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心理臨床と相性

心理療法について語られる際、「この先生とは相性が合う」「相性が合わない」といった言葉が用いられることがあります。しかし、このような日常的な「相性」という概念は、心理臨床という専門的な文脈においてどのように理解されるべきなのでしょうか。本稿では、心理臨床における相性という現象を取り上げ、精神分析的視点からその意味を検討します。

日常生活における「相性」という感覚

人間関係において「相性」という言葉が話題にのぼることは、日常生活の中で決して珍しいことではありません。親しい友人や家族、あるいは仕事上の関係者とのやり取りの中で、「あの人とは相性が良い」「どうも相性が合わない」などと語られる場面は頻繁に見受けられます。

確かに、私たちは日々の生活の中で、会話のテンポが自然に合ったり、言葉を交わさなくても気持ちが通じ合うように感じたり、あるいは共にいても気兼ねをせず自然体で過ごせる人と出会うことがあります。こうした現象を、人はしばしば「相性」と呼び、その良し悪しを何らかの基準として、他者との距離感を測っているように思われます

相性の臨床心理学的研究

では、この「相性」という現象は、心理臨床という専門的な領域においてどのように位置づけられるのでしょうか。心理療法における心理臨床家とクライエントの関係については、「相性」という日常的な言葉ではなく、主に治療関係やマッチングという概念を用いて研究が行われてきました

例えば、Werbartらは、患者と心理臨床家の人格構成(アナクリティック傾向とイントロジェクティブ傾向)の組み合わせが心理療法の結果にどのように関連するかを検討し、患者と心理臨床家の組み合わせが治療結果に影響し得る可能性を指摘しています[1]。ただし、人格の類似性が良いのか、あるいは補完的な組み合わせが望ましいのかについては研究結果が一貫しておらず、この問題の複雑さが示されています。

また、心理臨床家とクライエントの人格的類似性(personality congruence)に注目した研究として、Taber, Leibert, Agaskar(2011)は、両者の人格特性の一致が治療同盟および治療結果とどのように関連するかを検討しています[2]。その結果、人格特性の一致は治療同盟の情緒的側面と関連する可能性が示されたものの、治療結果との直接的な関連は明確ではありませんでした。

さらに、心理療法研究において広く検討されてきた概念として治療同盟(therapeutic alliance)が挙げられます[3]。Flückigerら(2018)は、1978年から2017年までの295研究を対象としたメタ分析により、治療同盟と心理療法の成果との間に有意な関連が存在することを示しています

これらの研究は、心理療法における関係性の重要性を示すと同時に、日常語として語られる「相性」という感覚が、人格特性、治療同盟、治療過程など複数の要因から構成される複雑な現象であることを示唆していると言えるでしょう。

心理臨床における関係性の特徴

ミーティングする男女

心理臨床家とクライエントとの関係は、そもそも日常的な人間関係とは異なる性質を持っています。心理臨床の現場では、両者は一定の契約に基づき、専門的な目的のもとに出会い、限られた時間と空間の中で関係を築いていくことが求められます。ここでの関係性は、単なる友人や知人、家族といった自然発生的な関係とは異なり、役割と責任、そして枠組みが明確に定められた、極めて契約的・専門的なものです

しかしながら、このような心理臨床の関係性もまた、人間関係の一つの形態であることに変わりはありません。そのため、心理臨床家とクライエントの間に、いわゆる相性のようなものを感じることが全くないわけではありません。実際に、クライエントが臨床家を評する際に「この先生とは相性が合う」「どうも相性が合わない」と表現することは、臨床現場でもしばしば見受けられます。心理臨床家自身も、クライエントとのやり取りの中で、会話のリズムや理解のされ方、表情や身振りなどから、ある種の「しっくりくる」「ぎくしゃくする」といった感覚を抱くことがあります

転移・逆転移からみた「相性」

パソコンを見ている男女

この「相性」という現象について、心理臨床、特に精神分析的な視点から捉え直すと、そこには転移および逆転移という力動的な現象が密接に関わっていることが見えてきます。すなわち、クライエントが心理臨床家に対して抱く好意や親しみ、あるいは違和感や反発といった情緒的体験は、多くの場合、過去の重要な他者との関係や体験、あるいは自己イメージに由来するものであり、無意識のうちに心理臨床家との関係の中で再現・再体験されています。これが転移であり、反対に、臨床家側がクライエントに対して抱く感情や反応は逆転移として現れます。

