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自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察

妄想の中の真実

S,フロイトの1911年の論文「自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察」についての要約です。パラノイアや精神病の病理について精神分析を行い、投影や同性愛恐怖などのメカニズムを解明しました。

本論文はフロイト全集〈11〉1910‐11年―ダ・ヴィンチの想い出 症例「シュレーバー」に収録されています。

1.概略と背景

この論文で取り上げられているのは、ザクセン控訴員議長ダニエル・パウル・シュレーバー法学博士についてである。彼が1903年に出版した「ある神経病者の回想録」のなかに書かれた膨大な作者本人の体験(妄想、同性愛的ファンタジー、誇大妄想、世界救済計画など)を元に、フロイトが精神分析的な観点から解釈したものである。つまり、フロイトは直接シュレーバーと対面したことはなく、すべては著書の告白や主張をもとに、解釈を行っている。そういうこともあり、論文は、当時はまだ存命中であったシュレーバーに対する申し開きから始まる。その際に、シュレーバー自身が周囲の反対を押し切る形で、著書を出版するときに書いた弁明文を引き合いに出している。

回想録に登場する実在上の人物たちに対する配慮を全く考えなくはないが、科学上、また、宗教的真理の認識の発展のために、自分は公表せずにはおれない、というような内容であった。フロイトはその部分に言及し、シュレーバー自身が科学、宗教的発展に公刊することで貢献したいと言っているのだから、ありがたく分析の材料とさせてもらうことは、何ら作者の意志に反するものではない、というわけである。

論文は、「病歴」「解釈の試み」「パラノイアの機制について」の三部構成である。

2.シュレーバーの病歴

(1)シュレーバーの生育歴

シュレーバーは、高名な整形外科医の父親のもとに1842年に生まれる。あまり記述にはないが、母親も情緒的に乏しい特異的な人であったようで、そんな両親のもとで厳しい養育を受けた。父親はシュレーバーが19歳の時に51歳で亡くなった。父親も精神的に不安定だったことがあると言われている。さらには、父親はシュレーバーに対して身体的な虐待を加えていたという記録もある。また、彼は兄とも死に別れている。

(参考:フロイトのシュレーバー症例からカウンセリングを考える

(2)1884年秋~1885年暮れ

シュレーバーが42歳になる年に、帝国議会に立候補してビスマルクに惨敗したことをきっかけに精神的に不安定となり、初めて精神科の治療を受ける。このときの主治医がフレクシッヒ博士であり、彼によって重度の心気症と診断される。翌年1885年暮れには完治する。

それから8年間は、妻が流産するという悲しい出来事があったが、それ以外は平和な時期が続いた。

(3)1893年6月〜10月

シュレーバー、控訴院議長に任命され、その年の10月に職務に赴く。その間に、8年前の病気がまた戻ってくるという非常に不安な夢、および、ある朝のまどろみの中で、「女になって性交されていたなら本当に素敵に違いない」という観念が浮かび、完全に覚醒してから非常な憤怒でもってこの観念を却下した、ということが起きた。シュレーバーは、回想記のなかで、二度の神経病のことをいずれも「精神的な過労の結果」と述べている。

(4)1893年10月~1902年7月

10月末に激しい不眠となり、急激に幻覚妄想状態となっていき、再びフレクシッヒのクリニックに入院。さらに病状が悪化し、1894年6月にはゾンネンシュタイン精神病院に転院。そのときに、禁治産宣言を下されるが、のちにシュレーバーは控訴し、1902年7月に禁治産宣言が破棄される。

(5)1903年

翌年、1903年にそれまでに書き溜めていた自身の記録を「ある神経病者の回想録」として刊行。その後、病状はさらに悪化し、最終的には統合失調症性の荒廃状態となり、1911年に肺炎で亡くなる。ちなみに、この年にフロイトのシュレーバー論文が公刊された。

