Skip to content Skip to sidebar Skip to footer
(株)心理オフィスK ロゴ

カウンセリングにおけるカウンセラーの否定的感情

カウンセリングの中で、時としてカウンセラーがクライエントさんに否定的な感情を抱くことがあります。そうしたことは非常に苦しいのですが、それについての意味を書いてみたいと思います。

クライエントさんへの否定的感情

カウンセラーがクライエントさんに対して抱く否定的感情とは、苛立ち、無力感、嫌悪感、疲労感など、通常は避けたいと感じる感情を指します。これらはカウンセラーの未熟さや失敗ではなく、むしろクライエントさんの心の世界や対人関係のパターンがセッションの中に再現された結果として生じることが多いものです。

否定的感情は、カウンセラーにとって負担になるだけでなく、治療関係の停滞や中断を引き起こす危険もあります。しかし、適切に扱えば、クライエントさんが抱えてきた見捨てられ不安、怒り、依存心といった深層のテーマを理解するための重要な手がかりにもなります。スーパービジョンや自己省察を通して感情を整理し、治療的に活用することが、より深い変化と信頼関係の構築につながります。

よくある相談の例(モデルケース)

40歳代 女性

Aさんは40歳代の女性で、幼少期から母親の感情に敏感に反応しながら育ちました。母親は不安定で、Aさんに対して「あなたがしっかりしないと困る」と繰り返し伝え、幼いながらに家族を支える役割を担ってきました。そのため、自分の気持ちを表現することよりも、相手の期待に応えることを優先する傾向が強まりました。社会人になってからも、同僚や友人との関係で過剰に尽くしたり依存したりすることが多く、次第に心身の疲労を抱えるようになりました。ある時期には不眠や体調不良が続き、心療内科で適応障害と診断され、薬の処方を受けましたが、根本的な改善には至らず、紹介を受けてカウンセリングを始めました。

カウンセリングでは、Aさんが訴える孤独感や怒りの裏には、幼少期からの承認欲求と見捨てられ不安が強く影響していました。しかし、セッションの中でAさんはしばしばカウンセラーに対して「どうせわかってくれない」「本当に助けてくれるのか」と試すような言葉を投げかけました。その度にカウンセラーの中に無力感や苛立ちといった否定的な感情が喚起され、関係が停滞する時期もありました。ときには、Aさんの依存的な態度や批判的な発言に疲弊し、セッションを重ねることが困難に思えることさえありました。

それでも、カウンセラーは自身の内に生じる反応をスーパービジョンや自己省察を通して振り返り、Aさんの投影や幼少期の外傷体験が影響していることを理解していきました。数年にわたるプロセスの中で、Aさんが怒りや不安を率直に表現しても関係が途切れない経験を重ねることにより、次第に信頼感が育まれていきました。やがてAさんは、自分の依存心や不安を自覚的に語れるようになり、カウンセラーも否定的な感情を抱きつつも治療的に活用できるようになりました。現在では、Aさんは人間関係において過剰に相手に依存せず、自分の感情を整理して伝えられるようになり、生活の安定を取り戻しつつあります。

否定的感情を抱えること

これらの感情、気持ちをどのように処理をするのかはとても大事なテーマであると思います。安易に行動化するのはダメだし、「そんな気持ちはない」と否認するのもどうかと思います。そういう気持ちが沸いていることを、ただ沸いているのだということを自己モニタリングし、あるがままに受け止めることがまずは大事だと思います。

そして、それらの気持ちが沸いてきたのはなんでだろう?ということを考え続けるのが臨床的な営みです。いわゆる転移ですが、カウンセラーの個人的な葛藤や未熟さかもしれません。もしくは、クライエントさんとの関係で起こったことかもしれません。いずれにせよ、それらは簡単に理解できないことが多いので、分からないという状態に留まり、否定的感情をもち続けるという状態をしばらく体験し続けなくてはならないと思います。そういう気持ちを持ち続けるということが抱える作業となり、ひいてはカウンセリングの中でクライエントさんを抱えることにつながります。

Aさんは、カウンセリングの中でカウンセラーに対して怒りや不信感をぶつけることがあり、そのたびに関係がぎくしゃくしました。カウンセラーも無力感や苛立ちを感じ、セッションが停滞することがありました。

否定的感情を抱える工夫

これらのことを一人ですることは難しい場合が多いので、教育分析や個人分析、スーパービジョンを受けられる環境にいるのなら受けたほうが良いかもしれません。そういう環境に無いのであれば、同僚や身内に話を聞いてもらって、多少クライエントさんと距離を取って、眺めてみることが有効な場合が多いです。

さらに、そういうこともできない環境であるなら、カウンセリングの記録をきちんとつける作業をし、それらを事あるごとに読み返したりすることも、クライエントさんと距離を取って冷静になれる一つの方法だと思います。

Aさんの場合、カウンセラーは自身に生じた感情をスーパービジョンや自己省察で整理し、Aさんの背景にある見捨てられ不安や承認欲求を理解しようと努めました。これにより関係が保たれ、Aさんも徐々に感情を率直に表現できるようになりました。

否定的感情の意味

カウンセラーが否定的な感情を持つことは自然だし、それらを断罪することはできません。逆にそれらの感情を持つということはそれだけクライエントさんに対してコミットしており、関係性が深まっているというように解釈もできます。それらのカウンセラーの感情を分析することによって、またカウンセリングが展開するきっかけになることが多いのです。だから、これらの感情をただ否定したり、抑圧したり、なかったものにしたり、安易に行動化することなく、抱え続けることが重要となってきます。

そして、可能ならそこからカウンセラーが自己分析をし、さらにクライエントさんについての理解を深めることができると、それはカウンセリングとしても有用となるでしょう。いわゆる逆転移の活用にあたります。

当たり前ですが、クライエントさんに否定的感情をもち、それによって暴力を振るうことを肯定はしませんし、搾取するようなことは同意できません。どういう原因や状況やきっかけがあったとしても、暴力を振るったり、搾取した時点で、そのカウンセラーはダメだと思います。

Aさんは、否定的感情を出しても関係が壊れない経験を重ねる中で、安心感と信頼を深めました。カウンセラーにとっても、否定的感情はAさんの内面や対人関係のパターンを理解する重要な手がかりとなりました。

スーパービジョンを受けたい

カウンセリングの現場では、クライエントさんへの苛立ちや無力感、拒否感といった否定的感情が生じることがあります。こうした感情はカウンセラー自身の未熟さの証ではなく、クライエントさんの心のパターンや関係性が再現されているサインであることも少なくありません。しかし、適切に扱わなければ関係が停滞したり、治療的な可能性が失われてしまう危険もあります。スーパービジョンでは、こうした感情を安心して言語化し、意味づけを一緒に探ることで、治療関係をより深めることができます。セッションで否定的感情に悩むときは、ぜひスーパービジョンを活用してみてください。