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強迫神経症の一例についての見解

なぜ強迫は治るのか

S,フロイトの1909年の症例論文「強迫神経症の一例についての見解(ねずみ男)」についての要約です。強迫のメカニズムの解明を詳細に行っており、思考の万能や置き換え、反動形成などを発見しました。

本論文はフロイト全集〈10〉1909年―症例「ハンス」・症例「鼠男」フロイト症例論集2―ラットマンとウルフマンに収録されています。

1.本論文の背景

本論文は1909年に発表されたもので、フロイトの精神分析による症例報告の中で唯一の成功例とされている。精神分析継続中に4回水曜集会で患者の経過報告が行われ、1908年4月ザルツブルグで行われた第一回精神分析学会でも発表し、高い評価を受けている。1911年から1915年にかけて発表した技法に関する諸論文には、精神分析の具体的な進め方を記述しているものが多く、その中には本症例の記述と重なる部分も多い(頻度、寝椅子、自由連想)。その点でこれ以降の精神分析の設定にも影響を与えた論文とされている。

フロイトは発表が終ると症例の記録を焼却するのが常であったが、本論文の症例は唯一治療記録が現存している。1955年に『標準版』の中で一部が公表され、さらに1974年にハウェルカ,E.R.によって完全版が出版された。

2.概要

(1)ねずみ男の病歴

症例はエルンスト・ランツァーという29歳の男性。彼は幼年期から強迫神経症に悩んでいたが、この4年間で悪化したという。主な強迫観念は、父親と婚約者の女性が「ねずみ刑」を受けるのではないかというものだった。「ねずみ刑」とは罪人を縛り、その尻の上にねずみを押し込んだ鉢がかぶせ、ねずみが肛門を食い破りながら罪人の身体へ侵入するといったものである(1899年にパリで出版されたオクターヴ・ミルボーの小説『責苦の庭』が出典との説があり、その作品では肛門性愛と口唇サディズム的なリビドーが表現されている)。治療は1907年10月1日から開始され、フロイトの記述によると「11ヶ月以上」続いたとされている(ただしフロイトは治療期間を長めに言う傾向があり、さまざまな状況証拠から治療期間は9ヶ月半以内であったと言われている)。

精神分析の条件として自由連想を伝えて治療が開始された。ランツァーは幼児期の性生活が早期に活発に始まっていたことを語ったり、受診のきっかけとなった大きな強迫症状について説明したりした。そのきっかけとは軍隊での訓練中に眼鏡をなくした際、ある残酷な大尉から「ねずみ刑」の話を聞き、ランツァーは非常に恐ろしく思った、そして眼鏡の着払い代金をかわりに払ってくれた人物へ「金を返せ」「返すな」という両極の強迫観念が浮かび混乱をきたしたということだった。精神分析の経過の中で、ランツァーの父親が実はすでに亡くなっており、臨終に立ち会えなかったことが判明した。ランツァーには父親の死を願う無意識的な願望があり、だからこそ罪悪感が強く、その葛藤ゆえに症状が起こるのだと、フロイトは心理教育的に伝えていった。

また、病気になった背景として以下のようなことも考えられた。ランツァーの母の一族は富裕で、彼の父は母と結婚することによって安定した地位についていた。父は若い頃に美しいが貧しい少女に言い寄ったことがあったが、結局は母親を選んだ。ランツァーが大人になってから、母親は自分の一族の娘と結婚させようと考えはじめた。そこでランツァーは父のように金のために豊かな家の娘と結婚すべきか、貧しい恋人に忠実であるべきかという葛藤にぶつかった(ランツァーにはギーゼラという従妹の恋人がいたが、彼女は婦人科系の病気のため妊娠できないなど結婚相手として十分ではなかった)。ランツァーはこの解釈を最初は否定したが、フロイトの娘を引き合いに出して同様のストーリーの転移空想を展開した。