3.シュレーバーの妄想

回想録に記されたシュレーバーの体験の記述(妄想内容)は膨大である。1893年10月フレクシッヒのクリニックに入院した頃から急激に妄想が展開していく様子を、翌年転院したゾンネンシュタイン精神病院院長のウェーバー博士が鑑定書に描写したものを、一部抜粋して紹介する。

フレクシッヒのクリニックに入院した当初、彼はひどく心気的な観念を語っていて、脳軟化症に患っている、もうすぐ死ななければならない、などと訴えていたが、しかし病像はすでに迫害念慮が混入しており、後になると幻視と幻聴が加わり、自身は死んでいる、腐りかけている、ペストに患っていると思い込んだ。

彼の肉体に対して、ありとあらゆる忌まわしい取り扱いがなされたと妄想し、病的霊感は患者に尋常ならざることを要求してきた。徐々に妄想は神秘的、宗教的な性格を帯びていき、彼は直接に神と交流し、悪魔が彼を弄び、そして遂には、もうひとつ別の世界にいると信じるようになったのである。

最終的なシュレーバーの妄想の詳細の抜粋は以下の通りである。

患者の妄想体系は、世界を救済すべく、そして失われてしまった至福を再び人類にもたらすべく彼が使命を受けている、との確信において頂点に達する。彼は、直接的に神的な啓示を受けてこの任務に到達したのであり、これはちょうど預言者がそうであったと伝えられるところに似ているという。それらの事柄は一切の人間的な経験の外部に存するのであり、まさしく彼のみに啓示されている。

彼の救済使命遂行に当たって、最も本質的なのは、何をおいてもまず彼の女性への変身が起こらねばならぬことだという。彼、および人類にとって、来るべき世界は、数年もしくは数十年の歳月が流れたのちに待ち受けていると思われる神の奇跡という手段による女性への変身によらなければ獲得できない。彼は長い間に渡って胃も腸も無いままに肺も殆どないままに、引き裂かれた食道をもって、膀胱も失って、粉々に砕かれた肋骨で生きてきた、折に触れて彼自身の咽頭の一部を食物とともに食べてしまった、しかし、神の奇跡『光線』は破壊されたものをその都度くり返して復元したので、彼は、一人の男性であり続ける限り、そもそも死すべき存在ではないという。このような恐るべき現象はすでに長い間消え去ったままではあるが、その代わり、彼の『女性化』が前景化してきた。

すでに大量の『女性神経』が彼の肉体の中に移り来て溢れており、そこから神による直接的な受精によって新たな人間たちが誕生してくるであろうと彼は感じている。太陽だけでなく、いわば『奇跡によって姿を変えられた昔の人間たちの魂の名残り』ともいうべき木々や鳥たちもまた人間の声で彼に話しかけてきたし、彼の周りにはあまねく奇跡的現象が起こったとのことである。

4.解釈の試み

シュレーバーとフレクシッヒの関係を軸にして解釈している。最初の神経病を患ったとき(1884年〜1885年)のことをシュレーバーは「超感覚的な領域に触れる出来事を全て欠いたまま」経過したと記述している。フレクシッヒによって「心気症」と診断され、クリニックに半年間入院したのち、完治して退院した。そのときのことを良き想い出として、フレクシッヒに感謝している。が、8年後の1893年6月に控訴員議長に任命されたときに、シュレーバーはかつての症状がぶり返される夢を見る。そして、半睡半眠状態で、女であって性交されているならば本当に素敵に違いない、という観念を抱く。

フロイトは、ここに、シュレーバーが病気の想起とともに主治医を想起したのではないかと分析する。つまり、「もう一度フレクシッヒに会いたい」という願望が生じ、空想における女性的態度は初めから主治医に対するものと推論した。だが、当初のシュレーバーはこれを憤怒に満ちて拒絶する(男性的抗議)。

そして、その後すぐに爆発的な重篤な精神病的女性化空想がふくれあがる。フロイトは、主治医からの性的陵辱への恐れ、同性愛的なリビードの突出こそが契機となったと解釈。このリビード的活動に対する反抗が葛藤を引き起こし、この葛藤から精神病的現象が現れたと記述した。

