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カウンセリングと解釈

本当のことを言って何が悪い

私はここ数年ほど、事例検討会でコンサルテーションをしたり、スーパービジョンでバイジーの事例を指導したりする仕事が徐々に増えてきています。そこでの解釈するという機能について考察しました。

1.コメンターという役割としての解釈

カウンセリングの事例検討会でコンサルテーションをしたり、スーパービジョンでバイジーのカウンセリングを指導したりするとき、自分の事例ではなく、人の事例にあれこれとコメントするわけです。

その場で事例を聞き、その場で自由連想し、その場で思ったこと感じたことを話します。私なりの事例に対するある種の理解を提示することになります。それは解釈といっても差し支えないかと思います。

もちろん、私自身がカウンセリングをしている時にも時には解釈します。最近、自分の事例か人の事例かの違いはあるにしても、理解の質や解釈の表し方にはそれほど違いが生じなくなってきているように思います。

解釈する。つまり、意識できる範囲で逆転移を吟味し、小難しい専門用語を使わず、伝える人の前意識に近い無意識の辺りにある事柄に触れていくような言葉を差し出す営為です。

そうした私の解釈が伝わり手の心に触れ、これまでとは違った何がしかの変容を促し、手応えとなることを期待します。もちろん期待どおりのことにならないこともあるでしょうが、そうした行為をし続けることによって治療者、コメンターとして機能を維持することが私の役割です。

2.誤解されている解釈

あと、解釈とは何なのか?ということも重要です。時に解釈というものが誤解されている、と思う事態に遭遇することもあります。これはカウンセリングの専門家集団の中の話です。

1つの誤解は、単に事柄の指摘、倫理的道徳的な観点からの指摘、患者の行動における否定的側面の指摘、否認していることの指摘、等を解釈と思ってしまっていることです。

例えば「自傷によって注目を集めているのでしょう」や「あなたは罪悪感を感じているのでしょう」等です。

おそらく、こうした指摘は専門的に言えば解釈ではなく、直面化と言われるものになるのでしょう。もちろん直面化は悪いもので役に立たないという意味ではありません。直面化により、思考する刺激となり、創造的な何かが産み落とされることも多々あります。

反面では、こうした指摘や直面化は侵襲的で、被害感を募らせたり、自己否定を強めてさせてしまうこともあります。

3.カウンセリングにおいての解釈とは何か?

カウンセリングにおける解釈とは、私が考えるに、行動やあり方の背後、背景にあるものに触れていく営為です。背後にあるものとは、情緒(不安、憎しみ、罪悪感、哀しみ、絶望など)、欲望、防衛、抵抗、事情、理由、言い分などであり、それらを含めた患者の物語です。空想といっても良いと思います。

特に、1つ1つの要素をバラバラに取り上げるよりも、物語や空想というまとまりのあるものとして伝えることが大切のように思います。ビオンでいうならコンテイニングとなるでしょうか。

単に、そんなことをしていてもダメになる、という指摘(直面化)は人によってはキツいです。そうではなく、そんなことをしてしまうのにも当人なりの事情や意味、意図があるのだろう、という方がまだ救われます。

4.解釈と共感の差

そして、こうなってくると、解釈はいわゆる共感と峻別できなくなっていきます。

2つ目の誤解は解釈は冷たく、共感は温かいというものです。何を持って温かい冷たいとしているのかの定義はあやふやですが。

解釈はこれまでに述べたように、傷を抉り出すような侵襲的なものではなく、患者の苦痛を和らげるサポートになるものです。

5.解釈の伝え方

また、カウンセリングで解釈を伝える時の声のトーン、スピード、音質、込められた情感といったいわゆる非言語的な側面も関連してきます。といっても、穏やかで落ち着いていて優しくする、というような理想論やべき論ではありません。

解釈や理解が思い浮かんでも、それに確信が持てなかったり、自信がなかったり、たじろいだり、戸惑ったり、これまでとは違う理解だったりすることもあります。もしかしたら、そうしたことの方が多いこともあるでしょう。

そのような時には、解釈を伝える時にも、言いよどんだり、文法がめちゃくちゃな言い方になったり、戸惑いがちであったり、途切れ途切れだったり、やたら長い言葉になったり、沈黙がちに語ったり、おそるおそるした言い方だったり、になるでしょう。

極論ですが、そうした言い方になっても構わないと思います。なぜならそうした言い方を含めての解釈だし、治療者のパーソナルな心に触れるものであるからです。解釈の内容と伝え方の治療者の心の3つが折り重なって患者に届きます。自己開示とも重なることもあるでしょう。

6.解釈を通しての心の触れ合い

こうした解釈はカウンセリングの中で患者の心と治療者の心が出会い、触れ合い、お互いに変容していくきっかけになっていくのでしょう。それはカウンセリングの中だけではなく、スーパーバイザーとバイジー、コメンターと事例発表者でも同様です。

解釈はカウンセラーとしての機能の一部ですが、非常に重要な位置を占めているものです。カウンセラーの武器と言っても良いでしょう。それを役立てられるものにするために日々磨いておきたいものです。

もちろん解釈以外の機能やアクションの重要性はありますし、時には解釈以上に有効となります。その話はまた別の機会にでもできたらと思います。

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