そして何よりランツァーの症状には父親との関係性が大きく影響しており、幼少期早期から芽生えていたランツァーの性欲を父親が邪魔し、そのことでランツァーの心に父親への強い攻撃性が生まれたとフロイトは考えた。この関係性はフロイトとの治療関係にも転移として表れ、ねずみ妄想のきっかけとなった大尉との関係性にも表れていた。

(2)強迫の理論に向けて

「強迫観念」は願望・欲望・衝動・反省・疑惑・命令・禁止などに分けることができる。また「強迫観念」に対して第二次の防衛が起こる。強迫症状の理解のための一つの手段は夢である。無意識の原文が第一次の防衛で加工され強迫観念になるが、意識は第二次の防衛で加工を加え、さらに混乱する。省略という単純なやり方で加工を受けている強迫観念もあり、これは解読しやすい。強迫神経症では時折、無意識的過程が純粋なかたちで噴出することがある。

強迫神経症者に特徴的な精神特性の一つは、迷信的であることである。迷信に取りつかれたようなときには、本当に不思議な偶然が起こったし、また彼自身が無意識的に偶然の一致を作りだしていることもあった。このような偶然は、彼に自分の愛と憎しみの全能を信じさせるようになり、彼自身がこれを「思考と感情の全能」と呼んでいる(この用語は精神分析の理論化においてその後も使用されている)。

ランツァーの葛藤には二つあり、一つは恋人をとるか妨害者である父をとるかという葛藤、もう一つの葛藤は愛と憎悪の慢性的な併存であった。愛と憎しみの葛藤はすべての物事への疑念・確信の欠如をもたらし、決断不能に至る。決断不能は行為全体に広がっていき、強迫的な行為の一つ一つを「隔離」しようとしても次々に別の行動に移行していく。強迫は疑念を埋め合わせるための試みであり、耐え難い制止状態を修正するための試みである。さらに強迫行動が長く続くうちに、一種の退行を通じて、愛や憎しみの対象となる人物に向けた行為には向かわず、自慰のような自体愛的な行動に向かう。本来、現実的な行動へ向かうべきエネルギーは思考へ遷移することとなり、強烈なエネルギーが意識に流れ込むこととなる。最後に、強迫神経症とヒステリーを区別するには心理状態を検討する必要があるとフロイトは主張している。ランツァーの場合は、三つの人格に別れているようであった。一つ目は激しくて怒りに満ちている無意識的な人格、二つ目は善良で快活で優れた前意識的な人格、三つ目は迷信的で禁欲に忠実な前意識的な人格である。

3.考察

(1)ランツァーの転移

ランツァーは事前にフロイトの性理論を耳にしており、「日常生活の精神病理学にむけて(1901)」を読んでいた。精神分析が始まる前にすでに転移を抱いていたと言える。初回からかなり性的な話をするなど同性愛的にフロイトを誘惑しているようにも見える。フロイトのことを「大尉殿」と言ったり、#5では「模範的な人物」について明らかに転移の文脈で解釈できるような発言がある。

後に誤解だと分かるが、ランツァーはブタペストで殺人を犯し処刑されたレオポルト・フロイトがフロイトの兄であると認識していた(当時、フロイトという名字は中央ヨーロッパでは比較的まれであった)。「もし(フロイトの)家系に殺人衝動がひそんでいたら、私(フロイト)は彼の内部にある悪を見つけ出すために、猛獣のように彼に襲いかかるだろう」とランツァーは考えていた。

ねずみ男とアンナ・フロイトが会談ですれ違った#22以降は頻繁にフロイトの娘アンナ・フロイトについて性的な空想が語られる(アンナ・フロイトからの連想で妹オルガの性器を見たことを想起したり、アンナ・フロイトと大便による性交するという「肛門幻想」を抱いたり、アンナ・フロイトの両目が汚物に置き換わっている空想をしたり)。ちなみに当時、アンナ・フロイトは12歳だった。

(2)フロイトの逆転移

フロイトとランツァーには以下のように共通点が多く、フロイトとしても同一化しやすい状況であった。二人ともユダヤ人中流大家族の出身であり、7人きょうだいの実質上の長男(フロイトには異母兄がいるが)であった。フロイトの三男の名前はエルンストであった(エルンストとは「まじめ」という意味らしい)。

