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P,ケースメント『転移における外傷体験(1990)』要約と解説

いくつかの用語の定義

いくつかの用語の定義について、本章では転移の二重の性質と、それに伴う過去と現在の重なりについて述べています。ケースメントは転移について、単なる誤った知覚や信念ではなく、過去および現在の出来事によって喚起される主体的体験における類似性の表出であるとしています(Klauber 1987)[1]。さらに、分析における患者の体験には、転移の引き金として機能する客観的事実の要素が含まれているとも指摘しています(Gill 1982[2]、Langs 1978[3])。

また、「信号不安」の概念を用いて、もともと外傷状況において体験された不安反応が、減衰した形で再生産されるものとして説明しています。これは現在の用語で言えば、いわゆるトリガーに近い現象と理解できます。さらに、マテ・ブランコの、無意識においては部分が全体を表し、過去・現在・未来が同一視されるという見解を踏まえ、外傷を想起させる要素はその外傷全体を代表するものとして機能すると説明しています[4]。これらの理論的整理に続いて、2つの臨床例が提示されています。

まず、形成途上にある無意識の集合に関する例として、1歳の女児が予防接種を外傷的に体験した事例が挙げられています。この女児にとっては、女性の膝の上にいる状況や、脱がされるあるいは持ち上げられる衣服、さらには何かを行おうとして手を差し伸べる男性の動作などが、外傷体験を想起させる契機となっていました。母親は、子どもを風呂の中で脱衣させるという方法によって状況に差異を設け、外傷的体験を完全に回避するのではなく、乳児が耐えられる範囲で対処できる関わり方を見出していました。

次に、転移における無意識の集合に関する例として、25歳男性の事例が示されています。この患者は、週末やセッション間に、分析家である私が死んでしまうのではないかという空想にとらわれ、電話が鳴ると応答することに強い恐怖を感じていました。彼は10代の頃、父親との関係が疎遠になりましたが、父親に対する情緒的な距離や、妹をえり好みする態度への恨みや怒りを表現するようになると、父親は次第に耳を傾けるようになりました。その過程で、父親を憎むと同時に愛することが可能であるという体験を得ています。しかしその後、在学中に父親の訃報を電話で受け取ることとなりました。

この事例では、父親の死の前後に経験された出来事と、分析過程で生じている体験との間に類似性が認められます。患者は、分析家を時に父親として体験し、転移の中で怒りや批判を向け、それに対して耳を傾けられるという関係を再現していました。しかし同時に、不在の時間が繰り返されることで、その不在が無意識的には死と同質のものとして経験されていました。その結果、転移錯覚において分析家である私は、彼の死んだ父親として位置づけられることになります。こうして再体験される苦悩を通じて、不在の時間に結びついた死の感情が、実際には生きている分析家とのセッションの中で取り扱われ、援助される契機が生じていたと理解されます

転移における二重性

笑っている二人の女性

転移における二重性について、臨床的知見は、患者が転移の中で外傷の再体験に持ちこたえられるようにするためには、分析関係における転移が現実とは異なり、安全であると発見できることが重要であると示しています。分析状況における類似した要素は外傷体験を表現するために用いられますが、同時に差異も存在していることが、分析体験を治療的なものにするうえで不可欠です。そのため、分析家が患者にとってあまりにも異質である場合、患者の体験は逸らされてしまいます。一方で、あまりに類似しすぎる場合には脅威となり、分析そのものが破綻する可能性があります。

こうした観点から、両極における失敗例が示されています。まず、例5.3では、バイジーの女性治療者が、母親について不平を言い続ける女性患者に対していら立ちを感じていました。このケースでは、患者に対する逆転移反応によって共感が損なわれ、治療者は患者の体験から距離を取る状態にありました。患者が語る母親との関係が、そのまま現実的なかたちで治療関係に持ち込まれたため、分析の対象として扱うことが困難になっていたのです。この状況においては、転移が十分に検討される前に、治療者自身としての自己と、転移において母親として体験される自己とのあいだの差異を、治療者が再び取り戻すことが求められていました。

次に、例5.4では、男性患者の事例が示されています。この患者は、以前の女性治療者があまりにも親切であったために、その治療者に対して怒りを表現することができませんでした。彼は、自らの怒りが常に逸らされてきたことに気づいていきます。その後、ケースメントとの分析関係においては、ワークスルーが可能となりました。これは、患者が怒りを向けていた母親や父親を表象する存在として分析家が用いられることに耐え、未解決であった多くの体験に伴う打撃にも分析家が持ちこたえ続けたためです。