このように考えると、「相性が合う」「相性が合わない」といった現象もまた、単なる個人的な好悪や性格的な適合性に還元できるものではなく、転移・逆転移という力動的現象の一形態として理解することができます。したがって、「相性が合う=良いことである」「相性が合わない=悪いことである」といった単純な価値判断を持ち込むことは、心理臨床の現場においては、むしろ適切とは言えません。むしろ、クライエントや臨床家が「相性」として体験している感覚の背後に、どのような個人的歴史や無意識的な空想、願望、恐れが潜んでいるのかを探究し、理解しようとすることこそが、臨床実践において重要になります

心理療法の進展と「相性」概念の限界

喧嘩をする男女

また、心理療法が進展するか否かということと、いわゆる「相性が合っている・合っていない」といった主観的な感覚とは、必ずしも直接的な関係があるわけではありません。しばしば、「この先生とは相性が良くないから治療がうまくいかないのだ」「相性が良いからこの先生のもとで良い変化が生まれた」といった説明がなされることがあります。しかし、こうした考え方は臨床的な視点から見ると、極めて解像度の低い、非本質的な説明にとどまっています。心理療法の進展や成果は、相性という主観的な印象だけで決まるものではなく、クライエントの抱える課題の特性、治療枠組み、治療同盟、適切な技法の選択、治療的介入のタイミングや質、さらには社会的・環境的要因など、実に多様な要素が複雑に絡み合って形成されるものです。

したがって、心理療法の進展やその成果が思わしくない場合、その理由や原因を安易に「相性」に帰属させることは、専門的な臨床判断としては極めて不十分です。そればかりか、「相性が合わない」というラベルを貼ることで、クライエントの抱える根本的な課題や、治療過程に潜む無意識的な抵抗や転移現象、あるいは臨床家自身の逆転移に目を向けることを怠ってしまう危険性すらあります。

心理臨床において求められる姿勢

相談する女性

臨床家として真に求められる姿勢は、相性の良し悪しという曖昧で解像度の低い概念にとらわれることなく、いかなる状況においてもクライエントと誠実に向き合い、治療的な関係性を模索し続けることです。さらに言えば、心理臨床家の役割とは、相性が合っているか否かにかかわらず、クライエントにとって意味のある変化や結果をもたらすことです。

確かに、会話のリズムや感覚が合い、安心感を抱きやすい関係性においては、治療同盟の構築や治療的進展が円滑に感じられる場面も多いかもしれません。しかし一方で、相性が合わないと感じられるような緊張や違和感のある関係性の中にも、そこから生まれる治療的な意味や可能性が潜んでいることは少なくありません。そのような違和感や不一致が、クライエントの無意識的な葛藤や対人関係のパターンに気づくための貴重な手がかりとなる場合もあります

ゆえに、心理臨床に相性という概念を安易に持ち込むことは、臨床実践において決して有用であるとは言えません。むしろ、そのような曖昧な体験や印象がどのように生じるのか、また、どのような心理的背景や力動的要因が働いているのかに関心を向け、その理解に努めることが専門家としての責任です。心理臨床家自身が、相性が合う・合わないといった表層的な体験に安住することなく、自己の内面や無意識的な反応にも目を向け、絶えず自己省察を続けることが求められます

まとめ

階段を上る女性

心理臨床における「相性」とは、単なる好悪や気分の問題ではなく、力動的な治療関係の中で生じる多層的な現象です。その現象を単純化することなく、個々のケースの中で丹念に探究し、理解し続けていくことが、より豊かな臨床実践へとつながっていくでしょう。相性が良い・悪いといった価値判断を超えて、クライエントの体験そのもの、心理臨床家自身の内的体験、そして両者の間に生じる治療的プロセスに、真摯な関心と注意を向け続けることの重要性を、あらためて強調しておきたいと思います。

本稿で述べてきたように、心理臨床において生じる感覚や関係性は、単なる印象や個人的な好悪として扱われるものではなく、転移や逆転移を含む力動的な治療過程の中で理解されるべき現象です。そのため、臨床家が自らの内的体験やクライエントとの関係性を丁寧に振り返り、検討していく機会を持つことは、臨床実践を深めていくうえで重要な意味を持ちます

当オフィスでは、臨床家が自身の臨床を振り返り、転移・逆転移や治療関係について理解を深めていくための教育分析およびスーパービジョンを行っています。日々の臨床の中で生じる戸惑いや疑問、治療関係の中で感じるさまざまな体験について、精神分析的な視点から検討する場としてご活用いただくことができます。

教育分析やスーパービジョンに関心のある方は、以下のページをご参照ください。臨床経験や関心に応じて、継続的な学びの機会をご案内しています。

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