ランツァーは寝入ってしまったために父親の臨終に立ち会えなかったが、このことからフロイトはランツァーの父親への攻撃性と罪悪感を取り上げた。しかしフロイト自身もまた父親の葬式の前に理髪店へ行き葬式に遅刻してしまうということがあり、この失錯行為についてフリースへの手紙の中で自己分析している。フロイト自身が直面し、乗り越えた課題だったとも言える。

ランツァーの恋人はギーゼラ・アードラーという名前であったが、奇しくもフロイトの青年期の恋人の名前はギーゼラ・フルスという名前であった。フロイトは記録の際に誤って自身の恋人の名前を書いてしまい、直後に「!!!」と三つの感嘆符をつけていることから、フロイトがかなりランツァーに同一化していることが分かる。

ランツァーの治療では精神分析の標準的な技法からいくつかの逸脱が見て取れる。#2でランツァーがねずみ刑について説明しかねている時の介入。「彼はまた立ち上がり、恐怖と抵抗を示すあらゆる素振りをして――穴をあけたのだ、という。そこで私は『肛門のなかに』と補足させてもらった。」カンザーらの指摘にあるように、臨場感のあるこのやりとりはねずみ刑そのものを再現しているとも、サド・マゾキスティックなやりとりを行動化しているとも言える。

#40でフロイトはセッションの前にランツァーに食事を与えている。この時のことをフロイトは「飢えしとき、食を与うればすなわち活く」とわざわざ古めかしい聖書的な格言の響きを持たせて一文のみで記録している。このセッションではあきらかに食事に関連した連想が語られ、#42ではその食事が二人の女性によって作られたのではないかという空想が浮かんでいる。

書物(ゾラの『生きる歓び』)を貸し与えたりすることからも能動性、匿名性などの点での標準的な技法からの逸脱が見られる。ランツァーはフロイトを「大尉殿」と呼んだり「模範的な人物」と言外に表現したりしているが、フロイトはそれを分析することなくむしろ励ましたり褒めたりしている。この部分は論文では削除されている。

フロイトの逆転移が明確に見て取れる。

(3)精神分析からの逸脱

このように、ランツァーはフロイトに対して面接開始前から同性愛的なサド・マゾキスティックな転移を抱いており、フロイトもまた精神分析初期から巻き込まれてしまい、精神分析的な枠組みからの逸脱を余儀なくされている。二人の間には確かに誠実で相互に尊敬しあっている雰囲気が感じられ、実際に一年未満で症状が軽減して患者が社会活動を行えるようになっているのは事実であるが、一方でフロイトが逸脱したり逆転移に基づく介入をしていることも確かなのである。

ラングスは「同盟領域と誤同盟領域のいろいろな割合での混合が、あらゆる精神分析的な仕事をなしている。結果として洞察に満ちた治癒が誤同盟による治癒と混合するのであって、だからこそ症状変容の基礎や、その先行条件やその下に隠れている基礎について調べなければならないのである。」と述べている。私たちの臨床の仕事もまた、逸脱を余儀なくされたり、いつの間にか誤同盟を結んでいることもある。しかし本論文と症例を読むと、それでもなおクライエントに向き合っていくことには何らかの意味があるように思えてくる。

(4)治癒と残した課題

ねずみ男の治療がなぜ成功したのか。手探りで精神分析を行うフロイトから学ぶことは、現代の精神分析的臨床を行う初心者にとっても糧になると思う。

ねずみ男の女性観と母親との関係について、北山(2006)も指摘しているとおり大きな問題だろう。聖的な存在/性的な存在に引き裂かれた女性イメージ、愛する女性(ギーゼラ、カミーラ)には死や不毛さが付きまとうこと、食事を提供することによる口唇期欲求の充足(初期は「大尉殿」などと呼び、父親転移のようであったが後半は母親転移もあったように見える。)、など。

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