や手順通りにすれば上手くいくマニュアルがもてはやされている。それはそれで良いだろうし、臨床心理業界全体の技量の上乗せには大切なことである。しかし、反面で、それを下支えする根源的な人間理解に触れ、臨床に深みをもたらす智慧をもう少し大事にした方が良いだろう。

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