これに対して、以前の治療者は、怒りを向けられることよりも感謝されることを志向し、より良い親であろうと振る舞っていたと考えられます。しかしその態度は、患者の現実の両親が、子どもが怒ることの妥当な機会が存在しないかのように振る舞っていた状況と重なっていました。このようなより良い親であろうとする試みは、患者が陰性転移の中で治療者を用いる可能性を逸らし、さらにはそれを誘惑するような効果すら持つものと理解されます

「かのような」関係

教育分析2

これら二つの例は、分析関係における「かのような」性質を保持することの重要性を示しています。すなわち、どのような早期関係の側面が分析に持ち込まれたとしても、患者はあたかも分析家が元の対象人物であるかのように体験します。そのため、外傷が転移の中に持ち込まれる際には、それは現実であるかのような錯覚を伴います。しかし逆説的に、この体験が再び外傷的なものとならないためには、転移における困難な状況に患者が持ちこたえられるよう、分析的な抱っこにおいて適切な安全感が確保されていることが不可欠です

外傷的な類似性が過度に際立つ場合、転移としてそれを扱うための分析空間が失われ、患者にとっては単なる反復として現実的に体験されてしまいます。分析空間を再び確立するためには、まずこの歪みが修正されなければなりません。すなわち、曲がったものを正し、再構成していく過程が必要となります。これによって、患者が耐えうるかたちでの転移が新たに創出されることになります。

一方で、治療者が自らを元の対象とは異なる存在として体験させることに固執する場合、分析可能な転移は成立しません。そのような状況では、変化は誘惑的な影響によってもたらされる、いわばカリスマ的治癒にとどまります。さらに、この差異が治療者自身の防衛的な振る舞いに基づいている場合には、その側面は隠蔽され、十分に取り扱われないままに残されることになるでしょう。

沈黙外傷

泣いている少女

しばしば、明確とは言い難い理由に基づき、分析体験そのものが患者にとって外傷的なものとなる症例がみられます。子ども時代の体験は、累積的かつ長期的であったという点を除けば、必ずしも決定的に外傷的ではなかった可能性があります。同様に、分析家の振る舞いも明確に外傷的とはいえない場合であっても、分析が進展せず、作業が停滞することがあります。特に、分析家が自らのスタイルを頑なに固守している場合には、この停滞を認識するまでに時間を要することがあります。以下に、分析が行き詰まった二つの事例が示されています。

まず、例5.5のG夫人の事例では、7歳までに離婚した両親に対する不満が背景にあります。母親は自分を常に正しいとみなし、他者の欠点を指摘する傾向があり、批判に耐えられない人物でした。一方、父親は生活の中でほとんど存在感を持たない不在的な存在でした。分析において、G夫人は沈黙したまま横たわり、行き詰まりの状態に陥りました。解釈は有効に機能せず、むしろ彼女は迫害されているかのように感じていました。やがて彼女は、両親との関係における体験と分析関係とのあいだに外傷的な類似性を見出すようになります。たとえば母親は、個人的な質問に直接答えず、別の問いでかわしたり、質問の動機を問い返したりする人物でしたが、分析状況においても同様の体験が再現されていました。また父親の不在性も、分析関係の中で影のように感じられていました。G夫人は、分析家である私をまさに両親そのもののように体験していたのです。

この事例では、単に転移として理解するには難しいほど、分析家である私自身が技法的に類似した振る舞いをしていた側面がありました。その結果、分析的セッティングや技法そのものが、彼女にとって幼少期の関係の外傷的反復となっていました。G夫人が再び分析的作業に取り組めるようになるためには、私と彼女の両親とのあいだに十分な差異を見出すことが必要でした。そのためには、患者との関わり方をより柔軟なものへと調整する必要がありました。具体的には、問いかけに対して率直に応答することや、彼女の発言を受け流すのではなく受け止めていく姿勢をとりました。その結果、G夫人は両親から得ることができず、また分析家にも期待していなかった反応を引き出すことができ、次第に私を両親と同一視する確信から回復していきました。