「私の肉体は、しかし、女性の肉体へと変換され、女性の肉体として当該の人間の性的な濫用のために引き渡された」とシュレーバーは主張し、フレクシッヒより「魂の殺害」が試みられたとする。では、当初は良い対象であった主治医がどのようにして迫害者に転じたのか。そのからくり、すなわちパラノイア機制を次のようにフロイトは説明している。「パラノイアの症状形成において特別に目につくのは『投影』と名付けられた傾向である。内的知覚が抑え込まれ、この抑え込まれた内的知覚に代わって、その内容が、特定の歪曲を被ったのちに、外的世界からやってきた知覚として意識にもたらされる。この歪曲は、迫害妄想の場合、感情変換において現れてくる。内的に愛情と感じられていたはずのものが、外界からの増悪として知覚される」。さらに、フロイトは主治医に対するシュレーバーの共感的感覚は「転移過程」から生じるもので、したがって、主治医を通して兄弟あるいは父を想起していると指摘している。以上の変転を、フロイトは第一の変転と呼んでいる。

第二の変転は、フレクシッヒがより高い人格たる神と交替することである。これは、葛藤の解消を準備していることでもある。女性になって主治医のための淫売婦という役割に慣れ親しむことは不可能であったが、神自身に官能的快楽を与えるという任務は自我の抵抗がはるかに低い。「脱男性化はもはや屈辱ではなく、世界秩序にふさわしくなり巨大な宇宙的連関に参入できる出来事となり、没落してしまった人間世界を新たに創造するとの目的に奉仕するという帰結に至る」。自我は誇大妄想によって償いを受けて報われ、女性的な欲望空想は貫徹され満たされて受容されたこととなる。また、女性への転換は数年、数十年先の未来に起こるのであり、それまでは男性として、また人格を保ったシュレーバーとして生きていける、というわけである。つまり、問題は先延ばしされた。

5.議論

フロイトによると、一連のシュレーバーの妄想は、父親に対する愛情が高じて男性同性愛から受身的女性的同性愛へ、それが男性的抗議を引き起こして投影による歪曲を受けて性的迫害妄想へ、そうして最終的にはナルシシズムのメカニズムによって誇大的宗教妄想に発展した。そして、これまでの研究の中で見出せなかった素材は何も無いと述べた。パラノイア機制がどのように起こるのかということについては、症状形成のメカニズムとしての投影、リビドーの固着点としてのナルシシズムという考えで説明した。

もしフロイトの解釈をシュレーバーが読んだならどう感じたであろうか。彼は、控訴したときに、ウェーバーの鑑定文に対し、自分は神が行った数々の奇蹟のせいで、さまざまな超感覚的な症状・体験を被ったが、それによって一切の現実見当識や論理性が失われていない、したがって、自分に下された禁治産命令が不当なものであると主張し、その破棄を勝ち取った。彼は最後まで自分の症状が奇蹟のよるものだと主張し、当時の医師による精神病的な妄想、パラノイアといったレッテル貼りを強く退けた。そういう視点で見るならば、フロイトの解釈も彼にとっては新たな観点からのレッテル貼りだと思うだろう。すべてを精神分析な解釈ではめこむことの功罪を考えたい。確かに分かりやすくなる反面、見落としてしまう患者の固有の体験というものはないのだろうか。

現代の統合失調症の妄想に、UFOを見て交信したとか、神の啓示を聞いたという人もいるだろう。また、世に言う預言者や宗教の開祖も、いわばそのような神秘体験をうったえる。病的な誇大妄想と宗教的な体験の区別はどこにあるのだろうか。

シュレーバーがうったえる女性化や女装(女性の装飾品を身につけるなど)を、単に父親コンプレックスを起源にした同性愛的空想願望と片付けるのは単純ではないだろうか。これは現在の性同一性障害との相違はどう捉えるかも興味深い。

6.参考文献

シュレーバーと狼男―フロイト症例を再読する

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