次に、例5.6のH氏の事例では、幼少期に泣いているときに母親がすぐに来てくれなかった体験が重要な意味を持っています。彼はその体験を、自分が見捨てられたものとして理解していました。その結果、自身の欲求の強さと見捨てられることとが結びつき、沈黙は見捨てや報復として体験されるようになっていました。この事例に関連して、マーティン・ジェームス博士は、患者が変化に耐え成長を開始するためには、分析状況において初期の母親的世話に相当するものを分析家が提供する必要があると述べています。

H氏はある時、目の前の光が強く目に負担を与えると訴えました。この訴えは、分析家が母親と基本的に同様の存在であることを示す象徴的な証拠を求めるものであったと理解されます。同時に彼は、必要なときに応答しなかった母親に対するのと同様の激しい感情も抱いていました。私は約6か月間、セッションの際に照明を消すようにし、彼のニードに応答しましたが、それは単なる慰撫ではなく、必要な応答として行ったものでした。しかし、避けがたいこととして、時に照明を消し忘れることもありました。その際には、私は彼の怒りを受け止める必要がありました。このように、ある程度の信頼が形成された関係の中で、患者はこうした現実的な失敗を契機として分析家に激しい怒りを向けました。それは、ウィニコットが指摘したような、初期の抱っこ環境における失敗に対する反応と類似したものであると理解されます[5]

修正情動体験

頭を抱える男性

過去の否定的な体験からの回復のために、分析家が子ども時代の代替となるような良い体験を提供することが必要であるという考えは、一見すると魅力的です。しかし、患者の内的世界においては、そのように単純に事態が変化するわけではありません。分析的にいう良い対象とは、もともとの対象よりも優れた存在を意味するのではなく、むしろ悪い対象として扱われながらも関係の中で生き残る存在を指します。ここでいう生き残るとは、患者の体験の中で圧倒されることなく持ちこたえ、その結果として報復的な反応を示さないことを意味します。

例5.7では、前巻『患者から学ぶ』第7章に記載されたB夫人の事例が取り上げられています[6]。彼女は生後11カ月の時に火傷を負い、その後、局所麻酔下で手術を受けました。その際、彼女の手を握っていた母親が失神するという出来事がありました。分析の経過の中で、彼女は分析家である私を外科医として体験するようになり、さらに、自分が手を握る必要があるかもしれないと語ることで、保護的な母親としての役割を私に求めてきました。私は当初、その可能性に応じる姿勢をとりましたが、それは私自身をより良い母親として差し出すことになり、結果として彼女が現実に体験した外傷の最も苦痛な側面から目を逸らそうとする願いに加担する危険性があると気づきました。

その後、転移の中には、母親が失神した後に手を握られなかったという体験が含まれるようになりました。この時点から、彼女はその出来事に伴う感情の強い衝撃に直面することが求められるようになります。B夫人は、臨床状況が操作された結果ではなく、分析家である私が私自身として関係の中で生き残ったことを見出しました。その経験を通じて、強烈な感情は誰とも接触することができないという無意識的な恐怖が次第に解消されていきました。

ウィニコットの指摘を踏まえると、これはいわゆる修正情動体験による治癒とは異なるものです。ここで重要なのは、無意識的に求められていた体験が、分析家から与えられるような性質のものではなかったという点です。最も意味のある体験を見出したのは患者自身であり、それは外から提供されたものではありませんでした。分析家が提供したのは、手を握られなかったという早期外傷の記憶に患者が耐えうるような、分析的抱っこにおける十分な安全性でした。そして、転移の中でその外傷を再体験することにより、彼女は安全に激しい怒りを感じ、それを表現することが可能となりました。それは、失神して不在となった母親に対する感情を想起させるものでした

さらに彼女にとって重要であったのは、自身の苦悩の強さに分析家が実際に触れていることを確認できる点でした。同時に、その外傷に伴う感情とともにとどまる方法を見出すこと、すなわち、より良い母親として振る舞うことでそれを回避しない態度が、本質的な意味を持っていたと考えられます。

結論

海と子ども

外傷を受けた患者を扱う際には、その外傷体験がいずれ転移の中で繰り返されることは避けられません。そのとき、外傷の再体験は現実と錯覚が混ざり合ったかたちで現れます。患者は、現在の体験とそこに流入してくる過去の体験とを区別することを学びながら、現在の分析関係と、かつて外傷が生じた状況との違いを見出していく必要があります。分析家は、患者の原初的対象と妨害的なほどに類似しないよう慎重でなければなりませんが、その差異を発見する主体はあくまで患者であることも重要です。

また、分析家は患者に影響を与えたり、方向づけたりすることを避けるよう細心の注意を払う必要があります。いわゆる情動体験による治癒の議論にみられるように、患者にとって良いと考えられる体験を意図的に提供すべきではありません。むしろ分析家が提供しうるのは、患者の体験に圧倒されることなく、また報復的に応じることもなく、分析過程の中でいずれ現れてくるものに持ちこたえ、それを理解し、繊細に応答しつつ、分析的に抱っこしていると患者が感じられるような関係における安全性です。

患者は、外傷を表象する分析関係における類似性と、そこに確保されるべき十分な差異とのあいだで、より現実的に成り立ちうるバランスを模索していると考えられます。したがって、このバランスの保持こそが、分析の成否を左右する重要な要件となります。

解説

親子三人

(1)転移は外傷の再体験であり、過去と現在の重なりとして生じる

本論考では、転移は単なる誤認や歪んだ知覚としてではなく、過去の外傷体験が現在の分析関係の中で再び活性化される現象として捉えられています。患者は分析家を、かつての重要な対象人物と「かのように」体験し、その結果として過去の情動や関係様式が現在に流れ込んできます。このとき生じる体験は、現実と錯覚が混在した独特の性質を持ちます。したがって、患者にとってはそれが単なる記憶ではなく、あたかも今ここで起きている出来事のように感じられるのです。

こうした転移の過程においては、過去と現在が未分化に重なり合う状態から、両者を区別しうる状態へと移行していくことが重要となります。そのためには、患者自身が分析関係の中で、現在の対象である分析家と、過去の外傷的対象とのあいだに存在する差異を徐々に見出していく必要があります。

(2)治療的変化は「類似」と「差異」のバランスによって成立する

外傷の再体験が治療的に機能するためには、分析関係が過去の外傷状況と一定程度似ていることが不可欠ですが、それだけでは不十分です。同時に、決定的に異なっている側面が確保されていなければなりません

類似性は、外傷体験を転移の中で呼び起こし、再体験を可能にするための条件となりますが、それが過度に強まると、患者は分析状況を現実の外傷と同一のものとして体験し、再外傷化や分析の破綻につながる危険があります。一方で、差異が大きすぎる場合には、そもそも転移が成立せず、患者の体験は分析的に扱われないまま逸らされてしまいます。

このように、類似と差異は相互に緊張関係を持ちながら、適切なバランスの中で維持される必要があります。そのために重要となるのが、分析的「抱っこ」としての安全性であり、患者が圧倒されることなく体験を保持できる環境の中で、転移が展開されることが治療的変化の前提となります。

(3)治療とは「良い体験の提供」ではなく、分析家の「生き残り」によって生じる

本論考は、従来しばしば強調されてきた「修正情動体験」としての治療観に対して批判的な視点を提示しています。すなわち、分析家が患者にとって望ましい「良い体験」を意図的に提供することが、直接的に治療をもたらすわけではないという立場です。

むしろ重要なのは、分析家が患者の攻撃性や絶望、激しい感情にさらされながらも、それによって崩壊せず、また報復的に応じることもなく、関係の中にとどまり続けることです。この「生き残り」は、患者にとっては決定的な意味を持ちます。なぜなら、かつての外傷的関係においては、対象が不在となったり、応答不能になったり、あるいは侵襲的に関わったりしていたのに対し、分析家はそれとは異なる在り方を体現するからです。

このような関係の中で、患者は外傷を再体験しながらも、それを新たに意味づけることが可能となり、結果として変化が生じます。したがって、治療とは外から与えられるものではなく、分析関係の中で生成されるプロセスとして理解されるべきものです。

まとめ

港と恋人

本論考は、転移を外傷の再体験として捉え、過去と現在の重なりや現実と錯覚の混在を明らかにしました。そのうえで、治療的変化は、類似と差異のバランスの中で成立し、分析家が崩れず報復せずに関係の中で生き残ることが核心であると示されています。これは、外傷と転移をめぐる臨床実践を再考する重要な視点を提供します。

こうした理解は理論にとどまらず、臨床の中で検討されることが不可欠です。当オフィスでは、教育分析やスーパービジョンを通して、転移・逆転移や外傷への関わり方を体験に即して学ぶ場を提供しています。臨床実践を振り返りながら理解を深める場として、ご関心のある方はご検討ください。

文献